第132話

 ────創造神と遭遇する数日前────



「双弥、頼みがあるんだ!」


 えらく神妙な面持ちでジャーヴィスは双弥へ相談を持ちかけてきた。

 いつになく真面目な雰囲気でいたため、一体どうしたのかと双弥はジャーヴィスを見る。


「どうした、なにがあったんだ?」

「双弥が女性に告白するときになんて言うのか教えて欲しい」

「こっ……!」


 双弥は答えに詰まる。

 なにせ双弥は今まで告白して失敗しかしたことがないのだ。参考になるようなことを教えられるわけがない。

 だがだからといって『知るか』などと無下にできない。

 なにせジャーヴィスがこういうことを言い出すということはつまり、アセットに告白するつもりだということが察せるからだ。

 そしてそれを煽ったのは他ならぬ双弥だ。最後まで面倒を見るのが筋というものだろう。


「うーん……。教えてやりたいところなんだけど、実のところ失敗ばかりなんだよな」


 だから双弥は素直に話すことにした。嘘をついて失敗されたら自己嫌悪に陥るだろうから。


「ははっ、そんなことわかってるさ。だからなにを言ったら失敗するのか知りたかったんだよ」


 双弥は泣いた。泣きながらジャーヴィスを殴り続けた。ジャーヴィスがなにを叫ぼうと関係ない。ただひたすらに拳を落としていた。



「……酷いや双弥。おかげで顔が機関車トー○スみたいにパンパンじゃないか! 彼女がエ○リーならこれでいいかもしれないけど、生憎彼女は人間なんだ!」

「うるせえ! お前はいい加減自業自得というものを覚えろ!」


 郷に入っては郷に従えとよく言うが、双方ともと異なる場所であるならばグローバルな対応をすべきである。

 といっても地球で言う所謂グローバルスタンダードというやつはアメリカンスタンダードであり、かなり偏った見方になってしまうのだが。


「だけどね双弥、良いことをしたければ悪いことも学ぶ必要があるんだよ。恋愛だってそうさ。失敗しないためには失敗した人の話を聞くべきだよ」


 彼の言わんとしていることはわかるが、失敗例ばかり集めたところで成功するとは限らない。それに比例する数の成功例も学ぶべきだ。彼の脳はホームズに染まり、消去法大好きになっているのかもしれない。

 そして身近にいる成功例といえば鷲峰だが、あの2人の関係上、参考になるとは思えない。お互いが空回りしているジャーヴィスとアセットとは違い、ほぼ通じ合っているからだ。真逆と言ってもいい。


 ならばアセットとジャーヴィスも互いに通じ合える仲になればいいかと言ったらそうはいかない。あの2人にはとてもできそうにないことだ。


「まず成功例を学べよ……。そうだ、フィリッポなら参考になるんじゃないか?」


 双弥のアドバイスを、ジャーヴィスはがっかりしたようなため息で返す。こいつわかってないなとか、ああこれだから失敗したんだと理解してしまった感じだ。


「いいかい双弥。例えば僕がフィリッポのやり方を真似て成功したとする。だけどそれは僕の成功かい? 違うだろ。フィリッポを真似た以上、それはフィリッポの成功なんだよ。つまり彼女はフィリッポが好きとも言えるんだ」

「いや、それは……」

「結局、他人の言葉を借りたところでそれは僕の言葉じゃないのさ。そこにどんな意味がある?」

「あ、えっと……」

「だからゴミ捨て場に落ちているバナナの皮みたいな言葉だろうと、自分で考え伝えることが大事なんだよ。それならば失敗しても誰のせいでもない、僕の責任だ。それが紳士さ」


 どんなに拙い言葉であろうとも、彼女のために考え、誰も恨むことなく自らの責任で答えを出したい。そう言っているのだ。

 双弥はジャーヴィスの言葉に深く感銘を受けた。今なら抱かれてもいいかもしれない。

 しかし双弥は男色じゃない。以前のはあくまで疑惑だ。万が一ジャーヴィスに抱きつかれたら蹴り剥がすに決まっている。


「わかった。それじゃあ俺がお前のために今までの失敗列伝を聞かせてやるぜ!」

「待ってました! さすが双弥だね!」


 双弥は自らの失敗談を赤裸々に語った。少しでもジャーヴィスの役に立てればと。

 しかしこの時点では気付いていなかった。ジャーヴィスという糞野郎がなにを考えていたかなんて。


 フィリッポを頼らなかったのは、単に仏国人のストレートで生々しい愛の言葉を紳士として語りたくなかっただけだ。今こうして双弥の恥ずかしい話を聞いているのは、後で双弥を弄繰いじくり回すためである。双弥は口を開くたび墓穴を掘っていく。

 もちろんその穴は2人分。ひとつは自らの、もうひとつはジャーヴィスのだ。人を呪わば穴ふたつ。





 散々弄ばれ泣きわめき暴れる双弥から辛うじて逃げ出したジャーヴィスは、ほとぼりが冷めるまで町をふらつくことにした。

 するとカフェの奥で茶を飲んでいるムスタファを発見し、自らもティータイムと洒落込もうとする。


「やあムスタファ。誰かと待ち合わせかい?」

「いや。座りたければ好きにすればいい」


 ジャーヴィスは双弥を警戒し、外が見える席に座り紅茶を注文するとムスタファへ向き直った。


「ねえムスタファ。きみがもしプロポーズをするとしたらなにを言うんだい?」

「ふむ、恋愛話か?」

「そうだよ。もしきみが手に入れたい女性がいたらどうする?」


 ムスタファは少し考えるが、意外とすぐ答えは出た。


「プロポーズなどと面倒なことをせずとも手を出してしまえばいい。そうすれば女は従うしかない」

「えっ!?」


 真面目なムスタファの恋愛話を聞いてニヤニヤするつもりだったが、聞いてはいけないようなことを聞いてしまい硬直してしまう。


「なに、相手が婚約をしていようが先に手を出してしまえば自分のものになる。それで相手の男ともめるようならば女に誘惑されたとでも言えばいい」

「い、いや、ちょっと待って!」


 これにはさすがのジャーヴィスも慌てる。これは誰がどう聞いても恋愛ではない。国が変わると考えも変わるとは言うが、これはそういうレベルではなかった。


「なんだ、まだ話途中だぞ。不貞な女の言い訳など誰も耳を貸さぬからな。それで──」

「ノォー! ノォー!!」


 ジャーヴィスは耳を塞いで叫びながら逃げていった。

 それを見てムスタファは少し楽しそうな顔で茶の追加をした。


 ムスタファの恋愛観は実のところ欧米に近く、先ほどの話は周辺国などでそういった風習があるということを語っていただけである。

 きっとジャーヴィスのことだからあとでネタにでもするだろうと思い、逆に遊んでやったのだ。

 この件は少しの間、ジャーヴィスのトラウマになった。





 とても悲しい気分になったジャーヴィスは、誰かをいじくらないと気が治まらなくなりターゲットを探すため町を彷徨う。

 町の門に差し掛かったとき、外で体を鍛えていたらしいハリーとジークフリートが戻ってくるのを発見。彼らに近寄っていった。


「やあ、移民とナ◯スの残党じゃないか。まだ無駄なダイエットに勤しんでいるのかい?」

「お前ほんといい加減にしろよ」


 ジークフリートはジャーヴィスを睨みつけ、ハリーは深いため息をつく。嫌なやつに会ってしまったと。


「まあそんなことどうでもいいじゃないか。それよりもジーク、ドイツ式のプロポーズというものを教えてくれないか?」


「お前なぁ……。はぁ、もうどうでもいいや」


 ジークフリートはジャーヴィスと話し合うのが面倒になった。彼は悪いことを言ったという自覚はなく、悪いことを言っていない以上謝るつもりもないのだから。

 そのためここは適当にあしらうのが正しい対応なのである。


「──で、ドイツのプロポーズだっけ? んなもんお互い右手を挙げて『イャーッ』って叫んでパァンと叩いて終わりよ」

「マジで!?」

「おう。んでお互いにいい音がしたと思えば結婚するし、しょぼい音ならそのまま通り過ぎる」

「……ごめん、僕はとても勘違いをしていたよ。ドイツ人はストーカーみたいに相手を調べ尽くしてから付き合うものだと思ってた」

「時代に乗り遅れるなよ英国人げんしじん。時間ってのはどんどん進んでるんだぜ」

「ドイツが未来に行き過ぎてるんだよ! だけどわかった。全然参考にならなかったよ。ありがとう!」

「おう、せいぜい失敗してくれよ!」


 ジャーヴィスは右手を素振りしながら町へ戻っていった。


 当然の話だが、ジークフリートの言ったことは全て嘘である。ドイツというとすぐお堅い軍人というイメージを持たれるが、実際はけっこういたずら好きな人が多い。

 たまに電車のドアの前にレンガを積み、出入りできなくするという次元の違ういたずらをするのもご愛嬌だ。


 ちなみにハリーから聞かなかったのは、アメリカの恋愛がフランスに近いオープンなものだと思っていたためだ。ならば恋愛事情の不明なハリーに聞くよりも百戦錬磨のフィリッポから教わったほうが遥かに効率的と言える。





「やあ、植民地に住む準国民。栄えある本土イングランドからうぶおぁっ」


 全て言い終わる前にジャーヴィスは、王の突きを腹に受けのたうち回る。


「うっ……げふっ。酷いよ王、いきなり攻撃するなんて野蛮人がすることだよ!」

「貴様の口は野蛮より劣る。で、我に何用だ?」


 手加減はしても双弥のように甘くない王の突きで苦しみつつ、ジャーヴィスはよろよろと立ち上がる。


「はあ。僕は世界で一番人口が多い中国のプロポーズというものを知りたかっただけなんだよ」

「ふむ? 我が国の求婚事情か?」

「イエス!」


 王も一応、ジャーヴィスとアセットの関係は知っている。

 ただ他の面々と違い、特にこれといった感想を持っていないだけなのだが。


「それを教えるのは無理だ」

「なんで?」

「我が国は知っての通り沢山の人間がいる。そして都市部はもとより各地に様々な部族がいて、それぞれが様式や思想が異なる。一言に中国と纏められるようなものではない」


 中国は日本の人口の10倍だが、国土面積は30倍であり、日本を基準としたら1人辺りの平均土地面積が3倍にもなる。

 それが集まり、偏れば偏るだけ空白地は増え、集落間の距離が伸びる。そのため交流が乏しく文化が交わらず、それぞれが独特のものになっているのだ。


「じゃあ王が知ってる限りのでいいよ!」

「ふむ、そうだな……。以前五輪でメダルを取ったフィギュアのペアが氷上で求婚したというのがあったな」

「オー! それはとても素敵だね! それで2人は結婚したのかい?」

「知らん。以後結婚したという話は聞いていない」

「……オォゥ」


 結局このペアは忙しいため婚約中のまま何年も経過している。ジャーヴィスがっかり。


「できれば成功した話を知りたいんだ! なにか面白いのはあるかい?」

「ならばこれはどうだろう。ある男が求婚したところ、女性に断られた」

「成功してないよ!」

「そう急くな。それで断られた男はショックで気を失ってしまった」

「気持ちはわかるけどみっともないね」

「失神し倒れた男をみた女は、そこまで自分を想ってくれることに感激し、結局求婚を受けることにしたそうだ」


 ジャーヴィスはなんとも言いようのない顔をした。確かに成功はしているのだが、ジャーヴィスが望むプロポーズとあまりにもかけ離れているからだ。

 もっとスマート且つエクセレントなプロポーズをしたい。


 結局なんの参考にもならぬまま、みんなの反感を買うだけという無駄な時間を過ごしてしまった。

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