第198話

「なあ迅、お前って結婚してるんだよな?」

「なにを今更」

「いやさ、お前が結婚してるって言ってるのは知ってるけどさ、結婚式を挙げたって話は聞いてないんだよ」

「挙げてないからな」


 という話をいつものメンバーが揃っているところでしてみたところ、リリパールが盛大なため息をついた。


「迅様、それでは結婚したことになりません」

「何故だ?」

「迅様はキルミットに籍がありましたが、ここオウラ共和国に移しました?」

「いや、まだだが……」

「ならばキルミットの人間として、キルミットの法に則るべきですよね。キルミットでは式を挙げることが法で定められています」

「なっ!?」


 鷲峰、驚愕する。キルミットでは勝手に婚姻を結ばれぬよう、必ず式を挙げて周囲に見せる必要があるのだ。

 現代日本でも知らぬうちに結婚していたというトラブルがたまにある。役所で戸籍を取ったら見ず知らずの東南アジアの女性が妻になっていた等。

 つまり今の鷲峰は既婚者でも妻帯者でもなく、結婚(仮)なのだ。


「そ、それならオウラ共和国へ籍を移せば……」

「いずれにせよ私たちがその事実を知ってしまったのです。なので折角ですし、式を挙げましょう」


 鷲峰、苦い顔をする。なにせキルミットの結婚式といえば、式の最後は幌なし馬車に乗り、紐で括られた大量の金属をガラガラと引き摺って町中を走るのである。とても恥ずかしい。


「リリパール姫。できれば最後のアレだけは省いて頂きたく……」

「なにを言ってるんですか。最後のアレこそが結婚式のメインなんですよ。むしろアレだけでいいくらいだと思ってますから」


 りりっぱさんはあのガラガラに憧れを抱いているのだ。この国へ籍を移してもやりたがるだろう。


「しかしだな、チャーチはアイドルだ。アイドルが結婚するというのはファンに対する裏切り行為になるのでは……」

「迅、それは日本の場合だけだ」


 まだこの世界のアイドルは黎明期れいめいきなのだ。今のうちから風習を変えてしまえばいい。

 鷲峰は表立って事務所運営に関わっていないし、勇者としての評価もない。つまりほとんどの人から見たらただの一般人だ。そんな一般人がアイドルと結婚できる。その前例があれば、ひょっとしたら自分とも結婚してもらえるのではと、ファンは更にがんばって貢ぐかもしれない。

 そしてアイドルになればイケメンな旦那と結婚できると、女の子はアイドルに今まで以上の憧れを抱き、美に対してこだわりだすだろう。そうなればこの町の女性の美意識は高まる。それを見越して双弥はエステサロンなどの建設を企んでいる。


 もちろん全ては捕らぬ狸の皮算用。どう転ぶか誰もわからない。あとは双弥の作戦次第である。



「お兄さん、そういうのは良くないよ」

「な、なんの話かな」

「今のお兄さん、お金を数えてるときの顔をしてるよ。チャーチは大事な友達なんだから、そういうお金のこと抜きでちゃんと祝福して欲しいんだよ」

「悪い……」


 エイカにそう言われてしまうと先ほどの妄想はキャンセルするしかない。とにかくアイドルは結婚しちゃダメという風習を作らせない程度で止めておくことにする。


「よしふたりの結婚式を何世代にも記録に残るほどの盛大なものにしよう!」

「それはだめだよ!」


 またしてもエイカに止められる。双弥の財力があれば王族以上の結婚式も可能だというのに。


「えー、ダメなのか」

「それはー、えっと、私たちのときのためにとっといて……」


 顔を赤らめモジモジしているエイカを前に、双弥は世界最大の結婚式をやろうと心に固く誓う。


「よぉし、みんなでプチ贅沢気味に迅たちを祝おう!」


 なんだか微妙な物言いに、鷲峰は複雑な表情を浮かべる。とはいえ折角皆が祝ってくれるのだ。それにチャーチストの花嫁衣装も見ることができる。ここはひとつ見守ろうと心に決めた鷲峰であった。




「──だからドレスはゴスロリの丈を長くしてだな」

「いいえ、シンプルなキルミティドレスにすべきです」


 双弥とリリパールは熱い口論を交わしていた。内容はチャーチストのドレスのことだ。

 鷲峰もゴスロリを愛する民なのだからこっちのほうがいいと強く出る双弥に、キルミット至上主義のリリパール。意見が合うはずもない。


「じゃありりっぱさんは自分が結婚するときもそのドレスを着るの?」

「当たり前です。キルミティドレスは高潔の証でもあるのですから」

「多分チャーチたちはもう清い付き合いじゃないと思うんだけど」

「双弥様! それは最低な発言だと思います!」


 双弥に女心を考えろというほうが無理である。


「エイカ! エイカならどっちを着る!?」

「そうです! こうなれば多数決です!」


 突然振られたエイカは一瞬こいつら面倒だなと言いたげな顔をしたが、少し考えてから答えを出す。


「私ならゴスロリ風のドレスかな」


 エイカの発言に双弥はガッツポーズをし、リリパールは項垂れた。


「な、なんでですか! エイカさんもキルミットの娘なのに」

「えーっと、キルミティドレスって体のラインがくっきり出ちゃうから、ちょっと恥ずかしいんだよね」


 そうは言っても普段から運動をしているエイカの綺麗なボディラインは特筆すべきほどである。むしろ最近アイドル活動として動き始めた程度のリリパールのまだ残るふくよかさのほうが問題だ。

 自分のおなかをつまみ悲しげな顔をするリリパールに、エイカは更に追い打ちをかける。


「それに純白ってあなたが好きなように染めて意味もあるよね。だったらデザインからお兄さんの好みに合わせたいな」


 双弥は泣いた。エイカの女気に惚れたのだ。それを聞いてリリパールは更に悲しそうな顔をした。


 しかしここでほらみろと勝ち誇るほど双弥は落ちぶれていない。ちゃんとリリパールへフォローをしようとする。

 とはいえこれといって思い浮かばない……いや浮かんだようだ。双弥はにやりと笑う。


「そ、そんなに私の空回りがおかしいのですか!?」

「違う! そうじゃない!」


 今の双弥の笑みを勘違いし涙目になっているリリパールをなんとかなだめ、話を聞いてもらえる状態に戻す。



「「お色直し?」」

「そうだ」


 聞きなれぬ言葉にエイカとリリパールは思わずハモる。そして双弥の知ったかぶりタイムが始まった。


「──なるほど、式の途中で離席して着替えるのですね」

「それ面白いね! お兄さんの国の風習なの?」

「そうだよ。まずは白無垢で現れ、その後に相手の家の衣装を纏うんだ。こうして式の途中で相手の家の色に染まりましたというアピールをするんだよ」

「素敵です! ではまずキルミティドレスで現れて、それから鷲峰さんをイメージしたドレスへ変更しましょう!」


 双弥のナイス思いつきによりふたりの少女が喜んだ。きっと自分の式のときにも取り入れようとしているのだろう。

 これで衣装については解決。だが問題はまだまだある。




「いいや、絶対に鶏ももはかかせない! 見た目豪勢だし!」

「あのですね、礼席ですよ。手掴みの料理なんて言語道断です」

「お兄さんもっと常識を学んでよ」


 キルミットというか、この大陸の結婚式は地球と異なり結婚式と披露宴は一緒に行われるため、マナーもかなり異なる。

 そして礼席──結婚式などの礼節を重んじる席に手掴みの料理は出さない。神前である。

 しかも今回の結婚式は神までくる、ガチ神前だ。とはいえその神といえばジャーヴィスにアセット。敬う必要性を感じない。


 だがそれでも風習だ。伝統や風習を疎かにしてしまったら色々と歯止めがきかなくなる。守るべきものは守らねばならない。双弥は渋々引き下がる。


「じゃあラムチョップとかもか。でもなんで駄目なの?」

「創造神は私たちに文明を授けたからという理由です。食器があるのに手掴みなんて神の与えた文明に対して逆らっているとみなし、神前で行うべきではないと言われています」

「なるほどなぁ。じゃあブッフェはどう?」

「結婚式は社交場ではなく、あくまでも主役は新郎新婦だから駄目です。歩き回ったり他人と話すなんて失礼じゃないですか」

「うーん、だったら食事自体なくしてもよさそうだけど」

「飲食不可でずっと席に座ってろとかなんの拷問ですか。それに料理を振舞うというのは幸せのお裾分けという意味もあるんです」


 幸せなふたりを見ながら料理で幸せな気分を客にも与える。それがキルミット流。


「……作法とか全然わからないから料理とかりりっぱさんに一任していい?」

「任せてください! 最高……の、一歩手前の料理を演出させて頂きます!」


 最高は自分のときにとっておく。これはエイカと協議を重ねた結果の解答である。

 アルピナ姐さん? 生肉でもかじらせておけばいい。




「あとは式場だな。式場……」


 思い浮かんだのはひとつ。その昔、砂の洞窟に迷い込んだときジャーヴィスがシンボリックで発動させた教会。あれを使おうと思っている。

 そうなると当然ジャーヴィスの手を借りる必要があるのだが、まあ大丈夫だろう。

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