第68話

 翌日の朝、なんとなく許された感のある双弥は、ペコペコしながら小屋に入っていった。

 リリパールは無言で睨みつけ、エイカは目も合わせてくれていない。


 そして双弥は誰が何を言ったわけでもないのに正座をする。反省の意を込めてのことだ。

 しかし武道を習っていたものにとって正座は普通であり、双弥は平然と1時間でもやっていられる。それを知らぬエイカやリリパールは体罰を与えている気になれるという少々卑劣な行いでもあった。


 何故双弥がここへ来たのかというと、エクイティが目を覚ましたからである。

 いまいちコミュニケーションが取りづらい彼女を双弥担当ということにした。


 かといって2人は別にエクイティが苦手とか嫌っているわけではなく、最初に会い連れてきたのが双弥なため、双弥のほうが話しやすいのではと気を回してのことだ。


「や、やあおはようエクイティ」

「…………ども」


 エクイティが軽く頭を下げる。

 そして続かぬ会話。ここはまたもや双弥が男を見せる場面である。


「えーっと、お腹すいてない?」


 双弥の問いかけに少しだけ頷いた。船に乗っている間どうだったかは知らないが、昨日は何も食べていないはずだ。空腹で当然である。


「じゃあ朝食の準備でもしようか?」


 と言うと顔を横に振る。

 空腹だというのに朝食がいらないと申すのか。一体どんな頓智を利かせればいいのだろう。


「ああ、自分で作る?」


 こう尋ねると今度は頷いた。

 そういえば彼女は料理人であったことを思い出す。


 これはかなり有難い申し出だ。ちゃんと料理ができる人に作ってもらえればエイカから普通とか言われずに済む。

 彼女に作ってもらい、それを学ぶことでこれからの旅で野宿を行ってもうまい料理にありつけるというものだ。


 双弥は干し肉と夜通し外にいて暇だったため捕まえた魚、そしてリリパールが持って来た何かしらの実をエクイティに渡す。

 するとエクイティは自分の荷物を持って来、中身をぶちまける。

 それは大量の小袋と刃物一式、1枚の板であった。


「…………台……」

「あっ、うん。調理台だね」


 双弥は慌てて外へ行き妖刀で木こる。同じ高さの丸太2つを並べ、その上に板状の木を乗せるという雑なものであるが台には違いない。

 準備ができエクイティを呼ぶと、食材といくつかの小袋、それに板と刃物を持って小屋から出てきた。


 エイカとリリパールも一緒である。彼女らも空腹であるし、ちゃんとした料理人の作った食べ物を食べたいのは一緒である。


 エクイティはまず食材を台に並べ、その横に板と小袋を置く。


「俺も少し料理を覚えたいから手伝わせてもらっていいかな」


 それに対しエクイティは顎を引くように頷く。双弥はエクイティの横に立ち、刃物を1つ掴んだ。


「…………使うもの説明するから……」


 エクイティが小袋を開けて何が入っているのか教え、双弥は大まかに覚えていった。




 ────そして双弥は余計なことを言ってしまったことに後悔をした。


 エクイティは赤い実を掴むと、手の中で回転させた。それが止まったときには既に皮が剥けていた。実に一瞬の出来ごとである。

 それを双弥の前に置き、


「刻んで」


 と一言だけ残して今度は黄色い実の皮を剥く。これはいびつな形をしていたのだが、刃物を撫でるように這わせ、あっという間に丸裸にし双弥の前に置く。


「ざく切り」

「えっ、ちょっ……」


 また一言だけで次の作業へと移る。双弥はまだ赤い実に刃物を入れたばかりである。


 次は魚だ、躊躇なく頭を切り落とし、腹を裂き内蔵を掴み捨てる。

 更に皮を剥ぎ三枚におろす。双弥はまだ赤い実を切っていた。


「塩」

「えっ? えっ?」

「遅い」


 エクイティは双弥の前にある小袋を掴むと手に軽く振り、中の塩を手に乗せ魚に擦り込む。


「胡椒」

「ちょっ、まっ……」

「邪魔」


 数分も持たず双弥はお役御免となってしまった。


 さすが料理人というべきか、見事な仕事っぷりだ。職人の作業には双弥など手伝うレベルにすら達していないのだ。

 1人に食事を用意させるのは悪いなと思っても技術がないなら手を出さないほうがいい。よかれと思ったことでも迷惑にしかならない。ありがた迷惑というやつだ。


 と、ここでエクイティの手がピタッと止まってしまい、双弥をじっと見ている。


「ど、どうかした?」

「……火……」


 手が止まってしまうと料理前のぼやっとした状態に戻るらしい。

 そりゃ作っている最中にこのような感じでは怖くて任せられないだろう。

 双弥は妖刀で木を切り刻み発火させ、焚き火をおこす。そしてエクイティが調理している姿をじっと見つめていた。





「俺に料理を教えてください」


 朝食の後、双弥はエクイティに頭を下げていた。

 先ほど出来上がり、食べた食事は実に美味いものであった。あれほど貧しい食材でよくもこれほどのものができたとエイカやリリパールも関心していたのだ。

 アルピナはスパイスが苦手らしく顔をしかめて吐き出し、黙々と干し肉をかじっていたが彼女ならきっとアルピナも満足するようなものを創れるはず。


 するとどうなるだろう。きっとアルピナは双弥の料理を気に入り、挙句自分のことを好きになってくれるかもしれない。そんな打算も含まれている。


 エクイティはじっと双弥のことを見つめ、先ほどの赤い実とナイフほどの刃物を台の上に置いた。


「…………剥いて……」

「イエスマム!」


 双弥は実を向き始めた。


 一応基礎はできている。刃を内側へ向け固定し、実のほうを回転させる。少し厚めだが最後まで途切れずに剥くことができた。


「できました!」


 エクイティは双弥が見せた実ではなく、剥き終わった皮を拾い持ち上げて双弥に見せる。


「……厚い……」


 そう言って双弥の手の小指の先を摘まみ「……これくらい」と教えた。

 必ずしもそうとは限らないが、皮の近くが一番旨かったり栄養があったりする。そんな部分を捨てるなんて勿体ない話なのだ。


 まず料理の初歩である食材の切り方から教えるつもりだろう。意図を理解した双弥は新しい実を取り出し、剥き始めた。




「……お兄さん、私もうダメ……」

「私ももうこれ以上は……」

「わかってる。わかっているけど今後のためだ。手伝ってくれ」


 現在双弥とエイカ、リリパールは剥いた実を必死に食べている。いくら自生しているタダ食材といえども粗末にするわけにはいかない。

 皮を細く剥くのはすぐにできたが時間をかけすぎていた。料理はスピードが命であるため、反復練習を行い体に馴染ませる必要があるのだ。


 あとはまな板と包丁の使い方を学び繰り返す。使用した実は全部で30個。現在昼過ぎであるが1日分を食べた気分になっている。


「双弥様は何故ここまでするのですか?」


 少し非難するような感じでリリパールは訊ねた。


「俺の作る飯はあまりうまくないみたいだからな。少しでもうまいもの食わせてやろうと思って……」

「お兄さん! もう言わないから! ねっ」


 エイカが懇願する。それほど現在厳しい状態なのは双弥もわかっている。

 だからといって双弥自身も自分で作ったうまいものを食べたいという気持ちはある。これからの旅だって決して短くはないのだ。覚えられるうちに覚えてしまったほうがいい。

 そしてエイカとリリパールは覚える気がない……というより、ここで一緒に練習してしまうと処理する食材が倍になってしまうため余計なことはしないでおきたいようだ。


 更に料理の腕は一朝一夕で上がるようなものではない。これから暫く練習を続ける必要があり、その間このような厳しい状況になってしまうのが決っている。

 3人共うんざりした顔で手元の切られた実を眺める。



「私、決めました」


 突然リリパールが何かを決意したような顔で立ち上がる。双弥とエイカはそれを目で追う。

 そして彼女はとんでもないことを言った。



「エクイティさんを私が雇います」

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