第147話
「お兄さん、そろそろ働きに行かないと……」
「ああ、今日も可愛いよ。アーガたんにクリホワたん」
双弥はデレデレした顔でアーガイル柄のロリータ服の少女と、クリスタルホワイトの白ロリータ服の少女に話し掛けていた。そもそも彼女らが奴隷として売られるきっかけとなった容姿はとても美しいため、双弥の鼻の下の伸びっぷりといったら尋常ではない。
「おっとごめんよ、ルビーたんにシアンたんも美しいからね」
双弥はさっと振り向き、ルビーレッドロリータ服の少女とシアンブルーの少女にも話しかける。大忙しだ。
あれから3日ほどこんな調子である。よく飽きないものだ。
「……ねえお兄さん」
「なんだよエイカ」
エイカは大きく溜息をつき、そして面倒くさそうな声で話し出した。
「前に言ったけどさ、こうやってお兄さんが接していたときの記憶って残ってるんだよ」
「ああ。だからこうやって毎日愛情を込めてだな……」
「今のお兄さん、正直キモいんだけど、それも思い出すんだよ?」
「おぅふ!」
鼻の下を伸ばしながらだらしない顔で舐めるように見ていたことも覚えているのだ。思い出した瞬間、嫌悪感に支配されそうだ。
双弥はがっくりと膝を落とす。良かれと思ってやっていたことが裏目に出てしまう。
正しくは良かれとなんて思っておらず、ただ自分の欲望のままやっているのだが、言い訳は綺麗なほうがいいのだ。
「……んじゃさ、無意識だったころの自分を思い返して、俺ってどんな風に見えてた?」
「え? うーんと、いつも理不尽なことにも耐えて戦って、私を守ってくれてた……かな」
「それって怖かったよな?」
「ううん、あのときはそういう感情がなかったと思うし、だから思い出しても怖かったって思えなくて……。でも守ってくれてるお兄さんはかっこよかったな」
「SOREDA!」
双弥は立ち上がり叫んだ。
少女たちにかっこいいところを見せて情けない部分を上書きさせてしまえばいい。完全に量産型エイカとなってしまうのだが、それはそれでよしとする。
「だからってこの子たちを危険な場所に連れていくのは駄目だからね」
「そ、そりゃわかってるよ」
エイカを連れまわしていたのは別にやりたくてやっていたわけではない。旅の途中だったし、追われていたのだ。
「そもそも、この子たちにお兄さんがいいところ見せてどうするの?」
「え、そ、そりゃあ……」
双弥は答えに詰まった。この少女たちの好感度を上げる理由がどこにあるのか不明だからだ。
いや、実はもう答えが出ている。だがそれは素直に伝えることに抵抗があるものだった。
「ねえなんで? かっこいいとこ見せてどうするつもりだったの?」
「……かったんだよ」
「え? なに?」
「モテたかったんだよ! 悪かったな!」
双弥渾身の逆ギレである。
地球で双弥はモテたためしがない。だからせっかくの異世界なんだし、モテモテな自分を創り上げたかったのだ。
しかもここにいるのは美少女ばかり。彼女らが皆自分に惚れているとなったら男冥利に尽きるというものだろう。
「そんなことのためにこんな活動してるの?」
「そこは勘違いして欲しくない! 俺は純粋な気持ちで彼女らに幸せを与えたいんだ! だけど、そこにちょっとほら、俺がモテる要素とかあったらやりがいがあるなぁって」
双弥は素直に話す。男心というやつは女性には理解し難いものだ。
「あのさ、お兄さん、これ以上モテたいの?」
「これ以上もなにも、これ以下は正直きついだろ。そもそもモテてないんだし」
私がいるじゃん、なんてエイカはそうそう言えない。この乙女は恥ずかしがり屋なのだ。大体、そんなことを言わせるほうが男としてどうなのかという話になる。
だが双弥は恋愛に関して小動物よりも臆病だ。好きだと言われたところで浮かれているところ、裏ではあいつ騙されてやんのプークスクスとか笑いものにされているのではないかと心の底で思ってしまっている。
今までそうだからといって、いつまでもこれではいけない。そもそもそれは相手の女性に対して失礼極まりないことなのだから。
「お兄さん、もっと自分の周りのことを──」
そのとき、突如として扉が開け放たれた。驚く双弥とエイカの目の前に、ひとりの少女が立っている。
「双弥様はこちらにいますか?」
「り、りりりりりりり……」
双弥が思わず口に出したのは、ちいさなシグナルではない。とある公国の末娘、リリリーリ様のことだ。
「双弥様! 見つけました!」
「り、りりっぱさん!?」
恐るべきは双弥感。リリパールは双弥を見つけるためだけによくわからぬスキルを習得しているのだ。これでは地の果てでも逃げられない。
驚愕している双弥の前へリリパールはつかつかと歩み寄り、床に片膝をつき頭を下げてきた。
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした! キルミットの恩人である双弥様にこのような……」
「それに関しては別にどうとも思ってないよ。逆にありがたいくらいなんだから。だから立ってよ」
気ままなホワイトナイト生活は、今までせわしなく動いていた双弥にとって休息のようなものだった。働きたいときに働き、休みたいときに休む。なんと居心地の良い環境なのか。
「そう言って頂けるとは思っていましたが、それでは私の気持ちがおさまりません」
「リリパール、それは違うよ」
双弥はリリパールを諭し始めた。
謝罪というのは、相手に対して誠意を見せることであって自分の気持ちをおさめるための行為ではない。
それではまるで自分の気持ちをおさめるために謝罪しているみたいではないかと。
これは身勝手な行為であり、相手の気持ちを考えていない。そんなものは謝罪とは言えない。
だから自分の気持ちは飲み込む。相手がそれでいいと言えばいいのだ。
さすがにそこまで言われたら続けるわけにもいかず、リリパールは立ち上がり体を寄せ、双弥の肩に自らの頭を触れさせた。
「やっぱり双弥様は双弥様ですね」
「ああ、どこに行っても俺は俺だ」
「り、リリパール様、ちょっとこれ見てよ!」
いい雰囲気を醸し出しているところ、エイカが現実に引き戻す。そしてリリパールの顔をゴスロリ少女たちへと向けさせる。
双弥は再びぎくりとする。こんなもの見たらりりっぱさん激おこになるのは確定だ。いい雰囲気を引き裂き、更にこれを見せて幻滅させる。エイカさんは意外とドス黒い。
「双弥様、これは……」
「か、彼女たちは性奴隷として売られようとしていたんだ! それを保護して、えっと、見ての通りの状態だから、元に戻してやりたいと……」
しどろもどろに言い訳をする。そんな双弥にリリパールは振り返り、にこりと笑顔を見せる。双弥とエイカは恐怖を感じ、凍りつく。
「流石双弥様、素敵な仕事だと思います」
「……あれ?」
てっきり修羅パールになると思っていた双弥は、拍子抜けたような顔をする。
「ど、どうしたのリリパール様! お兄さんこんなことしてるんだよ!」
「ええ、ですが私は双弥様を信頼しています。だから間違いは起こらないはずです」
「えええーっ」
エイカが驚愕する。リリパールから完全に毒が消えてしまっていた。どうやら双弥と会えない時間が長すぎて心になにかしらきたしてしまったらしい。
更にエイカはがっかりする。双弥を信じきれなかった己の心に。エイカは初めてリリパールに敗北をしたと感じた。
だがここで引くわけにはいかない。このままでは自分がチョロインBになってしまう。最悪でもAの立場は死守しなくてはならない。
「わ、私だってお兄さんのこと信じてるから!」
「そうですね。エイカさんにとっては大好きなお兄さんですからね」
にこりと微笑みつつリリパールが放った言葉に、エイカは顔を赤らめ俯く。
しかしこの直後、リリパールはとんでもない爆弾を打ち込んできた。
「ですが、まあ、私は双弥様を愛しておりますが」
「えっ!?」
「はあ!?」
突然の言葉に双弥とエイカは挙動不審を通り越し、不思議な踊りを始める。脳内の混乱が最高潮に達したようだ。
「えっと、そのあの、それはなんかの罰ゲーム的な?」
「いいえ、私は双弥様と結婚し、子供をたくさん作りたいです」
ド直球である。リリパールは双弥の腕を掴み、頭をこすり付けてくる。もはやどうとも言い逃れようのないほどに。
どうするエイカ、早く言い返さねばBどころかヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢になってしまう。
「り……リリパール様、愛はまだ早いよ!」
「早いと感じるのはエイカさんがまだ幼いからですよ」
「わ、私とリリパール様、大して歳変わらないじゃん!」
「エイカさん。若いうちの歳の差というのはとても大きいのですよ。それともエイカさんは1年前の自分と見比べて、今の自分は大して違わないと思いますか?」
「ううぅ……」
リリパールの言葉になにも言い返せない。
これが双弥欠乏症の成れの果てなのかとエイカは恐ろしく感じる。人の心は完全に壊れてしまうと新たに再生するものなのだろうか。
それより、以前にもこのようなやりとりはあった。あのときは冷静さを取り戻したリリパールによってなかったことにされたが、今回はどうにもならなさそうだ。なにせリリパールは完全に別物となってしまっているのだから。
エイカは走り出した。これは悪い夢だと。目が覚めればいつもの状態に戻っている。そう信じて。
そうだ、これは夢なんだ。悪夢なんだ────。
数分後、カァン、カァァンと小気味良い音が屋敷から響いた。
「…………うくっ……いててててっ」
それから暫くして、双弥は目覚めた。どこかにぶつけたのだろうか、頭にこぶができており痛みがある。床に寝ていたため、どこかで足を滑らせたのではないかと推測する。
「……あうぅぅ……」
「えっ、リリパール?」
呻くような声に振り返ると、そこにはキルミットにいるはずのリリパールがいた。
「あっ、双弥様……よかった、探していたのですよ」
リリパールは何故こんなところで倒れていたかよく覚えていないが、探していた双弥と出会えてホッとする。彼女にも頭にこぶができており、どうやら出会いがしらに頭をぶつけてしまったのだと納得する。
「あっ、2人とも起きた? 大丈夫?」
「おおエイカ……なにがあったんだ?」
エイカはよく冷やされたおしぼりを持って立っていた。手で持って温くならぬよう、棍にかけた状態にしている。どこから棍を持ってきたのかは不明だ。
「えっと……2人とも頭をぶつけて倒れちゃったんだよ」
「そうだったか? まあいいや。ありがとなエイカ」
双弥はおしぼりを受け取り、痛む頭に当てる。
「それでリリパール様はなんでここに?」
「そうでした。双弥様、この度はキルミットのために戦って頂いたのに────」
「大丈夫だよ! 私もお兄さんもこの生活楽しんでるし、むしろよかったんだから。でもそれを言いに来たんじゃないよね?」
「えっ? あ、はい」
エイカはリリパールの言葉を遮るように、話を先へ進ませようとする。なんか不可解な気がしないでもないが、リリパールは話の先をし始める。
「えっと、双弥様。あれから破壊神様のほうはいかがなされましたか?」
「その点ならぬかりはない」
双弥とエイカだけではなく、鷲峰たちも破壊神アピールを行っている。そのおかげで今、ここいらのホワイトナイトの3割が破壊神信者となっているのだ。
「そうですか。それなら安心ですね」
「えーっと、そんな話をしにわざわざここまで?」
「そうでした。少々……いえ、相当厄介な事態に陥りまして、その報告に参りました」
「おぅ?」
リリパールは両親や他の兄弟と違い身軽に動ける立場だ。それでも気ままに放浪できるような人物ではない。しかも現在は家に隔離されているはず。そんなリリパールがやって来るということは、相当にやばい状況であることが伺える。
「なにがあったんだ?」
双弥の質問に、リリパールは少し息を飲む。それほど重要なことなのかと双弥とエイカは音も立てず聞き入る。
一呼吸置き、リリパールは話し出した。その内容は確かに家臣などを使っていい内容ではなかった。
「新たなる聖剣の巫女が就任されました」
それはつまり、創造神が動き出した証。新たな戦乱の火種であった。
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