第95話
「おいてめぇジャーヴィス!」
昼食の最中怒鳴りこんできたフィリッポは大層ご立腹であった。
意味がわからず双弥たちはきょとんとしている。
「どうしたんだよ。きみは凱旋門にご自慢のエッフェル塔を挿し込みに行ったんじゃなかったのかい?」
「どうもこうもねえよ! あの娘は確かに顔も体もよかったさ。だけど何を囁いても全く反応しねえ!」
フィリッポはこれでも強姦紛いなことなどはしない。お互いが情熱をもって混じり合うからこそよいのだ。例えそれが一夜限りだろうとその瞬間を熱く過ごせればいい。
その結果身籠ってしまうのも致し方ないというものだ。
「一体なんの話なんだ?」
「ああ、双弥が連れてきたグラマラスなレディを彼に紹介してあげたのさ」
その刹那、ジャーヴィスの体は宙を舞い壁に叩きつけられていた。双弥にぶん殴られていたからだ。
「痛いじゃないか! 今はたまたまよかったけど普段だったら死んでた威力だよ!」
「わかっててやったんだよこの野郎!」
ジャーヴィスたちは普段なるべく聖剣から離れて生活をしている。今やるべきことは魔力総量を上げることであり、それ以外で聖剣は不要だからだ。
リリパールから聞いた別の手段は、とにかく限界まで魔力を消費させることだった。それは落差が大きいほど効率が上がるため、1回やるごとに全快させる必要がある。だから聖剣は消費させるときだけでいい。
今その聖剣が手元にあるのはこれから訓練をするためで、決して双弥から殴られるだろうと察知したジャーヴィスがこっそりと持っていたわけではない。
「何勝手に俺の仲間紹介してんだよ」
「双弥の仲間だったら僕の仲間みたいなものじゃないか」
「てめぇはジャイアンか!」
これで紹介した相手がムスタファだったら双弥は特に言わなかっただろう。だがフィリッポは別だ。万が一が2分の1になってしまう。
「だ、だけど問題はなかったじゃないか。僕はこうなると思っていたよ」
「何を根拠に」
「そりゃ彼がフレンチだからね」
なんの根拠かわからぬが、紳士とはまた違った女性へのこだわりがあるのだろうということがわかった。
恋愛なんて結局当人同士の問題であり、他人がそれを抑制するものではない。双弥は保護者でもないのだ。
「まあ、何もなかったみたいだからいいが……これから訓練大丈夫なのか?」
「ヘッ、ぶっ潰してもいいんだよな?」
フィリッポの苛立ちが双弥へシフトしたようだ。
食事を終えた5人は町からかなり離れた草原までやってきていた。ここならば他人に迷惑がかからず思う存分シンボリックを使える。
今回の組み合わせは双弥ムスタファ組対ジャーヴィス鷲峰フィリッポ組だ。敵方を多くすることでムスタファと双弥のパワーアップを図る。これをローテーションで双弥と誰かを組ませることにより全体的な底上げをしようというわけだ。
互いに一度離れ、作戦を立てる。
籠城戦でもない限り少数の戦いは攻めるのがセオリーだ。多数に囲まれ守り続けることなんてそうできるものではない。とにかく攻めて相手の一角でも切り崩し、立て直すまでに追い打ちをかける。
だが双弥はここであえて守りから入ってみようと思っている。何ごとも試してみなくては選択肢が広がらない。
「よし、こっちは大丈夫だ」
「OK! じゃあコインを投げるから地面に落ちたらスタートだよ!」
「おうっ」
ジャーヴィスは硬貨を取り出すと親指で弾いた。
「ん? んんん?」
「あ、あれ?」
できれば周囲の草を刈ってからやるべきだった。草のせいで地面にいつ落ちたかわかりづらく、双弥たちは構えたまま動けずにいた。
「……ごめん、やり直すよ」
「お、おう」
今度はわかりやすく、双弥が岩を放り投げた。
ズシン、という音と共に5人が動き出す。
「突! シューティングタワー!」
「突! ガーキンタワー!」
開幕早々鷲峰とジャーヴィスがシンボリックにて攻撃を仕掛ける。双弥が特攻してくると踏んで出鼻を挫く算段だ。
「防! ブルジャルガード!」
ムスタファの目の前に5メートルほどのブルジュアルアラブの形をした盾が出現。その曲面が2つの攻撃を逸らす。
「なるほどな」
双弥は出方を確認するためわざと後手に出た。鷲峰とジャーヴィスが牽制し、フィリッポが防御の対応するつもりだったのだろうと考える。
間髪入れず双弥は盾の陰から飛び出し、一気に距離を詰める。
「フン、そうくると思ってたぜ! 縛! シャルルドゴールの門!」
フィリッポの正面に凱旋門が現れ、行く手を遮る。
といっても凱旋門は扉があるわけではなく、入り口的なものだ。真ん中は自由に通れる。
だが『縛』と言っているだけあって何か仕掛けがあるに違いない。だから双弥は大きく迂回し更にフィリッポたちへ向かう。
「ちっ、ひっかかれよ。おいジャーヴィス、隠し玉あんだろ? もったいぶらずに出せよ!」
「でもあれは対魔王用に……。仕方ない、行くよ双弥!」
ジャーヴィスが迫ってくる双弥に向かい聖剣をかざし一呼吸おいて叫ぶ。
「輝! マーリンの巨岩!」
「ぬっ!?」
突然双弥を岩──ストーンヘンジが囲い双弥を中心に高速回転を始めた。その動きに惑わされ、足が止まってしまう。
初めて見る技だし特性を知るため見ておきたいという気持ちはあるが、攻撃魔法であると考えたら危険なため逃れなくてはいけない。
双弥は足を踏み出す。するとその踏み込んだ分だけ回転軸がずれる。中心が場所ではなく双弥に固定されているようだ。
これは逃れられない必中魔法ということだろう。双弥は破気を妖刀から吸い出し攻撃に耐えようとする。
すると全ての岩の隙間から大量に中心へ向けて眩いばかりの光が差す。
「くっ……あちちちちっ」
太陽光を直接浴びているような熱量に、破気を纏っていても耐えられない。服が燃え始めるが逃げられない。
「囲! パームツリー!」
ムスタファが叫ぶと双弥の足元に椰子の木を模したような小型の島が現れその周囲を水の壁が覆う。水により光が拡散され威力が格段に落ちる。
「刃くら──」
言おうとしたが留まる。今回はシンボリック、つまり魔法による戦いを基準としているため同行を拒否され置いてきてしまっているのだ。
「ハハッ、どうだい双弥! これから逃げるなんてロンドン塔から脱出するより無理だよ!」
破気で強化されている体で動いてもその距離は変わらない。何もできぬままジャーヴィスの魔力が尽きるまで待つしかないのか。
(ん? まてよ……)
双弥は少し考え、一気に走りだした。
ジャーヴィスたちのもとへ。
「ノォ、ノオォォォ!」
「てめぇ! ばっ、ふざけんな!」
双弥は自分の周囲を高速で回転している岩をジャーヴィスたちにぶつけることにしたのだ。
これはたまったものではない。完全に油断していた3人はあっけなく弾き飛ばされてしまった。
「これ、訓練になったのかな……」
「さあ? わかんねぇ」
ひょっとしたら無駄な時間を過ごしただけではないのか? そんな疑問を抱きつつ本日の訓練は終わりを迎えた。
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