第197話
「ねえソーヤ。今日はローストビーフが食べたいんだけど」
「はい! 今仕込んでます!」
「双弥、僕は肩が凝ったよ」
「それ本物の肉体じゃないだ……揉ませて頂きます」
本日、双弥は忙しく動き回っていた。
アセットとジャーヴィスがこき使っているからという理由に他ならない。
「お前、また弱みを握られたかク双弥」
「そそそんなわけないじゃないか! これはあれだ……信仰だ」
鷲峰はちらりとチャーチストを見る。すると彼女は黙って頷いた。
「エイカのことだな」
「ち、違う!」
鷲峰はまたチャーチストへ目を向けると、彼女は目を細めた。
「なるほど、間接的に関りがあると」
「もうお前らどっか行ってくれないか!?」
全てを見透かすチャーチストの目に脅威を感じた双弥は、とにかく早くこの場から離れて欲しかった。
そんな双弥の様子を見てふたりがどこかへ行くはずがなく、それどころかなんとかして原因を探ろうとするのは当然だった。
「……リリパール姫……は、違うか。そうなると……」
「だからやめろよマジで!」
「……ミナカ……」
言いかけたところでチャーチストが鷲峰をつっつく。すると鷲峰はにやりと笑う。
「ほう」
「マジで勘弁してくれないか!」
双弥、安い頭を地面に着け土下座する。しかしそれで止まるふたりではない。
「お前が……ミナカたんに……襲い掛かった? 違うか……舐め……できるわけないかこのヘタレに。じゃあせいぜいふしだらな妄想を……」
またチャーチストが鷲峰をつつく。そこで鷲峰が呆れた顔をする。
「なるほどな。それをあのふたりにバレたと」
「いやああぁぁっ!」
双弥は耳を塞ぎ叫ぶ。敵が倍に増えたのだ。叫びたくなっても仕方がない。
「ったく、勘違いするなク双弥」
そう言い鷲峰はチャーチストへ目を向けると、チャーチストはこくりと頷いた。
「エイカはチャーチの大切な友達だ。悲しませることを言えるはずがないだろ。それを利用して弄ぶそこの奴らと一緒にするな。好きな人以外に淫らな妄想を抱くのは大抵の男がそうなんだから、このことは墓まで持っていくことにする」
双弥の抱かれたい男ランキングに鷲峰が上位へ飛び込んできた。いやそもそもそんなランキングなんて存在しない。双弥はノーマルなのだ。ただそれほど鷲峰の男気に惚れこむ。
そして気まずそうにするアセット。彼女もまたエイカは大切な友達であり、エイカがしあわせになるのならなんでもするだろう。
ここで英国紳士ジャーヴィスはどう出るのか。
「ははっ、弱点なら見ないふりをするべきだけど失敗はあざ笑うものだよ」
「エイカが悲しんでも?」
「アセットは勘違いをしているよ。確かにエイカは悲しむかもしれない。だけどそんな男とこれからも付き合わせたほうがもっと悲しいと思わないかい?」
「嘘」
「な、なにを言ってるんだいチャーチ。僕は双弥を苦しめたくて言ってるわけじゃなくて……」
チャーチストは神の嘘すら見抜けるのだ。アセットに睨まれジャーヴィスはたじたじになる。
「悪かったねソーヤ。ただちょっと遊びたかったんだよ。それじゃジャーヴィスを叱って来るから」
「ノォーッ! 今度は一体なにをするつもりだい!?」
「ワタシは先日、破壊の力を利用してジャーヴィス炙り器を開発したんだよ」
破壊神なのに物造りするのかというツッコミよりも、その装置欲しいと全員切実に思った。そしてジャーヴィスはアセットに連れて行かれ、3人が残った。
「ねえ」
「うむ?」
「大抵の?」
「そ、それは……」
鷲峰は嫌な汗をかきまくる。
先ほどの、大抵の男は好きな人以外にも淫らな妄想を抱くという話について問い詰められているのだ。鷲峰もそうなのかと。
そしてチャーチストに質問されたら最後、語らずとも答えが知られてしまう。双弥を擁護しようとして自滅してしまったのだ。
「リリ?」
「ち、違……」
「……エイカ?」
「だ、だから……」
「…………みこ──」
「そうだク双弥! これから用があったはずだ! なっ!」
クール鷲峰、盛大に慌てる。つまり先ほど挙げた全員だ。
鷲峰の名誉のために言っておくと、リリパールやエイカに淫らな妄想をしたのは出会ったころの話だ。今はそんなことをしていない。
そしてみこみーのことは触れないでおいて欲しい。彼の心の中で永遠に生きているのだから。
もちろん双弥は助けてもらった恩を仇で返すようなクズではない。きちんと報いる男なのだ。
「ああ忘れてた! 打ち合わせの時間が──」
「嘘」
ふたりは膝と手を地面に着け愕然としていた。チャーチストに嘘が通用するわけがないのだ。絶対に逃げられない。
「……てかさ迅。お前、エイカやりりっぱさんをそんな目で……」
諦めたところで双弥は先ほどの話をぶり返す。
「あ、あのころはそういう未来もあったかもしれなかっただろ! お前こそどうなんだ! チャーチにいかがわしい妄想を……」
そこまで言い、鷲峰は異様に酸っぱいものを食べたような顔で双弥を見ているチャーチストに気付く。答えはそれだけで充分だった。
「……貴様……」
「待てよ迅! これであいこ……いや、2対1だろ! ……ちょっと待て、まさかアルピナにまで──」
「やめろ!」
鷲峰は必死に叫び止めるがもう遅い。チャーチストは涙目になっている。
言い逃れは一切できない。そしてチャーチストは走って部屋から飛び出して行ってしまった。
「チャーチ!」
「待て迅! 今追っても逆効果だ!」
「貴様になにがわかる!」
「いやなんか、マンガとかだとそういうものだったから……」
「……くっ」
ヲタクなふたり、実際にはどうしたらいいかわからないからマンガ知識に頼らざるを得ない。
実際問題として、あの場は双弥が悪者になっていたほうがよかった。鷲峰ならわかってくれただろうし、後でチャーチストへ説明してくれたはずだ。変に言い返してしまったせいでこじれてしまった。
とはいえそれだけ高度なコミュニケーション能力を双弥に求めるほうが間違っている。
しかし元はと言えば双弥が全て悪い。鷲峰のフォローはすべきである。
そこで一計を案じ、双弥はエイカを呼んだ。
○○○○
「チャーチ!」
「……エイカ」
河原でひとり座っていたチャーチストへ声をかけ、隣へ座るエイカ。ふたりは肩を並べ、少しの間、川の流れを見つめる。
「お兄さんから聞いたよ。散々だったね」
「……酷い」
エイカはチャーチストの顔を見たが、彼女はエイカへ顔を向けず不貞腐れたように話す。
「気持ちは……よくわかるよ。だってほら、お兄さんあんなだし」
「一緒にしないで」
双弥と同列に並べられるのは心外だと言いたげだ。それについてエイカは少しㇺッとするが、今のチャーチストの精神状態を考え飲み込む。
「まあお兄さんはちょっとアレだけど、フィリッポさんよりもいいと思うし、ジャーヴィスさんは……うーん」
ジャーヴィスよりずっといいと言いたかったのだが、ジャーヴィスは相当な覚悟を持って神になり、そしてアセットと共に進むことを選んだのだ。その点はかなり立派だと思う。
「だ、だけどさ、妄想はないけど私たちだってさ、他の男の人とかのことかっこいいなって思ったりするでしょ?」
「ない」
「えっ」
「……迅が一番かっこいいから」
凄まじいのろけにエイカはタジタジになる。エイカだって決して気持ちが浮ついたわけではなく、優柔不断な双弥に対し、すっぱりと決断できる他の男の男らしさをかっこよく感じる程度である。
だがそこまで一途なのかと尊敬しそうになったが、そうではなさそうだった。
実のところ、チャーチストは鷲峰以外の男が怖いのだ。元々村でも嫌われ恐れられていたというのが今でも根強く残っており、なるべく人に関わらずに生きている。
セリエミニとして活動している今ですらそういった感じであり、握手会などもひとり参加しない。
ちなみに『そういう馬鹿げたことには参加しない、自分は歌と踊りだけで勝負するんだ』という勝手な妄想像をファンから作り上げられ、世間ではクールビューティーチャチャとして人気を博している。
「……私には迅しかいない」
「うーん、そういうのわからなくないんだけどさ、自分がそうだから鷲峰さんにもそうなって欲しいってこと?」
「ち、違……」
「だったらさ、仕方ないところは仕方ないで済ませてあげようよ。自分の想いを理解してもらおうじゃなくて、互いに理解しようって」
「う……」
「私さ、チャーチに嫌いなところあるよ」
「……えっ」
「それでさ、チャーチにも私のここが嫌だなって思うところあるでしょ?」
「……ある」
「チャーチは私のこと、嫌い?」
「嫌いなわけない……」
「そうでしょ? 私はチャーチのこと大好きだよ。それってさ、お互いに自分の中で折り合いをつけてるんだよきっと。そんな感じで鷲峰さんとも付き合えばいいんだよ。彼だって完璧じゃないんだから」
「……エイカ」
「なぁに?」
「大好き!」
チャーチストはエイカに抱きつき、エイカはチャーチストの頭を撫でる。
ずっと人と付き合ってこなかった少女は、他人のことがよく理解できていなかった。そのせいで理想を求め過ぎていたところがあったのだろう。
嫌なところに我慢をするのではない。妥協できるところはして、できないところは話し合う。そうすればもっと互いの心は近付く。
チャーチストはエイカからそういうことを学び取り、ふたりで双弥の屋敷へ戻った。
そして扉を開くと玄関には、ロープで逆さまに吊るされているがおでこは床に着けているという新ジャンル土下吊るしで出迎える双弥と鷲峰の姿があった。
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