第124話

「────まあ、私も悪かったと思うよ。ムキになってリリパール様と奪い合おうとしちゃったんだし」


 小さな女の子にフォローされるというダメ人間っぷりを発揮している双弥は、ただでさえ自己嫌悪に陥っていたというのに、そのことで更に精神的な追い込みをかけられている。彼はもう余計なことを言わぬよう黙りこくっているしかできなかった。


「お兄さんはほんと、恋愛とかそういうのになると全然ダメだよねぇ」


 エイカの言葉が続く。エイカだって別に双弥をいじめようとか追い込もうだなどと思ってはいない。ただ言いたかったのだ。それを黙って聞いてあげるのも男の甲斐性である。


 言うことでエイカは自分を落ち着かせたかった。先ほどの双弥の言葉に驚いてしまった自分に驚いていたからだ。

 双弥がダメだなんて今更の話であり、それを踏まえて尚好きでいたのに、こうもあからさまなダメを見せられてひいてしまったのだろうか。


 いや、エイカは知っているのだ。自分が好きなお兄さんは凛々しく、命がけで自分を助けてくれるスーパーヒーローだということを。

 今でもエイカの頭には自分を守るため、ドラゴンと対峙している双弥の姿が焼きついている。そのときのカッコいい双弥を思い出すだけで少女はメスの匂いを垂れ流すほどキュンキュンしていた。現に今ダダ漏れ状態になっており、双弥にバレぬよう必死に冷静さを保とうとしている。補足だが卑猥な意味は多分ない。


 それはそれとして、双弥が言い寄る女性を華麗に捌く経験を持ち合わせることにも抵抗がある。そういったところに純情であることもエイカにとって失って欲しくないものらしい。乙女心は複雑なのだ。


 ここでふと現状でなにが足りないのか思い返す。そうだ、かっこいいお兄さん成分が不足しているのだ。

 魔王戦は当然として、その前の戦いでは大怪我をしていたし、双弥はあちこち動き回っていたためいいところが見れていなかった。そのせいで双弥のイメージがマイナスに突入してしまったのだ。

 このままでは負のレッドゾーンへ突入してしまうかもしれない。エイカは取り急ぎ新たな双弥のかっこいいところを摂取する必要があった。


「ねえお兄さん。魔王城までの間に何か魔物? とかいなかった?」

「え? ああ、うん。特になにかいるってことはなかったと思うよ」

「盗賊とか山賊みたいなのも?」

「んー、誰とも会わなかったなぁ」


 エイカは肩を落とす。

 彼女にとって双弥のかっこいいところといえば戦闘中であり、この世で最もかっこいいものは何かと問われたら双弥の戦っている姿と答える。つまり双弥というマイナス成分が極上の存在になる、例えるならばカニというグロテスクな容姿の生物が加熱されることで口の中に最上級の至福を与えるようなものなのだ。

 今のエイカはカニ味噌中毒もといファイティング双弥中毒なのだ。略してFSCとでも言おう。

 いつもならばなんてことはないことでも、ないとなると欲しくなる。今のエイカの状態では渇望といってもいいだろう。乾いた心を潤したいのだ。だから突拍子もないことを平気でやったりする。




「お兄さん、私と戦ってよ!」


 こんなことを言い出したのは、町を出てこれから刃喰に乗ろうかというときであった。


「あ、いや……、うーん……」


 双弥は気まずそうな顔をする。


 この町へ戻ってきたときのリリパールとのやりとりを見るからに、エイカがライクではなくラブの感情を双弥に抱いていたことはわかっている。しかしその後の反応からして醒めてしまったと感じられた。そのうえで戦って欲しいと言い出す彼女の意図が汲み取れない。

 もしかすると忿懣をぶつけるが如く戦い、己の気持ちを整理させようとでもいうのだろうか。

 ということは、彼女がこれから行おうとしているのは吹っ切ること。恋心との決別。


 そう感じた双弥は焦る。娘だの妹みたいな存在だのと自分に言い聞かせていたが、どうあがいても他人は他人であり、双弥はエイカを密かに恋愛対象として見ているため、相思相愛は願ったり叶ったりであった。

 だがここにきてその状況を打ち破られるような流れになる。双弥王国崩壊の危機だ。


「いっ……今一度チャンスをくれないか?」

「う、え? なんの話?」


 突然の双弥の懇願にエイカは戸惑う。

 自分と戦ってくれという言葉に対する返事がチャンスをくれ。噛み合わないにも程がある。

 これが戦闘後に負けたときであれば意味はわかる。だが現状でこれは繋がらない。

 互いに相手の意図を汲み取れず、気まずい雰囲気が辺りを満たしてしまう。



「えーっと、なんで俺と戦いたいんだ?」


 先に言葉を出したのは双弥だった。自分の考えが正しいか否かを確認するためにはベストの回答といってもいい。


「そ、それはー……」


 エイカは視線を逸らす。

 理性のたがが外れリリパールと叫びあっていた先ほどならまだしも、冷静な状態のエイカが「戦ってるお兄さんがかっこいいから見たかった」などと本人を目の前に言えるはずもなく、現在必死に言い訳を考えている。


「あの、あれだよ! 最近お兄さん動いてないから──」

「ずっと戦いっぱなしだったよ……」


 双弥は罠の町にて魔物たちと戦い、そして数時間前まで魔王と戦っていたのだ。動いていないどころか戦って死に掛けているというのになんのつもりだと言うのだろうか。


「──じゃなくて、私が最近動いてないからー」

「だったらいきなり戦おうとしないで少しずつ体を動かしたほうがいいんじゃないかな」


 双弥の正論にエイカはぐうの音も出せない。

 そして双弥もどうにか戦わぬように誘導させようと必死だ。


 こうしてまた無言のまま時間が過ぎてしまう。



「えーっと、ほら、お兄さん前に言ってたよね。見て学ぶのも大切だって」

「言ったっけ?」

「うん。きっと言ったよ」


 双弥はエイカに教えているが、なにをどのタイミングで教えたか細かいことまで覚えていない。正式な師弟というわけではないため仕方ないと言えばそうなのだが、雑だと言えば雑である。


「それで俺と戦ったら意味がないんじゃないか?」

「う、うん。だからお兄さんが戦ってるところを見たいなぁって」


 そこで双弥は考える。エイカは別に自分と戦おうとしているわけではなく、戦っている姿を見たいわけなのだが、それは何故か。

 最近動いてないのならば自発的に動けばいいのだし、それに関して双弥の動きを学ぶ必要はない。もう既に基礎ができあがりつつあるのだから、その動作を行えばいい。


 ということは、エイカの目的が別にあるということであると双弥にもわかる。

 そうだ、昼間のパパは光ってるというじゃないか。自分の仕事といえば戦闘であり、最も輝いて見える姿である。そう理解した。

 エイカはもう一度チャンスをくれようとしているのだと双弥は理解した。少女に気を使われていると知って少し物悲しく感じているのだが、実際のところエイカがただ見てときめきたかっただけなのでお互いの考えに誤差はあるが、やることは一緒だし概ね間違いではない気がする。


 しかし最大の問題は周辺に相手がいないということである。土地勘のない双弥はどこに魔物がいるかわからないし、わざわざ寄り道するほど時間に余裕があるわけでもない。

 途中でなにかしら出てくれと祈りながら双弥はエイカと共に魔王城跡へ向かった。




 そしてそう都合よくなにかしらが出るわけもなく、双弥たちは目的地に到着してしまった。2人はがっかりしている。

 しかしそうもしていられない状況が目の前にあった。


 ハリーは地面を四つん這いになり、地面を殴りつけながら泣き、鷲峰は頭を抱えうずくまり、王は何故か木を1人で揺すっていた。

 なにが起こったかは言わずもがな。そう、全て悪の勇者たちの仕業だ。その証拠に彼らはそんな皆を見て笑っている。実に酷い光景だ。


「お、おいジャーヴィス。一体なにをどうしたらこうなったんだ」

「オー双弥遅いよ! 大したことはなかったよ。ただの暇つぶしさ」


 暇つぶしでこれだけ凄惨な状態になることが理解できない。むしろこいつらこそ真の魔王なのではないかと双弥は額に手を当てる。


「おい迅。何があったんだ」

「…………放っておいてくれ」


 なんてことだ。あのクール鷲峰が塞ぎこんでしまっている。双弥は英国人と仏国人の底意地の悪さを再認識させられた。

 とにかく今の彼では話にならない。双弥はムスタファを探すことにした。が、周囲に彼がいないとすぐにわかる。


「おいジャーヴィス! ムスタファはどこへ行った!」

「ムスタファなら今ごろあの瓦礫の向こうでトンネルを掘ってるよ」


 なにをどうしたらムスタファがそんなことをするのか。好奇心として聞いてみたいが、それにより夜も眠れぬほどのトラウマを植えつけられるかもしれない。双弥はそっとしておくことにした。


「……これから話し合いをしようというのになんてことしてんだよ。これじゃあ使いものにならないぞ」

「仕方ないじゃないか! もしこうしていなかったら退屈のせいで逆に僕がああなっていたかもしれないんだぞ!」


 なんという理不尽。なんという自分勝手。双弥はジャーヴィスの襟首を片手で掴み、彼がなにを言おうがわめこうが無言で顔を殴り続けた。



 暫くしたのち、顔を腫らしたジャーヴィスが泣きながら全員に謝罪させられた。

 ちなみにエイカはそのときの無情な双弥を見てぞくぞくウットリしていた。この子も実はやばいのかもしれない。

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