第158話

「エイカ、見てくれ! この子超かわいい!」


 双弥は自慢するようにリティの妹を見せびらかす。ネコ耳少女は双弥にべったりと甘え、頭をこすりつけている。

 それに対しとても不機嫌な顔をするのはエイカだ。危うく殺されるところだったというのに、なにをひとりだけ楽しんでいるのだと。


「双弥、その猫を地面に置くきゃ!」


 機嫌が悪いのはエイカだけじゃない。アルピナもだ。群れのリーダーを差し置いて甘えているメスは躾けないといけない。


「でもなぁ」

「これはあたしらの掟きゃ! 上下関係をはっきりさせないといけないのきゃ!」


 獣人の世界は人間社会同様で厳しいのだ。特にアルピナは長に当たる立場になったため、そこらへんをなあなあで済ませるつもりはないのだ。


「いやしかし……」

「双弥は獣人を認めないつもりきゃ? ふざけんなきゃ!」


 獣人の掟を認めないということは獣人を認めないというのと同じだ。その情報はすぐさま伝わり、双弥は獣人の敵という認定をされてしまう。

 それだけはなんとしても避けなくてはならない。ケモ耳を愛でる会の会員ですらいられなくなってしまう。双弥は渋々とネコ耳少女を地面に降ろす。

 立たせるとわかるが、アルピナよりも小さい。少女というよりも幼女のほうが近いのではと思われるくらいに。


「み……みぃ?」

「大丈夫だよ。アルピナ姐さんから少しお話があるだけだからね」


 社会のルールを教えるのは大人の仕事だ。双弥は見守ることしかできない。


「……チョッピーみぃ。6歳みぃ。おねがいしますみぃ……」

「あたしは子供だからって甘やかさないきゃ! お前には一人前の戦士になってもらうきゃ。文句は言わせないきゃ!」

「み、みいいぃぃ」


 アルピナは今後もこのようなことがないようにチョッピーを鍛えるつもりらしい。やりすぎてしまうのではないかと双弥は気が気でない。



 ともかく救出は終わり、犯罪を行っていた獣人たちも引き渡し、リティと妹もやっと自由になれた。これでめでたしめでたし……というわけにはいかなかった。

 この後、チョッピーは再び囚われの身となってしまうのだから。





「な、なあアルピナ」

「うるさいきゃ!」

「いやさ、もうそろそろさぁ」

「ほっといてきゃ!」

「そういうわけにはいかないだろ……」


 チョッピー奪還から数日後、アルピナはチョッピーを抱きしめたままずっと離れていなかった。そのままごはんを食べ、寝る。これはきつい。

 誰がアルピナは厳しいといった。親バカどころではない。四六時中一緒にいるなんて、これでは生まれたてのカンガルーのようだ。


「アルピナちゃん。そろそろ離してあげないとかわいそうだよ」

「嫌きゃ! チョッピーはアタシのきゃ!」


 これなら獣人たちに捕まっていたほうがまだ自由だったのではないかというほどだ。アルピナを見るリティの顔も渋い。


「アルピナはチョッピーを戦士として鍛えるんじゃなかったのか?」

「ふざけんなきゃ! そんなことさして怪我したらどうすんのきゃ!」


 この溺愛っぷり、恐ろしい。これだけ常に一緒ならば戦う必要はないかもしれない。だけどこれではチョッピーがかわいそうだ。



「うーん、困った……」

「でもお兄さんもあんなだよ」

「じょ、冗談じゃない!」


 双弥は憤慨した。自分はあそこまで酷くないと。

 しかし傍から見たら五十歩百歩でそんなに差はない。むしろデレデレした醜悪な顔をしている分、双弥のほうが酷いかもしれない。


「お兄さんは自覚したほうがいいよ。みんなこんな風に思ってたんだから」

「マジか……」


 双弥は頭を抱えた。冷静に思い出せば、確かにこんな感じだったかもしれない。程度の差こそあれ、今更自覚したようだ。


「だけどあのままじゃあの子かわいそうだよね……そうだ」


 エイカはチャッピーを抱いて離さないアルピナを抱きしめ、頭をなで始めた。

 アルピナは頭を撫でられるのが好きなため、エイカに擦り寄るように頭を押し付けてくる。かわいがりの連鎖だ。

 一体なにをしたいのか。よくわからぬが、双弥はエイカに任せようと思った。



 そして一時間ほど後。


「きゅうぅぅ。エイカ、そろそろ離してきゃ」

「だぁーめっ」

「動きづらいのきゃ。離れてきゃ」

「まだまだぁー」

「うーっ」


 抱きしめられているアルピナが苛立ち始めた。動きを阻害されるのは嫌らしい。


「もういいきゃ! どいてきゃ!」

「あのねアルピナちゃん。アルピナちゃんはチョッピーちゃんに同じことしてるんだよ」

「きゅ?」

「チョッピーちゃんだって自由に動きたいと思うよ。だけどアルピナちゃんが強いから、言えないだけなんじゃないかな」

「きゅううぅぅ……」

「だから、ねっ。離してあげよっ」

「……きゅうぅぅ。わかったきゃ……」


 アルピナはエイカに諭され、渋々チョッピーを離した。チョッピーは少しよろよろとしたが、伸びをしたり体を自由に動かしだした。

 最初のうちは転んだりしないかとオロオロしていたアルピナだったが、猫族獣人の運動神経は高いため、特に問題ないことがわかり安心して寝てしまった。




「エイカってさ、お母さんみたいだよな」

「な、なに言うのお兄さん!」


 アルピナとのやりとりを見ていた双弥が、ふと思いついたようなことを呟いた。エイカは勇者パーティーのお母さんポジションであるような感じだ。

 双弥は皆のまとめ役ではあるが、エイカほどの安定性はない。

 株式会社勇者の社長は破壊神であり、双弥なんてせいぜい課長くらいだろう。エイカ相談役のほうが皆の信頼は高い。


「そんなことをふと思ったんだよ。エイカならいい母親になるんだろうなって」

「きゅ、急にそんなこと言われても、なんか複雑だよ」


 エイカは顔を真っ赤にさせ俯く。エイカの将来の夢はお嫁さん。誰のかはさておき、そういう風に思われるのは悪くない。

 だけどエイカもまだ子供と言って差支えのない歳だ。気持ち的には複雑である。

 それでもやはり意識している相手にそう感じてもらえるのはうれしいだろう。いい奥さんにもなるよと言いたいくらいに。



 という少し甘い雰囲気を出しているところ、突如アルピナの耳がピシッピシッと動いた。何かに反応しているようだ。


「どうしたアルピナ」

「スターリングが近寄ってきてるきゃ」

「スターリング?」


 なんだそれと双弥は一瞬考えたが、以前オウラ共和国ここで出会った虎柄の獣人がそんな名前であったことを思い出す。


「ああ、あの虎男か。アルピナに用かな」

「知らないきゃ」

「あとはそうだな……、先日引き渡した獣人たちのことだろうか」

「そうかもしれないね。だったら迎えに行ったほうがいいのかな」

「うちの場所教えてないからなぁ……てかこの町に住んでることも知らないはずなんだが、どうやって来たんだ?」


 双弥たちの謎は数分後判明した。




「邪魔するぞ普人族」

「おうスターリング、久々だな……おや?」


 スターリングは紐でひとりの獣人を縛っていた。そいつは例の鼻が利く獣人だった。

 基本的に獣人の顔の造りは人間と同じため、嗅覚も人間と大差ない。しかしこの象鼻族というのは鼻が象なため、嗅覚は鋭い。どうやらこの獣人の嗅覚を利用して双弥の家を特定したらしい。


「俺は面倒な話をしに来たわけじゃない。単刀直入に言う。ここにいる猫族を引き取りにきた」

「ふざけんなきゃ!」


 それを聞いた途端、アルピナは部屋から飛び出してきた。


「アルピナか。お前には関係のない話だ」

「2人はアタシのきゃ! 長として勝手はさせないきゃ!」

「なにっ」


 まさかアルピナが仕切っているとは思わず、スターリングは驚く。アルピナは身勝手だが仲間への想いはとても強い。これはそう簡単に引き剥がせるものではないと理解する。


「わかっていると思うが、犯罪者なんだぞ。妹を人質に取られていたからといっても、それ以前の行為が消えるわけではない」

「だったらどうするのきゃ!」

「やったことに対して償わなければならない。特にそいつがやったことはかなりの大ごとだからな。下手したら戦争になる」

「普人族なんていくら集まってもアタシの敵じゃないきゃ!」

「人を甘く見るな!」


 アルピナだけならば人に対して抗い続けられるだろう。しかしその後ろに守るものがあるならそうはいかない。かつてアルピナの母がそうであったように、守るため自らの命を犠牲にせねばならないこともある。


 そしてアルピナにもまた、その母の血が流れている。罠の町での一件がそれを物語っていた。


「なあスターリング。見つからなかったってことにはできないのか?」

「そんな勝手を通せるか。規律は規律だ」


 スターリングはそこそこ掟に厳しい男だ。簡単には折れてくれない。しかしだからといってはいそうですかと引き渡すのも双弥ではない。


「お前の言い分もわかるし、それが正しいってことくらい理解できている。だけどな、理解したからって従えるかどうかは別なんだよ。俺たちには心があるんだから」

「心があるのなら、犯罪者に同情するよりも被害者の気持ちになるべきだろう。大切なものを奪われた側がどれだけ辛い思いをしたか」

「……まあ、そうだろうな」


 屁理屈を道理で潰されてしまった。これは歯ぎしりしかできない。

 それでもやはり双弥は退かない。


「被害者に対してはあいつらが盗んだものから返却し、売買に関してもできるだけ追跡して残った金から上乗せして買い戻す。今回の件はセィルインメイとティロル公団、そして勇者連合が請け負う」

「セィルインメイは最近増えてきた破壊神の信仰団体か。ティロル公団はまあ有名だが、勇者連合とは?」

「あ、ワタクシ、勇者連合代表の天塩双弥と申します」


 双弥は名刺を取り出し、スターリングに渡す。これをどうしろといった感じにスターリングは受け取った紙の扱いに困る。


「それで結局なにをする集まりなんだ?」

「少し前の出来ごとだと、魔王討伐かな」

「あん? 勇者ってあの勇者だったのかよ!」


 他にどの勇者がいるのかと言いたかったが、ジャンルさえ問わなければ勇者などいくらでもいる。そういった人間をこの世界で勇者というかは疑問だが。


「まあそんなわけだ」

「……それは俺がどうこう言っていい話ではないな。とりあえず今のところ、この話はそちらに預けよう」

「そうしてもらえると助かる。できる限りお前らには迷惑がかからないようにもするつもりだ」


 当たり前だと言い放ち、スターリングは去って行った。

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