第140話
長い話はさておき、結果から述べよう。
撤退中のファルイ軍の死亡者、凡そ5800人。ちなみに双弥が0で刃喰が5800だ。
あのときの刃喰は凄かった。まるで今までの鬱憤を晴らすように凄まじい勢いで飛び交っていった。武器から武器へ最短距離を、間に人がいようといまいと。
槍などの長物は立てて持ち運ぶからよかったものの、剣は基本腰に差すものだ。ということは刃喰が飛び回ったのは腰から下であり、双弥の視界に入らなかったのも仕方がなかったとも言えよう。
結果長い間気付かず多大な犠牲を払ってしまったのだ。
アルピナと合わせると犠牲者の合計は1万人ほど。ファルイ軍の消耗率は20%を超え、現代の戦争であれば全滅に近い大敗レベルである。
「……なあ刃喰」
『なんだ相棒』
「……どうしてくれんだよこの惨状! 俺言ったよな! 人を殺すなって!」
『くひゃははは、こまけぇこたぁ気にすんな!』
「こまかかねぇよ!!」
上機嫌な刃喰に怒鳴り散らす双弥。
双弥の言う通りこれは決して細かいことではなく、言うなれば大ごとである。
1人2人なら細かいかというわけではない。その人には家庭があって家族がいるかもしれない。家族にとってその人は替えのきかない唯ひとりなのだから。
だが戦争というものは、そんなことを考慮してはいけない。こちらにも死んだら悲しむものがいる。あちらも必死ならばこちらも必死なのだ。
とはいえ双弥には余裕が余るほどあり、万が一にも負けるどころか傷付くこともない。通常であれば敵に情けをかけるのは失礼な行為だが、勇者は逆で情けをかけてやらねばならない。双弥が人間であるとしたら人間の兵士はぷるぷる震えているだけのか弱いハムスターちゃん程度の相手でしかない。そっと撫でてやらねば可哀想というものだ。
つまり双弥はアルピナと刃喰によって地獄勇者二籠になることが確定してしまったのだ。
「…………どうしよう。オラとんでもねぇことしちまっただ……」
「とか言いながら余裕ありそうな口調だな」
「だってさあ、なんだかんだで俺は誰も殺してないんだよ。だから無実とも言えるんじゃないかな」
「アルピナも刃喰もお前が指示したんだ。自分が直接手を下さなければいいとか考えてるのか?」
「ちっ、違う! 2人とも言うことを聞いてくれないから……」
「そんな今更な話をしてどうする。どちらも思い通りに動くような相手か?」
「言うな!」
双弥は耳を塞ぎ項垂れた。
実はわかっていた。どちらも暴走して死人が出ることは。
だがこの数は予想外であり、甘い算段をしていた双弥が悪いのだ。
とはいえ手を抜こうとして頼んだわけでなく、アルピナは自ら進んで手を貸したのだし、刃喰とは元々こういったことのために契約していた。仕方がなかったと言ってもいい。
それでもやはり自分のせいだと言われたら辛い。精神的に追い込まれると双弥はハムスター並に弱いのだ。
そんな状態の双弥にジャーヴィスは肩にぽんと手を乗せた。
「戦争なんてこんなものさ。相手のことを考えて戦っちゃいけないんだよ」
「……実際そうなのかもしれないけどさ、俺は現代日本の平均的高校生なんだよ。戦争なんて知識でしか存在していないんだ」
戦後生まれの日本人は基本、戦争なんていまいちピンとこないものだ。せいぜい自衛隊が紛争地域で人道支援をするくらいで、それに当然高校生は含まれない。そのため大抵の高校生にとって戦争は遠い国の出来ごとか映画などの世界の話であり、生活にはなんの支障もないのだ。
だからこそこのような大量の死には動揺する。少しでも自分のせいではないと言い聞かせでもしなければやってられない。
「双弥様、お疲れのところ申し訳ありませんが、まだ終わっておりませんよ」
「えっ、これ以上なにをやらせるんだよ」
まさか敵兵の死体の片付けまでやらせようというのではないだろうか。鬼パールのことだから『汚らわしい敵兵の死骸なんて大切な国民に触れさせるわけにはいきません』くらいは言いそうなものだ。
「ルートンと交戦している地帯があります。そちらへ向かわなくてはなりません」
「ああそういえば……」
キルミットはファルイとルートンによって2穴……いや、2ヵ所攻めにあっていたのを双弥は思い出す。
しかしもう一方はイコ姫によると適当にちょっかいをかけているだけの様子らしいし、急いで救援に向かう必要はなさそうである。
それにルートンはファルイとの付き合いで攻撃しているはずだから、ファルイ撤退の情報を得れば引っ込むはずだ。
ならば戦わずして撤退させることも可能と思われる。今度こそ無血勝利を収めたいところだ。
そうなるとこの破壊……いや、殺しの申し子『り〝リッパー"・Killミット』をどうにかせねばならない。
「あのさりりっぱさん」
「なんでしょうか?」
「俺と鷲峰だけで行っていい?」
「それはできません」
「な、何故?」
「まず双弥様が行ったところで場が混乱するだけです。周囲の方々は双弥様がキルミットの勇者であると知らないはずですから」
「うぐっ」
双弥の知名度はない。いや、あるといえばあるのだが、キルミットでは犯罪者という認識になっているのだ。後から訂正したところで最初の印象というものは拭えない。
1年前のことだから誰も覚えていないだろうが、そんな人物が突然現れ、自分はキルミットの勇者だと名乗ったところで誰も信用しない。
それどころか勝手に勇者を名乗る不届きものとして攻撃されるかもしれない。そして鷲峰に気付いたものから敵側のスパイだと認識され、余計な衝突に繋がる恐れがある。
「でもリリパールが言うようにファルイが体勢を整えてまたやって来るかもしれないから、ここをあまり空けるわけにはいかないだろ?」
「あれだけの軍勢を一度戻して再び攻撃させるにはどんなに早くても1か月ほどかかるはずです」
通常、軍の移動は1日20~30キロがせいぜいだ。強行軍であれば50キロ移動とかもあるが、兵士は疲弊してしまう。数万も兵士がいると全員が馬の世話になれるわけではなく、それどころかほとんどが徒歩であり更に装備まで持っての移動だから仕方がない。
「それにあちらでも怪我をしている方々がいるはずです。私の治癒魔法が役に立つはずですから」
「まあリリパールの治癒魔法なら生きていれば治せるからな。だけどここにもまだ負傷者がいる。こっちは放っておいて大丈夫なのか?」
「大怪我の方は治療終えましたし、元々軍の治癒部隊がいます。それに先ほど治癒魔法団を追加で呼ぶように伝えたので数日中には来られるでしょう」
「いや数日じゃ無理だろ。近くの町から馬車だと1週間くらいかかるんじゃないか? 伝令の到着を考えたら10日以上は必要だろうし」
「いいえ、5日くらいです。キルミットは道がいいので。キルミットは道がいいので!」
大切なことだ。
キルミットのインフラ整備はこの大陸ではかなり整っている。道が良いということはそれだけ馬車が走りやすく、1日の移動距離を長くできる。
しかし先ほど鷲峰に散々いじられ不貞腐れモードに入りつつある双弥はドヤパールに対して素直な感想を言う気にはなれなかった。
「だけどやっぱり向こうの大陸の道と比べるとなぁ」
意地悪なことを言ってみるとくやしそうな顔で双弥を睨むぐぬパール。
「で、でしたら双弥様たちでどうにかできないでしょうか。あちらも魔王らが整備したのですし、勇者様方も同じ世界から来られたのですから可能ですよね?」
「でもコンクリートってどうやって作るか知らないし……」
「双弥は本当にものを知らないね。きみの知識量はニックのノートくらいしかないんじゃないか?」
「誰だよニックって」
「ハイスクール時代の同級生だよ。彼は授業中にいやらしい言葉を書くためだけにノートを持っていたのさ。きっと彼は将来日本のHENTAI雑誌に載るんじゃないかな」
そんな一部にしか知らないような人物を引き合いに出されても困る。だけどジャーヴィスにそんなことはどうでもいいことであり、相手を茶化せれば万事OKなのだ。
「じゃあお前はコンクリートをどうやって作るか知ってるのかよ」
「当たり前だよ。コンクリートはセメントに水と砂や砂利を混ぜたものさ」
「お、おう」
ジャーヴィスはたまにとんでもない知識をひけらかす。大抵は普通に生活するなら必要としないことばかりだが。
ひょっとしたら彼はイングランドで左官か土木業を勤しんでいたのかもしれないと思われるだろうが、ジャーヴィスは現在まで働いたことがない。大抵はテレビかネットの情報の鵜呑みだ。
「だけどセメントコンクリートの道にするならホイールにゴムタイヤが必要だね。あとショックアブソーバがあったほうがいいかな。あ、ホイールはスチールじゃなくてアロイがいいな」
だからこそ知識は偏っており、こんな無茶苦茶なことを言ったりもする。この世界にもアルミくらいあるだろうが、アルミ合金を作れる知識は誰にもない。もちろん言い出しっぺのジャーヴィスにも。
「さすが自動車バカの国のジャーヴィス。お前がいればこの世界に地球同様のインフラができそうだ」
「やっと僕の凄さがわかったみたいだね。任せてよ!」
もちろん任せられない。何故かというと彼はセメントの作り方を知らないからだ。
「で、ではキルミットがあちらの大陸のように未来化できるのですね!?」
「ははっ、これは近代化と言うんだよ。なにせこの世界はローマの街並みよりも時代遅れなんだから。ほら空をプテラノドンが飛んでるよ!」
バカにするのにも程があるだろと思いながら双弥はジャーヴィスの指さす方向を見る。
するとそこには確かにプテラノドンらしきものが飛行しているように見受けられた。
数はおよそ300。しかもその背には人が乗っているようだった。
「ばっか、ありゃワイバーンだ!」
「ホワッ!?」
ワイバーン兵。それは翼竜と呼ばれる生物に乗り、空から奇襲を行う兵のことだ。
ワイバーンは厳密に言えば
環境が似ていれば全く別な生物も同じような姿になる。つまり収斂進化だ。
ドラゴンは人間の力でどうにかできるほど弱くない。しかしワイバーンはなんとかなる。それで飼養、調教され兵装となるのだ。
恐らくキルミット側の勇者──双弥に遠距離攻撃はできないと踏んだのだろう。なにせ離れたところへ攻撃できるのならば本人が突撃する必要がないのだから。
「キルミットにはワイバーン兵っていないのか!?」
「いるわけありません! あんな非実用的なもの!」
「えっ? 凄い使えそうな気がするんだけど」
「人を乗せたワイバーンの連続飛行距離は20キロほど。つまり片道10キロ以内まで接近させなければなりません」
更に言うとワイバーンが人を乗せて飛べる1日の最大距離は50キロ程度だという。なにも載せていなければ200キロくらい飛べるが操るはずの人間がいないため制御できない。それでいて食事は1日仔牛を1頭くらい喰うほど燃費が悪い。
空襲できるのは強みだが、それ以外のデメリットが大きすぎるため大抵の国は手を出さない。
だが今回の場合、この空襲がかなり役に立つ。何故なら双弥の欠点は遠距離攻撃ができないことだ。
ある程度の距離ならば刃喰で攻撃できる。しかし上空相手には限界があり威力も落ちる。
アルピナもジャンプで届かない高さではもはやお手上げだ。
弓も届かない高度だし、攻撃魔法も無理だと思われる。
「くっ……、こうなったら迅! 頼む!」
「駄目じゃ! 迅を出させるわけにはいかん!」
「大丈夫だ。あれだけの距離があればこちらの顔を確認できないはずだから、誰が出したかわからない」
確かに今はまだ数キロも離れているため、こちらの顔を確認できないだろう。やるならば今だ。
「だがあの高さから落ちたら……乗っている兵は死ぬよな」
「あー、そうだろうなぁ」
ワイバーン兵は高度800~1200メートルを飛ぶ。さすがにその高さから落ちて生きていられる人間なんてこの世界でもそういない。
「お前は自分が殺すことを拒否するくせに他人へは殺せと言うのか」
「迅」
「なんだ」
「仕方ないんだよ。悲しいけどこれ、戦争なのよね」
「……まず貴様からぶっ殺す!」
「おう来てみろごるあぁ!」
キレた鷲峰は聖剣を抜き、双弥は妖刀を放り投げた。
戦後の双弥の精神はいっぱいいっぱいだった。だというのに追い打ちをかけるようなことを言われ苛立ちが頂点に達し、とうとう鷲峰に喧嘩を売るほどになってしまった。
とはいえ、双弥を挑発し追い込んだのは鷲峰であり、自業自得なのだ。
「なんのつもりだ!」
「へっ。てめぇなんざ素手で充分だ!」
「ク双弥の分際で生意気な。ならば俺も素手だ!」
鷲峰も聖剣を投げ、双弥に対し構えた。
「はんっ。俺に対して素手とはいい度胸だな! その構えは柔道……いや、レスリングか? やったことないだろ。そんな知識だけでどうにかなると思ってんのか!」
「授業で習ってる。ク双弥程度のお遊戯拳法には丁度いい」
「どんな学校だよ! ……で、グレコローマンか?」
「なんかあっただろ。あずキャットだかあずにゃんキャッチだかってやつ」
「……キャッチアズキャッチキャンのことか?」
「ああそれだ。ク双弥なんてそれで充分だ」
鷲峰のヲタ発言により、双弥の気分は少々抜けてしまう。だが相手がやる気ならばやらざるをえない。
「あの、じゃれているところ申し訳ないのですが、ワイバーン隊が近付いています!」
「「あっ……」」
今は切迫したこの状況をどうにか切り抜けないといけない。双弥と鷲峰の喧嘩はリリパールが預かっとくこととなった。
「ちっ、まあいい。どうせいつかは越えないといけないことだと思っていたし、丁度いい」
「よっ! さすが迅! かっこいい!」
その瞬間、双弥の背後に
鷲峰のDDNPがワイバーン隊を撃ち落としていく。突然現れた龍に空は混乱し、慌てふためくわいバーン兵たちは格好の的となっていた。
「た、退却ううぅぅ!!」
隊長らしき人物が危険を察し退却命令を出す。だが再攻撃をさせないために鷲峰は追撃してみるが、ぶつかるのがやっとで撃ち落とすには至らなかった。
「ちっ、無理か」
日本にある現物のDDNPの速度が凡そ時速170キロほど。鷲峰が出現させているのは250キロ程度だろう。
対するワイバーンの最大速度はせいぜい200キロ。相対速度は50キロほど。
この速度なら車で人間にぶつかれば死ぬこともあろうが、相手はワイバーンなため倒しきれない。DDNPでの攻撃はここまでとなった。
「よくやったな迅。これで仲間だ」
先ほどキレていたのは演技だったようだ。どうやら挑発して鷲峰を自らと同じ土俵に立たせたかったらしい。
しかしそう言って鷲峰の肩に乗せた手は振り払われた。
「一緒にするな。俺は自らの手で行った。だがこれはこの先この世界で生きていくには必要なことなんだ。いつまでも日本人気分で居られない。俺には守る人がいるんだ!」
男……いや、漢の決断だ。チャーチストのため彼は祖国を捨てた。これは覚悟の証明なのだ。
「それでお前はなんなんだ双弥。いつまで日本人を気取るつもりだ? 戻らないと決めたのは口だけか? それとも一生そんな感じなのか?」
「いやまあでもさ、それで俺が死ぬわけじゃないし……」
この世界における勇者の力は絶大だ。人間如きがどれだけ束になって襲い掛かろうとも傷一つ与えられない。特に双弥が破気を取り込んでいる状態は勇者史上最硬と言える。
「そうやって倒さず見逃した悪党が更に多くの人を殺したらどうする? その中にもしエイカたちが含まれていたら? 貴様はそのときこう思うはずだ。『あのとき殺しておけばよかった』と。彼女の死体の前でな」
「……そうならないよう注意する」
「注意すればどうにかなるとか思ってるのか? どう注意する? 四六時中張り付いているつもりか? お前が守るべき相手は1人だけなのか? 常に全員を傍に置くつもりなのか?」
「そ、そんなに言うなよぉ……」
もはや涙目な双弥。口論で鷲峰に勝とうだなんて10年早い。
「……ほんとお前は戦い以外はダメだな」
鷲峰は双弥の甘さにため息をついた。
この世界での死刑は中世ヨーロッパよろしく市民の娯楽と化していたりもする。だから街中で幼女が「ままー、ざんしゅがはじまるよー」と言えば母親は「あらあら、早く見に行かないとね」などと答えるのが普通であったりなかったり。
つまり人の命は決して重くない。特に犯罪者の命なんぞ水素よりも軽い。善良な市民が巻き込まれる可能性があるならばなんとかするべきである。殺されないとわかったら悪人はつけあがる世界なのだから。
「とにかくここは俺が見ていることにする。再びワイバーン兵を放ってくる可能性があるからな。お前はリリパール姫と向こうの戦場へ向かえ」
「……ああ」
「その間にお前はちゃんと今後のことを考えておけよ」
「…………」
双弥は項垂れたままリリパールと共にルートン行き新幹線へ乗り込んだ。
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