第32話
船というものはなかなか思い通りに進められるものではない。
現代地球のでもそうであるのに、帆船となれば更に操舵が難しい。
風に左右されるため、舵を取るだけでなく帆の角度や枚数を変えなくてはならない。北へ進むためにまず東へ進まなくてはいけなかったりもする。
だがそのおかげで助かる面もある。それだけ大きく動かねばならないということは、必要以上に他船と間隔を取らねばならないのだ。
上手く死角へ入る位置を見計らい船から飛び降りたとしても気付かれることはないのだ。
双弥はアルピナを抱き抱えエイカを近くに寄せタイミングを見計らっている。
もうじき陸が見えてくる頃だ。それに合わせ他の船から見えないようこっそりと刃喰に乗り陸に降りる。
長時間は無理でも数キロ程度ならば刃喰に乗れる。水面に立った状態から陸があり水平線が見えなければその距離5キロもない。なんとかなるだろう。
実際問題として、刃喰は破気を与え続ければいくらでも動くことができる。だが高速で動く30センチほどの長さしかないものに乗り続けるなんて、かなり精神力が削られる。
破気は肉体が強化され体力が無尽蔵になるため、精神力の消費が異常になってしまう。
本来人間の体は体力が低下することにより集中力が削がれ、精神力の過度な消費を抑えるようになっている。
だが体力が低下しなければ精神力は尽きるまで使い続けることができる。もし精神力が尽きたらその途端に意識が途切れてその場でぶっ倒れ、回復するまで一切起きることができなくなる。
そのため長時間の運用ができない。なまじ体が耐えられてしまうため、自分でコントロールしなくてはいけない。
突然船が大きく旋回する。風を掴むためでもあるが、帝国の船から死角を大きく取るためだ。
「これでどうだぁ!?」
「ばっちりだ! サンキュ!」
船長の言葉に双弥は答え、2人を抱えて一気に落下。海面スレスレで刃喰を使い滑走する。気分は水上スキーだ。
なるべく体を屈め、波に沿って動き帝国の船から見えないようにする。肉眼で人を識別するのは困難な距離であるし、監視は望遠鏡を使っているため視野が狭く船以外のところに目が行かない。
しかし陸に近付くにつれ、今度は陸側から見られることを考慮しなくてはならなくなる。そのため港から大きく離れ、海岸へ向かうことにした。
「なんとかなった……かな」
他人から見えないような位置からアノマリー号が無事港に入ったのを確認した双弥は、これからどうするか考えた。
検問が厳しいため再び船を使うことは難しい。ならば陸路──馬車を使うしかない。
一応戦時中だから港は海軍で占められているとして、もう少し内陸の町を探したほうがいい。そこでティロル公団の支部を探し、ティロリストを炙り出しつつ力を貸してもらう。
まずは街道を見つけ、内陸へ向かう。町に着いたら乗り合い馬車を見つけ東の町へ向かう。また護衛ができるようなら行ってもよい。ティロル公団がこの国でも信用を得ていればの話だが。
プランは決まった。あとは行動するだけだ。双弥は港の方へ歩いて行った。
「さて大きな通りに出たぞ。あとはこのまま進めば……」
『ご主人、人がくるぜ。10以上だ』
双弥は慌てて周りを見る。
通常ならばそこまで慌てる必要はないが、今この国は戦争中だ。
すると今動いているのは商人のキャラバンなどではなく、軍の可能性がある。
帝国の情報が少なすぎるため、双弥はどうしたらいいのかわからない。
よくマンガなどである帝国のイメージだと、軍の人間は偉そうにしており一般人は道の端で膝をついていたりする。
この世界がそうだと言えないが、可能性のひとつとして挙げられるだろう。
もしそうでなくとも、ただ道の端でしゃがんでいるだけだと思われるはずだ。大きな問題になったりはしない。
双弥はエイカを跪かせ、自らもアルピナを抱いたまましゃがみこんだ。
あとはこれで通り過ぎるのを待つだけだ。
「おい、あそこにいるものたち……」
「うずくまっているようですね。何かあったのでしょうか」
「わからないが、病気や怪我だとしたら放っておけまい」
「ですね。私が行ってきます」
双弥の予想は当たり、やってきたのは軍──シルバーナイトの一団だった。
馬に乗りやってきたその数150。もし戦闘になったらただでは済まない。
そして双弥の考えを裏切り、彼らは双弥たちをスルーしなかった。
(やばい! 超やばい状況じゃん!)
焦燥し、どう切り抜けるか必死に考える。
話しかけられて、何でもない大丈夫だと答えると余計に怪しまれるのはありがちな話だ。
ならどうするか。下手にごまかすとボロが出る。勇者の存在が帝国でどう扱われるかもわからないため、明かすのは躊躇われる。
かといってじっくり考えている暇など全くない。1人の騎士がどんどん近づいてきている。無意識でアルビナを抱く手に力が入る。
「痛いきゃ! 苦しいきゃ!」
突然アルピナが暴れだし、双弥を蹴りつけ走り去ってしまった。
更にピンチが訪れた。今のは完全に見られていたため、言い逃れができない。
「あ、あの、どうかされましたか?」
「えーっと、そのー……。さ、さっきの子が道端で倒れていたのでどうかしたのかなと。どうも寝ていただけだったみたいで逃げられてしまいましたが」
ピンチがチャンスに。これまでも散々そういう状況に陥ってきた。ここでも失敗するわけにはいかない。双弥はアルピナを知らないとして話を進めることにした。
「なるほど。しかし先ほどの子は獣人に見えましたが」
「そうなんですか? よく知らないんですけど」
「私もそう詳しいわけでもないですが……まあ気のせいでしょう。こんなところに獣人が出るなんて聞いたこともありませんし」
「ですよね。ははは……」
「では私は急いでいるので」
「はい。わざわざすみません」
双弥が礼をすると、騎士は元に戻り馬へ乗って通り過ぎていった。
「くはあぁぁ、疲れたあぁ」
噴き出した汗を拭いつつ、双弥はしりもちをつくように座り込んだ。そして決して崩すことのない表情のエイカを少し恨めしそうに見る。
だがエイカだって好きで感情を持たないわけではない。双弥は目を覚まさせるように自らの頬を両手で叩き、立ち上がってエイカに手を差し伸ばした。
それに収穫もあった。この国のシルバーナイトは傲慢さがなく、国民を大事にしているようだ。これで今後の行動もやりやすくなる。
「さて、アルピナを探しに行かないと」
双弥はエイカの手を掴み先へ進んだ。
が、アルピナの姿はどこにも見当たらない。一体どこへ行ってしまったのか。
こんな土地勘のない場所ではぐれてしまったら再び会うことは難しい。
でも双弥には別にアルピナがどこにいようと特に問題としない。彼女のことをよく知っているからだ。
「アルピナー、ごはんだよー」
「ごはんきゃ! 早くちょうだいきゃ!」
探すまでもない。もう既にいる。
アルピナは声ならば5キロほどの距離でも聞こえる。大声を出せば地平線の向こうまで届くだろう。
ただし呼んだとしても来てはくれない。ごはんのときは確実に来る。チョロいが面倒でもある。
双弥はアルピナが干し肉を食べ終わったタイミングで持ち上げ、抱えると街道を進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます