第92話

 フィリッポは決して国に帰りたくなかったわけではない。それでも彼が選んだルートは誰が見てもおかしなものであった。

 皆が東へと進んでいる中、彼だけは東北……どちらかといえば北を目指していたのだ。


 『いい女ってのは北にいるもんだ』とはフィリッポの弁。つまり彼は美女を求めて北へ進路をとったのだ。

 これでは当然他のみんなと出会うこともなかった。だが彼にとってそんなことどうでもいいのだ。

 美女をはべらしつつ魔王を退治。普通なら許されないアバンチュールを過ごして逃げ帰れる最高の状況である。


 そんな女遊びをしているとき、とある村で出会った女性から面白い話を聞いた。


 北にある山の永久凍土の穴には昔の人のミイラがそのままの姿で残ってるらしいと。


 フィリッポはフランスにいた頃、知り合った女性を深夜の心霊スポットなどに連れこみ肝試しをし、怯えた女性を送る途中でお楽しみなどということをやっていた。

 怖がっている女性は密着度が上がりいつもより燃えるらしい。だからフィリッポは女の子たちを連れ、山へ向かった。


 若干縮小させているからといってもフィリッポの出す空飛ぶモンサンミッシェルはでかく、かなりの人数を乗せても余裕がある。今日もそこへ10人ほどの女性を乗せ件の山頂辺りまでやってきた。

 さすがに夜間では見つからないため今は昼過ぎだが、雪深い山頂で穴を見つけるのは至難の業である。

 常に搾り出すくらいの魔力を消費していたフィリッポは徐々に魔力総量が上がっており、このとき既に1日くらいはモンサンミッシェルを出現させられるようにはなっていた。

 戻りの時間を考えると探せる時間は6時間ほど。だが冷気による身の危険を考えると2~3時間が限度だろう。これで見つからなくとも笑い話で済ませ残った時間でいたすだけだ。


 そう思っていたところ、ふとフィリッポは誰かに呼ばれた気がした。男の声だったため気にはしなかったが、心の中にはひっかかっている。

 一体なんだというのだ。フィリッポは少し苛立ってきた。

 その嫌な感覚は山の一点を通過するとき強くなっていた。ひょっとしたらそのミイラが呼んでいるのかもしれない。そんなことを女の子たちに話しびびらせてみた。



 で、結局その場所には穴が空いていた。

 ここが言われていた場所である。フィリッポにはすぐそれがわかり、女の子たちを連れて中に入っていった。


 そして彼はそこにいた。分厚い氷の中で守られるようにミイラとして。

 フィリッポはそれを見て違和感を覚える。死んで氷漬けになったのならそのままの姿で残っているものだが、何故この男は干乾びたミイラなのだろうかと。


 昔の中東──アラビアンな服装をしているからひょっとしたら中東から来た勇者なのかもしれない。魔王のところへは行かずこんなところで死んでいるとはなんて間抜けな男だと鼻で笑った。



 だがそれからフィリッポはロクに眠れぬ日々を過ごすこととなった。


 寝ようとすると枕元に彼がいるような気がし、どれだけ女を抱いても気が安らぐことはなかった。見たくないためずっと起きており、限界を越え意識を失うように眠ってもまた夢の中にいるのだ。


 いい加減うんざりしたフィリッポは、再びその山の穴に行き氷を砕き、中のミイラを引きずり出した。

 するとミイラの中から1通の手紙のようなものが出てくる。それを拾い上げたとき、フィリッポの耳に再び声が聞こえた。


 それを頼む。


 そんなことは知ったことではないと投げ捨てようと思ったが、また眠れぬ日々を過ごすのは敵わない。

 しかしフィリッポにはそれを読むことができなかった。


 ならばとフィリッポはムスタファを探すことにした。彼ならば読めるだろうし面倒ごとを押し付けられる。そして自分は晴れてゆっくりと眠れるというわけだ。



 それからムスタファを見つけたのが今から4日ほど前。この町であった。





「なるほどな。そんなことがあったのか」

「ああ。そしてフィリッポが私に持ってきた手紙というものがとても厄介なものであることが発覚した」

「もったいぶるなよ。俺はそれを聞くために2日ここで足止めされているんだ」


 鷲峰は睨むようにムスタファを見るが、ムスタファも隠し立てするわけではないため何食わぬ顔で話を続ける。


「双弥は以前魔王を倒した勇者が誰か覚えているか」

「確か中東の勇者だったと思うが……」


 何かに気付き、まさかといった顔を双弥と鷲峰はした。それに対しムスタファは頷き言った。


「ああ。わかったと思うがそこにあったミイラがその勇者だ」



 双弥と鷲峰、そしてジャーヴィスは衝撃を受けた。

 つまり彼は帰れていなかったということなのだ。

 もちろんそれは予想をしていたことではある。だが不明であるところには希望があった。



「えっ、ど、どういうことなんだよ! 魔王を倒したら帰れるんじゃなかったのか!?」


 パニックになりながらもジャーヴィスは誰もが言いたかった言葉を発した。だがそれに対してムスタファは首を横に振るしかなかった。


「その場から消えたというのは元の世界に戻れたのではなく、ただ人のいない場所へ飛ばされただけだったようだ。そして聖剣から離された彼はそのままミイラと化し、氷に閉じ込められたというわけだろう」


 フィリッポが疑問に思っていたように、あの場所ではそのまま人間は凍りつきそのまま保存されてしまう。あの場所にミイラがあるということは、誰かがわざわざ持ってきたのかという話になってしまう。

 一体誰が何のためにそんなことをやるのだというのだ。科学の発達した地球でさえ雪深い登山は危険だというのに、魔法がある程度でそれを気軽にできるとは思えない。

 だからこの場でミイラになったと考えるのが自然だろう。とても不自然ではあるが、勇者の特性を考えれば有り得ない話ではない。


 そしてここで確定したのだ。魔王を倒しても勇者は帰れないと。

 それどころか辺境の地へ捨てられてしまうのだと。


 前回魔王を倒した勇者は聖剣から離され、その反動で死に至った。だが今の勇者たちならばそれに耐えられる。

 しかし耐えたところで聖剣がなければシンボリックは使えない。もしまたあの雪山に飛ばされたら生きて帰るのは難しい。



 魔王を倒した勇者のその後がわかった。ならばどうするのがいいか。

 こうなったら魔王を倒さず諦めてこの世界で永住する覚悟を決めるというのはどうか。

 だがそうなると魔王がいては困る。彼らは人を殺めなくては生きていけない。その折り合いをつける方法は今のところない。



 一通りムスタファから話を聞いた双弥とジャーヴィスは、自分たちが遭遇した魔王のことを3人に話した。

 それに関して当然だろうが、3人とも……いや、半ば死に掛けているフィリッポはわからないが、少なくとも2人は恐れ慄いていた。



「魔王は1人ではなかった。そして確定しているのはアメリカ人で、あとは人数も含め不明と……」

「それにあちらもシンボリックを使うか。情報としては有益だが、それと同時に絶望感が漂う話だな」


 鷲峰とムスタファは深いため息をついた。この先どうすればいいのか見通しが全くつかなくなってしまったからだ。

 それはジャーヴィスも同様で、帰れないとわかった途端項垂れてしまった。


 魔王を倒さずここで暮らすには障害が大きく、魔王を倒したところで絶望が待っている。希望が潰えてしまった。


「もう僕は嫌だよ……。戦えない……」

「……私もだ。聖戦ならばともかく、これでは戦う意味がない……」


 ジャーヴィスとムスタファの心は折れてしまった。鷲峰も目を瞑り、眉間を摘むようにして黙ってしまっている。



 そして双弥はそっと部屋を出て行った。

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