第30話

 双弥は今、船乗り場に立っていた。

 腕にはティロル公団である証の特殊な金属プレートがついた腕章がついている。これがあればゲートはほぼフリーで通過できる。

 初めて傍で見るのだろうかアルピナは波が来るたびビクビクしており、エイカはいつも通りの無反応だ。



「さて、アノマリー号だっけな……あれかな」


 今停泊している船は4隻。アノマリー号は全長40mほどの中規模な帆船だった。

 客船とはいえ客が乗れる数は少なく、船員のほうが圧倒的に多い。ほぼ貨物船のおまけといった感じで人が乗れる程度だ。

 空きがあればいいなと思いつつ船員に話を聞いた。


「すみません船長はいますか?」

「船長に用か。名前は?」

「双弥です。タォクォとの国境で紹介されて……」


 そこまで言うと船員は、ああといった感じでにかっと笑った。

 船長の親族が国境守衛であるというのは船員が皆知っていたことで、どういった理由で双弥が訪れたかも理解した。


「部屋ならまだ空きあるぜ。東に向かうがいいのかい?」

「ええ。いつ頃出発で?」

「まだここに停泊して4日だからな。出るのは3日後くらいだ」


 ここで暫しの足止めだ。だが国境の町を出て以来、まともな休みをとっていない。アルピナはともかくエイカにはベッドで寝かせてやりたいと、双弥は船室を予約し宿に向かった。




「アタシここで寝るきゃ!」


 部屋に入った途端、アルピナは双弥を蹴りつけ1人掛けソファーに飛び込んだ。どうも狭いところで寝るのが好きらしく、小さい体を更に小さくするように丸くなった。ふさふさの尻尾枕は寝心地が良さそうだ。

 ベッドではないから誰も文句は言わない。とはいえエイカが何か言うわけもないし、双弥もアルピナの奴隷状態だ。例えこれがベッドであっても文句を言う人物はここにいない。


 エイカのこともあり双弥はそれなりに良い宿へ泊まり、宿付きのメイドにエイカを洗ってもらうよう頼めるようにした。高価な部屋なためソファーがあったのはありがたいことだった。


「エイカも休んでていいよ。食い物買ってくるから」


 言われたままエイカはベッドに座り、上半身を後ろへ倒した。


「みえ……」


 一瞬言いかけた言葉を飲み込んで目を逸らすと、双弥は部屋から出て食料を探しに行った。





「おい」


 港をぶらついていた双弥に突然話しかけるものがいた。

 辺りには双弥と声をかけてきた5人の男以外誰もいない。襲うには絶好の条件だ。

 もちろんわざとこうなるように仕向けていた。

 ティロリストは少女に危害が及ぶようなマネをしない。だが双弥が1人のときなら隙あらば接触してくると思っていたからだ。


「な、なんだお前らは!?」


 わざとらしい演技で迎え撃つ双弥。そうとは知らぬ男らは見下したような笑みを浮かべてナイフをちらつかせてきた。


「身ぐるみ置いて町から出て行きな。そうすれば許してやるよ」


 と、見るからに盗賊風の男がニヤニヤしながら言った。

 これがだたの追い剥ぎかティロリストによる刺客かと言われたら、確実に後者である。

 根拠といえば、このような盗賊まがいな連中が港──ゲートの先へ進めるわけがないからだ。


 冷静に考えれば陳腐な話だ。しかし突然襲われパニックになっていたら気付かなかっただろう。

 更に今さっき連れ込んだわけでもないだろう。それでは準備が悪すぎる。


 つまりここに長いこと匿っているのだ。雇い主の姿を知っている可能性が高い。


「さぁて、遊びはここまでだ。刃喰!」


『やっと出番かよ。待ちくたびれちまったぜ』


 通常ならば土の中で何年も過ごしているくせに、何を待ちくたびれたのかわからぬ刃喰が飛び出し一瞬でナイフを無効化した。

 あまりに刹那的な出来ごとに何が起こったかわからぬ様子の盗賊だったが、ナイフの柄を捨て襲いかかってきた。


 双弥に掴みかかろうと両手を伸ばしてきた男へ双弥は半歩踏み込み懐へ入り、つま先を軸に足首を捻り踵を地面に叩きつける。

 それと同時に手首を捻りこみ肘を突き立てた。


「うぶぅ」


 双弥の肘をまともに腹へ受けた男は崩れ落ち、地面に転がった。

 そのまま振り返り殴りかかってきた男の拳を下腕で手首を捻りつつ反らし、また半歩踏み込み腰を回して拳を打ち込む。


「てめぇ!」


 落ちていた角材を拾い、殴りかかってきた男に、双弥は居合一閃で角材を弾き飛ばし返す刀で鎖骨をへし折る。


「ったく、武器使うなよ。素手相手の練習をしたいんだ俺は」


 のたうち回る男に双弥は吐き捨てるように言った。

 納刀し、続きをやろうとしたら残りの2人は逃げ出してしまった。


「ふん……まあいいか。3人いればなんとかなるだろ」


 双弥は倒れた男たちを冷たい目で見ながらそう呟いた。





「────っててっ。……ここはどこだ?」

「お? 起きたか」


 男は目を覚ました。体を動かそうとしても手足を縛られており、芋虫みたいにしか動けない。


「あまり動くと落ちるぞ」

「あ? てめぇ何言って……!」


 そこで男は自分が斜面にいると気付いた。

 ここは3階建の建物の屋根。地上から約12mの位置だった。

 普通に飛び降りても命がやばいというのに、手足を拘束されたままでは確実に死ぬ。

 横を見ると他に仲間が2人転がされている。そしてそれを見ている双弥。


 双弥はこんなところで他の2人が起きるまで呑気に待っているほど暇ではない。起きた男の頭上に行き、しゃがみこんでこう言った。


「さて、雇い主を吐いてもらおうかな」





「──それは本当だろうな」

「ま、間違いねぇ! 本当だ!」


 ロープの端を持って屋根を転がした途端、あっさりと吐いた。脅し甲斐のない男である。

 確認を取るためまだ目覚めぬ男たちをロープで繋ぎ、屋根から落ちないよう括りつけてから怯える男を掴むと双弥は屋根から飛び降りた。


「う、うわあああぁぁぁ!!」


 男は叫んだ。どうやって降ろすのか考えていたところにまさかの落下。びびらないほうがおかしい。

 だが落下速度があまりにも遅い。男は恐る恐る双弥の顔を見ると、双弥は特に意識していない様子だった。


 そっと降り立った双弥はその足でティロル公団の元へ向かう。

 そして男を物陰に置き公団支部の中へ入り、コンファームを呼び出し男に合わせる。


「それでツヴァイ君。彼が襲ってきたのですね」

「ええ。雇い主も吐きました。受付のリーブです」

「やはりそうでしたか……」


 やはりというのだから前々から目をつけていたのだろう。後は確認が取れ次第捕まえる予定との話だ。

 その日のうちにリーブは捕まり、ティロル公団から除名処分になった。だが彼は氷山の一角であり、今後も双弥の戦いは続く。





 騒動から3日後。その間は特に問題もなく平和な日々を過ごしていた。タォクォでイコ姫の屋敷で過ごしていたとき以来である。

 若いこともありここ暫くの疲れもすっかり癒え、殆どの時間を宿内でエイカに武術の基礎を教えていられた。


 いつものように双弥はエイカだけを連れて食事をしていたところ、船の出港準備ができたと報告が入り、荷をまとめるためへやに戻る。



 だがそのとき船長のもとへ嫌なニュースが飛び込んできた。帝国と対岸の島国が一戦交えるらしいという話だ。

 そんなことを言われても双弥は困る。しかしそれ以上に困るのが船長だ。


 荷は既に受け取り積み込んでしまっているため、今更出航できないとなると大損害では済まないのだ。

 それなりのキャパシティがあるこの船に積んだ荷の量は相当なもので、降ろすにはまた1週間かかってしまうし、運送料を返却しなくてはいけない。

 違約金は組合が保険のような形で支払ってくれる。しかし合計2週間重労働をした挙句それがタダ働きとなれば暴動が起こる。

 その損益分は当然船長が肩代わりをし、船員クルーに給与を支払わなくてはならない。最悪船を売るようなことになってしまう。


 とはいえ長年家族以上に時間を共に過ごしているクルーとて、親のような船長に死ねなどと言えない。ある程度は妥協してくれるものだ。それでも流石に支払いをなしにはしてくれない。彼らにだって生活があるのだ。


 しかしここで1人のクルーが言った言葉で、大きく揺さぶられることになった。



「帝国なんていつもやるだのやらねーだの言ってんだからさ、大丈夫だって」


 言われてみればそうだなと皆思っている。だが万が一それが本当だったら、というには厳しい。万が一で仕事を拒否していられるほど懐事情は良くない。


「皆問題ないな。では1時間後に出航だ」



 話し合いの後、双弥らと乗客たちがやってきた。

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