第142話
「お久しぶりですねエルザ姫」
「げっ……、リリパール……っ」
リリパールに気付いたエルザ姫は、顔をひきつらせる。
エルザ姫の認識だとリリパールは双弥と駆け落ちし、再び会うことはないはずだった。
だがマリ姫は行方をくらましているだけだと思っており、引き戻すため戦争を行ったのだ。
だからもちろん侵略する意図もなく、この戦争に大きな意味はなかった。
外向けには外交上の問題、交渉の決裂、キルミット側の不敬としており、内向けには近隣弱小国に対する牽制、そして兵の実践的訓練としていたのだ。
エルザ姫はそんなところだろうと感じ、例えこの戦で功績を上げたとしても得られるものはあまりないのではとし、ならば無駄な戦闘を行わないほうが合理的だとこのような状況に持ち込んでいた。
だというのにまさかのリリパール。これには焦る。
「なっ、なんでお前がここにいるんだ!」
「あら、相変わらず粗暴な口ですね。これだから野蛮な国の王族は」
「こ……、このぉっ」
リリパールのくせに生意気だと言いたかったが、いつもとあまりにも態度が違うため、それから先の言葉を濁す。
「は、ハァイプリンセス」
「ジャ……ジャーヴィス!? なんであんたまでこんなところで……」
更には自国の勇者ジャーヴィスまで相手側にいる。これは完全に理解できる範疇ではない。
「とりあえず一通りの説明をしておくか?」
完全にパニックを起こしているエルザ姫を見て、これでは話し合いもなにもないなと感じた双弥が一歩出て話をすることにした。
「──まあその、つまり。勇者5人が力を合わせ、魔王を倒したっつーことでいいんだな?」
「そういうことだな」
「なんだそりゃ凄いことじゃないか! やったなジャーヴィス」
「まあね! 僕にかかればあんな連中余裕だったよ!」
偉そうに胸を張るジャーヴィスを見て、双弥はなんでこいつこんな自慢げなんだと呆気にとられる。
なにせまともに戦ったのは双弥だけだ。これは気分がよろしくない。
「……お前、逃げまわってただけって聞いたぞ」
「ホワイ!? 誰がそんなこと言ったんだ!」
「ジークフリートだよ」
「なんだよ! 僕より魔王のあいつの言うことを信じようっていうのかい!?」
「当たり前じゃないか」
ジークフリートは格闘バカの王と遊び人ハリーを纏める苦労人であり、言うなれば魔王側の双弥なのだ。だから彼と双弥はシンパシーがあり、勇者側の
「そういうわけです。魔王と正面から戦い、勝利を収めたのは双弥様だけです。まああなたのような粗暴な人間には人を見る目がなかったということですね」
「レディ・リリパール。彼女を悪く言うのはやめておくれ。確かにうちのプリンセスは
「てめっ……ジャーヴィスうぅぅ」
「そんな恨めしそうな顔をしないでくれよ。僕はただきみがビールしか飲み物を知らないナ◯スどものような扱いを受けるのを黙っているわけにはいかないんだ」
「……ちっ。てめーの例えはぜんっぜんわかんねぇんだよっ」
ここは地球ではないのでナ◯スとかビールなどと言われても通用しない。世界的に有名であっても異世界的には無名であるということをそろそろ学んでもいいころだと思われる。
「……わかった。ここはルートンの負けということにしておこう。
「そうしていただけるとありがたいです。形はどうあれルートンの
「ちっ。まあいいさ。予想外にリリパールがアホで助かったぜ」
「……どういうことです?」
「教えてやる義理はねえな。行くぞジャーヴィス」
踵を返し、去ろうとするエルザ姫。しかしジャーヴィスはそれに追随しようとはしない。
「待ってよプリンセス」
「ああん?」
「プリンセス。僕はあちらへ戻るつもりはないよ」
「何言ってんだ。魔王は複数いててめーはその一人を一応は倒したことになってんだろ? 充分な功績じゃねぇか。国を挙げて凱旋する必要があんだよ」
「悪いけれど僕はそんなものを望んでいないよ」
「てめーの望みなんて関係ねーんだよ。『我が国の代表が魔王を倒した』という事実を国内にアピールする必要があんだよ」
エルザ姫は、自らが選んだ勇者が魔王を倒したことを国民にアピールすることで、王族への忠誠心や神聖視を上げるつもりなのだ。
凱旋なんてジャーヴィスのためにやるはずがない。全て国のため、延いては自分のためである。
「いや、でも……」
「いやもクソもねーんだよっ。おめーには妹姫でもくれてやるからルートンで一生引き篭もってろ!」
なんということだ。王家公認のニートなど誰もが喉から手を出してでも欲するものである。ロイヤルニートなんて最高ではないか。
だというのにジャーヴィスは首を振り目を伏せる。
「それはできないよプリンセス」
「ああん? 妹が不満だってのか? ふざけんなよ」
「僕にはその……、婚約者がいるんだ」
「…………はい?」
エルザ姫はジャーヴィスが何を言っているのか一瞬理解できなかった。というか、ここにいるジャーヴィス以外の人間は何を言っているんだこいつという顔をしている。
「おいジャーヴィス、適当なこと抜かしてんじゃねえよ!」
「ほんとだよ! ねえ双弥!」
「えっ、お前婚約してたのか!?」
「ホヮッ!?」
信じられないといった表情でジャーヴィスは双弥を見る。
「しっ……知ってるはずだよ双弥は! アセットと僕は婚約しているんだよ!」
「……ああ、それさ、お前が婚約していると思っているだけじゃないのか?」
双弥はアセットから一度断られていることまでは知っている。それから先はジャーヴィスの心構え次第ということになっていたのだが、その後のことまでは知らないでいた。
ちなみにジャーヴィスはまだOKをもらっていない。
「な、なんてことを言うんだこの児童ポルノが合法なキチガイ国の人間は!」
「日本でだって違法だよ! いい加減なこと言うな!」
「双弥様、児童ポルノとはなんでしょうか」
「りりっぱさんは知らないでいい!」
そう、りりっぱさんは知らなくていいことだ。この世界にはまだ早すぎる法である。
「レディ、双弥は年端もいかない小さなレディの裸を見て興奮するHENTAI国家の人間なんだよ」
「しねえよ! 日本国民バカにすんな!!」
「でも双弥はするんだろ?」
「俺がするからってみんながするわけじゃねえよ!!!」
つい頭に血を昇らせて反論してしまい、今更ハッと気付いた。
ジャーヴィスがにやにやしている。言葉質を取られてしまったのだ。
「い、いや、今のはあくまでも、ものの例えだ! 俺だって興奮しないからな!」
「僕は知っているんだよ双弥。きみはエイカのスカートがめくれるたびに中が見えないかと体をかがめているんだ」
「パンチラはロマンだろ! 児童ポルノと一緒にすんな!」
パンチラとはあくまでも不可抗力であり、そこにあるのは児童ポルノなどというものとは根本から異なる。
偶然とはいえ見えたことで人々は神に感謝をし、また1日頑張ろうという活力を得る。決して犯罪ではなくあくまでもご褒美である。そんな風に考える男性が多いという統計があるとかないとか。
もちろん覗くのは犯罪であり、ミニスカートの中にタコは存在しない。せいぜいたこ焼きのようなものが2つ入っている可能性がある程度だ。
つまり双弥のやっていることは犯罪に限りなく近い。
「双弥」
「なんだよ」
「そういうのは見なかったことにしてあげるのが正しい男の対応だよ」
「なっ……」
そう。本来ならばめくれ上がったとしても見えていなかったとしなくてはいけないし、見えそうであったら目を逸らしてやるべきなのだ。知り合いであれば気付かれぬようそっと直してやるのもいい。それをロマンだとぬかすのは最悪と言える。
「あの……」
双弥が愕然としているところにリリパールが口を挟む。ジャーヴィスは折角双弥をいじるチャンスを潰されてしまったわけなのだが、今はそういうことをしている場合ではないのだ。
「今気付いたのですが、エルザ姫がいません」
「えっ」
ジャーヴィスが調子に乗っているところに好機を見出し、ルートン兵はこっそりと撤退していたのだ。
こうして表上ではキルミットと2国の戦争がキルミット勝利で終わった。
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