第157話

「にゃ……にゃんにゃんにゃ! これぇ」

「どうした?」


 双弥たちは現在、敵アジトへ向かいDDNPに乗って上空を飛んでいた。初めてこれに乗ればそれは驚くことだろう。


「ずるいにぃ! こんなのどうしろっていうにぃ!」


 答えとしては、どうしようもない。このようなものがあるなんて誰も知らないのだから、これに荷物を積まれ飛ばれた時点で負けなのだ。

 とはいえ、人ががんばって歩いたところで1日50キロ程度。それを僅か10分と少しで移動してしまうのだからチートであると言える。


「まあそういうことだ。相手が悪かったんだよ。そんなことより────」

「と、止まってにぃ! ストップにぃ!」


 突然リティが叫び、DDNPを止めさせる。話に聞いていたアジトまではまだ5キロ近くもある。


「どうしたんだ」

「あいつらには恐ろしく鼻が利くやつがいるにぃ。これ以上近寄ったらあちしの匂いがバレるにぃ」


 今回は単に襲撃であり、リティとは無関係を装わなければならない。なのにリティの匂いが近くにあったら双弥たちが彼女と繋がっていることを知られてしまう。

 だからここでリティと離れなくてはならない。護衛に鷲峰を残し、双弥たちは歩いて向かうことにした。



「やい猫」

「ふぎゃっ!?」


 DDNPを一旦地上へ降ろし、双弥たちが移動しようとしたところで、アルピナが急にリティを殴りつけた。


「お前弱いきゃ」

「に……にぃ……。あちしは弱いにぃ……」

「だからお前もお前の妹もあたしの下になれきゃ」

「にぃっ!?」


 下になる。それはつまりアルピナを頂点としたヒエラルキーに組み込まれるということだ。

 そしてアルピナは家族なかまを大切にする。リティの妹がアルピナの仲間だというのなら、この奪還にアルピナ的な大義名分が生まれる。


 ただし獣人はそんなころころと所属を変えられない。今いるところを抜けるということは裏切り者と見なされ、家族を殺されても文句言えないのだから。

 だから自分の上というのはそう簡単に決められないし、上になるほうも家族全て守るという責務を負わなくてはならない。どちらにも覚悟が必要なのだ。



「……わかったにぃ。アルピナ姐さん、よろしくお願いしますにぃ……」

「わかったきゃ。行くきゃ、双弥」


 そう言ってアルピナはアジトのある森へ向かって歩き出す。アルピナ姐さん付いていきやすといった感じで双弥はその後を追う。エイカは普通について行く。




「来るきゃ」


 アルピナがなにかしらの音に反応する。そして双弥とエイカは破気を体内に取り込み辺りを警戒した。

 ザワザワと森の上の風が葉を揺らし雑音を放つ。その中から必要な音だけを拾うため肩の力を抜き耳にだけ意識を持っていく。


「ぐはぁっ」


 双弥が音を聞き分けるよりも早く、アルピナが偵察と思われる犬耳の獣人を仕留めた。それと同時にアルピナは双弥たちに見える速度で走りだし、2人はそれを慌てて追う。


「どうしたアルピナ!」

「急ぐきゃ!」

「よくわからんが了解!」


 リティの話だと、鼻の利くのが向こうにいるということだ。今仕留めた獣人の血の匂いがわかれば、こちらが攻撃してくるということが相手に知られるであろう。

 だが匂いというのは、匂いを感じさせる物質が届いて初めてわかるのだ。空気の振動を伝って届く音とは違い、人の速度でも匂いが届くよりも先に進むことができる。

 それは森の中という空気の流れがあまりないところでは特に。だからアルピナは駆け出した。


 どちらにせよ今仕留めたのは様子を見に来た獣人だ。つまりなにかが近寄ってきているとこは既にバレている。だけど臨戦態勢を整えているわけではない。血の匂いが届く前に行けばまだ油断している可能性がある。



「見えたきゃ!」


 アルピナと共に双弥たちが見つけたのは、洞窟……ではなく、崖をくり抜いて家のようにしたものだった。3階建てのような感じで、高い位置にも窓のような穴があり明かりがこぼれる。


「アルピナ、どうだ?」

「中でガチャガチャうるさいきゃ」


 接近に気付き慌てて準備をしているのだろう。今が好機だ。アルピナは双弥を踏み台にし、一気に3階へ飛び込む。双弥は妖刀を持ち中へ突入。エイカは槍を構え外を警戒する。


「な、なんだてめぇは!」

「カチコミじゃぁワレぇ!」


 突然のことに慄くワニの獣人へ任侠映画のように襲いかかる双弥。どちらが悪役かわかったものではない。しかしこの双弥はノリノリである。

 そして騒ぎにより奥から武器を持った様々な獣人が現れる。双弥は妖刀長ドスを突き付け、啖呵を切る。


「わしゃあ“鉄砲玉のツヴァイ”じゃ! 親分出しやがれ! タマぁとっちゃるけぇ!」


 広島弁のようなヤクザ言葉を使い、騒ぎを起こす。きっとこの間にアルピナ姐さんがなにかをしてくれるだろう。

 わけのわからない演技は、これが救出作戦ではなく他勢力による縄張り争いを装っているつもりだ。


 と、ここで突然奥からヒュッと鋭い風が吹く。双弥は気付いた瞬間バックステップをするが、外へ弾き飛ばされてしまった。なにかあると思い咄嗟にガードしたため無傷だったが、攻撃自体は見えるものではなかった。


「お兄さん!?」

「くっ、なんだ今の……」


 双弥は立ち上がり、妖刀を構え直す。そして周囲を警戒するが、外にはエイカ以外誰もいない。いや、いた。

 そいつは双弥の目の前に立っていた。全く気付かぬほどの速度で移動してきたようだ。こいつがリティの言っていた速い獣人だと瞬時に理解できる。


 自分では追いつかないかもしれない。そう思い息を飲み双弥はその姿を見た。

 細身のシルエットに、少し小柄な男。そして体のあちこちに丸い羽がついている。見たこともない姿に双弥は判断しかねている。


「てめぇ、なにもんだ」

「フフン。教えてやる気はないが、これからお前を葬る俺をメイドの土産に知っておけ。俺こそがスカイフィッシュの獣人、ブックビル様だ」

「ちょっと待てやおい!」


 スカイフィッシュの正体はハエである。これは元の世界────地球の常識だ。しかしここは異世界であり、スカイフィッシュくらいはいる。だからその獣人がいても不思議ではない。


「いいやおかしいだろ! そんな理屈があってたまるか!」

「お前、誰と話している」

「俺の脳内とだよ! んなことよりお前が親玉か」

「ジェネラルと呼べ鈍重な人間が」


 双弥の速さは人間として最速に近いという程度のレベルであり、獣人には劣る。破気を使い全力を出してやっとアルピナの動きを捉えられるくらいだ。そして目の前のスカイフィッシュ獣人はアルピナよりも速いと感じた。

 だがここはアルピナに出てもらうしかない。そこにしか勝機がないのだから。


「うわぁ、こいつぁ速い。ひょっとしたらアルピナより速いんじゃねぇ……おぶぁっ」


 先ほど突入したアルピナは今、双弥をソバットで蹴り飛ばしていた。そして手を地面につけ、上体を伏せさせる。


「お前がリーダーきゃ!」

「フフン、狐族……いや、砂狐族か」


 ブックビルが鼻で笑った瞬間、アルピナの顔が横を向き、パァンと叩かれた音がした。


「見えたか? 見えなかったよな? フフン。これがお前と俺の差────」


 言っている最中アルピナの姿が消える。だがその直後、ブックビルはアルピナの腕を掴んでいた。


「フフン。遅い、遅いな狐というやつは」

「ぐるるるるるっ」


 挑発され、アルピナ姐さん激おこになっている。そんなものどうでもいいといった感じにブックビルはアルピナを投げるように払った。

 距離をとったアルピナはまた四つ足状態になる。だが今回は腰も落としている。足のバネを最大限に使う気だ。


「そんな音をさせたところで所詮ケモノ。お前の速度じゃハエも止まるというもんだ」

「ばるるるるるるっ」


 アルピナの怒りが絶頂に達している。ムカ着火なんたらという状態だ。今触れたらたちまち肉片に変えられそうだ。


 そんな中、双弥は再び建物の中へ入り込む。最初の目的通りリティの妹を救出するためだ。

 救出に関しては双弥に任せておけばうまくやるだろう。それよりも今はこちらのほうが問題である。



「フフン。──ああそうだ、まずそこの人間から殺してやるか」


 ブックビルはエイカへ目を向けると、エイカは身構えようとする。しかしブックビルはそれよりも速くエイカの前に立っていた。

 そしてエイカの腹に向かい、短剣を突き立てた。


「えっ!?」

「フフン、雑魚が俺の城へ立ち入るから……あ?」


 ブックビルは間違いなくエイカの腹に短剣を突き立てた。だがそれは少しも刺さっていなかった。

 エイカの鍛え抜かれた腹筋はとうとう刃物すら通さなくなっており、強靭な肉体は結果にコミットどころではなかったようだ。

 という冗談はさておき、今のエイカは破気により防御力も強化されている。程度の知れた攻撃では傷も負わせられない。だからこそ双弥はエイカをここへ連れて来ていたのだ。ちなみにエイカのお腹はぷにぷにである。


 ほんの一瞬だが唖然とするブックビル。その隙を見逃すアルピナではなかった。

 気付いたときにはもう既にアルピナのソバットが決まっており、ブックビルは弾き飛ばされ木に叩きつけられていた。


「余裕かましてるからこうなるのきゃ! さあかかってくるきゃ!」


 アルピナは構え、ブックビルを睨みつける。だがなにか様子がおかしい。

 エイカが恐る恐る近寄ると、顔をしかめてアルピナの傍へ戻ってきた。


 ブックビルの肩口はアルピナのソバットにより潰れており、背骨は木に叩きつけられたときに砕けて絶命していた。

 速度だけは誰よりも速かったのだが、その細身の体は外からの打撃に耐えられるようなものではなかったようだ。それに武器を使う辺り獣人としてはナンセンスだ。牙や爪だけではなく力もないと言っているようなものだからだ。

 でもあの速度だけは脅威だった。もしあれがアルピナへ向けられていたとしたらただでは済まなかっただろう。




「あいつ弱すぎきゃ!」

「そ、そうだね」


 一撃で葬れたため、アルピナはご機嫌であった。彼女は基本的に野生であるため、手段は関係なく倒せれば満足なのだ。

 そんな感じのところ、中で動きがあったようだ。獣人たちは蜘蛛の子散らすように出入り口から飛び出し、逃げようとしている。双弥が暴れたのだろう。

 エイカはやっと出番とばかりに出てきた獣人を倒していく。槍で足を貫いたり柄で後頭部を殴りつけ、とにかく動きを封じることに専念する。


 彼らを役人ではなく獣人たちによって裁いてもらうためだ。ただでさえ疎まれている獣人は、人との争いを嫌う。だから彼らの処遇は身内に任せるのがいい。彼らも厳しいルールの中生きているのだから無罪放免ということはしないだろう。

 その後ここへ役人を呼び、盗まれたものなどを調べてもらえばほぼ丸く収まる。


 残る問題は大きいものと小さいものがある。大きいものは、もう既に売られてしまった国宝などのこと。そして小さいものは、今アジトから出てきてネコ耳少女を抱きかかえながらデレデレしている双弥クソやろうのことである。

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