第96話

「フィリッポも大丈夫だし、そろそろ進もうよ!」

「そうだな。私たちは早く港へ行き長い船旅に備えなくてはならない。迅も昨晩戻ってきたのだろう?」

「じゃあ行くか」

 その意見を双弥はあっさり承諾する。急げばいいというものではないが、進めるうちには進んだほうがいいと思っていたからだ。


「フィリッポと迅もきっと賛成するよ。僕にはわかる。『オレサマは早く他の女がいるところへ行きたいんだー』『フッ、俺はお前がそういうのを待っていたゼ』ってね」


 この場にいない2人の返事をジャーヴィスがモノマネで勝手にする。


 シンボリックを用いた訓練以外で双弥とフィリッポはほとんど顔を合わせない。ウマが合わないならば無理せず関わらなければいいだけなのだから。

 そもそも前もって少ししか手伝わないと言っていたのだし、プライベートまで何かをさせるのもどうかと思われる。だから皆と一緒の場所で食事もしないし、こうして食後にボーイズトークなどもしない。


 エクイティとのことで投げ出し、やらないと言われていないだけありがたいとするべきだ。

 双弥のことはさておき、フィリッポはムスタファにある程度の義理を感じている。それをいつまで続けるかわからぬが、変につついて蛇が出ぬよう現状を維持していた。



「反対だ。オレは行かないからな」


 そこへまた見知らぬ女性を連れたフィリッポがやって来た。宿と併設されたこのレストランへ連れてきたということは、これから情事が始まるのだろう。


「何故だ?」

「もう充分手を貸してやったろ。オレは魔王と戦う気はねぇ。まぁ終わったら破壊神とやらの手伝いくらいはしてやるさ。帰れるか知らんが」

「そんなこと言わないでよ! フィリッポが手伝ってくれなかったら僕がさりげなく手を抜くことができないじゃないか!」

「お前は黙ろう。なっ、ジャーヴィス」


 ややこしくなる前に双弥はジャーヴィスを止めた。

 そして双弥自身も口を出したところでロクな答えが返ってこないだろうと判断し、ムスタファに任せることにした。


「戦いは戦略と武装、そして数だ。1人でも欠けては勝てない可能性がある」

「そりゃそうだろうが、そんな奴ら相手にしてもしオレが死んだらどうすんだよ」

「それを言い出したらお前がいないせいで私たちが全滅したらどうするつもりだ。我々には戦わぬという選択肢はないのだぞ」


 もし双弥含む4人がやられてしまうとフィリッポだけになってしまう。そうなってしまうと確実に勝ち目はなくなる。


「そもそも情報がたりねえと思わねぇか? このまま敵地に乗り込むにはよ。魔王だって何人いるかもわかんねぇんだし──」

「3人だ」


 その声に全員が振り返る。そこにいたのは鷲峰と、以前彼と一緒にいた少女チャーチストであった。

 ここ数日何か思い立ち出かけることだけ伝え留守にしており、昨晩遅くに帰ってきた彼は何を根拠にそれを語るのか。


「何を知ったんだ?」

「俺と彼女で手分けをし、ここ数日人を探していたんだ」

「ほう、誰を?」

「向こうの大陸から渡ってきた人間だ」


 その答えに全員が背筋に冷たいものが走った。

 考えてみれば簡単なことだが、こちらから渡れるのだから向こうからも人が来ているのは当然の話だ。魔王がどこにおり、人とどう接しているかわからぬが同じ時代の地球人であるならば町などに行かぬとは考えにくい。

 そうなるとその人物が魔王かどうか知っているかはさておき、誰かしらと関わっていると予想できる。


「よくそこに気が付いたな。でもそれならば私たちにも言ってくれればよかったものを」

「ああ。俺だって手伝ってたよ」

「今俺たちに必要なのは魔力総量を上げることと同時に対シンボリックの訓練だ。俺1人がいなくてもなんとかなっていただろう。それに情報を求めて出たというのに何も収穫がなければ……まあ、がっかりさせるだろうし」


 情報収集に出て何も得られなかったらストレートに嫌味を言いそうな人物と遠回しな嫌味を言いそうな人物がいる。そんなことを言われたら多分鷲峰のプライド的にブチキレてしまう。それがわかっていたから黙って行ったのだろう。

 元々勝算の低い賭けのようなものであった。もし鷲峰が魔王だったなら正体を隠し町へ行っていたからだ。



「ねえフィリッポ。まだなの?」

「すまないねお嬢さん。先に部屋へ行ってくれないか? お詫びなら後でいくらでもするからさ」


 フィリッポもこの話には女性よりも興味があるのか、激しいキスで連れていた人を部屋に送った。



「……さて、話を進めさせてもらうぞ。チャーチ」

「ん」


 チャーチストは大量の紙の束を取り出し、机に置く。

 そしてその言葉は双弥たちの考えていたものと全く違い、驚愕な事実でしかなかった。



「魔王はあちらで大人気」


「「「は?」」」


 どういうことか全くわからない。要点をまとめるのはいいが、要点しかないのも考えものだ。


「も、もうちょっと詳しく話してくれないかな」

「必要ない。解かれ」


 なんとも殺伐とした少女だ。鷲峰が自分の額を軽く抑えつつ双弥にリリパールを呼んでくるように伝えた。



 連れて来られたリリパールはチャーチストがまとめた紙を読み始め、顔が青ざめていく。


「どうした? 何が書いてあるんだ」

「えっと、なんと申し上げたらよいのか……」


 リリパールはしどろもどろに話し始めた。


 魔王たちは周辺国などによく出没し、インフラや生活の利便性を飛躍的に向上させていた。

 具体例としては山を切り開き、トンネルを作り、水回りまで整備させている。


 シンボリックは消えてしまうが、逆にそれを利用した方法などでどんどん周辺国は潤っていった。

 周辺の国王たちはそれらを表面上歓迎し、そして魔王たちの人を殺さねばならない事情を知りこの大陸を無断で売り渡したそうだ。

 魔王らも関わった人々を殺すのが嫌だったらしく、それで手を打っていたらしい。

 『このことは内緒よ』と話してくれたおばさんが知りたくもないことまで教えてくれたということだ。


 くだらない話が大半であったがどれが必要か判断できなかった。

 あちらの大陸の言葉がわからないチャーチストへ機械的に通訳し記載させるので手一杯だった鷲峰は、ロクに内容を把握しないまま耳から入ったものを口から出すだけの作業を行っていた。

 その結果の紙束である。彼女が殺伐としていたのも頷けるというものだ。鷲峰自身が記録しなかったのは日本語文字よりこの大陸の公用語文字のほうが速書きに向いていたからだ。



「……厳しい話を知ってしまった」

「ほんとだよ。このまま行ってたらきっと僕らのほうが魔王扱いされていたね」

「それにしても……やっぱりあいつらも殺人に躊躇いがあったんだ」


 町があったというあの大穴で会った魔王。そこに建ててたのは教会だと言っていた。

 なんのために戻ってきたのか疑問であったが、自らの手で殺めてしまった人々に祈りを捧げていたのだろう。口が悪いからといって性根も悪いとは限らない。


 例えば軍人は任務として多くの人間を殺める。だが彼らは仕事だからといって皆がその行いに対し割り切れているわけではないのではなかろうか。

 その感想は人それぞれであり、ハリーは割り切れないタイプだったらしい。


「そういや俺たちと出会った奴、名前を聞いてたな」

「きっと彼が勝ったら地球で僕らのことを祈るつもりだったんだろうね。そして自分が名乗ったのも、もしやられたら祈って欲しかったのかも」


 そう考え始めたらきりがない。

 わざわざ自分の弱点になるようなことを教えてくれたり、あの場でとどめを刺せば地球へ帰れたはずなのに引き返してくれたり。

 

 戦い辛い。だんだんハリーのことが憎めなくなってきてしまった。




 沈黙は長く続く。そしてそれを打ち破ったのはジャーヴィスのとんでもない案であった。



「ねえ、彼らを破壊神信者にして帰らせてあげるっていうのはどうだい?」

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