第67話
「……りりっぱさん、何やってんの?」
「…………助けて下さい……」
酷くみっともない醜態を晒しているリリパールは顔を真赤にしつつ助けを乞う。
あまりにも見事な哀れっぷりに双弥はかわいそうな目で見ている。
こういうときはあまり話しかけないほうがいいと、双弥はそっと背負っているリュックを持ち上げリリパールを救出した。
「……ありがとうございます……」
そして静寂が始まる。お互いにとても気まずい。
双方ともに話しかけられるのを待っているのだ。自分から何て言ったらいいのかわからない。
こういうときに重要なのは男らしさである。意を決したように双弥から切り出す。
「ええっと、こんなにたくさん運べると思ったのかな」
「……ひょっとしたらできるのではないかと」
リリパールはどちらかといえば非力な類のため、普通の人がなんとか持てるような重量でも厳しい。鍛えている双弥なら片手で持ち上げられるが、楽々というわけではないためリリパールのキャパシティを越えているのがわかる。
「量を減らそうとか考えなかったのかな」
「これくらいを持って行きたかったのです」
これくらい持って行けると過信していたのならば少しくらいひっぱたいてもよかったのだが、持って行きたかったと珍妙な受け答えをされて少し困惑する。
「どういうことなの?」
つい聞いてしまう。
「私は皆様と一緒にいて役に立てた気がしなかったのです。なので少しでもいてよかったと思っていただきたくて……」
その言葉に双弥は軽く唸る。
双弥はエイカやリリパールに役立ってもらおうなどと考えていない。戦力的に考えるとアルピナに多少期待したいという程度で、寂しい独り旅をするより遥かにマシだと考えると一緒にいてくれるだけでありがたいのだ。
確かに色々と手伝ってもらってはいるが、どれも絶対必要という作業ではないし、多少効率が上がるくらいのものだ。
極端な話、3人とも寝ていても双弥は文句を言わずやろうと思っていたことだ。
だが何もせずじっとしているのが拷問に等しいことはこの旅で散々理解したし、何かをしたいという気持ちは充分にわかっている。
とはいえ双弥は決して彼女らを役立たずだと見下していない。むしろ様々な面で自分以上に上手く立ち回れることは理解している。
適材適所というやつだ。肉体労働及び頭脳労働は双弥の役目。戦闘や料理も双弥の役目。偵察など危険が伴うことも双弥の役目というだけだ。
あれ? と一瞬双弥は思ったが、それ以上は考えないようにした。
そして話を元に戻す。
「ちょっと気になることなんだけど、なんでリリパールは一緒に旅をしているんだ?」
「そ、それは双弥様がちゃんと魔王を倒すところを確認するためで……」
「だったら別に役立とうとか考えなくてもいいんじゃないかな」
「そんな。私だけ何もせずのうのうとしているのは嫌なんです」
「その言い分はもっともだと思うけど、何か他に意図がありそうなんだ」
最近のリリパールは精神的に不安定なため気になっていたのだ。
双弥の行動を監視しているようなことを言っていたが、恐らく嘘なのではと思っている。
彼女の真意がわからない。
「私は……」
リリパールは言葉に詰まる。
自分でもどうしてこうなったのかいまいち理解できないのだ。
ただわかっていることがひとつある。
「ごめんなさい」
突然謝る。それが何を意味しているかわからない双弥は怪訝な顔をする。リリパールが一体何に対して謝っているのかわからない。
「どういうこと?」
「……確認というのは口実でした」
「うん?」
「一緒に……旅をしてみたかったんです」
何故かと聞くのは野暮だろうか。
昔の勇者の冒険譚に憧れていたとか? 国民第一のリリパールがその程度のことでこんな場所にいるとは思えない。ではどういった理由でなのか。
考えるまでもない。『一緒に』旅をしたかったのだ。その相手とは、もちろん双弥。
今まで生きてきてずっと恋愛なんてしたことのなかった──いや、恋愛というものを知らなかった少女が、全く感じたことのない心の変化に戸惑ってしまっていたのだ。精神が不安定になっていても仕方がない。
そしてこれが恋なのかどうかもわからず、ただ何故心が辛いのか理由を求めていた。
ということにしておけばこの先の旅が楽しくなると双弥は妄想をする。そう思えば例え亀のように潰れていようとも許せる気がするのだ。
だがここで勘違いをしてはいけない。これはあくまでも理想だ。石橋を叩いて渡らない。それが双弥の恋愛道。
「それで、今まで一緒にいた感想は?」
「来てよかったです」
「えっ?」
散々な目にあっていたのによかったのだろうか。
暇の度が過ぎて狂ったり、ドラゴンに襲われたり、海の魔物に船を沈められたり。
双弥がボロボロになった姿を見て喜んでいたというわけでもない。パーフェクトドラゴンと戦ったとき、あれほど泣き、そしてあれほど怒っていたのだ。あれを嘘だと思うのは非礼にもほどがある。
だが逆に来なければあんな姿の双弥を見なくても済み、泣いたり怒ったりする必要もなかった。
それについてリリパールはこう言った。
「遠い地で見ることも出来ず、無駄に心配しているよりはずっといいです」
「心配していてくれたんだ……」
これには流石の双弥もうるっときた。考えてみれば一昼夜かけて馬に乗り、騎士たちと一緒にあんな危険な場所までわざわざ来たのだ。興味本位でできることではない。
(やっぱりリリパールは俺のことを……)
双弥はリリパールの照れたような美しい横顔を見つめた。
気付くと心臓が大きく脈打っている。彼女に対しドキドキしているのだと双弥は理解した。
もしこの旅が終わったとき、同じ気持でいられたら────
「双弥、大変きゃ!」
そして双弥のいい雰囲気ぶち壊し隊隊長であるところのアルピナがまたもや割入ってきた。
「どうした? 今度はエイカに何かあったのか?」
「魔物きゃ! 襲われてるきゃ! 助けてあげてきゃ!」
「アルピナじゃ手に負えないのか!?」
「水の中入るの嫌きゃ!」
どうやら水棲の魔物らしい。そして大事な仲間が襲われていようとも濡れるのは嫌なようだ。
リリパールに荷を置きアルピナと急いで来るように伝え、双弥は一気に走った。
水棲の魔物。それが一体どういうものなのか。
人の姿をもった、カッパ的なものなのか、魚の形をしているのか……様々な憶測が頭に浮かぶ。
いずれにせよ水中に引きずり込まれたらやばい。双弥はもちろんのこと、急がなければエイカが2分ともたない。
「なっ!?」
河口に着くなり、双弥は愕然とした。
そこにいたのは異世界に行ったら見たい魔物ベスト3でドラゴンと並ぶ人気を誇ると双弥が勝手に思っている魔物だった。
「ギンチャク様……」
感動のせいか思わずその名を口に出す。
ギンチャク様。それは海に棲む
河口は汽水であり栄養が豊富なため様々な魚がやってくる。それに目をつけギンチャク様がいても何ら不思議はない。完全に迂闊であった。
「お、お兄さん! 助けて!」
エイカの悲痛な叫びで我に返る。今襲われているのは大切な仲間、エイカだ。感動に浸っている場合ではない。
「待ってろエイカ! 今助ける!」
双弥はザバザバと水の中に入り、ギンチャク様に向かって構える。
「うぇい!」
渾身の力で蹴りを放つ。しかし水の抵抗が大きすぎ、全くダメージを与えられない。
「うるぁ! せい、はぁ!」
ぺち、ぱち、ぱすっと音を立て、正拳を放つ。が、微塵も効いている様子がない。
「駄目だ、強すぎる!」
双弥は少し離れ、くやしそうな顔でエイカを見る。
「やっ、やだ! お兄さん見ないで! ちょっ、やだ! そこは──」
「くそお、こいつは強すぎる! 弱点を探さねば! 観察だ、観察が足りない!」
全身至る所に触手が這う。手足も絡まれ、四方から引っ張られるが肘や膝を曲げ、体を捻り抗う。
まるでベッドで大の字になっている状態で鎖に繋がれているような感じだ。双弥は己の力のなさに怒るかのような目をエイカの肢体へ向ける。
「お兄さん、早くうぅぅ!」
「すまんエイカ! まだ弱点が見えん! なんて恐ろしい敵なんだ!」
あまりの激しい攻撃に双弥の鼻息が
「や……いやあぁぁ! そこ駄目えぇぇ!」
「────見えた!」
何かが見えた双弥は目に力を入れ、妖刀を抜き放った。
そして上部にある口へ突き刺し、掻くように捻り回す。
危険部位を刺激され触手を引っ込め小さく固まるギンチャク様。その間にエイカを掴み、海から急いで上がった。
「……そぉや様? 何をなされていたのですか?」
急いでやってきたリリパールは途中から見ていたようだ。もちろん目を血走らせ鼻の下を伸ばし興奮していた姿も。
「ちっ、違うんだリリパール! 俺はあの魔物の弱点を……」
「私の勘ですと、そぉや様はあの魔物の弱点を最初から知っていたように感じたのですが」
「何を馬鹿なことを! あんな魔物、初めて見たんだぞ!」
「エイカさん、どう思います?」
「…………お兄さん……私の……見えたって……」
半泣きのエイカを抱きしめつつ、リリパールは双弥に殺意ある目を向けた。
「ちっ、違、誤解だ! あれは弱点が……」
リセットどころかマイナスゾーンまで好感度が堕ちた双弥はその日小屋の外で過ごすこととなった。
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