第27話
「てめぇ、会ってどうするつもりだ」
「お前に聞いても話が進まなさそうだからだ」
獣にとってリーダーは絶対の存在だ。群れというのは必ずリーダーがいて成り立つ。これは彼らの社会もそうなのだろう。
それと獣人には更に特殊な決まりがあり、リーダーは隠匿されるというものだ。
外部のものには誰が率いているかわからないようにし、潰されぬようにしているのだ。
といっても頭をはるくらいなのだから相応の力を持っているため、実際に戦ってみればわかるものだが。
つまりスターリングが一番強いわけではないようだ。
だが双弥には獣人のルールがわからない。それでもスターリングがトップではないと感じていた。
強さが足りないのだ。
攻撃力という意味ではなく、群れを率いるだけの精神的な強さがだ。
それでスターリングは苦々しい顔をして、少し待っていろと言いまたこの場を離れた。
猫耳少女は首の下まで撫でられご満悦であった。
「お前と会うそうだ。ついてこい」
戻ってきたスターリングはそう言うと、さっさと部屋を出て行った。双弥は慌ててその後を追う。
そして双弥といくつかの約束をした。会うといっても衝立越しに会い、姿を見てはいけない。そして護衛がつき、武器の所持は禁止。
大体が双弥に不利益が生じるものでないため、了承することでひとつの草と枝で作られたテントのようなものの中へ案内された。
スターリングに座るよう言われ、双弥はどかっと胡座をかいた。そして衝立を見据える。
人影がうっすらと見えるが、3人ほどいるらしくどれがリーダーかわからない。詮索しても意味がないため、双弥は余計なことをやめる。
だが確かに感じられる。群れを率いるだけの威圧感に似た力を。双弥でも勝てるかわからぬほどの強さを。
「お前が私に用があるという普人族か」
衝立越しに声が聴こえる。
声質からしてまだ若そうだ。少年とまではいかなくとも、20前後くらいだろう。
獣は一番強いものがトップである。単純でわかりやすいが、逆らうこともできない絶対君主制とでもいうべきか。
「ああ、双弥だ。単刀直入に聞きたい」
そう言い、双弥は一息つき、低い声で訊ねた。
「戦争を起こすつもりがあるのか」
「……何故そう思う?」
「獣剣リクイディティだ。欲するということは戦うということなんだろ?」
そこでリーダーは、フンと鼻を鳴らし、中で話を始めた。
アルピナほどの聴力があれば丸聞こえなのだろうが、生憎双弥にはそんな特殊能力がない。
話を終えたところでリーダーが双弥に口を開く。
「何を吹きこまれたか知らぬが、それは間違いだ」
「というと?」
「あれは先祖代々、それぞれの族長が所持する決まりがあるのだ」
「それは聞いた。そしてそれが争いの象徴であることも」
「そもそもそれが間違いなのだ」
リーダーが言うには族長の証として獣剣が存在し、それ以上の理由がないという。
ただその証であるはずの剣は、他に類を見ないほどの強靭な武器なため、当然のように戦で用いる。
その剣は多くの人の血を吸い、追い詰められながらも普人族に多大な被害を与えた経緯がある。
だから人々は獣剣を戦いの象徴だとし、獣人から遠ざけるようにしていた。
どこか地下深くなどに封印するか破壊してしまうのも手だったが、人が持つ武器としても非常に優れているため一部がこっそりと流通していた。
しかし獣人にとっては宝のようなものだ。機会があるのならば是非を問わず取り返したい。それこそ普人族を襲うようなことがあっても。
「つまりそれが手に入ったからといって再び戦を起こすというわけではないんだな?」
「当然だ。今更戦などしてなんの特がある。損しか見当たらないのだが」
「だよなぁ」
絶対数が減ってしまっている今の獣人が勝てる見込みもなく、絶滅に拍車をかけるだけになってしまう。
そうなると人間の言っていることよりも、彼らの言っていることのほうが正しく感じられる。
どちらにせよ双弥としては戦争が起こらないならそれでいい。
双弥は本来の勇者とは異なり、破壊神によって召喚された勇者だ。
魔王を倒すという結果は同じでも、経緯が大きく異る。
つまり他の勇者たちと違い、元の世界へ帰れる保証がないのだ。
ならば覚悟を決め、この世界で生きていくことを考えなくてはいけない。
そのとき獣人が全滅していたら……そんなこと双弥が許せるわけないのだ。
環境を整えつつ魔王へ向かう。これが双弥のプランのひとつだ。
そしてここで獣人に借りを作っておけば、幸せな余生を送れるはずだと思っている。
「話はわかった。剣は俺が取り返してやる。だから人を襲うようなことをするな」
「それを信用しろと?」
「簡単にしてもらえるとは思っていない。1週間くれ。その間に持ってきてやる」
「ほう? ……まあいいだろう。1週間だな」
「ああ。その間頼みがあるんだが」
双弥は今、ソブリンが見える丘まで来ている。破気を駆使してほぼ不眠不休、3日足らずでの走破だ。
傍らにいるのはエイカではなく、アルピナ。
エイカは集落に置いてきた。
ここまで休みなく来、中で悶着を起こすとなれば、エイカは言い方が悪いと邪魔でしかない。
だから獣人に頼み、集落で預かってもらうことにした。
アルピナならば状況が最悪だとしても1人で逃げられる。役に立とうと立つまいと。
「よし、もう少し近づいて夜になるのを待とう」
寝静まったところを狙おうという考えだ。盗みの基本でもある。
これは双弥がお尋ねものだからというものではなく、単に金がないからやるしかないのだ。
双弥は盗みに抵抗がないわけではない。異世界だからなんでもしていいとも思っていない。
だがこの世界で生きるには、一度元の世界の価値観を崩壊させる必要がある。そのひとつとしての行為だ。
元の持ち主に返す。それを正義として動くことにした。
「嫌きゃ!」
「そんなぁ」
「お腹すいたきゃ!」
もう既に干し肉は尽きている。それにごちそうで満たされている町を前に待つなんてアルピナができるはずない。
だがこれも想定済み。プランを変更すればいいだけの話だ。
プランB、それはアルピナによる町の混乱を利用して武器屋に忍び込み奪うというものだ。
盗めなくても有事の際は武器を解放するのが武器屋の使命。それを利用して有耶無耶なうちに取り出してしまえばいい。
「よしアルピナ。これを被ってくれ」
「嫌きゃ!」
「これを被れば町の食べもの好きなだけ食べていいぞ」
「嫌きゃ!」
だろうと思い、こっそりと服にマントを括りつけておくことにした。
アルピナの速度では人の目に映らない。そのためにマントを付けて減速、そして面積を広くすることで見えやすくするのだ。
姿をしっかりと見ることができなくとも、何かしらが町に入り込み暴れまわっていることがわかればいい。それでパニックが起これば万全だ。
双弥は刃喰を使い町壁を越え、人気のない場所に降り立つ。
そして先ほどから暴れ回るアルピナを離すと、あっという間にどこかへ行ってしまった。
アルピナが町中を荒らすのはすぐだ。双弥も急いで商店街へ向かい、必要以上に携帯食を買い込み武器屋の前で準備をした。
武器屋もいくつかあったが、ちゃんと獣剣があるのを確認してある。後はことが起こるのを待つだけだ。
「うわ、なんだ!」
「きゃあぁぁ! 何かいるわ!」
「お、俺の肉がぁ!」
予想通りだんだん騒ぎが大きくなってきた。双弥は頃合いを見計り叫んだ。
「魔物だ! 魔物が入り込んだぞ!」
その言葉に混乱は更に広がった。
守衛があちこち奔走し、人々は逃げるように走った。
ホワイトナイトらしき連中も武器を構え、辺りを見回している。
双弥はターバンを巻き、顔を見られないようにして武器屋に突っ込んだ。
「オヤジぃ、有事だ! 武器借りてくぜ!」
「何があった!?」
「町ン中で魔物が暴れてんだ!」
「よし俺も行くぞ! 好きなモン持ってきな!」
武器屋の主人も武器を片手に飛び出して行った。
予定通り双弥は獣剣を掴み、すぐさま店から出る。
あとはアルピナと合流するのだが、彼女が約束通りの場所にいるはずがない。
だから双弥はアルピナがいそうな──狭くて食事の邪魔が入らない場所を探した。
「いた。アルピナ……」
と、なるべく近寄らないように声をかけた。ごはんモードのアルピナには近寄れない。食べ終わるのを待たなくてはいけないのだ。
それにしてもどれだけ奪ってきたのだろう。小さいとはいえ両手いっぱいに抱えている。しかも全部食べるのではなく、それぞれ一口ずつ。どれだけ贅沢な食い方をしているのだ。
人通りのないところとはいえ、いつまでもいられるわけではない。
「おい、こっちに魔物は来なかったか?」
突然剣を持った男が話しかけてくる。双弥はアルピナを見られないよう体で隠れるようにした。
「い、いや。こっちでは見ていない」
「確かこっちに来たような気がしたのだが」
双弥の背中から嫌な汗が流れた。もしばれたらやばい。この国にいられなくなってしまう。
「魔物が出たぞーっ」
「何!? すまんな、では!」
男は声がした方へ走り去っていった。
双弥は大きく息を吐き、アルピナへ目を向けた。
双弥がじれている間にアルピナは好き放題食い、残ったものを隅に隠していた。
「満足きゃ」
「よし行くぞ!」
双弥は再び刃喰に乗り、町から飛び出した。
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