第143話
リリパールは愚かであった。
エルザ姫が残した言葉の意味を知るには大して時間がかからなかった。
なにせ大陸でもトップクラスの強国であるファルイとルートンの2カ国と戦争状態になり、勝ち越してしまったのだ。このニュースはとんでもない速度で周辺国へ届く。
今まで弱小国のふりをしていたのがバレてしまった。これによる影響は計り知れない。
「父上、これはもう潔くキルミットは強国であると宣言しましょう」
「い、今更そんなことをするのもなぁ……」
「しかし、そうでもしないと収拾がつきません」
リリパールは発言権が無いため会議に出ていないが、家族中大混乱に陥っている。
キルミットは今まで所謂土下座外交により国を栄えさせてきた。資源は無い──ように見せかけ、兵力も大したことないように見せかけ、周辺国などから甘く見てもらえていたのだ。
主な恩恵としては国関での税や、鉱物などの売買価格を安くしてもらえていた。
周辺小国からしてみれば、ファルイやルートンなどの強国の緩衝材としてキルミットには存在してもらわねば困るため、保護する必要があったのだ。
しかし今回、両国から攻撃されて耐えるどころか、跳ね返してしまったのだ。特にファルイなんて兵に大打撃を受けてしまっている。そんなことができる弱小国など存在しない。
キルミット公国が今まで秘匿としていたことが公になってしまい、国内外全てが対応に追われてしまった。
だがそんなこと全く関係のない人々もいる。
「────はい、確かに承りました。本日よりよろしくお願いしますね、双弥さん」
「任せてください」
双弥たちは現在、野へ下りホワイトナイトになっていた。
キルミットは現在周辺国との折り合いで多忙を極めており、何かをできるような状態ではなかった。
というよりも、キルミットは双弥に責任をなすりつけ、更には渦中のはずの双弥を不在にさせるため放り出したといった感じだ。
責任をなすりつけたというとかなり人聞きが悪いため、補足しておこう。
キルミットがファルイを退けられたのは、戦争中に丁度魔王を倒した後の勇者が帰ってきて、劣勢のキルミット軍に加わることでファルイを追い返すことができた。つまりキルミット軍がそこまで強いわけではないという説明をするつもりである。
事実として、ファルイ軍と戦い後退させたのはほとんど双弥──というか、双弥の追加装備である刃喰とアルピナであるため、嘘ではない。その場にいた兵士たち全てが証人となる。
しかしそうなると周辺小国としては勇者を、双弥を出せという話を持ち出してくる。
もちろん糾弾するとかそういった話ではない。ファルイ連合をたった一人で敗北させるだけの力がある男だ。是非とも良い関係を築きたいに決まっている。
そうなると、やれ求婚だの妾だのという話が飛び出し、双弥は流されるままハーレム御殿の主になってしまうのだ。
夢のハーレムが手に入るということで、鼻の下を延ばしていた双弥に不快感を覚えたリリパールは、とにかく政治的な問題に巻き込まないためという名目で、暫しの間遠く離れた地へ追い出すことにした。
そして現在、双弥がいるのは以前訪れた地であるオウラ共和国だ。
追い出されたと言われたら聞こえは悪いが、双弥としてはむしろ望んで来ていた。
冒険者になって気ままに生活をしてみたい。そんな夢が彼にはあったのだ。
日本にいたときは異世界なんて妄想の世界だと思っていたし、こちらに来てからは勇者をしていた。つまり今がチャンスなわけだ。
別に勇者が嫌というわけではないのだが、思っていたのとなんか違っていた。
ならばと思い次に目指すは冒険者。
しかしこの世界には冒険者なるものは存在しない。冒険なんかに金を払う人がいないためだ。
その代わりにいるのがホワイトナイト。言わばフリーの騎士だ。
仕事は主に、商人や街道を移動する人たちの護衛、町周辺の魔物の捜索及び討伐。確かにこれで冒険者という呼び名は当てはまらない。
ちなみに双弥はキルミットを出る際、キルミンホワイトナイトAランクの資格をちゃっかりいただいていた。
キルミットのホワイトナイト協会のクラスは3。これはキルミットが魔物の少ない比較的平和な場所のため協会の力が弱い。
そこで作られるAランク証は、強い魔物の多い協会クラス1のオウラ共和国ではBランク扱いとされる。つまり現在の双弥はBランクだ。
「で、迅はいいんだけどなんでみんなもついてきてるの?」
「そりゃあ双弥一人じゃ心配だからさ」
案外双弥は一人でもやっていけそうであり、むしろ一人にして心配なのは
そしてみんなというのは、もちろんみんなだ。鷲峰&チャーチストやムスタファたち勇者と、更にエイカやアルピナ、アセットにエクイティまで。リリパール以外は勢揃いだ。
リリパールは政治的権力を持ち合わせていないのに、勇者付きの聖女だからと戦争の渦中に勇者をけしかけ、大勝利を収めてしまったのだ。
これは問題だ。国民、特に兵士たちのリリパール熱が更に増し、アイドルどころか神格化されつつある。この際だからキルミットをリリパール王国としたらどうだという声まで上がっている。
こうなるとまずは国民の熱を冷ますことから始めなければならない。そのためリリパールは指揮権もないのに戦を操作させた戦犯という名目で幽閉された。
正確に言うと、1年も姿を消した愛娘がまた出ていくことを了承しなかった両親らが泣いて引き留めているだけなのだが。
「とにかく俺はBランクだからな、Gランクのお前とは組めないんだ」
「ずるいよ! 僕だって聖剣さえあればSSSSSSSSランクくらいにはなるんだから!」
今ないのだから仕方ないだろう。そしてそんなランクは存在しない。
そもそも適正テストにて最下位であるGランクを出したジャーヴィスが悪い。ちなみにムスタファがEランク、フィリッポがFランクだ。
「お兄さん、仕事見つけてきたよ」
「おっ、どれどれ」
そしてエイカは適正テストで最高ランクのDである。それ以上は信頼と実績が無くては昇格できない。
「黒森に棲むオーボーオーガの生息数調査、可能であれば掃討だって」
「メンバーは10人で現在3人欠員、つまり7人か。募集人数は3人っと」
「お兄さんはBランクなんだし、Dランクの仕事だったら2人分で計上してくれないかなぁって」
「そうだなぁ、交渉してみるか」
2人分で計上されれば、エイカと合わせて3人分の分け前になる。
双弥は決して貧しくはなく、ドラゴン退治のおかげでむしろ豪邸を建てたうえ一生遊んで暮らせる金を持っているのだが、そのほとんどをセィルインメイとティロル公団に預けているため、現在手持ちが寂しい。そのため少しでも稼ぎたいのだ。
「てなわけでちょっと仕事してくる。迅、すまないが後は頼んだ」
「ああ。でも後でちゃんと養ヴィス費は払えよ」
「わかってるって」
養ヴィス費とは、養育費みたいなものだ。どうせ1人では稼げないジャーヴィスを皆で仕方ないから養ってやろうという思いやり予算のことである。
「────んで、あんたらが助っ人ってわけ?」
「ど、どうもよろしく」
双弥とエイカは今、初任務のパーティーのもとへ行っていた。男5人、女2人。
「よりにもよってガキ2人かよぉ。しかもお嬢ちゃんはおしめ取れたばかりじゃねぇか?」
ギャハハと笑う剣士たち。
双弥はその馬鹿にした態度に怒りを感じつつも、喜びもあった。
(これだよ、この荒くれ感。やっぱ冒険者はこうだよな!)
「報酬は出来高でいい。それにこのお嬢ちゃん、甘く見てると痛い目じゃすまないぜ」
「ほぉ? んじゃお手並み拝見といくか!」
そしてこのパターンもお約束として双弥の心は躍った。これに勝って認めてもらい、このパーティーから、いずれはシルバーナイト協会のメンバーから認められ、人気者になれる算段までしている。
「……って、なんじゃこりゃあ!」
「なんだって酒じゃねえか」
双弥たちの目の前には、テーブルを覆い尽くさんばかりの数の木製ジョッキだ。それぞれにいろんな酒がなみなみと注がれている。
「強ええホワイトナイトは酒も強ええ。常識だろ?」
そんな常識はない、などと双弥は言えない。なにせ昨日今日ホワイトナイトになったばかりだ。ホワイトナイトの常識は全く知らない。
余計なことを言ってしまい疑われるのを避けるには、従うしかないのだ。
「ど、どうしようお兄さん! 私お酒飲んだことない!」
「ちょっと待てよ! こういう場合って戦って実力を計る場面だろ!」
「そんなことして怪我したらどうする? 死んだら? 無駄な危険を冒すほどのことでもないだろ」
至極尤もな話だ。
この世界では治癒魔法や回復ポーションの類が希少であるため、無駄なことに使いたくないのだ。
今まで双弥の傍には
「だけどエイカはまだ未成年なんだ。他の方法はないか?」
「ちょっと待て。未成年でホワイトナイトだぁ?」
「えっ、ダメなの?」
「いや別に駄目って話じゃないが……幼く見えるだけじゃなくてほんとにガキなのかよ」
パーティーの前衛、剣士らしき髭の男がアゴの髭をさすりながら困ったような表情をしている。
「悪いこたぁ言わねぇ。オーボーオーガはお嬢ちゃんじゃあどうにもできねぇぜ」
「Bランクの俺が保障する。エイカは普通のオーガであれば一人で倒せるんだ」
「あのな、お前たちが自分らだけで死ぬのは別にいい。だけど俺らはそれに巻き込まれたかぁねぇんだ。わかるな?」
「それはわかるが、こっちも生活があるんだよ」
生活のことを出されては他の連中も顔をしかめる。
「じゃあ別のテストしてやるか。おいBランク、ちゃんと責任取れよ」
「任せとけ」
一応とはいえ、双弥はホワイトナイト初仕事にようやくありつけそうだ。
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