第133話
「やっぱりレディのことはレディに聞くのが一番だよね」
「はぁ……」
ジャーヴィスはアセットと仲の良いエイカとリリパールから話を聞くことにした。本来ならば女性に対し他の女性の話をするのは紳士としてよろしくないのだが、彼女らからしたら友人の恋愛が成功して欲しいとは思っているだろうし、それに対して手を貸してやりたいと思っているはずだ。だからこれは問題ない。そう都合よく解釈することにした。
「忙しいところわざわざすまないね。だけどこれはアセットのためでもあるんだから協力してもらえるとうれしいよ」
「あのさ、ジャーヴィスさん」
「なにかな?」
めんどくさそうな奴を相手にしているような、気だるい表情のエイカがジャーヴィスに一言申す。
「そういうことだったら最初から私たちに相談してよ。なんでお兄さんいじめる必要があるの?」
「え? ああ、それは仕方ないよ。だって双弥だし」
「なんでお兄さんだとそうするの? 本当にやめて欲しいんだよ」
「……オォゥ」
エイカさんマジおこである。これにはジャーヴィスも少し驚く。
いつも双弥とジャーヴィスのやりとりを苦笑いで見ていた彼女が、急に双弥を庇い出す。
きっと自分の知らない間になにかあったのだろう。そうジャーヴィスは感じた。絆か、愛か。他人のことなのにまるで自分のことのように怒っているのだから。
「そうですよ。ジャーヴィス様はもっと双弥様のことを考えて下さい」
ここで便乗姫りりっぱも加わってきた。2人してジャーヴィスを責め立てる。
「ご、ごめんよ。きみたちがそれほど怒るだなんて思ってもみなかったから……」
紳士ジャーヴィスは女性に対しては素直に謝る。きっと大好きな双弥を困らせることで彼女たちの心も傷ついたのだろう。そう考え反省した。
「でしたらもうなさらないようお願いします。私たちが先ほどどれだけ大変だったと思っているのですか」
ため息混じりに言うリリパールの言葉に不振な点を見つけたジャーヴィスは、へ? といった感じの顔をした。
「今まで一緒にいたんだからさ、お兄さんが不貞腐れたらどれだけ面倒か知ってるでしょ? おかげでとばっちりだったよ……」
エイカもげんなりといった状態だ。それでジャーヴィスは全てを悟る。
ジャーヴィスが散々からかったせいで双弥は荒れ、それを2人がなだめていたのだ。
基本ジャーヴィスは双弥で散々遊んでポイであり、後始末をしない。それを例えるならば、噛んだガムを道端に捨てるようなものだ。
「もし今後双弥様で遊びたいのでしたら、きちんと後始末してください」
「イ、イエス……」
ジャーヴィスはこのとき、ひょっとしたらこの世界には愛がないのではないかと思った。少なくとも彼女たちの言動からそれは感じられない。
「わかればいいよ。それでアセットさんのなにが知りたいの?」
「ああ、えっと……、彼女が僕のプロポーズを喜んで受けてくれるにはどうしたらいいと思うかい?」
2人は少し首を傾げ、考える。そして答えが出たのか互いの顔を見合い、頷く。
「真面目になることじゃないですか」
「真面目にしてればいいと思うよ」
2人共概ね同じ回答だった。それに対しジャーヴィスは少し顔をしかめる。
「僕はいつでも大真面目だよ。ということは、いつも通りにしていればいいってことかい?」
途端、2人はなに言ってんだこいつといった驚愕の表情をする。これで真面目だというのならば、ジャーヴィスがふざけたらどうなってしまうのだ。
そしてリリパールは言いづらそうにおずおずと口を開いた。
「そのですね、ジャーヴィス様。あなたは真面目なつもりでも、世間ではあなたのことをふざけていると見ていますよ」
「ホヮイ!? 僕はずっとこうして生きてきたんだよ!?」
「えっと、多分ジャーヴィスさんの人生がふざけているせいなんじゃないかな……」
「……ノオオォォォゥ……」
ジャーヴィスは頭を抱え、膝をつく。まさかの人生批判だ。あまりのオーバーリアクションにエイカはうろたえる。
「あっ、えっとその、そういう意味じゃなくて! あ、あれだよ! ジャーヴィスさんの生きてきた周りが悪かったんだよ!」
「……オゥフ」
ジャーヴィスは頭を抱えたまま蹲るように地面へ額をつけた。人生どころか家族、友人、国批判だ。
エイカにそんな気はさらさらない。彼女が生まれ育ったのは小さな町で、学校などのちゃんとした教育機関がなく親や周囲の大人が教える程度でしかなかった。
旅をしている間で双弥やリリパールから色々教わっているものの、彼女の紡ぐ言葉は拙く、故に悪意はない。
「つまり、僕は生きている限りアセットにはふさわしくない。そういうことなんだろうね……」
ジャーヴィスはいじけてしまった。双弥のように周りへ毒を撒き散らせないだけマシだが、完全に空気が悪くなっている。
「そこまで言ってないよ! ただジャーヴィスさんはもっと周りの人に対して気を配ったほうがいいと思うんだ」
「どういうことだい? それじゃあまるで僕が気を遣ってないみたいじゃないか」
「うん」
「遣っていませんね」
ここでジャーヴィスは再びショックを受ける。彼は彼なりに周囲へ目を届かせていたつもりだったのだ。それが伝わっていないことは正直きつい。
だがこんなところでへこたれている場合ではない。ジャーヴィスは立ち上がり、エイカたちをじっと見る。
彼もアホではない。双弥をブチ切れさせる程度には頭が回る。だから2人が言っていることにいちいち反論しない。
なにせ2人は気を『配っているつもりでいる周り』に含まれる当人でもあるのだ。本人たちがそう感じていないと言うのだからそうなのだろう。
「だったら僕はどうすればいいのかな」
「うーん、私としてはお兄さんみたいにすればいいと思うんだけど……」
「ええ。双弥様くらい気配りしていただければ女性としては文句ないかと」
「また双弥か……」
ジャーヴィスはがっくりと項垂れる。
実際問題としてジャーヴィスはそこそこ
もちろんラブ双弥な2人が特に双弥へ目を向けていたというせいもある。ジャーヴィスから回り。
「少し聞きたいんだけど、レディたちは双弥みたいな男がいいのかい?」
「えっと……どうなのでしょう……」
リリパールは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。乙女演出である。
「ううん、違うよ」
対してエイカはきっぱりと否定した。
「なんでだい?」
「私は、えっと、お兄さんみたいな人じゃなくて、お兄さんがいいなって……」
「イ……イエスッ」
突然惚気出すエイカにジャーヴィスどきまぎ。りりっぱさんは少しくやしそうな顔をする。先を越されてしまった。
女の子らしく恥じらいを見せるよりもグイグイアピールする作戦に出たエイカ。果たしてりりっぱさんに勝ち目はあるのか?
と、そんなことはどうでもいいとして、今の問題はジャーヴィスである。
「アセットもさ、いつも僕に『ソーヤだったら』『ソーヤなら』って言うんだよ……。アセットもやっぱり双弥に気があるんじゃないかって不安なんだ」
「それは……違うと思います」
「じゃあまさか僕が双弥みたいになれってことかい?」
「そうじゃありませんよ」
「じゃあ僕はどうすればいいんだ」
「アセットさんはジャーヴィス様を双弥様みたいになって欲しいとは思っていないですよ、きっと」
「だったらどうして彼女はいつも双弥を引き合いに出すんだ?」
「多分双弥様じゃなくてもよかったんです。たまたま私たちを率いているリーダー的存在が双弥様だったからでしょうね」
「ということはもし僕がリーダーだったら──」
「ジャーヴィスさんにリーダーは無理だと思うなぁ」
「ホヮイ!?」
ジャーヴィスは双弥たちと合流してから、自分がリーダーというつもりで過ごしていた。いつの間にか主導権が双弥に入れ替わっていたのに気付かずに。
「僕はこれでも子供のころ、ボーイスカウトのリーダーだったんだよ!」
「なんでしょうか、それは」
「ボーイスカウトはいざというとき生き抜くため、子供のころから山に登ってキャンプしたりして生きる術を学ぶものだよ。この世界にはないのかい?」
「子供たちが山に登ったら魔物に襲われて死んじゃうよ……」
「……オウフ」
ボーイスカウトがキャンプする山も安全というわけではなく、蛇や猪、国によってはもっと凶暴な野生動物が生息しているかもしれない。それでも魔物が出ることに比べれば遥かに安全なのだ。
何故ならば野生動物が襲うのは自衛あるいは捕食が目的であり、酷い話だが最悪数人が犠牲になれば助かる。しかし魔物の目的は殺戮だ。子供では全滅する可能性のほうが高い。そんな山にどこの親が好き好んで行かせるというのか。
もちろん同行する大人も数人いるが、それだけで魔物の群れから子供たちを守れるはずがない。
ちなみにボーイスカウトのリーダーは年功序列なため、大抵の人がなれる。
「僕はこの世界に生きる子供たちをとても尊敬するよ」
ハイキングすらままならないこの世界の子供たちは、町から出ず過ごす。そのため家事手伝いをしていて力はあるが、長時間動き回るということがないせいで思ったほど体力がない。
大きな町などでは一生門から外へ出ず過ごすものも珍しくない。いや、むしろそちらのほうが多数派だろう。
そしてこの世界の町は娯楽性が薄い。ないわけではないが、現代っ子ジャーヴィスからしてみればそこは酷く退屈な場所なのだ。
「そうだ! 僕がボーイスカウトをこの世界に発足させるよ! それで僕のリーダーらしさをアセットに見せれば……」
「無理だよ」
ジャーヴィスの考えは一瞬でエイカに切り落とされる。
エイカも町娘だったからわかる。この世界の子供は準労働力であり、山登りに興じさせるような親はいない。
「……仕方ありませんね……」
がっかりしているジャーヴィスに、リリパールが提案をしてみた。
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