第70話
「ウェミダー!」
「はいそうですね」
ボートに乗り込み動き出したところで双弥は何故か叫び、リリパールに冷たくあしらわれる。
もう散々海を見てきたのだ。そして暫くまた見続けることになる。エイカもうんざり気味だ。
それでも船から逃げるときとは違い今のボートは改造済で屋根がついており日差しもきつくなく、あれから更に狩った熊型生物の丈夫な胃から作った軽量クッションのおかげで座り心地もよく快適だ。
現在の並び順は先頭を前方監視でエイカ、その次に寝るぴな、真ん中を漕手の双弥、向かい合わせにおっぱい、そしてしんがりをりりっぱさんとなっている。
完全なハーレムフォーメーションだ。ぐうの音も出ない。
「ところで双弥様。この並びにどういった意図があるのですか?」
「意味はちゃんとあるぞ。俺は漕ぐために中央で後ろを向いていないといけないから前方を体力のあるエイカに見てもらう。アルピナは気付くと食べ物を漁るからなるべく離しておきたかった。おっぱ……エクイティはリリパールより背が高いからバランスを考慮して真ん中近くにすべきだろ。リリパールは後方確認及び荷物番。完璧じゃないか」
「そう言われると……そうなのでしょうか」
「うん。だから後ろをしっかり見ておいてくれ」
反論はできない。まさに完璧である。
リリパールは微妙に不満気な顔で後ろを見た。
「それよりお兄さん、少し揺れすぎな気がするんだけどなんとかならない?」
前方で手を縁にかけ踏ん張りながらエイカが苦言する。
「悪いエイカ。重量が増したせいでバランスが取りづらくなってるんだ。慣れるまで暫く耐えて欲しい」
「うん……仕方ない、よね?」
重量が増すと安定するのは下に重いものを置いた場合のみだ。上方に重量物があると逆にバランスが悪くなる。
その原因は双弥の目の前に腰上重量増加要員がいるためだ。
ボートの揺れと共に慣性の理から逆らえずその重量物が揺れる。
波のせいでボートはたぷんたぷんと揺れ、重量物もたぷんたぷんと揺れる。これは物理現象のためどうにもならないのだ。
それは双弥の目が慣れるまで行われることとなる。仕方のないことなのだ。
「…………海はいいよなぁ……」
沖に出て数時間経ち、何度目かの同じ台詞を吐く。もはやエイカですら聞き流している。
照りつける太陽は屋根に遮られ、涼しげな海風が心地よい。
波もおだやかになっており揺さぶられることも減った。
島ももう山頂辺りしか見えず、水平線が延々と続く。
そしておっぱい。
いや、双弥はむしろそれらには興味なく、ただひたすらに目の前の膨らみばかりを見ている。
だがこれはとても重要なことであり、逆に目を離してはいけない。
その理由はエクイティの胸にリリパールのペンダントのチェーンを使い首にかけられるようにした方位磁石があるのだ。
目標物のない外洋ではあっという間に方向感覚を失う。太陽だっていつも同じ場所にあるわけではない。そして小さなボートはほんの少し左右の力加減がずれただけでとんでもない方へ向いてしまう。
だからエクイティのため背もたれも設置し、もし眠くなっても上半身の位置が変わらないようにしてある。
そんなことをせずとも最初から目の前に方位磁石を固定するように改造すればいいと賢いものは思うだろう。だが双弥にはそんな発想はない。彼はバカなのだ。
「双弥様、島がもう完全に見えなくなりました」
「わかった。引き続きたのむよ」
リリパールの声に地平線を一瞥し、また目を元の方向へ向ける。見えなくなったものにいつまでも拘る必要はないし、目標物がなくなった今は余計に眼前のそれを見続ける必要ができたわけだ。
そして今現在運の良いことにエクイティは寝ている。どんなに眺めていても問題はない。
「お兄さん! 前!」
「いまいいとこだから!」
「えっ?」
「なっ……なんでもない。それよりどうした」
「えっと、なんか見えるよ」
突然の言葉に思わず本音が漏れ、慌てて話を戻す。エイカが前方に何かを見つけたようだ。
双弥は身を捻り前へと顔を向ける。
すると水平線近くに何かが浮いているのが見えた。波に揺られているため固定されていないのがわかる。
「船……いや、ボートだな。もしかして俺たちの乗っていた船の……?」
「双弥様、何かありましたか?」
2人が話しているところにリリパールが反応してきた。前へ行くわけにいかないため何があったのか教えて欲しいのだ。
「前にボートが浮かんでるんだ。どうしたものかなって」
「調べに行かないのですか?」
近付くのには色々と問題がある。
まず双弥たちが乗っていた船のボートであった場合。
人が乗っていない、ようするにボートだけ流されていただけならば問題はない。
だがもし人が乗っていたらどうすればよいか。
ほぼ確実に要救助者である。ギリギリというわけではないが、あまり水と食料に余裕があるわけではない。へたをしたら共倒れになる可能性があるのだ。
さもなくばもう既に事切れている場合。それを見てしまったら全員が精神的にきつい状況となってしまう。
次に無関係のボートだった場合。
誰も乗っていないならばそれもまた問題ない。
だが人が乗っていたら話はややこしいことになる。
死んでいたなら前述と同じだが、生きていたとすると様々なルートができる。
生きているが危険な状態だった場合。これもまたさきほどと同じ理由だ。
そして亡命者などだったら最悪戦闘が始まる。ボートの上で暴れ回るのは双弥とて勘弁してもらいたい。
「エイカ、もっとよく見てくれ。何か見えるか?」
「んーっと…………あっ、人が何人かいるよ!」
「どんな人だ?」
「もうちょっと近付かないとわからないよ……あっ、網を投げた」
「よっしゃ!」
双弥は急いで漕ぎだした。
投網をするということは漁師である可能性が非常に高く、比較的近くに港があることになる。これは助かったと見てもいいだろう。
「おぉーい!」
エイカが大きく手を振り叫ぶ。変わったボートが接近してくると警戒していた彼らだが少女だとわかり気を緩める。
「どうしたー!? こんなところでー!」
「船が沈没しちゃってー、脱出してきたよー!」
そして徐々に近付き、叫ばずとも会話ができるほど隣接した。
「おう、それで船が沈んだってのはいつだ?」
「えーっと、5日くらい前かな。ルーメイー王国から出たんだけど海竜に襲われたんだ」
エイカに代わり、双弥が事情を説明する。漁師たちは無事でよかったなと笑顔を見せた。
「だがその間ずっと船にいたにしては元気そうじゃねえか」
「ああ、向こうの方に島があったんだ。そこで水と食料を確保したんだよ。それより……」
双弥はその島で思った気になることについて漁師に訊ねた。
まるで切り取られたような山に島のおかしな生態系など、まるでつい最近まで大陸だったような感じだった。
「ああ、その通りここも元々陸地だったんだ。半年くらい前までな」
「やっぱり……。では何故こんなことに?」
「わからん。半年前急にこんな風になっちまったんだ」
半年前といえば双弥たちがまだ召喚されていないころである。それにシンボリックだとしても規模があまりにも巨大すぎる。
「俺たちゃこれを魔王のせいだと思ってんだが……」
「魔王!?」
まさかこんなところでその名を聞くとは思わなかった。
もしこれが魔王の仕業だとする。破壊力がこれならば納得できるが、状況は最悪となってしまう。こんな技を出せる相手に勝てるとは思えない。力があまりにも違いすぎる。
もっと情報が欲しい。双弥は漁師から大陸の距離を聞き出し礼をするとボートを進めていった。
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