第90話
「双弥! 魔力が溜まったから1日くらいなら車出せるよ!」
翌朝遅くまで寝ていたジャーヴィスは、なんとか1日だけ走れる分の魔力を回復させていた。
その間双弥も休まされ、それをリリパールが看る。エイカとアルピナが周囲の警戒という寝る男たちを警護する女という図式になっていた。状況としては情けない。
だがそのおかげもありあれから充分な睡眠を取れたジャーヴィスは車を出せるほどには回復できていた。
問題はキャンピングトレーラーを出せるほどではないという点だ。ジャーヴィスが出すレ○ジローバーは広いといっても5人乗りで7人ではかなり厳しい。
アルピナは荷台で丸くなっているだろうからいいとして、問題はあと1人をどうにかしなくてはいけない。
エクイティはでかい。胸だけではなく体も。ジャーヴィスや双弥と比べたら小さいが大人の女性であり、相応のサイズがある。
リリパールはそれより若い──子供とはいえ微妙なお年ごろだ。数年もすれば立派なレディになる年齢だし立場もあるから微妙だろう。
すると残ったのは1人だけだ。
「エイカ、俺の膝に乗ってくれ」
「「ええええぇぇぇ!?」」
何故リリパールも叫ぶのかわからぬが、狭いのだから仕方ないのだ。まさかリリパールの上に乗せるわけにもいかないため、双弥としても苦肉の策なのだ。
そこにはやましい気持ちはない。双弥にとってエイカは妹みたいなものだからそんな風には思えない。もちろん決してやましい気持ちがないわけではないが微々たるものだ。せいぜい7、8割くらいなものだろう。
双弥は自らの手をシートベルトとし、そのフルフラットボディを守ろうというのだ。それは名誉であり栄誉である。そのためなら運転をしたいなどというワクテカ気分なんていくらでも抑えられる。
「それは色々と問題があります。なので私は認めません」
「だけどリリパールの膝に乗せるのもきついだろ。だからといって4人並んで座るのは厳しい。仕方ないんだよ」
「な、ならば私が……」
「リリパール様。私なら大丈夫だよ!」
エイカが割って入った。なんとなく嬉しそうなその顔にリリパールは苦い表情を返す。
ここで強く否定したら怪しまれるため強く出れない。そのため折れるしかなかった。
「……わかりました。でもエイカさん、もし嫌な感じがしたらすぐ逃げてくださいね」
とことん信用されていないなと双弥は苦笑する。実際がどうだかはしったことじゃないのだ。
「で、双弥。どこへ向かえばいいんだい?」
「北かな。それがベストだと思う」
リリパール情報によると、この砂漠は東西に広く南北はそうでもないらしい。ならば南はどうなのかというと、こちらにはこの世界でもトップクラスの山脈が連なっているらしく、越えるのはまず無理だ。
そして最も近いのは多分元来た方向──西へ向かうことなのだろうが、引き返すよりはいいだろうと北を選んだ。
「じゃあ向かうよ! 双弥は本当に運転しなくていいのかい?」
「ああ。それよりも重要なことが俺にはあるんだ」
これだけは譲れない大仕事である。膝の上に乗せると頭の位置が高くなり、天井にぶつかる危険があるため股の間に座らせている点が更に良い。
「まあいいや。それじゃ行くよ」
「ああ。それよりこの車で砂漠は大丈夫なのか?」
「当たり前じゃないか。これはそういう車だからね」
根拠に乏しいが、実際に走らせることは可能だ。特にシンボリックで作り出されたこの車体とタイヤであれば極端な傾斜でもない限りスタックせず進める。
そのため砂を撒き散らせながらも加速し進んでいく。
砂の起伏は激しくショックアブソーバーでも衝撃は吸収しきれず、車内も激しく揺れる。
「おいジャーヴィス。なんとかならんのか?」
「走れるうちに走りたいから仕方ない……うごっ」
危うく舌を噛みそうになる。揺れる車内で話すのは危険だ。特に舌を使い発音する英語などは気を付けねばならないだろう。
しかし激しく揺れる。双弥はもちろん横を見ていた。
エクイティの激しく揺れる部分はもうぶるんぶるんである。それはもうもげるのではと心配になるくらいに。
「お兄さん、力入りすぎっ。ちょっと痛いよ」
「あ、ああすまん」
目に集中し過ぎて思わず手にまで力が加わってしまっていたようだ。
「それより双弥。あの線路は誰が出したんだろうね」
「俺も今それを考えていたんだ」
乳のことばかり考えていた分際で何を言っているのかいまいちわからないが、とにかく考えていたらしい。
TGVか新幹線か。この先で会うことができるのか、はたまたもう既に海を漂っているのか。
わかっていることは少なくとも双弥たちを先行しているということだ。
できることならフィリッポであって欲しいと双弥は思っている。理由はセィルインメイで聞いた話を知らないため、そこまで急いでいないだろうと思われるからだ。
だけど鷲峰も3日に1日しか行動できないだろうから進みはそんなに速くはないはずだ。
それに関してはジャーヴィスも一緒だが、この先を進み向こうの大陸へ渡るには船でかなりの時間を過ごすことになるため、ノルマ的に聖剣を離すことができなくなる。だから今から持ち続けても大差ないはずで、それをジャーヴィスに耐えてもらい追いつこうとする。
できるだけ急ぎたい。伝えないといけないものがあるのだ。
1人でもあそこまで強い魔王が複数人いる。それは勇者単体でどうにかなる相手ではない。
もし先行した勇者のうち1人が戦いに挑んだら確実に負ける。皆で協力する必要が絶対にあるのだ。
考えによっては魔王は4人おり、1人倒せば1人帰れるといったシステムであれば皆争わずに済む。
そうであるならば双弥にも考えがある。全員が帰った後、自分が魔王を倒した破壊神の勇者だと偽ることができる。そうすれば最悪の結末だけは回避できるだろう。
それでもやはり最大の問題は魔王が地球人であるということ。ジャーヴィスはもう既に覚悟ができているだろう。ムスタファもそれに関しては問題なさそうだ。フィリッポもあまり躊躇することなく戦えるかもしれない。だが双弥と鷲峰はそうではない。
考える暇も与えられず襲われたら考えることなく戦えるのが双弥であるが、今は知ってしまっているのだ。戦う前にためらってしまう可能性が高い。人を殺すということはそういうものなのだ。
「なあジャーヴィス。お前は地球人である魔王を殺すことをどう思う?」
「あー……。はっきり言ってやりたくはないね。でもだからといって戦わずに過ごそうということはできるのかい? 僕には無理だよ」
帰りたいというだけではなく、この世界の人間が無闇に殺されていくのも嫌なはずだ。彼もここへ来てそれなりの日数が経っており、アセットという生意気だが共に旅する仲間がいる。この世界の人間と多少なりとも関わっているため無関係でいられるわけがない。
「双弥はどうなんだい?」
「俺も同じかな。できれば戦わずに済む方法が欲しいくらいだ」
そんなものがあるのだったら苦労はない。結局神々の争いに付き合うしかないようだ。
双弥はぷるんぷるんおっぱいを眺めながらそこまでのことを考えることができた。ある意味賢者に最も近い存在になれたと言える。
車はひたすら砂漠を北上する。双弥の視線に気付いたリリパールにひっぱたかれても尚先へ。
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