第138話

「いくぞアルピナ!」

「きゃぁ!」


 双弥とアルピナは文字通り目にも止まらぬ速度で敵陣へ突っ込んでいった。


 ヤスリでだってがんばれば肉は切れる。だが当然刃には劣る。そして押引しなければ切り裂けない。しかしこれは殺人に抵抗のある双弥には好都合であった。

 大抵の刃物であれば肉でも叩き切ることができる。重量があればそれこそ骨ごと真っ二つだって可能だ。だが妖刀にはそこまでの鋭利さすらない。


 だから双弥は妖刀で殴る。居合斬りではなく居合殴りだ。押引きせずただ真っ直ぐ叩きつける。

 それでも破気を用いた双弥の攻撃は恐ろしい。

 鎧はひしゃげ、武器は折れ、肉は潰れ骨が砕ける。一撃で完全に敵を再起不能にできる。双弥が走った後には兵士たちが吹き飛ぶ。まさに無双だ。


 1分。そう、たった1分の間に双弥は300もの兵士を戦闘不能にした。秒間5人。このペースであれば全滅させるのに2時間もかからない。

 殺していいのならばこの倍の速度が出せよう。だが手加減を維持してこの速度ならば驚異的としか言えない。殺人よりも活人のほうが難しいのだ。


「ばっ、バケモノ……っ」


 ひとりの兵士がこぼした言葉に双弥はにやりとする。なんともありがちな台詞だが、恐れ戦くほど実力差を感じているということだろう。


 後方の兵士たちは前方で何が起こっているのかわからず前進しようとする。


 しかしこれはよくなかった。前方の足が止まっているのに後ろが進むと密着度が増え塊になってしまう。そこで一瞬にして大量の意識が──いや、命が刈り取られていく。

 まるで鎌鼬の3匹目がいない状態だ。気付いたら切り裂かれ、血が吹き出し絶命する。スーパーアルピナタイムである。しかも妖怪ではないため獣の槍が効かないせいで誰も止められない。

 秒間15人。この数字だけ聞けば双弥と合わせて1時間以内に全滅と考えられるだろう。

 しかし本能のまま走り回るアルピナの恐ろしいところは、双弥がわざわざ殺さぬよう倒した兵士にトドメを刺しまわっていることだ。弱っているところを見たら息の根を止めたくなるのが野生の性というものだ。

 だがアルピナはがんばった。20秒もの間手加減をしていたのだ。もちろんその間に攻撃した相手のトドメはちゃんと後から刺している。当然双弥は全て気付いていない。



 そんな戦闘を暫し続けているとキルミット軍が到着。それに気付いた双弥はアルピナの名を叫ぶ。

 しかしけもけもモードになっているアルピナに聞こえているはずはない。そこで双弥はようやくアルピナが取り返しの付かないことをやっていたことを知った。


「あ、アルピナ! おおい! 止まれーっ!」


 叫んでも返事がない。完全に集中しきっている。全ギレ状態である。このまま放っておいたら取り返しのつかないことに……いや、もう既に取り返しがつかない。

 ファルイは少しちょっかいを出して挑発し、力を見せつけて恐怖を与えるつもりだっただろう。それは今までの戦闘での犠牲者数を数えると重症含むけが人は多いが、死者数はほとんどないことでわかる。

 しかしここでファルイ側に大量の犠牲が出たとしたらどうなるか。答えは簡単、引っ込みがつかなくなる。

 キルミット側の犠牲者数が少ないのに、ファルイが数万も犠牲を出して引っ込んだとしたら周辺国や自国民はどう思うだろうか。当然敗退したと見なす。すると周辺国からなめられ、自国民からは罵られ、暴動が起こる可能性がある。そうなると最悪の場合、進軍をさせられ無駄に死者を出させた国の上層部が悪いとして不満を持った軍がクーデターを起こすかもしれない。

 軍は国に忠誠を誓うものであって国王を崇拝しているとは限らない。地球でも軍がクーデターを起こし王などを追放した例はいくらでもある。


 つまりこれ以上犠牲を出してしまうとファルイは撤退できなくなり、それどころか全軍を投入する勢いで攻めなくてはいけなくなる。するとキルミットもそれに応じねば土地を蹂躙されてしまうし、戦えば双方に深刻なダメージが残る。

 だからりりっぱみたいに今参戦している軍を全滅させればいいなんて短絡的な考えを持ってはいけない。あれは駄目な姫だ。



「くっ……」


 双弥は一瞬で集中力を最大限まで高めた。音、色、ディテールが消え失せ、周囲全てがまるで止まっているかのようにゆっくりと動く。

 そんな世界のなかで尚、高速で飛び回る姿がある。もちろんアルピナだ。双弥は破気をフル吸入し、全力でにゃんまげ、もといアルピナへ飛びついた。


「アルピナ! ストップだ! もういい!」

「ウゥーッ」

「うーじゃないっ」

「ぐるるるるっっ」

「ど、どうどうどう」

「ばるるるるるっ」


 唸りがエンジンのような音になるほどのガチギレだ。ムカチャッカだかヤムチャッカだかそんな次元を遥かに凌駕している。

 これが出会ったばかりのころのアルピナであればどうにもならなかった。しかし今ではもう飼われた子ぎつねちゃんなのだ。人に懐いている子の扱いは実に簡単である。

 双弥はアルピナを赤子のように抱きかかえ、両目を塞ぐように手で覆ってゆっくりと揺らしはじめた。

 するとあら不思議。先ほどまでマックス気が立っていたアルピナはいつもの愛らしい天使狐と早変わり。

 ちなみに野生の鷹なども捕まえた後なにかを顔にかぶせ真っ暗にし、揺らしてやると大人しくなる。興味があったらやってみるといいだろう。


 さてアルピナが黙ったところで進軍の足が止まったファルイ軍に向け、双弥は妖刀をつきつけ叫ぶ。


「さあ次は誰が相手をする! 名のある騎士か! それとも有象無象の徒党か! 俺はキルミットの勇者、双弥だ! 我こそはと思うものは前へ出ろ!」


 双弥が叫ぶと敵軍は一斉に後ずさる。


「……お前、よくそんな恥ずかしい台詞を吐けるな」

「じっ、迅……っ。なんでここに!」

「兵士から兜を借りた。これならバレないだろ。それよりなんださっきの──」

「いやあああぁぁ! やめてええええぇぇ!」


 双弥は両手で赤い顔を乙女のように隠した。

 だが実際これは有効に働いている。蟻を踏むが如く蹂躙され、恐怖を感じていた敵軍は更に萎縮している。そのうえ味方軍の士気は高揚する。双弥が羞恥に耐えるだけで一石二鳥なのだ。


 ただこの世界であれば逆に男らしく勇ましい、かっこいい台詞として扱われるため、双弥は勝手に1人で恥ずかしがっているだけなのだが。現に今、キルミッとの兵士たちはキラッキラさせた目で双弥を見ている。もし双弥がホモだったら掘り放題になるほどに。



 しかしここで白旗が敵陣より上がったため、双弥は警戒をする。この世界でも地球と同じ白旗の使い方をしており、油断してはならない。白旗は決して降伏の意味だけではないのだ。

 それでも一応停戦には応じなくてはならない。これを無視してしまうとその国は非人道的な野蛮国家と見なされ、周囲の国全てを敵に回すこととなる。もちろんその際に降伏しても受け入れられない。相手のは無視するのに自分たちのは認めろなんて都合のいい話はないからだ。やったが最後、国土の隅々まで食らいつくされる。

 なによりも絶対的な効力のあるもの。それがこの大陸の白旗制度である。


 双弥は舌打ちをした。実にいいタイミングでの白旗だからだ。

 先に述べた通り、白旗が振られた以上戦いは止めなければならない。

 そして恐らくはこの意味が降伏ではなく話し合いのためであるとわかる。

 やむなく話し合いをするとしよう。すると相手はきっと都合のいい条件を放ってくるはずだ。理由は簡単。交渉を決裂させるためだ。


 そんな白旗に一体どんな意味があるのかと思われるだろうが、実はある。

 こちらの陣地の士気は最高潮にまで高まっているのだが、白旗により一旦冷めてしまう。卑劣な手で流れを止められたと知り憤慨し、また士気は向上するだろうが、あくまでも先ほどが最高潮だ。そこまで再び上がることはない。


 だがキルミットには双弥がいる。彼がこの場にいる以上、戦局が再びひっくり返ることはありえない。ならばこれはなんとするか。

 答えは簡単。有利な撤退戦をするためだ。

 休戦中に撤退準備をし、捕虜になると不利な人物を先に逃がす。主に貴族などだ。

 あと交渉にはそれなりの人物が出てくるが、だからといって交渉人を捕えるなんて最悪だ。白旗無視と同様で大陸全土を敵に回す。それと相手はあくまでも有利な撤退戦をするつもりであり、そのため少しでも時間を稼げる言葉巧者を出してくるはずだ。知識も必要なためそこらの平民兵士では使いものにならない。

 つまり交渉人は最も安全であり、出るのはその場で一番位の高い人間になる。



 そして交渉人がこちらへ来た。マリ姫だ。

 しかも白旗を出しておきながらこちらの交渉人を指定してきた。なんという厚顔無恥。

 もちろんその指定人物はリリパールだ。双弥は停戦を聞きつけてやってきたリリパールと顔を合わせる。


 どういうつもりかと苦い顔をする双弥へリリパールはにこりと笑う。双弥はその笑顔に背筋がひやりとした。


 今まで見せていた外交向けではないリリパールを前に、マリ姫はどのような反応をすることか。

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