第141話

「全く、双弥は難しく考え過ぎなんだよ。気に食わなかったから殺す。そんな感じで考えればいいんだよ」

「それは流石にひどすぎないか?」

「悩むよりはマシさ。それでもこの世界では捕まらずに生きていけるんだから。警察もいないしインターネットもないんだからね。それに勇者を捕らえられる力がある人間なんていないさ」


 移動中、双弥はジャーヴィスからお気楽殺人講座を受けていた。


 とはいえジャーヴィスも魔物を殺したことがあるだけだ。精々地球で共に過ごした同級生の一部をこの世界に呼び出し恨みを晴らす妄想を脳内でしている程度である。


「そこはほら、狩猟民族と農耕民族の違いじゃないかな。俺たち日本人は争いを好まないの」

「ははっ、散々内戦をしていた国民がなにを言っているんだ。それにイングランドから購入した戦艦でイングランドへ攻撃してきたのも君たちだよ。おかげで最強艦隊は壊滅さ」

「それは……」


 攻撃的な性質に狩猟民族も農耕民族もない。そもそも西洋の人間だって基本は農耕であり、誰も彼もが狩りをやっていたわけではないのだから。



 とにかく無駄に殺戮を行う必要はないが、いざというとき躊躇しないだけの神経はなくてはならない。それが出来ぬのならばさっさと日本へ帰ったほうがいい。

 特にこれから創造神がなにをしてくるのかわからないのだ。1人2人葬れなくてどうする。


「でも人間だぞ。魔物と違って話は通じるし、獣と違って食えないんだから殺す理由なんてないだろ」


「双弥がそう思うのは構わないさ。だけどその考えはとても危険だということは理解しておくべきだね」

「うーん、やっぱり物騒なことはどうかと思うんだよ」


「物騒だと感じているのはきみ自身のルールの中だけだってことだよ。日本で警察が銃を犯人に対して突き付けてきたと聞いたらそう思うだろうけど、別に撃たれたわけじゃないならいいじゃんと答える国の人も多いってことさ。世の中の決まりごとは世の中が決める。きみがきれいごとを宣って回りに強要することじゃない」


 日本が平和なのは銃を個人で所有していないからだ。だから日本の基準を各国で言ったところで皆は従わない。もう既に出回ってしまっているものを回収するのは容易でないし、犯罪者は特に引き渡さないだろう。そうなると一般人も自らを守るため手放したりしない。

 大抵の国では警察もすぐ銃を突き付けるし、武器ありきの生活が当然となっている。安全のために武器を規制するのではなく、安全のために武器を構えるのだ。



 たまに真面目なことを言い出すからジャーヴィスは面倒くさい。普段アホなことを言っているせいで素直にそれを受け入れられないのだ。


「でも、だけどさ、俺は勇者であって普通の人たちとは比べものにならない力を持っているんだよ。それで普通の人たちを蹂躙するのはちょっとなぁ」


「双弥は勘違いをしているよ。確かに彼らは戦争でありあの場が戦場だからこそ戦っているだけに過ぎない。こんなことがなければ彼らだって普通に過ごしていたんだ。国の命令だから仕方なく戦っていたと言ってもいいよ。だから僕らのような力のあるものはなるべく関わらないか、加減してやったほうがいい」

「だろ? だから俺は──」

「それでも見せしめというわけじゃないけれど、歯向かったら危険だとわからせるために死人を出す必要があるんだ。犠牲は少ないに越したことないけれど、こっちも殺す気でいるんだと思わせないと相手は調子に乗るよ。なあに、あいつらも戦場に出ているんだから死ぬ覚悟くらいはできているさ」


 ジャーヴィスの言い分もわかるし、それを言い返せるだけのことを双弥は知らない。日本の安全というのは世界から見ると異常であると認識しなくてはならない。

 双弥はこの世界に来て色々と危険な目にもあっている。しかし生まれ今まで育ってきたところの感覚から抜け出せないでいた。


「……わかった、ごめん。俺も考え直さないといけないんだな。簡単にとはいかないだろうけど、もしなにかあったときには躊躇わず殺せるだけの気を持てるよう心掛けるよ」

「イエス! がんばってよね双弥。きみがやらないと僕は誰に守ってもらえばいいのかわからないじゃないか」


 ジャーヴィスの真意を聞いて双弥は安心した。やはりこいつはただのロクデナシだったのだと。



 ジャーヴィスをぐりぐりと踏みつけることで精神的落ち着きを取り戻した双弥は、同行者を確認するため車内を見回す。

 すると兵の心配をするリリパールをなだめるようにイコ姫が話しかけているのに目がいった。

 何故イコ姫が着いてきているのだろうか。


「イコは残らなくてよかったのか? 迅はあっちなんだし」

「う、むう。先ほどああは言ったがエルザ姫はあれで狡猾でな。少々心配ごとがあるんじゃ」

「ふぅん……」

「落ち着いてる場合ではありませんよ双弥様! 大切な国民があの詐欺女の魔の手に落ちているかもしれないのですよ!」


 リリパールは目に涙を浮かべて訴える。

 かわいい女の子が泣いているのに心を痛めぬ双弥はいない。

 そうなると不安は伝染し、いつしか双弥までそわそわしはじめる。


「き、きっと大丈夫だ! もしなにかあったら俺がなんとかしてやる!」

「……双弥様がなんとかできるのですか?」

「ああ。最悪、ルートン兵を全滅させるだけの覚悟をしておく」

「双弥様……」


 素敵! 抱いて! くらいの眼差しを双弥はリリパールから受けている気分になった。

 そして安心したであろうリリパールのため、シートへ深く座り目を閉じ、覚悟を決めようとしていた。


 人を殺す覚悟というものを。





「────こ……これはどういうことなんです!? 双弥様…………っ」

「見ちゃ駄目だリリパール!」


 到着早々、双弥は慌ててリリパールの目を手で覆った。

 彼らの目の前に広がる光景、それは予想もしていなかったものであった。


 ルートンはファルイの手前、ちょっかいを出して兵を分けているのではないかとイコ姫は読んでいたのだが、不安要素もありここまで確認しに来た。そしてその予感がある意味的中。これはあまりにも酷い状況だった。


 まず正面。数人で球を蹴り合って遊んでいる。

 奥では槍投げの飛距離を競っている。

 右のほうでは石のようなものを投げ、それを剣でバットを振るうように切っている。

 あとは槍を使い地面にある石を打っていたり。

 あちこちで様々な遊戯に興じ、それを周囲は酒を飲みながら笑いつつ眺めていた。


 遊んでいる。誰がどう見ても敵味方入り混じり遊んでいるようにしか見えない。 



 リリパールは信じていた。こちらでも敵軍ルートンからの侵略を拒み、必死に戦っているのだと。

 ファルイとの戦場では少なくとも怪我人、そして死者も出ていた。

 だというのにこちらはそんなことどうでもいいとでも言いたげに、遊びと酒に耽っていた。

 信じていた自国民に裏切られた気になり、ショックを受けているかもしれない。


 ふらふらとよろけるリリパールを双弥は支え、後ろへ振り返る。


「イコ、リリパールを車両に! 落ち着かせてやってくれ」

「う、うむっ」


 イコ姫はリリパールを振り返らせぬようそそくさと車内へ戻っていった。

 それを見送った双弥は怒りを表情に隠さずつかつかと兵たちの傍へ近付く。



「うるああぁぁぁ!!」


 双弥は最大破気で妖刀を振るい、地面に叩きつける。それと同時に刃先から破気を噴出させると大爆発を起こしたように地面が噴き出す。両軍はその轟音と光景に固まってしまう。



「……おうコラ、双方隊長を出せ」

「なっ、なんだ貴様は!」

「勇者だよ。てめぇらのな」


 そこで兵たちはざわつく。あんなやついたっけ? ああそういえば弱っちいのがいた気がする。他の勇者と戦ってボロボロにされたやつだろ。あいつって魔王の仲間なんじゃなかったか? そんな内容の会話が聞こえる。


 苦虫を噛み潰すような表情をしている双弥の周りを、数人の屈強な兵士が武器を持ち出し近寄ってきた。


「ふん、なにが勇者だ。貴様なんぞ我々────」


 兵士の言葉はそこで終わった。不審に思った周囲の兵たちが近寄ろうとしたとき、彼らの構えていた武器は砕け、鎧は剥げ落ち、膝をついてその場で倒れた。

 誰一人双弥の攻撃が見えたものはいない。驚愕している男たちを双弥は冷たい目で見下している。


「あのな、俺ちょっと怒ってるわけ。りりっぱさんお前らのことずっと心配してたんだぞ。なのになんなのお前ら。遊び呆けて。あっちの戦場では死者も出てんのに申し訳ないと思わないの?」


「リリ……、リリパール様が……」

「んでもってお前らが酒びたりになってる姿を見ちまったんだよ。どうするつもりだ?」


 兵士たちはお互いの顔を気まずそうに見合う。


 苦々しい顔を兵たちに向けていた双弥は、こそこそと抜け出す兵を見つけた。もちろんルートンの兵たちだ。

 まるで自分たちには関係ないと言わんばかりの態度に双弥は苛立ちを見せた。


「てめぇらもだルートン兵! ……ったく余計なことしてくれやがって」


「全く、ほんとなっていないよね」

「おうジャーヴィス。お前が言うのもムカつくが言ってやれ」

「ゴルフのスイングはもっと肩の力を抜いてだね」

「てめーもSEKKYOUだ! 全員SEIZAしろ!」



 こうしてキルミット及びルートン、それに加えジャーヴィスの総勢3万の兵が双弥の前で正座した。

 そしてくどくどとSEKKYOUをかます。味方が全員無事だったことは決して悪いことでなく、むしろ喜ばしいことであるが、だからといってそれが遊んでいい理由にはならない。それはそれこれはこれである。


 もちろん敵兵を足止めしていたことに関しては功績と言えないこともない。しかしそれは全員でやるようなことなのだろうか。大半を長いこと戦闘をしていたファルイ側へ向かわせることもできたのではないか。やさしく言うとそんな感じの内容だ。



 双弥はくどくどとそのような話をし、一区切りついたところで叫ぶ。


「いいかお前ら! これからリリパールをここへ呼ぶ! 言い訳は俺がしてやるが、ちゃんと謝れよ!」



 双弥はのしのしと車両へ向かい、イコによって落ち着きつつあるリリパールを連れ出した。



「あ、あの、双弥様。先ほどのは一体……」

「いやまあ、あれは……足止めの手段だ。平和を愛するキルミットの国民が誰一人傷を負わず尚且つ敵兵をこの場より先へ行かせないというナイスアイデアなんだよ」


「それでジャーヴィス様まで何故拷問座りを?」

「あいつはついでだ」


 ついでで正座をさせられるとか酷い話に聞こえるが、ジャーヴィスなら仕方ない。なにせ彼は自業自得であるにもかかわらず恨めしそうに双弥を睨んでいるような人物なのだから。


「ですがさっきのはどう見ても遊んで……」

「俺がいた世界ではガチの戦争もあったけどさ、同じルールでそれぞれ代表を出して競わせる平和的な戦争もあるんだよ。オリンピックっていってな、それぞれ国の力を見せつける一大イベントだったんだ」


 本当ですか? と言いたげな視線をリリパールはジャーヴィスへ向ける。

 双弥の信用はジャーヴィス以下だというわけではなく、聞いてもいないようなことまでベラベラ喋る双弥はなにかを誤魔化しているということを知っているためだ。


「まあ確かにあれはそういう面もあるね。でもイングランドはフットボールのほうに力を入れているんだ。スポーツは国の威信をかけた戦いさ」

「そうなんだ。きっとジャーヴィスがルートンにいたときそんな話を兵たちにしたんだと思う。そうだよな?」


 双弥は振り返りルートン兵を睨みつける。すると彼らは無言で必死に頷いた。


「……ですがそれだと平和的解決を望んでいたのが敵兵側ということになるのでは──」

「さ、さあお前ら! 戦いはこれで終了だ! ファルイを退けたからルートンは速やかに撤収しろ! でなければ俺が相手になってやる!」


 無駄なところで鋭いツッコミを入れるリリパールの言葉を聞こえなかったふりをし、双弥は手を叩きルートン兵を追い返す。



「……ぐっ、がああぁぁっ!」


 双弥に追い払われ、立ち上がり去ろうとしたルートン兵たちは突然倒れ、もがき苦しみ始めた。

 その光景を見てリリパールは驚き、すぐ理由を察しにやりとする。


 ──そう。彼らは今足を痺れさせているのだ。

 双弥がSEKKYOUで時間を稼ぎ、リリパールを連れてくるまで1時間ほど。正座に慣れていたとしても足を痺れさせるには充分の時間があった。


 触りたい。ペシペシして更なる地獄へ突き落としたいという願望がリリパールの心を蝕む。

 痺れろ。苦しめ。聖なるキルミットを汚す醜物どもが、と。闇堕ち寸前だ。


 だが大切なことを忘れてはいけない。彼女の愛する国民たちもこの後同じ苦しみを味わうということを。


 そしてもがき苦しむルートン兵を今ごろ来て青ざめる影がひとつ。


「なっ……、なんじゃこりゃあああぁ!?」



 ルートンの姫、エルザ姫であった。

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