第33話
「うぅー……」
突然アルピナが唸りだしたのは、船を降りて2日ほどあとの未明であった。
身を低くし、完全に威嚇している体勢である。
「どうしたんだアルピナ……」
「うるさいきゃ!」
凄まじいほどの殺気を放つアルピナにあてられ目が覚めてしまった双弥は、何かただならぬことが起きている予感がしていた。
「刃喰、何かわかるか?」
『遠すぎるぜ。だがとんでもない量の何かがあるこたぁ確かだ』
「そうか……」
刃喰の感覚よりもアルピナの耳のほうが長距離までわかるようだ。それでも刃喰が言うとんでもない量とは一体どれだけのものなのだろうか。
君子危うきに近寄らずというが、生憎双弥は人の上に立てるような人物ではないらしく、そこで何かが起こっているのならば確認せずにいられなかった。
(でもなぁ。俺とアルピナは大丈夫だろうけど、エイカがどうだろうな)
好奇心は猫を殺す。自業自得で面倒なことになるのは双弥の勝手だ。しかしそれに巻き込まれるほうはたまったものでない。今重要なのは己の好奇心を満たすことではなく、エイカの安全だ。
エイカを置いて行くわけにもいかない。もし動くとしたら必ず傍に置かなくてはならないのだ。
刃喰は双弥から破気を供給されていないと動くことができない。有効範囲は凡そ200メートル。エイカの護衛として設置するにも、双弥とは大きく離れることができない。
とりあえず遠くからでも見るだけ見てみようとアルピナが唸る先へ進むことにした。
「これはまずいな」
ようやく双弥の耳に届いた乱暴に叩かれる鐘の音。まだ日が登っていない時間にこれは冗談で済ませられない。
この先にあるのは村か町か。
どちらにせよ関係ない。それは襲っているのが魔物だろうが敵軍だろうとしても。
双弥は正式な勇者ではない。だが心は誰よりも勇者でいようと思っていた。あくまでも気分は主人公だ。
そして双弥の憧れていた話の主人公は必ず、なんだかんだいっても人を助けるものだった。
つまりここで双弥が取る選択はひとつ。助けること。
刃喰3体ともエイカにつければほぼ怪我をすることはない。戦いとしてかなり不利になるが、破気を受け入れた状態ならばなんとかなる。
一か八かであるがそう決定し、鐘の鳴る方へ足を速める。
付近まで来た町の様子を見て、双弥は速度を緩めた。
魔物に襲われているのは確かだが、思ったほどの数ではない。
だからといって拍子抜けするわけでもなく、注意しながら足を止める。
少数だから弱いというのはただの慢心だ。現に抵抗はしているが町の防衛のほうが押されている。
見た目からしてオークだろう。人ほどの頭脳はないが、パワーがあるし武器も扱える。戦闘向きであるため集団で襲ってきた場合、小隊クラスでも壊滅させられる場合がある。
「よし、刃喰は予定通りエイカの周りに。エイカはこの場で…………エイカ?」
双弥が振り向いたエイカは見たことのない様子だった。
顔は青く、粘質の汗がじとりと流れ、体を震わせている。
「──やばっ」
そこで気付いてしまった。
この光景はエイカの町と重なる。それがエイカの記憶を呼び起こしてしまったようだ。
「いや…………いや……いやああぁぁぁぁ! パパああぁぁ! ママあああああぁぁぁ!!」
エイカは崩れ落ち、泣き叫んだ。突然の大声に魔物たちが双弥のほうを向き、ぞろぞろとやってきた。
「くそっ、刃喰! 頼んだぞ!」
『少しくらい残してくれよご主人』
返事するどころでない状況に、双弥は走って迎え撃った。
「はぁっ!」
振りかぶってきたオークの斧の柄と腕を居合で削り斬る。腕を振った勢いで体を反転させつつ前進し、次のオークの眉間に突きを放つ。
また体を捻りながら頭から刀を引き抜き前進。
魔物相手だから躊躇なく殺せるというわけではない。そんな余裕が全くないのだ。
敵戦力もさることながら、今はとにかくこれを早く終わらせエイカのもとへ行かなくてはいけない。
もはや居合に拘っている場合ではなく、抜刀したまま振り回す。
切れ味はないがやすりのような刃で武器もオークも全てを削り裂く。
気持ちが焦り注意が散漫になる。それを抑えようと無理に集中しようとすると周りが見えなくなる。そのせいでとりこぼしているのも少なくはない。
後ろには刃喰が控えているとはいえ、今のエイカがいつどうなるかわからない。用心に越したことはない。
「畜生、色々と間に合わない!」
破気を取り込んで筋力も瞬発力も飛躍的に向上しているが、向かってくる数が多すぎる。
もちろん破気をもっと取り込めば更に能力を高められる。でも恐怖が先走りできずにいた。
(やるしか……ないのか?)
今の双弥に振り返る余裕もないが、刃喰がやってくれていると信じ前を向き続けるしかない。
「う……おおおおおぉぉぉぉ!」
今までは流れてきた破気を取り込むように使用していた。が、今度は妖刀から吸い取るイメージで体に通した。
体が痺れるような感覚。力が入らない。いや、そうではない。力を入れているつもりだがまだ全然入りきっていないのだ。
更に力を加えてみる。まだ入れられる。一気に踏み込み刀を振るう。
踏み込みで視界が飛ぶ。速すぎて追いつかない。
それでも刀を振る。一撃、二撃、三撃。
たったそれだけの動きで10以上のオークが切り裂かれていた。
「やべぇな、これ……」
つい独り言が出る。
双弥にとってこれは現状を打破する力であるが、それと同時に扱え切れない危険なものであるとわかった。
だが今はこれに頼るほかなく、加速を続けて目を慣らすしかない。
わざと大きなアクションで左右に振る感じで動く。まだ見えない追いつかない。
一歩でどれほど移動できるのだろう。わからぬままただがむしゃらに動き刀を振るう。
そのたびに死体が転がり積み重なる。
ようやく目が慣れたのは最後の1体を切り捨てたころだった。双弥は破気を刀身から放出させ、血を弾き飛ばしてから納刀した。
オークは全滅させた。だがいまいち実感が掴めぬままだ。見えない景色のなか、ただ刀を振り回していただけだったのだから仕方ない。
酷い戦いをしたものだと双弥はため息をついたが、すぐ我に返りエイカのもとへ行った。
「エイカ、エイカ! 大丈夫か!?」
返事はない。エイカは両手で顔を覆い、嗚咽するばかりだ。
参ったなと額に手を当て、どうしたものかと考えているところに、年老いた男と武装した中年ほどの男たちがやってきた。
「あ、あの、町を救ってくださりありがとうございました」
「ん? ああ、通りすがりの行動だ。気にしないでいい」
「そういうわけにはまいりません。本当に助かりましたから」
老人は町長なのだろうか。代表として礼をしたいと述べている。だが双弥は今それどころじゃない。
この世界での旅は、ほとんどエイカと共に過ごしてきたのだ。もはや居なくてはならないほどの存在になっている。そのエイカが苦しんでいるのに他のことへ気が回るわけがない。
何か方法はないものかと思案してみたが、何も浮かばない。こういうことは時間が解決してくれるものだ。
そう、時間だ。どこかゆっくりできるところで暫く休養したほうがいい。双弥は老人に顔を向けた。
「悪いけど宿を手配してくれないかな」
深夜──明け方まで起きていたせいで目が覚めたのは昼近くだった。
ずっとエイカの様子を見ていた。恐怖に怯え、泣き、震えていたのだが、やがて疲れ果てて寝てしまった。
それを見届けてから仮眠を取るつもりで横になっていたのに気付いたら熟睡だ。
エイカは大丈夫だろうかと、隣のベッドへ目をやる。
まだ寝ていたため、深くため息をつく。
これからどうしたものかを考える。
意識が戻った以上、これまで通りにはいられないだろう。それでも一緒に旅をしてくれるのか。それが問題だ。
以前にも別れのタイミングがいくつかあった。だけど無意識にかかわらず彼女は双弥を選んだのだ。きっとこれからも共にいてくれるだろうと双弥は淡い期待を持っていた。
だが目を覚ましたエイカの言葉は、双弥の予想を遥かに外れていた。
「……お兄さん、誰……?」
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