第120話
「ねえフィリッポ。僕は思ったんだ」
崩落する廊下から逃げつつジャーヴィスはフィリッポに声をかけた。
「なんだ!? 聞こえねぇぞ!」
「全く、愛の言葉ならささやきでも聞こえるくせに。これだから仏国人は」
なんという言いがかりか。外で巨大重機が唸り、建物が間近で崩れているのだ。普通の声がそうそう聞こえるはずはない。
「いいから大声で喋れ陰湿英国人!」
「自国の王の首を切るような国民は下品でいけないね。会話ってのはもっと静かに……ってそんな話をしている場合じゃないか。フィリッポ! どうやら僕たちは進むべき道を間違えているかもしれないよ!」
「どういうことだ!」
「道を戻るということは城の内側へ向かうということなんだ! つまり逃げ場がなくなるんだよ!」
「ああそうだな! どこかで建物から出ねえとな!」
ガリガリと削られている魔王城から早く出なくてはいけない。バケットホイールにより削られているところからだけ逃げるのであればそんなに問題はない。しかしものにはバランスがあり、どこか重要な支えになっている場所が壊れることにより大崩壊を起こす可能性があるのだ。そうなる前に出なければ。
「そうだ! ここでリバプール大聖堂を出すのはどうかな!」
「なんの意味があんだよ!」
「以前出したんだけど、あのロクに感情を表に出さない根暗な日本人でさえ感動していたんだ! 同じユーロの人間として彼なら絶対に感動してくれるよ!」
「だからそれになんの意味があんだよ!」
「ごちゃごちゃ取り付けるデザインにしか興味がない仏国人には理解できないだけだよ。あれを見ればきっと人間の心を取り戻し、止まってくれるはずだ!」
同じユーロ圏の人間である仏国人に理解できないと言っている時点で彼の考えは破綻しているのに、何故こんなにも自信があるのだろうか。
ともあれ、フィリッポとしてはジャーヴィスが勝手にやって勝手に失敗することについて、別にこれといった感想はない。ダメなら後で蹴り飛ばしてやればいいだけの話だ。期待などはなからしていない。
「じゃあいくよ! 建! トワイライトタワー!」
ジャーヴィスの叫びとともに、周囲の壁や天井を破壊しつつリバプール大聖堂が現れる。目の前に入り口が現れているし、他の道もないためフィリッポは冷めた目のまま中へ駆け込む。
「そんなに慌てて入らなくても大丈夫だよ! ほら、今ごろきっと彼は感動して…………ノオオォォォッ!!」
ジャーヴィスは両手で頭を抱えて叫んだ。入り口からどんどんと削り取られているのだ。それを見るなり慌てて走り出した。
「……何か言ってみろよ英国人」
「おかしいよ! きっと彼はドイツ軍人で、ターミ◯ーターのように感情がないんだ!」
彼が感情的になった結果こうなっているのをしっかり忘れているようだ。
そもそもの話、例えばジークフリートがリバプール大聖堂を見て感動し、掘削を中止する人物だとしよう。だがこの魔王城は巨大な城を更に引き伸ばし巨大化させているのだ。そのためリバプール大聖堂はすっぽりと中に入ってしまう。今だって外から確認できるのは部分的でしかないため、それが何か全くわからずにいる。完全に失敗であった。
「そうだ! あれだけ大きなものなんだからきっと大した時間出せないよ! それまで僕らは逃げ切ればいいんだ!」
「お前、バカだバカだと思っていたが、本当に大バカなんだな! 重機くらいならオレらでもかなりの時間出せるぞ!」
バケットホイールエクスカベータはでかいといってもたかだか230メートル程度だ。ジークフリートが出したそれも、見た限り大きさは原寸大である。
そしてジャーヴィスやフィリッポは140メートル前後のフリゲート艦を24時間出現させられる。同じ魔力を魔王が有しているとしたら、少なく見積もっても数時間は消えないのだ。
縦は横よりも大きく見えるため、錯覚を起こしたのだろうと擁護してみる。
「ど、どうしよう! どうしよう!」
「ああもう、仕方ねえ!不本意だが手を貸せ! 試したいことがある!」
フィリッポが叫んだ10秒後に城の壊したらまずい柱が崩壊、一気に瓦礫の山と化してしまった。
「あーあ、酷い目に合ったよ」
「8割おめーのせいだけどなっ」
フィリッポはジャーヴィスに予定通り蹴りをいれつつ、地下道を走っている。
瓦礫に飲まれる直前、ジャーヴィスとフィリッポはお互いのシンボリックにてトンネルを作ったのだ。2つの国を繋ぐドーバー海峡トンネルをイメージして。
できるとは思っていなかったが、やってみるものだとフィリッポは肩の力を抜くため息をついた。
2人で1つ、所謂“
「だけどこれで僕らの魔法にもバリエーションが増えるね! 仏国はイングランドに今まで何を貢いでくれたんだい?」
「知るかよ。それよりも今回のこれは異例中の異例だってことに気付け」
そう。これはフィリッポが言うように異例なのである。
シンボリックは、それが『自分の国のものである』としてしまえば発動させられる。つまり『ドーバー海峡トンネルは我が国のものだ』と心底から主張できれば1人でも出せる。
しかし国境を挟んでいるものにそこまで言えるほど2人は腐っていない。大使館じゃあるまいし、他国の領地に入り込んでいるものまで自国のものだと主張したりしないのだ。
「それでさ、これからどうしよう」
「どうするもなにも、オレぁもう戦わねぇぞ」
「なんでだよ! ここまで一緒にきたのにもう──」
「魔力切れだ。もうブリオッシュすら出せねぇ」
フィリッポの魔力はもう枯渇していたのだ。いくら肉体強化されているとはいえ、あの化物相手に聖剣だけで挑むのは自殺行為に等しい。
「なんだよだらしないなぁ。僕なら──」
「よしお前1人でがんばれ。英国の騎士道見せてみろ」
「……魔力が回復してからね」
ジャーヴィスも現在魔力が空である。
なにせ半分のスケールとはいえ世界で2番目に長いトンネルを出してしまったのだ。その全長は25キロにも及ぶ。しかもトンネルを空間ごと出現させているため、その魔力消費はレールの比ではない。
「戦う戦わない以前に早く出ねえとやべえぞ。持続時間はみじけえんだからな」
「そうだね。あと何ヤードで出口だい?」
「お前は1ヤードが何メートルか知ってるのか?」
「知るわけないじゃないか。あんなもの過去の遺物さ」
当然ジャーヴィスは蹴り飛ばされ、地面を滑る。こんなときでも他人を小ばかにする姿勢は大したものだが、いい加減時と場合を弁えるべきである。
それでも一応ジャーヴィス的に言い分がある。人は緊張していると充分な動きでできなくなるため、少しでも気持ちを和らげようという建前のもと、どんなときでもおちょくるというポリシーがあるのだ。
「痛いじゃないか! なんできみはいつもそう短気なんだ! 腐った魚ばかり食ってるからか!?」
「焼くか煮るしか調理を知らねえ原始人が他国の料理に文句言うな! それよりまだ出口まで20キロ以上あんだぞ! 急げ!」
フィリッポの叫びにジャーヴィスはその場に止まって腕を組み首を傾け、少し考えたところでとんでもないことを言う。
「うん、戻ろう」
「はあ!? お前、自分でなに言ってるかわかってんのか!? それとも英国人はいちいち女王様にお伺いしなきゃまともな答えも出せねえのか!?」
「きみはわかっていないな」
ジャーヴィスのホームズモードが発動した。
まずここはトンネルである。周囲は土ではなく、シンボリックで出現させたセメントコンクリートになっている。
そのため音はよく反響するし、遠くまで届く。にも拘わらず、現在あの重機の音が聞こえていない。つまり大方解体したことで停止したと考えられる。
そして距離を考えれば入り口のほうが出口より遥かに近い。いつ埋まるかわからない状況なため、できるだけ早く出るのが望ましい。
もしジークフリートがこの穴を発見した場合、形状的にこれがトンネルであるとわかるだろう。そうであれば出口を探す、或いは追ってくると推測できる。戻ってこないかもしれない入り口で待ち続けるほどアホではないだろうからだ。
このまま引き返し、前者だった場合は何も問題はない。後者だった場合はこのトンネルがすぐ消えてしまうことを伝えれば一緒に逃げてくだるだろう。わざわざ引き返してくる辺りに信憑性をつける。後でやりあうにしても、外へ出られるだけマシなのだ。
「こんな感じだよアルセーヌ」
「少しは考えてんじゃねーか。んでもしトンネルを見つけてなかったらどうするつもりだ麻薬中毒者」
「そのときはこっそり出ればいいんだよ。瓦礫くらい聖剣の力があればわけないしね」
「なるほどな。じゃあもし他の方法を取ってきたら?」
「ははっ、これ以上何があるというんだい?」
「もう出涸らしかよ紅茶頭。トンネル内に何かぶち込んできたらどうすんだって話だ」
例えば水攻めなどである。勇者とはいえ肉体は酸素を欲している。窒息してしまえば生きていられないのだ。
ジャーヴィスは突然入り口へ向かってダッシュする。フィリッポは慌ててそれを追った。
「毎回毎回、てめぇはなんでそうやって1人だけ助かろうとすんだ!」
「僕が走ればきみは追いかけてくれるからだよ! 止まって説明していられるほど悠長な状況じゃないんだ!」
「なんだ? ヤツが何かやばいもんでも出すってのか?」
ジャーヴィスの頭に浮かんだもの。それは通称ゴリアテと呼ばれるものだ。
自走式地雷? うんまあなんかそんな感じのもの。砲台のない戦車のミニチュアのような形をしており、遠隔操作により走行し、爆発する無人兵器だ。そんなものが大量に送り込まれたら一巻の終わりである。ジャーヴィス物語に二巻はないのだ。
「うおっ!?」
ついカッとなりやりすぎてしまい、瓦礫に座り途方に暮れていたジークフリートの目の前で突然瓦礫が打ち上げられた。
目を凝らして見てみると、立ち上がった砂埃から2つの人影が現れた。ジャーヴィスとフィリッポだ。
「うん、なんとか消える前に出ることができたね」
「ったく、助かったんだかどうなんだか……」
舞う埃を払いのけつつ、2人がやみくもに前へ出るとそこにはジークフリートが。
「ヘイ、フィリッポ! なんと目の前にアホがいるよ!」
「アホはお前だ! きっと瓦礫に埋もれているであろうオレたちが出てくるのを待っていたんだ!」
正解はどちらでもなく、ただ己の浅はかさに呆れていただけである。
もとい、ジャーヴィスがアホだという点だけは正解だ。
そんな2人のやりとりを見つつ、ジークフリートは立ち上がり近付いてくる。
「──まあ、おれっちが帰れてない時点で生きてるとは思ってたさ。んじゃ続きすっか」
「NOだね! 僕はやらないよ!」
「オレもだ。やってられっかよ」
現在魔力のないジャーヴィスとフィリッポはボイコットすることにした。この態度にジークフリートは慌てる。
「いやいやいや、やるやらないの話じゃねえから!」
「なんだよ強制かい!? ナ◯スらしいな! 僕らをイカレた天使の待つ収容所にでも入れるつもりか!?」
「イモ食いすぎて顔がイモになった連中のやりそうなことだな! その口の上に飛び出してるもんはなんだ? 芽か? どうやら脳みそに毒が回っているみたいだな!」
英国人はもちろんだが、仏国人もかなりの毒舌を持っている。この2人にたたみかけられジークフリートは涙目になっている。
「そ、そこまで言うことないじゃないか……」
「だったら平和的解決を望むべきだ! ここに3人いるから3人へ平等に権利を与える! これで話し合おう!」
もちろん平等さなんてかけらもない。ジャーヴィスとフィリッポはこれでもかというほどジークフリートの心を蹂躙し、勝利した。
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