第69話
「あの……それは……」
双弥は言葉に詰まる。
確かに料理人がいれば双弥が料理スキルを上げる必要がなくなり、そのうえで美味い飯が食えるようになる。
それでいてナイスオッパイを眺められるというとても有意義な旅ができるようになるのだ。
馬車に揺られ暴れ回るそれをとても見たい双弥としては2つ返事でOKしたいところだ。飽きるほど見たという言葉通りに飽きるまで見たい。
しかしこの旅は安全というわけではない。
今まで双弥以外が大した怪我もせず皆元気に過ごしていられたのは奇跡に近い。アルピナはまだしもエイカはただの町娘でリリパールは姫様だ。巻き込まれて無事でいられる力は全くない。
そこへきてまた非戦闘員が増えるというのはかなり厄介だ。守り漏らす可能性が上がってしまう。
それに加え双弥のアルピナ攻略大作戦が行えなくなる。現状双弥がアルピナを手懐かせるには食べ物しかないため、これは厳しい。
「双弥様が仰りたいことはわかります。犠牲になりそうな人物は少ないほうがいいと。ですが……」
「ですが?」
「彼女はキルミットの人間ではありません」
あまりにも酷い言い分に双弥はこけそうになった。そして思い出した。リリパールはこういう子である。
「えーっと、それは……」
「エイカさんのような次世代のキルミットを背負って立つ方が危険な目に合っているのですよ。他国の女性が危険な目に合うくらいいいではないですか。それについて双弥様はどうお考えなのですか?」
そういう問題ではないし、そもそもエイカは自らの意志で同行しているのだ。かなり無茶苦茶な話である。
「いやあのね」
「────と、冗談はこれくらいにしましょう」
冗談だと言っているが、多分本気であると双弥は推測している。
リリパールが冗談を言うなんてそれこそ冗談みたいな話だ。
というのはさておき、何故リリパールが彼女を雇うと決めたのかが問題である。
「じゃあどういうことなんだよ」
「双弥様の世界は平和だと伺いましたが、それでも口減らしくらいはあるでしょう?」
「ない……とは言い切れない……って感じかな。俺の周りには一切そういったことがなかっただけで実際そういうものはあると思う」
日本にそういったものが行われていないとは言えない。だが見たことがないし、話もきかないため憶測でしかない。
「ようはそういうことです」
「そう……なのか?」
この世界では普通親が店を営んでいたら子供が継ぐ。もちろん子が複数いれば全員というわけではない。
そして貴重な跡継ぎを他所に貸し出したりしないものだ。ましてやいくら知人に頼まれたからといって船上料理人なんていう危険な仕事をさせるわけがない。
つまりエクイティには兄弟がおり、そして彼女に継がせるつもりはないということだ。そして人数が過剰であるのにいつまでも家に置いておくわけにはいかない。だからこそ他所へ送ったのだ。
「──それで彼女は職を失いました。家に帰るわけにもいかないでしょうし、帰る術もありません。これからどこかの町へ連れて行き放り出しますか? 私の知っている双弥様はそんなことできないと思います」
とりあえず陸まで連れて行きそこで別れたとしても、戦えなければ魔物か野獣に襲われて死ぬ可能性がある。
それほど関わっていないがエクイティは口下手というか無口なのはわかっている。、町まで連れて行ったとしても仕事に就けるとは思えない。
雇ってくれる店まで探すか? コミュニケーションが難しい彼女をいつまでも置いてくれるところが果たしてあるだろうか。
早々にやめさせられ、悪い男に騙され一生無給のまま娼館で働かさせられるかもしれない。
そこまで考えてしまうと確かにどこかへやるわけにはいかない。
リリパールも言っていた。見えないことで無駄に心配するくらいならば傍にいたほうがいいと。双弥もそれを理解した。
「ありがとな、リリパール」
「えっ、わ、私は無理して練習したものを食べずに済みますし、今後おいしい食事ができればいいのですから」
恥ずかしそうに赤らめた顔を見せないようリリパールは逸らす。
そんな少女を双弥は嬉しそうに眺めた。
「そんなことより双弥様。ひとつ重要なことがあります」
「おう、なんでも言ってくれ」
「エクイティさんが私の雇用を拒んだ場合、これ以上のことはできません」
「あっ……」
今までの会話はただ2人が一方的に決めつけていたことだ。エクイティの意見が入っていない。
もし彼女が断ったら……きっと全てを諦めてしまったということだろう。
「というわけでうちのりりっぱさんがきみを雇いたいと言っているんだけど、どうかな」
「…………誰?」
挨拶はしたと思ったのだが忘れてしまったのだろうか。これはいよいよ放っておけない。あまりにも物覚えが悪すぎる……というわけではない。
一国の姫をりりっぱ呼ばわりする双弥のほうが問題あるのだ。
「そこにいる銀髪の子だよ」
「…………2人いる」
双弥は改めて2人を見る。
エイカは灰色の髪であったはずなのだが、最近は髪が綺麗になっており美しいキューティクルも見える。銀髪と言っても違和感はない。
「髪を結いているほうがりりっぱさんだよ」
「……子供?」
リリパールを見てエクイティは首をかしげながら言った。見た目が美しく高貴な感じはするが、確かに子供である。
というよりも双弥以外は子供しかいないようなパーティーだ。
子供に雇われるのが嫌、というわけではないだろう。ただ雇うというのは金銭を払う契約がなされるということだ。
「お金のことなら心配しなくていいよ。彼女はリリパール・キルミット。キルミット公国の姫様だ」
「…………凄い」
エクイティはリリパールをまじまじと見る。リリパールもエクイティを見返し、にこりと笑う。
「…………私、宮廷料理人……」
そう呟き微かにニヤリとした。料理人の憧れなのだろう。
だが公国のため正確には公邸料理人であり、更に姫が雇うと言っただけで正式なものではない。
しかしそんなもの黙っていればバレはしない。ようは本人にその気があるかどうかなのだ。
「それでどうする?」
訊ねた双弥を無視しエクイティは立ち上がる。そしてエイカの前まで歩くと跪いた。
「…………姫様、なんなりと……」
置いて行かれた感がある双弥は指で頬をぽりぽりと掻きその様子を見る。
「ま、いいか」
それから2日ばかり双弥は食材集めに勤しんでいた。肉、魚、野菜や果物。
エクイティはそれらを処理し、干したり火を通したり香辛料で包むことで保存食をこしらえる。島から脱出する準備だ。
その間エイカとリリパールは荷を確認し、不要なものは載せないようにしようとしていた。
1人増えたため、水の量も多くしなくてはいけない。リリパールの荷は高価なものが多いがそれはスペースと重量を考えると仕方のないことであった。
勿体ないが命には変えられない。大陸に戻ったらまた買い直せばいいのだ。
しかし…………
「ねえリリパール様。これって……」
「……どう、いたしましょう……」
そして双弥が適当に持って来た荷に、封印されたアレを発見してしまったのだ。
この島に置き、永遠に封印してしまうという手もある。だがこれはある意味最終兵器として使えるものだ。
買い直そうにもルーメイー王国でない土地で再び手に入れられる保証はない。
2人はそっと積み込む荷物の中に3着分の服が入る箱をこっそりと忍ばせた。
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