第93話
「おい破壊神! 聞いているんだろ!」
双弥は部屋の外で刃喰に向かい話しかけた。だが返ってきた返事は刃喰による『うっせえよ』だけであった。
そういえば刃喰に破壊神が降りてきたのは1度だけで、しかもほんの短時間のみだったことを思い出す。やはりエイカではないと厳しいのだろう。
なるべく急いで話をしたいため、双弥はエイカの部屋へ向かった。
「エイカ! 聞こえるか! エイカ!」
ドアを激しく叩き、叫ぶ。スペアキーを預かっているとはいえ少女の部屋に無断で入るわけにはいかない。
よくある話で妹や幼馴染の部屋のドアを無断で開け、着替えシーンと遭遇。あれはラッキースケベではなくただの痴漢行為だ。ティロル公団の同志双弥はそのようなことをしない。
「ん~~……どぉしたの?」
眠そうにエイカが扉を開いた。ここ最近厳しい日々が続いたせいで体を休めていたようだ。
「エイカ、破壊神を呼んでくれ」
「えっ!? 急にそんなこと言われてもわからないよ」
破壊神の依代となったとはいえ、巫術を知らぬエイカにそんなことはできない。
だがそれでも呼べば現れることを双弥は経験として知っている。だから双弥は呼び続けた。困惑しているエイカを揺すりながら。
「うっさいわよ私の勇者」
とても気だるそうにそう言うのはもちろん破壊神だ。エイカの姿をしているとはいえエイカはそんなこと言わない。
「おおよかった。大事な用が……」
「あのね、あなたはMMORPGで微妙な臨時パーティーに当たってある程度狩って分配終わったところで『あ、ちょっと用事入っちゃったから』と言って最初に抜ける気分わかります? あの気まずい空気。あなたは私にそれをやらせたのよ私の勇者よ」
「遊んでたのかよ!」
「い……っ、今のは言葉のあやですわ! 例としてあげただけですわ!」
絶対にやっていたのがバレバレだ。苦笑いすら出ない。
そんなことはさておき、双弥は大切な話があったのだ。破壊神(エイカ)を連れて急いでフィリッポの部屋へ戻る。
「ちょっとぉ、なんなんですの?」
「いいから。とても大切な話なんだ」
「あっらぁー、ハゲの勇者たちじゃない。みんな沈んでて気分がいいですわぁ」
俯き泣き出しそうにしているジャーヴィスたちを見て破壊神はにやにやしている。エイカの評価が下がるためそういうことはしないで欲しい。
「……双弥は僕らを馬鹿にするためわざわざこんなことをするのか?」
「ちっ、違う! 俺はみんなに話を聞いて欲しくて……」
「じゃあなんでその子は笑っているんだ!」
紳士であるはずのジャーヴィスが
「……破壊神。俺が全て成したら地球へ帰らせてくれるって言ってたよな」
「ええ、当然じゃないですか。私にそれだけの信者が得られればですが」
それを聞いてムスタファ、そして鷲峰も顔を上げ、殺意ある目を双弥へと向ける。
「……なるほど、貴様だけ帰れるということをこの場で自慢し、私たちをとことん追い詰めたいということだな」
「ちっ、違う! 最後まで話を聞いてくれ!」
ムスタファの言葉を慌てて訂正する。そう、本題はここからなのだ。
「もしさ、できるのであればここにいるみんなも帰らせて欲しいんだ」
「嫌ですわ」
きっぱりと断られた。だがその反応はアルピナよりも遅いためまだまだである。
「なんでだよ」
「私はハゲの勇者がどうなろうと知ったことではありませんから。落ちぶれ野に伏せるのがお似合いよオーッホッホッホッホ」
あまりの腹立たしさについ手が出そうになったが、体はエイカなのだ。ここは我慢しなくてはいけない。
仕方なしに双弥は床に膝をつけ、頭を下げた。ドゲザスタイルだ。
「俺は戻れなくていい。だけど、できればこいつらだけでも……。1人だけでもいいから帰らせてやってくれないか?」
これは男前だ。この世界でできた同じ世界から来た大事な友人。そのためにこうやって頭を下げているのだ。
「そう頭を下げられても困りますわ私の勇者よ。なんでこの私がハゲの勇者どものために力を使わねばならないのかしら?」
破壊神にとってジャーヴィスたちはあくまでも創造神(ハゲ)によって呼び出された憎き敵側の勇者なのだ。双弥がここへ残ろうと残るまいとそれだけは変らない。
「……もし俺らが破壊神信仰になったらどうだ?」
「はぇ?」
鷲峰の提案に破壊神が素っ頓狂な声を出す。
元々この世界での破壊神信仰──セィルインメイは前回の勇者たちが興したものだ。だが彼らがそれを行ったのは魔王を倒した後。つまり使い捨てられた出涸らしの勇者であった。
しかし今はどうだ。これから魔王を倒そうとする現役勇者が破壊神信仰になるなんて考えにも及ばなかった。
「私の神は常に唯一神のみだ。だから創造神とやらなんか知ったことではない。それでも地球に帰れるというのならばあなたに協力させて頂きたい」
「ぼ、僕もだよ! この世界では破壊神を信仰するよ! ミサにだって行ってもいいさ!」
動けないフィリッポを除き3人は創造神よりも破壊神を選んだ。それに対して破壊神は体を震わせていた。
「……きっ」
「き?」
「聞きました!? 私の勇者よ! あの! あのハゲの勇者どもが! 私の軍門へ下るというのですよ! ああなんて愉快なのかしら! あのクソ臨時パーティーのしょっぱい分配で害していた気分が全て晴れましたわ!」
「わかったからエイカの体で身悶えしないでくれ! パンツとか見えるから!」
破壊神は自らの体を抱くようにうずくまった姿で床を転げまわっている。もちろん双弥はパンツをじっくり見ている。そしてやはりゲームをやっていたようだ。
「それはいいんだが、結局あいつらを帰してやれるのか?」
「ええ、ええ! 私のかわいい信者のためなら……といいたいところなのですがねぇ」
「何か問題があるのか?」
煮え切らない言葉に鷲峰が訊ねた。欲しいのははっきりとした回答だ。それが帰れようと帰れまいと。
「信者の力──信力が足りるかが問題ですわね。4人を帰らせるとなると、最低でもあと100万人の信者の祈りが必要ですわ」
「つまり……」
「あなたがたに課せられた使命は、私の勇者が魔王を倒すサポート。そしてその後、
「なるほど。でも俺たちが寝返ったことを創造神が気付いたらどうするんだ?」
「あのハゲがあなたがたに興味があると思いまして? 今ごろ信力をちらつかせ
嫌なことを聞いたと鷲峰たちは渋い顔をする。曲がりなりにも自分たちを召喚した神がただの色ボケハゲジジイでしかなかったと知ったのだ。
だがこれがきっかけとなり3人は完全に創造神と決別。破壊神の信者となった。
「それで私の勇者は本当に帰らなくてよろしいのかしら?」
「ん……」
実際のところ双弥は迷っていた。
帰りたくないと言ったら嘘になる。もう何ヶ月も行方不明になっているため家族も心配しているはずだ。
今なら戻ればきっと喜んでくれるだろう。
しかし…………帰ってどうなるというのだ。
すぐに帰れはしない。魔王を倒し、破壊神の信者集め。今から1年以上は軽くかかるだろう。
それからまた高校へ行き直すか? ブランクがあって授業についていけるのか? 大学は? 仕事は? 未来のプランが全く見えない。
ここで暮らしていったほうが楽しいのではないかと思えてくる。
だからジャーヴィスたちほど強く帰りたいと願えないのだ。
「……考えさせてくれ」
「あらそう。私は私の勇者にはやさしいのよ。好きに選ばせてあげるわ」
その言葉を最後に、エイカはふらふらとよろけた。時間切れだったのだろう。
「……ごめん、双弥。僕は──」
「なんだ、ジャーヴィスは帰れるかもしれないことがわかったのにうれしくないのか」
「……いや、違うよね。ありがとう、双弥」
「ああ。俺からも感謝する」
「双弥は私を元の世界へ戻すため神が寄越した……いや違うな。ここへ双弥を向かわせたのは破壊神だ。私の神ではない。素直に感謝すべきだろう」
鷲峰、ジャーヴィス、そしてムスタファはそれぞれ双弥に感謝した。
別に感謝してもらおうと思ってやったのではない。自己犠牲の気持ちもない。ただあんなにも悲しそうな3人を見ていたくなかったのだ。
ひとりの友として。
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