第137話
「それでジェネレーションって具体的にどんな魔法なんだ?」
「さあな。ただ神が異世界だから使わせてやるみたいなことを言っていたから自世界で使えないような危険性が伺えるな」
よその世界だから使っていいよとは地球の神もかなり恐ろしいことを言う。それだけの魔法が一体どのような力なのか想像もできない。
しょぼいということはなさそうだが、やりすぎになる可能性は考慮すべきだ。だが名前からして世界の全てを焼き尽くすと言われるメギドなどのような類ではなさそうではある。
あとは自身に反動、あるいは自分含む仲間を巻き込むかもしれないということを念頭に入れておかねばならないだろう。
「まあそれが戦争相手に使えるかどうかはわからんが、いざとなればシンボリックで戦えばいいしな」
「ダメじゃ」
鷲峰の言葉を遮るようにイコ姫が口を挟む。
「え? なにが?」
「迅を戦場に出すわけにはいかん」
イコ姫は双弥に対して良い印象を持っていないため、ここで意地悪くしている……というわけではないだろう。
リリパールには懐いているため、キルミットに悪影響を及ぼすような真似をすると思えないからだ。
ならば何故? という疑問にイコ姫はすぐさま答えを出した。
「迅はタォクォの勇者じゃ。出張ったらタォクォの謀反と見なされる可能性がある。さすがにそれはまずい」
「む、確かに……」
四カ国同盟の中でタォクォは弱いため、なるべくなら敵に回したくない。イコ姫の言い分は尤もだ。
鷲峰が独断で動いたという言い訳は通用しない。それを止められなかったタォクォの責任問題になるからだ。こう言われてしまえば鷲峰も引っ込むしかない。
彼に自覚はなくともタォクォを背負っている身であり、イコ姫の立場も理解できる。そのうえで動こうとなど考えはしていないようだ。
「こんなことならフィリッポに優先させるべきだったな……」
「いや、フィリッポだったらあちらへ寝返る可能性がある。不本意だがジャーヴィスが適任だったな」
フィリッポは友情や仲間意識よりも女性を重視する。あちらの姫に泣きつかれたらコロッと行ってしまうと思われる。
以前の彼なら確実にそうだったであろう。しかし今のフィリッポは……いや、あまり変わっていない気がする。
ちなみにムスタファが適任でないのは今回デオヴァエが不参加だからだ。できれば今攻めてきている2国が互いに疑心暗鬼となり、潰しあってくれるのがありがたい。
もちろん矛先をデオヴァエへ向けるという手もあるのだが、ここまで来た軍がキルミットの反対側の国へ向かうとも思えない。つまり即効性がないのだ。
「そうなると戦力は俺だけか……。かなり厳しいな」
戦えるようになったといってもエイカやリリパールは大群、それも兵士相手の戦いを知らない。完全に役者不足なため出すわけにはいかない。
もちろん双弥も知らないが、破気を用いて強引に戦うことはできる。たかが人間の兵士程度では双弥に触れることすらできないほどの差があるからだ。
彼の速度はもはや人間が対応できるレベルを超えてしまっている。今ならそすんすの使い手──そすんさーよりも速い。
「他の勇者は出せないのかや?」
「なんというか、魔王との戦いの後に聖剣が消えてな」
「なんじゃ? ならば他の勇者らは力を失ったというのかえ?」
「ああまあ話せば長いんだけどな」
創造神に反旗を翻し破壊神についたということを伝えるには時期尚早だ。ここは言葉を濁すしかできない。
「ようわからんが、迅は今でも勇者であるのじゃろ? さすが妾の見込んだ勇者じゃ」
鷲峰以外の勇者に興味はないらしく、そう言ってイコ姫が鷲峰に抱き付こうとした。だがそれを遮る影が。
突然のことに目をぱちくりさせるが、明らかにわざとな対応に苛立ちの表情をした。
「な、なんじゃこの小娘は」
「えっと、まあ…………俺の、妻だ」
立ちはだかるのはもちろんチャーチストだ。相手が一国の姫だろうと愛する夫に女を近付けさせない。
「ふぁっ!? ふぇっ!? うえぇっ!? えっ!? はあっ!?」
イコ姫は驚きすぎて言語中枢がいかれてしまったようだ。
自国の勇者が魔王を打ち倒し、華々しく凱旋。人々はそれを称え、道を埋め尽くす。そんな中、鷲峰はなにかを見つけ、人をかき分け進み出す。向こうにいるのはもちろんイコ姫だ。彼女もまた、小さな体で人の隙間へ体を捩じ込むように進む。
いつしか人々は道を空け、鷲峰とイコ姫は互いに駆け寄り抱擁する。
そして鷲峰は抱き上げたイコ姫に言うのだ。『結婚しよう』と。
それにイコ姫は小さく『……はい』と呟くように答える。
すると周囲からことの成り行きを見守っていた人々から大喝采。2人は幸せになったとさ。
ここまでイコ姫は妄想していた。よもや旅先で女を見繕って帰ってくるなんて思いもせずに。
「な、なんでじゃああぁぁ! 妾は、妾は迅を信じて送り出したのじゃぞぉぉ!」
「いや、でも、そういった約束をしていたわけでは……」
鷲峰とイコ姫はほぼ無関係に近い仲である。召喚直後は訓練の日々に追われ、聖剣を手に入れてからスタートまでの間の鷲峰は、双弥と一緒にいた時間の方が長い。イコ姫はイコ姫でりりっぱに懐いており、大した関係は築けていなかった。
では何故こんなことになったのか。
会えない時間が2人の絆を強くするといったロマンチックな話ではなく、単に暇を持て余したお姫様の妄想が膨らみすぎ爆発しただけだ。
500年に1度現れると言われた伝説の勇者。そして剣を召喚する巫女姫の恋。イコ姫はそんな乙女チックラブに憧れ過ぎてしまっていた。
本来イコ姫はどこぞのよく知らぬ男と政略のための結婚をさせられるはずだ。しかし勇者との結婚であれば国王も余計なことを言えない。そしてイケメン鷲峰をゲットできるといいことずくめである。
そんな風に浮かれていた彼女は大切なことに気付かなかった。共に旅をすることにより深まる絆というものの存在を。りりっぱなんぞもはや双弥なしでは生きられない体になってしまったというのに……。
「そ、そうじゃ! 2番目じゃ! そのおなごを2番目にしようぞ! それなら構わん!」
「……悪い、俺は2人も愛せるほど器用な男じゃないんだ……」
漢鷲峰迅は生涯を1人の女性のために懸けるのだ。ハーレム目論見な双弥とは違うんです。一緒にしないで下さい。
だが忘れてはいけない。鷲峰はラノベ好きでありハーレム主人公に憧れを持っていたりもしていた。だが現実はそういかなく、実際に恋愛をしてみたら自分には無理だと悟ったようだ。本当にただ不器用なだけな男である。
「あー……、取り込み中悪いんだけど、そろそろキルミットの町に着くぞ」
「よ、よぉし。じゃあこの話は後回しだな」
「まっ、待つのじゃ迅!」
あからさまな逃げの姿勢に周囲は苦笑する。
この件に関して誰が悪いというものはなく、強いて言うなれば勝手に妄想して暴走したイコ姫が悪いとでも言おうか。
だが誰もこんな未成熟の少女を悪だと言うものはなく、──そう、これは時代が、そして幕府が悪いのだ。
かくしてキルミットの町へ到着した一行は、突然出現したレールを不審に思い警戒していた兵士たちの見守る中到着した。
突然恐ろしい速度で走ってきた巨大な金属の竜に、兵たちはパニックを起こし逃げ出そうとしていたが、どうやらこれはシンボリックによる動く家屋だという賢者の言葉で落ち着いた。
そして皆が見守る中、扉が開いて真っ先に出てきたのはもちろん国民的アイドル魔法少女りりっぱるんであった。
「リ……、リリパール様!?」
「皆様申し訳ございません。不肖リリパール、このたび戻らせていただきました」
「リリパール様! リリパール様ぁ!!」
兵士たちは1年ぶりにリリパールの姿を拝見でき、感激の大声援を送る。
しかしこんなところで悠長にショーを披露している場合ではない。彼女は急いで家に帰らねばならないのだ。
「申し訳ありませんが、急ぎ屋敷へ戻らねばなりません」
熱狂している群集をリリパールは説き伏せる。町の人々も今が戦争中であることを知っているため、一斉に道を開ける。そこへリリパールと不愉快な勇者たちは急ぎ足でキルミット公邸へ向かった。
「お父様、お母様。リリパール、ただいま戻りました」
「リ、リリ!? 本当にリリなのか!?」
キルミット公と公妃は屋敷に入ってきたリリパールへ駆け寄り手を取る。長い間会わないということは今までなく、久々に会えた愛娘の姿に涙を流し喜ぶ。
しかしそれも束の間、その背後にいる人物を見て怒りの表情へ変貌する。
「貴様は逃亡者! よくもぬけぬけと顔を出せたものだ! おい、こいつを捕らえ──」
「お父様お止め下さい。双弥様はキルミットの勇者ですよ」
「し、しかし……」
「双弥様が魔王を倒しました。それは私が保証します。なので収めて下さい」
「なんだと!? その男が……!?」
今度は驚愕の表情で双弥を見る。見た目弱そうな少年がまさか魔王を倒したとは思えなかったからだ。
そもそも双弥を捕まえる必要があったのはリリパールのせいなのだが、リリパールはそのことをすっかり忘れているようだ。
「そちらの少女たちも勇者……? いやしかし人数が……」
「彼女らは私と共に勇者様方と旅を同行したものです。そして彼女がエイカ・リッジです」
「なんと! リッジ家の!?」
公はその名を聞いて大層驚いた。
リッジ家の娘は世界の行く末を左右すると言われるほどの人物であり、それは世界中の権力者から狙われることを意味する。
だからこそ前キルミット公は都市から離れた地に住まわせることにした。願わくば彼女らが誰彼に騒がれることなく、普通の人間として暮らせるようにと。
しかし昨年起きた魔物の暴走によりその町は滅ぼされ、リッジ家の血は絶えたと思っていたのだ。
「その話は後ほどに。それより戦況を教えて下さい」
「そ、そうだな。ヘッジ、説明を」
ヘッジと呼ばれた大柄な髭男、軍事管理部長は一礼をして双弥たちの前へ立った。
「現在、キルミットの軍勢5万に対しファルイ7万。非戦闘員及び負傷者を入れるとその倍ほどになります」
非戦闘員は大体1割にも満たない。つまりキルミット兵の負傷者数は4万くらいいるということになる。
それを聞いた途端、リリパールの目の色が変わった。
「これより私は勇者様方と共に戦場へ馳せ参じます!」
リリパールは当然のように最前線へ赴こうとしている。
もちろん両親は止めるが、双弥は止めようとしない。
今のリリパールは己の──いや、人間の限界を超えた回復魔法の使い手だ。負傷者が多いため必ず役に立つ。
危惧される暴走も恐らくはないだろう。怒りに任せて敵の前へ立つよりも自国の兵の怪我を治す方を優先するはずだからだ。
説明にも時間がかかるため、ここは慰問ということで納得してもらう。
「とにかく現地へ急行するにあたり、一緒に救援物資も積み込もう」
「そうだな。必要なものといえば武器と薬、食料に……」
「あっ、私の新しい槍も数本用意して欲しいな」
双弥たちが話し合っているところ、エイカが口を挟んできた。
「なんかやる気満々なところ悪いがエイカは連れて行かないぞ」
「えっ!?」
「なんでそこで『えっ!?』なんだよ。当たり前じゃないか」
「わ、私だって戦えるよ!」
「それでも駄目だ。もし行きたいのなら先に墓参りしてからだ」
「あっ……」
エイカは長い間意識を失っており、霊前で拝むようなことができなかった。
1年越しとなってしまうが、ようやくキルミットへ戻ってきたのだ。今行かなくていつ行くというのだ。
「……わかったよ。お墓参りして、それですぐ追いつくから」
「ご両親にちゃんと伝えるんだぞ。これから私は人殺しに行きますって」
「…………うぅ……」
そう言われてしまうと言い返せない。
エイカの技術の吸収速度は練功の時間が長い分異常に早い。だがそれでも双弥よりもずっと未熟だ。
人間相手の1対1ならばそうそう負けることはないだろう。しかし手加減はできないため殺してしまう可能性が極めて高い。加減とはそれほど難しいのだ。
「よく理解してくれエイカ。俺はできればエイカに命を奪うようなことをあまりして欲しくない。魔物ならばいいというつもりはないが、あいつらは自分たちが生きるために人を殺す。だから人も生きるために魔物を殺す。これは仕方のないことなんだ。だけど人と人は違う。そういうことだ」
「……わかった」
エイカは渋々でも納得してくれたようだ。
しかし双弥はまだ甘い。人と人が殺しあうのも仕方のないことなのだ。話し合えば、愛があれば解決できるほど世界はやさしくも甘くもない。人は人を理不尽に、無慈悲に、なんの関わりもないのに平然と殺したりする。現代地球でもそうなのだから、こんな世界じゃ人の命は羽根よりも軽く扱われる。
「大丈夫、すぐに帰ってくるさ。エイカはアルピナでも連れて行ってやってくれ」
そして新幹線に目を向けると、そこにはメイスを数本抱えて乗り込もうとしているリリパールの姿があった。
「リリパールもだ。連れて行くのはあくまでも兵士の治癒のためだからな。戦いたいというなら両親に同じこと言ってみろ」
「お父様、お母様。リリはこれから人殺しに行って参ります」
「こらこらこら!」
「え? だって私の大切な国民を傷付けたのですよ? 1人傷付けたら300人は殺さないと」
「いやいやいや!」
このりりっぱるん容赦せん!
淀みなく揺るがない彼女を双弥は放っておくことにした。
がっかりしてため息をついた双弥の顔を見て、リリパールはハッとする。
「……申し訳ありませんでした双弥様」
「わかってくれりゃいいよ……」
「300人じゃありませんでした。300匹です」
「りりっぱあぁー!」
国へ帰るのが久々過ぎて今まで溜まっていた国民愛が暴発しているようだ。この様子ではとても連れて行くことができない。
だがリリパールの代役が務まるほどの人物はいないため、外せないのだ。実に面倒である。
「もういい。やっぱり前線には俺1人で出る。迅、悪いがリリパールを見張っててくれ」
「ん、まあそれならばあちらが俺を見つけることはないだろう」
「待ってきゃ!」
ここで急に愛らしく甲高い声が響く。我らが勇者ご一行のアイドルアルピナさんだ。
「アルピナ?」
「あたしがいるきゃ!」
「えっ!? アルピナが手伝ってくれるのか!?」
「双弥はあたしのつがいきゃ。だから双弥がやるならあたしもやるきゃ」
双弥はアルピナを思わず抱きしめてしまいそうになるのを必死に堪えた。
だが忘れてはならない。アルピナは種の保存のために双弥との子供が欲しいだけであり、彼女にとって双弥の立場は生ませる機械、言うなれば精造機なのだ。
「……気持ちはありがたいんだけど、アルピナは手加減できるのか?」
「敵に手加減する必要ないきゃ!」
「いやまあ本来ならばそうなんだろうけど……。できるなら殺人とか控えたいし……」
「じゃあ手加減するきゃ!」
「そうしてくれるとありがたい。よし、これで楽に戦えるぞ。チャーチ、エイカを任せていいか?」
チャーチストは無言で頷いた。
アルピナがいるだけで双弥の負担は半減、いや、かなりなくなるだろう。
だが彼は大事なことを忘れている。以前手加減したアルピナの蹴りでエイカが致命傷を負っていたことを。
彼女の本気はオーバーキルであり、加減したところでぎりぎり死ぬ程度にしかならないのだ。更に熱くなると我を忘れ本能に従う獣人の性質も考慮したら、多分手加減は10秒もできないだろう。
当事者であるエイカは、双弥が無事に帰れればいいからそのことを黙っていた。
そしてリリパールは敵兵など皆殺しになればいいと思っているから黙っていた。
この後、戦場でアルピナによる無慈悲な惨殺ショーが行われるなど双弥は一切思っていなかった。長い間共に過ごしてきた仲間だからといって手放しに信用してはいけない。
新幹線が到着したのは、これから戦場へ赴こうとしているキルミット軍の本陣であった。リリパールや勇者たち、そして増援は降りるなり積荷を降ろし始め、その間に双弥とアルピナは敵軍側へ駆け出した。
主戦場になりそうな場所で2人は待ち構える。暫くするとそこへファルイの軍勢が現れる。先頭で率いているのは、以前召喚のときに立ち会った隊長の騎士だ。
どこかで会ったことあるなと薄い記憶のなか双弥は首を傾げる。隊長側も双弥を見たことある人物だなと思いつつ接近して確認しようとしている。
「貴様は……確かキルミットの勇者……いや、魔王の配下だな!」
どちらかといえば西洋風の彫が深い顔立ちの多いこの周辺で、平たい顔族である双弥と鷲峰は珍しく、すぐ思い出せたようだ。
「知っているぞ! 貴様の剣はなまくらだそうじゃないか!」
「邪気を放って怯ませるのが常套手段だ!」
「攻撃は鋭いだけでそれさえ耐えれば並の兵士程度! 恐るるに足らん!」
隊長の男とその側近が口々に双弥の情報を周囲にばらす。
ファルイの情報がもはや懐かしさを覚えるほど古かったことに、双弥は苦笑する。
刀を抜けば破気をダダ漏れにし、戦えばフィリッポから半殺しの目に合わされた。あれからなんだかんだでもう1年以上経つ。
それでもこれはチャンスだ。相手は完全に双弥をなめきっている。相手が本気でなければ手加減はしやすい。
「ああ、確かに俺の刀は切れ味わりぃよ!」
双弥は笑いを堪えつつ、ファルイの軍勢に斬りかかった。
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