第57話

 この世界で使われる国道という意味は双弥の知っているものとは違っていた。

 日本の国道とは国が造り管理している道である。この世界でもそこは一緒であるが、運用方法が異なる。

 利用できるのは国民の一部……王族や貴族、あとは軍である。


 それを利用する価値があるかというと、かなりある。

 道は綺麗に整備されているため馬車の揺れが少ないうえに、山を切り開いたりトンネルを掘ったりという大胆なショートカットができる。更に警備が厳重なため盗賊などに襲われる心配もない。


 そんな道を双弥たちは先ほどのカイゼル髭含む騎士12名と共に進んでいる。



 依頼なんて受けているほどの時間に余裕はない。先ほど安請け合いをした双弥にリリパールが進言したことだ。

 だがこの国道が使えるとなれば話が変わる。これにより時間が大幅短縮され、依頼を請けてもお釣りがくるのだ。



「ところでメイルドラゴンってどんなんだ?」

「私も詳しくはわかりませんが、なんでも鱗があるドラゴンらしいですよ」

「おおー」


 双弥は懲りずにまた興奮している。やはりファンタジー的なドラゴンといえば角、鱗、牙が揃っていなくては素材として不完全である。

 前回戦ったドラゴンは強いていうならワニ皮に近く、鱗のようなものはついていなかった。


 そのメイルドラゴンがトレジャリーという町の近くに巣を作ったらしく、国は頭を悩ませているとのことだ。

 ドラゴンは基本的に騒がしい場所に巣を作らない。だが一部の人間の味を知ったドラゴンは人を襲い続ける習性を持つようになる。


 人里の近くに巣を作ると人間は迷惑と感じ、討伐隊エサを運んできてくれるのだ。楽チンである。

 1000を越す大部隊にて掃討作戦を決行したところで容易く半壊させてしまうほどの力を持つメイルドラゴンにとって、町の近くは絶好の餌場でしかない。


 そこで12体のドラゴンを1人で倒した双弥に手伝ってもらおうというのだ。正確には刃喰も一緒にいたわけだが、さすがにその存在を知られるわけにはいかず、黙っていた。



「それにしてもいい旅になったよなぁ」

「またヒマになりましたけど、いいですね……」


 上流階級や騎士団の使う道のため丁度いいタイミングで宿舎があるし、食事も騎士たちが用意してくれる。双弥たちは食って寝て馬車に揺られるだけだ。


「こんな旅してたらお兄さんの微妙な味の料理じゃ耐えられなくなるよぉ」

「……じゃあ今度からエイカが料理番な」

「う、うそだから! お兄さんの料理、普通だよ!」


 お世辞でもうまいとは言えない味らしい。

 これはきっと日本人とこの世界の人間の味覚が違うのだと思いつつ、双弥自身も料理に自信があるわけではない。


 だからといって下手な料理は何度繰り返したところで旨くならない。料理にはやり方があり、なんでも適当にやればいいというものではないのだ。

 どこかで学べればいいのだが、料理屋で師事してもらっている余裕はないし、レシピ本もない。素焼きに塩が最も無難だ。


「そんなことよりいつ着くのかなっ」


 あからさまに話題を変えようとするエイカがかわいいなと微笑ましく見ていたが、それは双弥も気になっていた。

 双弥が窓から身を乗り出すと、気付いたカイゼル髭が寄ってきた。


「いかがなされましたかな?」

「もうあれから6日くらい経つけど、あとどれくらいかかるかな」

「本日夕刻には到着しますぞ」


 それを聞いて頭を下げ、エイカとリリパールにもうじき到着することを伝えた。


 メイルドラゴン。一体どういうものなのかと思いを馳せながら。




「到着しましたぞ」

「おおー」


 山間にある町だからそんなに大きくないと高をくくっていた双弥は、意外な大きさに感嘆した。


 人口約2万。壁に囲まれた箱庭のような町だ。近くに湖があり、辺境にもかかわらずなかなか豊かな町である。

 門番に一瞬止められそうになったが、騎士たちがいるためそのままスルーした。


「それで俺たちはどうすればいいのかな」

「姫君たちは宿へ。こちらで手配させていただきます。双弥殿はこのまま外の臨時詰所へよろしいですかな」

「ああ、それでいいよ」


 今回エイカやリリパールは完全に置いていける。それだけで不安材料はなくなり、安心して戦える。



 3人と御者を1人の騎士に任せ、カイゼル髭たちと双弥は外にあるドームのようなテントへ向かう。

 カイゼル髭が前へ出るとテント入り口にいた騎士が敬礼をする。カイゼル髭はそれなりの地位らしいことが窺える。


「おお、これはオファー殿。久しいな」

「ええ、貴殿こと変わらぬようでなによりだ」


 カイゼル髭──オファーは、小太りだが筋肉がもの凄い男と親しげに話している。


「このような状況でなくば会えぬしな。……ところで後ろにいる男は?」

「紹介しよう。彼は双弥殿だ。今回の討伐の切り札として連れて来た」


「ほう、見たところまだ少年のようだが、切り札とは些か言い過ぎではないですかな?」


 それを聞いたオファーは、連れの騎士たちに指示し持って来た手荷物からドラゴンの尾を出させた。

 数は先日討伐したのと同じ12本。


 ドラゴンは基本的に1体につき尾は1本。頭は素材として色々取り去られてしまううえ、腐りやすいため尾の先にて討伐数を確認するのだ。


「12体か。この少年を含む貴殿の騎士たちが今まで倒した、ということですかな?」


 それを聞いたオファーはにやりと笑う。


「いや、これは彼1人で一辺に倒した数ですぞ」

「はっはっは。暫く会わぬうちにオファー殿も砕けたものだな。こんなところで冗談を言うなどとは」

「嘘ではない。私はその現場、しかと見たのだからな」


 もちろん嘘だ。

 双弥は12体を一辺に相手をしていない。正確には1体と11体だ。更に細かく言うならば、そのうちの3体は刃喰が倒しているし、最初の1体は共闘だ。

 そして倒し終えたところに到着しただけで、戦っている姿を見ていたわけではない。


 だがこういう場ではハッタリがモノを言うケースが多々ある。小太りは信じられないような目で双弥をしげしげと見る。


「オファー殿が言うのならば確かであると思いたいが、さすがにこれは言い過ぎであろう。……その力、見せていただいても宜しいか?」


 小太りの言葉にオファーは双弥へ目を向ける。それに対し双弥は無言で頷く。


「構いませんぞ」


 オファーの言葉を聞くやいなや、小太りは手を挙げる。

 すると一瞬にして5人の騎士がその背後で方膝をついていた。


「紹介しよう。こやつらが吾輩の切り札だ」


 細身で長身の男、小さいが筋肉質な男、少年のような男、イケメンだが芯の太そうな男、そして気の強そうな短髪の女の5人だ。

 一騎当千とまではいかないだろうが、それぞれから強さを感じられるほどである。


「なかなかいい駒が揃っておるようだな」

「この5名だけで大抵のドラゴンならば狩れるほどの腕前がある。オファー殿が言う通りならばこの5人まとめて相手できるであろうが、構わぬか?」

「ええ。俺としてはあと騎士を50人くらい追加されてもいいですよ」


「ふんっ、後で泣くなよガキが」

「我らを甘く見たことを後悔させてやる」


 5人は双弥を睨みつけつつ、外へ出た。




「今なら謝罪だけで許してやるぞ」

「しかも素っ裸でな! ひゃーははは」


「能書きはいいからさっさと来な」

「こっ、こんガキャアアァァ!」


 3人が一斉に襲いかかってきた。


 双弥は大きく後ろへ下がり、戦力を確認する。

 前へ来た3人。細長い男はかく乱系だろう。短剣を持ち素早くトリッキーな動きをしている。

 筋肉質はパワーアタッカーで一撃必殺を狙っている。

 イケメンはメインアタッカーだろう。攻防一体といった印象を持つ。


 残り2人は援護攻撃系だ。少年は弓を構え、女はロングハルバードを振り回している。



 まず細長い男を倒す。前へ来たところでわざとゆっくりめに剣を滑らす。横薙ぎなため回避ができず、短剣でガードする。

 もちろん狙いはそれだ。すかさず加速させた妖刀が短剣を切り裂く。驚いた細長を蹴り飛ばす。


「足ががら空きだぜ!」


 方足立ち状態の双弥の足を、筋肉質が戦斧で刈ろうとする。だが引き戻した足でその斧を踏みつけ、妖刀で柄を叩き切る。

 その隙を突いた背後からの矢を振り向きもせず上から切り落とす。


「ちぃっ」


 このままだと不利だと感じたイケメンが大きく下がる。が、それよりも速く双弥が接近し、慌ててガードしたイケメンの盾を削り斬る。

 それでよろけたイケメンの足をひっかけ転ばし、首に妖刀を突き付ける。


「ま、まいった。あたいらの負けだ」


 女が両手を挙げ降参の意思を見せると、他の4人も同じように負けを認めた。

 小太りはあまりの出来ごとに腰を抜かし、オファーまでもが口を開けたままにしていた。


 誰も文句が言えぬほどの力を双弥は見せつけたのだ。






「────あのー。それでこれは一体…………」


 戦いから1時間ほどした後、双弥はとある屋敷の一室にほぼ監禁状態にされていた。

 周囲に居るのは娘、女の子、女、女性。20人ほどの女たちが薄い服で双弥の座る椅子を囲っている。


 それぞれがこの町に住む貴族あるいは騎士たちの娘である。これは何の儀式なのだろうか。


「双弥様。誰でも好きな娘を選んで結構ですぞ。ああもちろん全員でも構いませんが」

「ちょちょちょちょっと意味がわからないんですががががが」


 双弥は慌てふためいている。


 あれほどの力を持つ男。是非とも欲しいに決っている。

 これで気に入った娘ができ結婚し、この地に根付いてもらえればよし。そうでなくとも一晩共にし、子供ができるのもよし。


 種馬というのは誰とでもやる男ではない。本来は優秀な成績を持つもののみ許される選ばれし行為だ。

 つまり双弥の血統が欲しい、というわけである。


 年ごろの、更に選び抜かれた精鋭女性ばかりだ。一夜限りのアバンチュール。これぞハーレムと言わんばかりの状況だ。


「ねぇ双弥様ぁ。私と是非」

「ずるいわ。私のほうが──」

「双弥様の手って意外と大きいー」

「あっ、何触ってるのよ。私だって──」


 途端群がってくる女たち。全員を相手なんかしたら双弥が枯れてしまう。


 だがそこはさすが童貞ウブ坊やの双弥。心臓が爆裂寸前過呼吸状態だ。

 嬉しいはずのシチュエーションは現実ともなると恐怖に変換されてしまうことを嫌というほど理解した。



 数分後、双弥は処男のまま屋敷を逃げ出し、町の片隅で震えていたのを警備の兵に発見された。

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