第2話
リリパールと数人の騎士の後に続き、双弥は建物の外に出た。
だだっ広い草原の中、少し離れたところにあるいくつかのモンゴル式家屋、ゲルのようなテントへ向かう。
中央にある大きいテントにリリパールが入り、入り口の前に騎士が待機する。そして入るよう双弥を促す。
テントの中には椅子やテーブル、ベッドなど簡素ではあるが一通り揃っており、リリパールは椅子を引き双弥へ座るよう無言で伝えた。
双弥が座ったのを確認してからその対面にリリパールが座る。
ここで双弥は初めてリリパールをじっくりと見た。
腰辺りまである銀髪ポニーテールはとてもやわらかく、ちょっとした動作でもふわっと動く。
顔立ちは幼さを残しているが、整っている。
そしてささやかだが女性であることを主張している胸。
双弥は好みの控えめな少女を前に、ごくりと息を飲む。
だがこれは見合いの席ではない。いつまでも黙っているわけにはいかないのだ。
聞きたいことは山ほどある。しかしどこから訊ねたらいいのか悩んでしまう。
「えっと、まず勇者様」
双弥が話題を考えていると、リリパールがおずおずと話し始めた。
「創造神様から聞いておられると思いますが、この世界は今、魔王によって危機が訪れており──」
「ん? ん? ちょっと待って」
「はい?」
双弥は全く聞き覚えのない言葉を、さも当然のように話しているリリパールを遮った。
「俺は何も知らないんだけど」
「えっ?」
「えっ?」
どういうことかわからず聞き返したリリパールへ更に聞き返す双弥。どうやら多大な齟齬が生じているようだ。
予想外の答えが返ってきたせいか挙動不審になっているリリパールの様子を、双弥は苦笑いしながら暫し眺める。
双弥はこういった小動物的な反応をする女の子が大好きだ。わたわたとしている少女を一頻り堪能し、双弥は口を開いた。
「まず詳しい話の前に、お互いのずれを修正しようか」
「ずれ、ですか?」
「そう、ずれだ。……の前に、俺は天塩双弥。双弥って呼んでくれ」
「私はリリパール・キルミットです。リリパールとお呼びください」
「了解。リリパールは俺を何だと思っている?」
「勇者様、ですよね?」
「何故そう思う?」
「それは今から半年ほど前、創造神様が夢の中でお告げをくださったからです。今日のこの場所、この時間に魔王を倒す勇者を別世界から4人送ってくださると」
今更だが、4人というのにあえて突っ込まない方がいいのだろう。誰が間違いかなんて探すべきではない。もしそれが自分だった場合、目も当てられない事態になるからだ。
双弥はリリパールの話を吟味する。そして自分のわかる範囲で恐らく正しいであろう回答を構築した。
「多分俺たち全員に共通していることだけど、みんな普通に生活をしていて、突然ここに転送させられたんだよ。創造神なんて知らん」
「えっ!? そうなんですか!」
リリパールはとても驚いている。そういった重大な話は既に了承されていて、魔王を倒せるだけの人物が送られてきたと思っていたのだから。
まさか何も知らない一般人を拉致して放り込んでくるとは予想もしていなかったようだ。
そして他の連中もそうだと言える根拠は、先ほどの皆の態度を見ればわかる。理解したうえで来た雰囲気ではなかった。
「あとはそうだなぁ。俺たちは別の世界から来たってのはわかっているんだよな」
「ええ。どんな世界かは存じ上げていませんが」
「聞いたところ全員同じ世界から来たみたいだよ。国は違うけどね」
「国が違う……まさか敵国だったりするのでしょうか?」
リリパールは少し困ったような、それでいて聞いてよいものか迷っているような顔をしながらたずねた。
この世界の敵国というものは、命の奪い合いを当たり前のようにする間柄なのだ。
「いや、俺たちのいた世界では戦争なんて滅多にないし、魔物とかの類もいない。とても平和なものなんだよ」
「魔物がいないですって? だというのに戦争が起こっていないなんて……」
もちろん戦争が全くないなんて有り得ない。アフリカなどでは百年以上戦争が今でも続いていることくらい、知識として双弥でも知っている。
だがほとんどの日本人にとってそれは遠く離れた場所での出来ごとであり、日常生活には全く支障がないため普段は気にもしない。
そして魔物なんて存在は想像上でしかない。いない以上恐れる必要は全くなく、せいぜい熊や猪、蛇などの対策を取る程度だ。
普通の動物とはいえそれらは魔物並に厄介であり、人はそれにより命を落とすこともある。
この世界でも国家間戦争はもちろんあるが、さほど多くはない。その最大の理由に魔物がある。
道理の通じぬ魔物がいるのに、戦争を行い対魔物戦力を割く余裕なんてそうないものだ。
だから魔物がいなくなれば人々は戦争を容易く起こす。古代ローマや旧モンゴルのような野心家国王が多いらしい。
「俺たちはそんな世界から来ているんだよ。だからまともに戦えるなんて思わないほうがいいぞ。魔王なんて以ての外だ」
日本人である双弥と鷲峰はもちろんのこと、イギリス人のジャーヴィスやフランス人のフィリッポもそうだろう。戦争に最も近そうな存在としたらムスタファくらいなものだが、彼からはそんな印象を受けない。
「そっ、それでは困ります!」
「いや、困りますって言われても……」
双弥の方が困ってしまう。
「明日の戦力調査、どうしたらいいでしょうか」
「どうしたらって……戦力調査ってなんだ?」
聞き覚えのない言葉に、思わず聞き返す。
「勇者様の現在の実力を計るための調査です」
双弥は腕を組み、難しそうな顔をした。
喚んでみて使えるかどうか確認したいということはわかった。しかし現代地球人が言われたからといって戦えるものではない。
少なくとも双弥以外は。
「そもそもさ、なんで異世界から呼び出すんだろうな」
「それは『魔王を討つ剣』を召喚できるのが、別世界の勇者様だけだからだそうですよ」
「うん?」
首を傾げる双弥を見て、リリパールは何枚かの紙を取り出し、めくりはじめた。
「私も神託を受けてから調べた程度なので知識は浅いのですが」
リリパールからは、過去降臨した魔王についての研究をまとめた本から内容を抜粋した紙を見ながら説明をした。
魔王が何故恐れられているのか。
ただ強いだけではそこまで脅威ではないだろう。
では何が恐ろしいのか。
魔王にはこの世界の理が通用しないということだ。
魔法だろうが、物理攻撃だろうが、この世界のものである以上全てがそよ風未満の威力しか与えられないという伝承が残っている。
だから異なる世界の理を使うとのこと。
異世界の理はこの世界の人間には作れない。したがって異世界の人間を呼び寄せる必要がある。
そして『魔王を討つ剣』の召喚。
この世界には剣召喚というものがあり、特別な巫女のみが、神の許可を得られたときだけ使える。
巫女は必要なときにいなくては困るため、大抵国から護られた存在──姫がなる。
召喚される剣は巫女ではなく所有すべき人物に依存される。つまり、勇者により別な理を持つ剣が生み出されるのだ。
「話はわかった。だけどなんで俺たちみたいな戦えない人間を召喚したんだろうな」
「文献によりますと、以前の勇者様と同じ場所だそうです」
「以前の勇者ねぇ。どれくらい前だ?」
「確か500年前です。その前が1000年前」
500年周期らしい。
しかしこれで双弥は納得がいった。確かに1000年前と500年前ではこれといった違いはない。
大きな変化といえば鉄砲や大砲の開発だが、戦いの主流はあくまでも剣であり、剣を扱えぬ兵などいなかった。
戦争が大きく様変わりしたのは戦車や戦闘機が作られた100年ほど前からだ。更に言うとその100年の中でも大きく異なる。
古代から中世までの差よりも近代から現代の差のほうが圧倒的に大きい。
「理由はわかったけどさ、選定基準がいまいちわからないんだよなぁ」
そう、何故選ばれたのかだ。
誰でもいいというのならば、実際に戦える人物を選んだほうがいい。
その点で考えれば双弥が選ばれた理由も納得いくのだが、他の4人が戦えるとは思えなかった。
500年前ならば兵農分離も行われておらず、武士だけではなく百姓も戦えただろう。
だが今の時代、一般人が武装しようものならあっという間に警察のお世話になってしまう。戦う術を持っている人間なんて一握りにも満たない。
「申し訳ありません。それは創造神様でなくてはわからないのです」
「うん、まあ……そうだろうなぁ」
研究したからといって何でもわかるわけではないということだ。まさに神のみぞ知る、である。
「他に何かありますでしょうか」
一区切りができたところで、リリパールへの質問タイムがやってきた。
「ああ、ちょっと聞きたい」
「はい」
「どうすれば戻れる?」
異世界に召喚された場合、誰もがまず心配することのひとつ。
これはお約束とかそういったものではない。誘拐や拉致をされて帰れるかどうかを考えない人間など滅多にいない。
双弥も例外ではない。
日本にいた頃は、もし自分が異世界に召喚されたらああしようこうしようと妄想をしていたのだが、その妄想はあくまで現実に有り得ないからこそ安心してできたことだ。
いざ本当に召喚されてしまうとそうはいかない。
「ごめんなさい、わかりません……」
「ど……どうしてだよ!」
「ひぅっ」
思わず叫ぶと、リリパールは竦んで怯えてしまった。
「ご、ごめん。だけどわからないってどういうことだ?」
こういう場合のお約束は、魔王を倒すか決まった期日を迎えるか。あとは必要な魔力を得るなどがあるのだが、それらのうちどれでもないのだろうか。
「えっと、創造神様でないとわからないです……」
勇者を召喚したのは創造神であり、彼女らが術を用いて行ったわけではない。ならば送還も創造神頼りであり、彼女らが知るわけがない。
だがそこには希望もある。魔王を倒すために召喚されたのならば、魔王を倒せば帰れる可能性があるということだ。
お約束といえばお約束だが、確実というわけではない。
「ちなみに過去の勇者はどうだったんだ?」
「文献によりますと、魔王を倒した直後に1人が行方不明。3人はこちらの世界で生涯を過ごしたそうです。子孫もおられるようですよ」
行方不明というのは、帰れた可能性がある。恐らくは倒した瞬間に創造神が現れ、帰るか残るかを選択させてくれるパターンだろうと双弥は推測する。
そしてこれ以上の話はリリパールから引き出せないだろうとわかった。
ならば詮索しても仕方がないため、他の質問をしてみることにした。
「あと剣の召喚術なんだけど、リリパールは使えるのか?」
「一応、その、使えます」
若干不安な返答ではあるが、これでリリパールの身分が大体わかった。
「するとリリパールは姫か、それに準じる存在ってことか」
「はい。私はここ、キルミット公国の公女です」
ここというのだから、今双弥がいる場所がキルミット公国の土地ということだ。
で、リリパールはそこの公女──姫なのだという。
恰好からして、ただの一般人がおしゃれしていた風には見えなく、やはりといったところだ。
だが何かおかしな感じがする。先ほどのやりとりを見る限り、自国の領でもあるのに他の女性たちと比べて立場が弱そうだ。
見た感じ姉妹や従姉妹というわけではなさそうだし、何故なのか。
「さっきいた他の人たちは誰なんだ?」
「えっと、他国の姫君たちです」
だからあの場にいたのかと双弥は納得した。
姫巫女として勇者に剣を与えるためだろうと。
「この大陸には四大王国というものがありまして、あの方たちはそれぞれその国の姫君なんですよ」
「なるほど。キルミット公国はそんなに大きな国ではないってことかな」
「その、はい……」
リリパールは少し困ったような苦笑いをした。
公国というのだから、公爵自治の国ということになる。それは王国に比べれば小さくても仕方がない。
しかし他が大国の姫とはいえ、自国内で肩身の狭い思いをしないといけないのは少し可哀想だ。
「なんでそれぞれの国で勇者を連れて行ったんだ? 一緒にやったほうが色々と効率いいと思うんだけど」
「それは……」
リリパールは何かを伝えようとしたが、言いよどんだ。
「何か言えない理由でもあるの?」
リリパールは答えず、目を泳がせている。
「ご、ごめんなさい!」
暫しの沈黙の後、急にリリパールが頭を下げた。
「突然どうしたの」
「えっ、えっと、その、実は……」
リリパールが言うことによると、どうやらあの姫たちは自国で選出した勇者のうち、どの勇者が最も優れているか、そして一番最初に魔王を倒すのは誰かを競っているらしい。
表向きには、国お抱えの勇者が魔王を倒したとなれば、国民の意識が高まるとしているため、国王としても咎められない。
「なるほどねぇ」
「あの、怒ったりなさらないんですか?」
「なんで?」
「ご自分が賭けの対象のように扱われているのですよ?」
「ああそういうことか。別にリリパールが悪いわけじゃないんだからさ、リリパールに怒っても仕方ないだろ」
「そうなのですが、その……すみません」
リリパールが姫代表というわけではないのに、そこまで恐縮する理由はない。
とすると、彼女もまたそれに一枚かんでいるのではないだろうか、と推測できる。
「ひょっとしてリリパールも参加しているの?」
「……はい。本来は4人と言われていたので、私はただ自国領の出来ごととして付き添っていただけなのですが……申し訳ありません」
半ば強制的に加えられてしまったのだろう。この少女に拒否できるとは思えない。
「んなもん反故にしちまえよ」
「それは……できません」
と言ってリリパールは首のチョーカーを撫でた。
『約束の枷』と呼ばれる魔法のかかった道具で、他の姫にもつけられているという。
登録した約束を守らないと半分ほどに縮んでしまうという危険な代物だ。
その内容は、
「解除する方法は?」
「高等魔術を高魔力により発動させることで解除できます。ですがそのようなことができる魔術師は、大国にしかおりません……」
完全にリリパールをいじめるためだけの魔法だ。あまりにも可哀想な状況なため、双弥は怒りすら覚える。
そしてこの子のために何かしてやりたい、そう思うようになってきた。
幸いにして、双弥にはリリパールのためにできることがある。
「明日戦力調査だっけ?」
「あっ、はい」
「じゃあ楽しみにしてな。俺でよかったと思わせてやるよ」
双弥はリリパールに親指を立てて見せた。
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