第58話
「──本当に申し訳ない」
オファーの平謝りだ。土下座も辞さないくらいの勢いである。
「いや、もういいよ……」
悪気があってやったわけではない。むしろ喜ばれると思ってやったことくらい双弥にだって理解できている。
あれだけの数の美女美少女を集め侍らすなんて普通の男ならば夢のひとつだ。羨ましいどころの話ではない。
「双弥殿の性癖を考えておくべきでした。本当に失礼した」
「言っとくけど男色の気はないよ」
あらかじめ釘を刺しておかねば大変な目にあってしまう。昨日の比ではないほどの恐怖に突入してしまうことになるのは避けなくてはいけない。
「わかっております。お連れを見れば……」
どうやら最悪の危機は回避できそうだが、今度はペドフィリア疑惑が持たれているようだ。
「ちっ、違うんだ! やっぱりさ、えっと、初めては好きな人と海が見える別荘でさ……」
どこかで聞いたような台詞を吐く。女性経験のないもの特有の妄想だ。
それを聞いたオファーは、双弥のことを初めてに夢を抱く
「それでは双弥殿には好きな方がおられるので?」
「い、いや、まだ……」
「まだ?」
と、ここでハッとなった。
好きな人がいればこれ以上このようなことをしないでくれるのではないかと。
相手は──エイカだと幼い。更に幼いであろうアルピナは論外だ。ならばリリパールが妥当だろう。
キルミット公爵の娘が相手ならば引くしかないはずだから牽制になる。問題はそれを誰かからリリパールに伝わったときの対処だ。
勝手に自分を利用したとクソ虫以下の呼ばれ方をするかもしれない。
そんなことよりも何故今いる中から選ばねばならないのかと気付く。嘘だったら別に妄想の人物でもいいのだ。
「えーっと、俺、別の大陸から来て、そこに好きな子がいるんだ…………うぶっ」
一瞬例の同級生が頭によぎり、吐き気がする。未だに引きずってしまっているようだ。
「そうでしたか。それは残念ですな。ですがここでの出来ごとを忘れてみるのもいいかもしれませんぞ」
嫌な言い方をするとやり逃げを推奨しているのだ。
散々やったうえで子供ができても教育費や認知も必要がない。これを蹴るなどなんと勿体ないことか。
「そ、そんなことよりメイルドラゴンのことなんだが」
会話を続けるのはまずいと思った双弥は話題を変える……というより本題に入る。
「ああ、そのことでしたら明後日にも全軍出発できるよう都合を付けております。それから2日ほどで巣に到着する予定ですぞ」
「いや、俺1人で明日行かせてくれ」
「それは流石に賛同しかねます。いくら双弥殿が強いとはいえ、メイルドラゴンは通常のドラゴンとは比べ物にならぬほどの強さですぞ」
「だからこそだよ。言いたくないが足手まといが多いと戦いづらいんだ」
「なっ……。いや、双弥殿にはそれを言えるだけの力がありますか。仕方ありませんな」
これは事実であるが、お互いの考えに差異がある。
オファーは双弥1人で戦うと思っているが、双弥はそのつもりはない。
魔法が使われないというのを前提としたら、ここにいる騎士全員が戦っても刃喰を倒すことはできないだろう。
それだけの戦力である刃喰をたくさんの人の前では流石に使えない。
キルミットでは魔獣の類として考えられていたのだ。この国でどう思われているかわからない以上、見せないほうが得策だ。そのための単独行動である。
翌日、双弥は1人メイルドラゴンのもとへ向かった。
「ほんとにこんなとこ棲んでんのかよ……」
『ああ。とんでもなく面白い気配が漂ってるぜ』
説明された場所は山間にある平原。普通ドラゴンは崖や岩山の中腹などに棲んでいるという。なのにこんなだだっ広いところにいるのは何故か。
ドラゴンが険しいところに棲んでいる理由は対人対策だ。
通常のドラゴンは強いとはいえ、囲まれて襲われれば負けてしまう。だからあえて戦いづらい場所に生息している。
メイルドラゴンが何故ここにいるか。簡単に言えば人間をなめている。いや、ただの餌でしかないと思っているのだ。
囲みやすく襲い易い。
「俺も感じてきたぜ。こりゃほんとにやべぇな」
平原にひとつ窪みがあり、そこへ近付いたとき双弥の肌に張り裂けるような感覚が走る。
そして慎重に近寄ったとき、姿を見ることができた。
でかい。それが最も当てはまるようなものだった。
全長は18メートル。前のドラゴンなんか比べものにならない。
それが地面に突っ伏して寝ている。
たかが人間1匹では腹の足しにならないし、何もできないだろうから起きるほどのものではないということだ。
その姿はワニのようなものではなく、どちらかといえば恐竜──ファンタジードラゴンらしい姿をしている。
翼が生えており体は鱗で覆われ、長い牙がある。そして頭には2本の長い角がある。
(ん? 角?)
双弥が聞いていた情報だとメイルドラゴンには鱗と牙、そして翼があるだけで角はないとされていた。
だが目の前にいるドラゴンにはどう見ても角が生えている。
パーフェクトドラゴン。全てのドラゴンの要素を持つ最強最悪のドラゴンである。
どうやら襲われて逃げ延びたものが勘違いをしていたようだ。これはやばい。
……そのはずなのだが、双弥は戦う気があるらしく、近付いていく。
「舐めてると痛い目見るぜぇ!」
双弥は居合を打ち込んだ。
パアァァン、という弾けた音と共にドラゴンの鱗が1枚砕ける。
だがその下にある皮膚は無傷だ。
「かってぇなオイ」
今のは結構破気を込めて放っていた。なのにこれではきっとダメージが通っていない。
それでも今の攻撃はドラゴンを目覚めさせるには充分であった。
「げっ、立ちやがった!」
2足立ちをし、その高さは9メートルほど、3階建ての家くらいはある。
離れたらこちらの攻撃が届かないのに相手の攻撃が届く危険な状態になるため、双弥は一気に距離を詰める。
だが近付いたところで攻撃できるのはせいぜい足か尾くらいだ。実際に立ってみてそう感じ、舌打ちをする。
「刃喰!」
『おうおう……ってこりゃまた厄介だなご主人』
「ああ。いい手はないか?」
『そりゃ俺の仕事じゃねぇな』
刃喰を出したはいいが、どうしたものか困る。
闇雲に攻撃したところで大したダメージを与えられないと推測できる。どこかに集中すべきだ。
翼を持つ魔物を相手するとき、最も厄介なのは飛ばれることだ。だからまず翼。
そのあとは頭を潰したい。届かないならば足を潰し、地面に倒すしかない。
このプランで戦う。それが一番ベストだろう。
「とりあえず翼をやってくれ!」
『おうよ』
刃喰が翼を攻撃している間、双弥は足を狙う。破気を取り込み、居合ではなく乱切りをしてとにかく鱗を剥ぎダメージを与える。
「おっ……っと!」
ドラゴンとて好き勝手やらせるわけではない。双弥を踏み潰そうと足を上げる。
だが巨体なだけに動作はさほど速くはない。悠々とかわしつつ鱗がなくなったところへ突きの連打を入れる。
「これで────ぐはぁっ」
突然双弥は横から攻撃され、吹き飛んだ。
尻尾だ。長い尻尾が前方まで巻き込んできて双弥を弾いた。
双弥は地面へ妖刀を刺し、無理やり飛ばされるのを止める。が、そこへドラゴンが踏みつけてくる。
咄嗟にかわせないと判断し、破気を更に体へ通し受け止めようとする。
「あぐぁぁっ……無理!」
双弥は全力で横へ飛び、なんとか逃げ出す。
このサイズのドラゴンは10トンを越える。受け止めきれるわけがない。
間一髪で逃げた双弥はなんとか体勢を整え直し、ドラゴンへと構える。
「……まずいなこれは……」
厳しい状況である。このまま逃げ帰って「倒せませんでした。テヘッ」で済ませたい気分だ。
だが考えてみれば双弥の旅の目的は魔王討伐である。どの程度強いのかはわからないが、このドラゴン以下ということはないだろう。
ならばこれは前哨戦みたいなものだ。退くわけにはいかない。
目の前のドラゴンを仮想魔王とし、それ相応の戦い方をすることにした。
「刃喰! 戻れ!」
『ああん? どうするつもりだよ』
「実験をする」
『ああ、あれをやるのか』
何をするのか理解した刃喰は双弥のもとへ戻り、双弥は妖刀を鞘に納めた。
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