第53話
「おっ、お兄さん、その……どうだった?」
「んー、30点」
「えっ……」
最初のオークが突っ込んできて足を止めたときが一番大きな隙だった。それを見逃したため、減点。
その後の突きを甘く放った。本気で打ち込みかわされたのなら仕方ないが、わざとらしい誘いだったため減点。
次のオークが投げてきた棍棒を槍を引っ込め柄で受けてしまったため、超減点。
これは試合ではない。殺すか殺されるかなのだ。
もし最初の隙以降、全く隙を見せずにこちらの隙を突いて攻撃してきたら死ぬ。
誘いというのは自ら隙を作ることだ。思い通りにいかずそこを攻撃されても死ぬ。
槍は常に槍先を相手に向けていなくてはいけない。そして柄は非常に脆い。受け流すことはあっても受け止めてはいけない。そこでへし折られたら武器を失い死ぬ。
エイカのやった行動は死に直結するものが多い。そのための減点だ。
自分が覚えてきたものが実戦で役に立つのか知りたい。試したい。その気持は双弥にもよくわかっている。
だがそんなことのために命を落とすことは絶対にあってはならない。
もし次またそんなことをやったら二度と戦わせない。エイカには充分反省させ、馬車へ戻った。
「どうでしたか? 双弥様」
扉を開けると不安そうな顔でリリパールが迎えた。双弥は乗り込んでシートに座るとため息混じりに答える。
「100点満点中30点だ。及第点すらあげられないよ」
「そんなに……。エイカさんは怪我を?」
「いや、擦り傷ひとつないよ。いざというときのために刃喰も忍ばせてあったしね」
「ならばいいのではないですか?」
「よくないよ。エイカは自分の力を試そうとした。相手が殺しにかかっている以上、こちらも全力でやらないといつか怪我じゃ済まなくなる」
「……ごめん」
扉の手前、エイカは申し訳なさそうな顔で立っている。乗り込みづらいのだろう。
「戦いのことはよくわかりませんが、双弥様がそう言うのならばそうなのでしょうね」
リリパールは本当に戦いに関して双弥のことを全面的に信用しているようだ。その他のことであればエイカの肩を持たないはずがないのだから。
「とりあえず行こうか」
エイカがおずおずと車内に入ると、馬車はゆっくりと走りだした。
「ふえい! ふえい! ふえぇぇい!」
町に着き宿を決めた後、町から少し離れたところにある林までやってきた。今回は3人でだ。
今はリリパールが一生懸命木の棒を振っている。
半歩進みながら振り、半歩下がりながら振る。それを延々と繰り返す、基礎の初歩だ。
姫様らしく流石というか姿勢はいい。これでへっぴり腰だったら目も当てられないところだった。
「うえい! ふえい! ふえい! ……双弥様、あと何回やればいいのですか?」
「素振りは1000回って昔から決っている。自分で振った回数覚えてる?」
「ひっ、ひゃくごじゅうぅぅ」
「よしあと850回だ」
「ふええぇぇ、ふええぇぇ」
途端に掛け声が情けなくなった。剣先もふらついてきている。
「ちゃんと前を見て。木に書いた線をなぞるように」
「ふあぁい。ふえいっ。ふえいぃぃ」
少し離れたところにある木に塗料で垂直の線を引いてあるのだ。何もなく闇雲に振り回すより効果的である。
しかし初めて剣を扱おうという人物にそれだけの数を素振りをさせるのも酷な話だ。
更にリリパールから習いたいと言い出した手前、疲れた、もういいなどと言い出せないのだ。
だが双弥としては、これでリリパールが諦めてくれればいいと思っている。なまじっか戦えてしまうと戦闘に参加してしまい、結果余計に危険な目にあう可能性がある。
それでももしリリパールがやり遂げられたなら…………。
(どうしたものか……)
考えていかなったようだ。
そうしている間にもリリパールは振り続ける。
だがもうそろそろ終わりだ。
腕が上がらなくなってきている。ここまで続けられるとは双弥も思っていなかった。
しかしリリパールは忍耐強く何ごとも投げ出さない子だ。このままではぶっ倒れるまでやり続けてしまう。
最後の力を絞り出し振りかざしたリリパールの棒を双弥は掴み受け止めた。
「オーケーだ、リリパール。今日はもうやめよう」
あまりにも壮絶なリリパールの姿に、思わず止めてしまったのだ。
ただの暇つぶしというわけではない。一体何が彼女をここまでさせるのか。
リリパールは崩れ落ちるように双弥へもたれかかった。
「……ま、まだ……足りません……」
「いや、もう充分だよ。あれだけ振れれば問題ない」
双弥の言葉にリリパールは意識を失った。
「お兄さん、リリパール様は……」
「思った以上に根性あるな……ああいや、リリパールはそういう子か」
散々双弥を探し回り、ここまでやってきたんだ。執念に近いものがある。
「今日はこれで終わりにしよう。リリパールを連れて帰らないと」
「うん」
双弥はリリパールを背負い、町へ戻った。
「──うっ、はぅ……」
「リリパール様、起きた?」
リリパールが倒れてから12時間以上経過し、現在日が出てきたところだ。
体を起こそうとするが、腕が全くいうことを聞いてくれない。全ての力を使いすぎて未だ回復していないのだ。
「どうする? お兄さんに言ってもう一泊する?」
「……いえ、私のせいで迷惑はかけられませんから」
体を捻り、なんとかベッドから出ようとする。だが全身に痛みが走り、身動きがとれない。
それでも必死の形相でどうにかしようともがく。
「やっぱり無理だよ。お兄さんに言ってくる」
「待ってください!」
部屋から出ようとするエイカを叫び止める。
だがだからといってどうにかなるものでもない。リリパールは満足に動かない体を憎々しく思い、悔しさで涙を滲ませる。
「ねえリリパール様。なんでそこまでするの?」
「えっ」
「別にいいと思うよ。頑張らなくてもさ。誰も文句言わないんだし」
「……そうではないのです。そうでは……」
「うんー?」
実際のところ、どうすればいいのかなどリリパールですらわからないのだ。
ここまで双弥を追い回した理由。わからない。
双弥が逃げ出したとき、なんであれほど苛ついたのか。わからない。
せっかく捕まえたのに逃げられ、怒る理由。わからない。
1人だけ何もできず、エイカとだけ一緒に稽古をしている。それに焦るのが何故か。わからない。
リリパールは幼いころからずっと家族と国のことを考えていた。
自分のことなんてロクに考えたことなんてなかったのだ。
だから自分が他人に対して抱く感情というものもよくわからないままこの歳まで生きてきた。
それが何か考えるのが怖かった。拒絶したかった。
だから、何もわからない。
「わ、私が教えて欲しいと言ったのに足を引っ張ってはいけないと思いまして……」
それを聞いてか聞かずかエイカは部屋を出、数分の後戻ってきた。
「今日はまたここに泊まるよ」
「あの、私の話を──」
「だめだよ。そんな体で一緒に来るほうが足を引っ張るんだから」
少し怒ったような表情で、リリパールの口を人差し指で止めるエイカ。これではどちらが年上かわかったものではない。
「大丈夫だよ。お兄さんはそんなことでリリパール様を悪く思ったりしないんだから」
「そう……ですか。エイカさんは双弥様をわかっておられるのですね」
「うん!」
満面の笑みでリリパールを見るエイカ。
ズキリ。
リリパールは動いていないのに痛みが走った。
それが何故なのか、わかりたくない。でも知らなくてはいけないこともわかっている。
リリパールは己の心と戦う決意をした。
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