第148話

 ここは双弥の館。何故だか怪しげな印象を受けるような名称だが、双弥の所有している屋敷なのだから間違いはないだろう。

 リリパールから衝撃の報告を受けて4日後、ここには勇者、そして魔王側からジークフリートと王が来ていた。ハリーはまだ生身の人間なため、兵器に乗って来るという危険なマネはできない。


 そこまで急いで集めた理由、それはもちろん新たな勇者の出現についてだ。


「さて、大まかな話はもう既に知っていると思うが、どうしたらいいかを話し合おう」


 仕切りはもちろん双弥だ。他に適任者がいればいいのだが、生憎それを望むのは無理というものだ。


「まずは聖剣の巫女とされる人物を特定するところからだな」


 新たな勇者は恐らくまた地球から連れて来られると思われる。だから今この場で探したり調べるのは不可能だと思ったほうがいい。ならば聖剣の巫女となるのがどこの国の姫なのかを調べたほうが建設的だ。


「それはもうわかっています」

「ほう?」


 リリパールの発言に、みんなが聞き入る。何も知らないであろう巫女には可哀そうだが、これからなにかしらのアクションを起こさなくてはいけない。

 流石に殺すまではしなくとも、動きに制限を持たせるくらいは必要だ。


「ですが……」


 リリパールが言葉を続けると、皆はリリパールを凝視する。


「次の聖剣の巫女となる姫は、16人います」


 それには双弥たち全員が絶句する。こちら側の戦力は8人。つまりこちら側ひとりに対し、2人をぶつけようという魂胆らしい。

 どのような人物が召喚されるかわからぬが、流石に2対1では勝ち目がないだろう。


「ど、どうするんだよ! 僕らはそれほど強くないよ!」

[狼狽えるな阿呆め。我らについているのはなんだと心得ている]

「オォウ」


 双弥以外の勇者と魔王に力を貸しているのは、この世界のショボい創造神などではない。地球の神だ。

 しかし問題がここにある。テトラグラマトンはジャーヴィス、フィリッポ、ハリーの誰に力を貸すのか。全員に貸すのか、はたまた誰にも貸さないのか。地球上で最も信仰されている神の行方はまだ決まっていないのだ。

 ちなみに王には関聖帝君が力を貸し与えている。今なら双弥にも余裕で勝てるだろう。


「それに、確か力を与える対象が多いほど力が分散するらしいから、実際のところ大したことないかもしれない」

「迅、その考えはよろしくない」


 ムスタファは、以前──つまり創造神の勇者をやっていたとき、双弥から聖剣を斬られている。

 双弥の妖刀は刀の形をしたヤスリ、つまりソードブレイカーのようなものであり、聖剣を破壊するために作られている。だが神の力としては創造神のほうが圧倒的に上だ。それなのに妖刀が聖剣を上回れたのは、創造神が大して力を使っていないのに対し、破壊神は己の力の半分も妖刀へ注いだからだ。それで負けるほど破壊神は弱くないらしい。


 ようするに、今回の創造神は本気で攻撃してくるはずであり、そのため使う力も膨大だろう。妖刀を上回る聖剣が16本できると思ったほうがいいかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 双弥より強いんだったら僕らに勝ち目がないじゃないか!」

「だから喚くなと言っているだろうが雑魚め。今の我はとうにそこの日本人を遥かに上回っているのだぞ」


 ただでさえ強い王に関帝がついているのだ。今の双弥ではどこまで戦えるか不明である。

 だからといって手合せをしようなどと双弥は思わない。王は手心を加えるようなことをしないため、死ぬ可能性があるからだ。


「じゃあ僕も神様から力をもらえたら……って、大変だよ!」


 何かに気付いたのか、ジャーヴィスが突然叫ぶ。またこいつかと面倒な目を向ける一同。


「今度はなんだよ……」

「なんだよじゃないよ! ムスタファ、きみはもう既に神様から力を得てるんだよね!?」

「ああ。私の信仰が成せる────」

「なんてことをしてくれたんだ! それじゃあ僕には誰が力を与えてくれるんだい!?」


 双弥はなに言ってんだこいつという目を向けたが、そこを鷲峰が注釈した。

 ユダヤ教とキリスト教、それにムスタファが信仰している神もそもそも同じ神だ。つまりムスタファへ力を貸してしまっている今、ジャーヴィスたちがその恩恵を得られない可能性があるというわけだ。


「なるほどな、でもよくジャーヴィスがそんなこと知ってたな」

「それくらい常識だよ! こないだ迅から聞いたからね!」


 ジャーヴィスの常識はさておき、今まだ力を得ていない3人は同じ宗教だ。厳密に言えばジークフリートもそうなのだが、彼にはゲルマンの神がいるため問題はなかった。


「それより今はもっと重要な話があるだろ」

「もっと重要!? なんだよそれ、僕らの信仰を甘くみていないか?」

「だったらちゃんとミサに行けよクソ英国人」

「なんだよ! 修道女でハーレム作ってそうな国の人間に言われたくないね!」


 収拾不能なほどがやがやと騒いでいるところ、突然ズシンと床が揺れた。王が発勁により床石を踏み砕いたのだ。双弥の家なのに。


「やかましいぞ羽虫ども。そんな話は後にしろ」


 王が煩わしそうに話を戻そうとする。ジャーヴィスとフィリッポは互いを睨みつつ黙った。



「さて、それでどういった対応をするかだな」


 双弥の言葉に、皆黙る。それぞれ思うことはあるだろうが、切り出さないでいた。



「殺してしまえば手っ取り早いのだがな」

「それだけは駄目だ」


 ムスタファの意見を双弥はすぐさま却下する。

 相手は一国の姫だ。しかも16人。殺しでもしたら世界大戦が起こる。それに例え殺したところで次の聖剣の巫女が選出されるだけだ。つまり無駄な殺人を繰り返す羽目になる。


「では説得しかないだろうが……」


 この世界では今でも創造神信仰が最も盛んであり、大体の国では国教となっている。もちろん創造神もそういった国の姫を巫女に選んでいるだろうから、説得するのは無理に等しい。


 という条件の下、今後どう動けばいいのかを話し合うわけだ。誰もが渋い顔をする。



「やっぱ勇者召喚時に騒乱を起こして、その隙に召喚された奴らを全員かっさらうしかないか」

「ああ、同じ地球人だし、話せばわかるだろうからな」

「僕もそれに賛成するよ! 平和的解決は素晴らしいね!」


 双弥の案には全員納得した。召喚直前に周辺で大爆発などを起こし、そちらへ注意が向いているところで新幹線などを出し、押し込んで逃げ去ろうという魂胆だ。

 兵士などにとって見たこともない物体が突然現れる。それはシンボリックを使われている──つまり、今いる勇者の仕業だということはバレるだろう。だがバレたところで勇者に逆らえる人間なんていない。



「よし、俺たちがなにをすればいいかは決まった。細かいプランはなるべく漏らしたくないから召喚前まで閉ざしておく。リリパール、いつ召喚されるかわかるか?」

「えっと、半年ほど後です」

「巫女が選出されてから半年後……俺たちのときと同じか。だけどそれだけの期間があれば全員に武器が行き渡るな。破壊神信仰の成果はどうなってる?」

「オレはとりあえず、この町の未婚女性の4割ほどを引き込んだぜ」

「えっ」


 フィリッポの言葉に双弥たちはドン引きである。フィリッポが引き込んだということは、それすなわち手を出したということなのだから。


「さ、流石だね。だけど僕だってやればその倍の女性を虜にできていたさ!」

「んじゃ明日からオメーが頑張ってくれや」

「まかせてよ! ……オゥ、残念だけど僕にはアセットがいるんだ。彼女を悲しませられないからちょっとできないなぁ」


 フィリッポは無言でジャーヴィスを蹴り飛ばす。理由がわからないジャーヴィスは恨めしそうな顔でフィリッポを睨む。



「それじゃあ次に集まるのは、半年くらい後だな」

「ああ。またな」


 こうして王とジークフリートは帰って行った。鷲峰たちも自分の宿へと戻る。



「それでお兄さんはこれからどうするの?」

「ん? とりあえずは今まで通りだ」

「そうですか。では私も……」

「リリパール様は用事済んだんだから帰ったほうがいいんじゃない?」

「ぐっ」


 今回は秘密裏に動かねばならない理由であるため出てくることを許されたが、それが済んだら戻らねばならない。

 リリパールは懇願するような目を双弥へ向ける。潤んだ目はキラキラと双弥を見つめている。

 双弥はそっぽを向き、指で頬をかきながらつぶやくように言う。


「あー……そのー、なんだ。リリパールの人生なんだから、リリパールのやりたいようにするべきだと思う」

「そ、双弥様! 愛すぶぁっ」


 リリパールが双弥に飛びつこうとしたところ、横からエイカの冲拳が決まり、リリパールはその場で崩れ落ちる。震脚を用いた見事な突きであった。


「エ、エイカさん……これは少々酷……」

「リリパール様はある程度強い衝撃じゃないと暴走するからだよ! 大丈夫、完全回復できるリリパール様だけにしかやらないから」


 エイカは痛みにより暴走を抑制する方針に切り替えたようだ。まるで猛獣である。リリパールは後にエイカサーカスの目玉になることだろう。


「あのなエイカ。確かにリリパールの暴走は酷いが、一応自国の姫なんだぞ」

「そ、そんなの関係ないよ! 愛は戦争より激しいんだよ!」

「は?」

「えっ!?」

「あっ……」


 エイカの言葉に双弥は素っ頓狂な顔をし、リリパールはこいつ言いやがったといった顔で驚き、エイカは思わず言ってしまったことにやばそうな顔をした。

 しかし言ってしまったことは取り消せない。こう注目されていたら棍で殴る……もとい夢の出来事にすることさえできない。


「エ、エイカ、お前……」


 双弥の言葉にエイカはぎゅっと目をつぶる。取り返しのつかない状態だ。返答が怖い。


「まさかエイカ、無責任班長タイター知ってるのか!?」

「えっ!?」


 双弥は日本で見たアニメのタイトルを口に出した。確かそんな感じのサブタイトルがあった記憶があるからだ。

 もちろんエイカが知るはずがない。だがせっかくの逃げ場、飛び込まずにはいられない。


「う、うん。鷲峰さんが教えてくれて……」

「ああっ、そういやあいつ携帯ゲームも出せるんだよな! くっそ、俺も見せてもらわないと!」



 これは助かったというべきなのか、少なくともエイカとリリパールはほっとした顔をしていた。

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