聖剣の勇者たち ※俺だけ妖刀

狐付き

第1話

「──はぁ? 何言ってんの?」

「え? だ、だから告白を……」

「……マジで? うっわ、最悪。なんであんたみたいなのに」


 天塩双弥あましおそうやはクラスメイトの女子の机の中に無記名の手紙を忍ばせ、放課後の校舎屋上へ呼び出した。

 黒髪でおさげ、眼鏡という地味の代表みたいな容姿な少女だ。


 人の好みは人それぞれで、双弥はこういうおとなしそうな子が好きだった。

 そういう子は告白されてどういった反応をするだろうか。

 顔を赤らめるとか、少し怯えるとかそういうものだと信じてきた。

 そんな姿もまた可愛らしいはず。そんなことを考えつつの告白。



 だというのに、なにこの反応。


「そもそもあんたなんなのよ」

「あ、天塩双弥だよ! クラスメイトの」

「クラスメイトなのは知ってるわよ。あとキモいのも。そういうのを聞いたわけじゃないんだけど」


 彼女は心底嫌そうな顔で双弥を睨みながら言う。

 

 普段女子から避けられてる気がしてたのは気のせいじゃなかったのだろうか。

 双弥は考える。

 いやまさか。いやいやまさかと。


「ようするにあんた彼女が欲しかったわけでしょ? で、私ならなんとかなるとでも思ったって感じ? 見た目暗そうだし、脅せば言うこと聞かせられるとか? あーあ、最悪。この格好はパパがこの方が背徳感があっていいっておこずかいいっぱいくれるからしてただけなのに──」

「ぱ、パパ? お父さん……?」


 そう聞き返した双弥を見下し、フンと鼻で笑った。

 そのとき気付いてしまった。その言葉の意味を。


 双弥は走った。

 ただひたすらに、この場から逃げ出した。

 清純そうなクラスメイトは援助交際女クソビッチだった。こんな場所にいつまでもいたくない。



 塔屋のドアを開け、中に飛び込む。

 その勢いのまま、階段を駆け下り──



「う、うわあああぁぁぁっ」



 勢い余って俺は階段を飛び越してしまった。

 どんどん床が迫ってくる。



 (あ、これは駄目なやつだ)


 双弥は覚悟を決めた。





「ぐぼぁっ、いってええぇぇっ」



 双弥は背中から勢いよく地面へ叩きつけられた。

 しかし痛いことは痛いが、受け身をとったとはいえ思ったほどのダメージがない。


 一息つき、よろよろと立ち上がる。衝撃のせいでブラックアウトしていたのか、目の前が薄ら暗い。

 少しよろけた際に、足元からみしりという音がした。

 まるで木のような感触がする。学校の階段にある踊り場はコンクリートのはずだ。こんなしなるような音がするわけがない。


 視界がだいぶ戻ってきたところで、双弥は足元に数人転がっているのがわかった。

 彼らにぶつかり、衝撃が和らいだおかげで助かったのだろうかと思ったが、人に当たった感触はなかった。


 それに放課後の屋上へ続く階段の踊場だ。人がいたとしても普段素行が悪い連中だろう。見た限り金髪もいることだし。

 そういったタイプとはなるべく目を合わせたくない双弥は、視線を上げる。



「……どこだここは?」


 見たこともない風景に、思わず呟く。


 体育館や工場のように天井がとても高く、かなり広い室内にいることがわかった。

 窓からは光が差し込み、それなりに明るい。


 そして何やら物騒なものを持っている連中に囲まれている。

 物騒というのは剣とか槍だ。模造品かもしれないが、見た感じ金属だ。あんなもので殴られたら最悪の場合死ぬ。


 鎧を着ていたり軽装だったり様々いるが、まるで騎士を連想させられるような姿だ。

 何がどうなっているか全く理解できないのだが、少なくとも逆らった瞬間に殺されるだろうと推測する。



「うぅぅ……」


 双弥が戦慄を覚えていたところで、転がっていた連中が立ち上がりはじめる。

 それを待ち構えていたかのように、物騒な連中をかきわけて5人のきらびやかなドレスを着た女性が現れた。


「まあ、ようこそいらしてくださいました。勇者様方」


 1人の女声が声をかけてきた。

 背は身長168の双弥と同じくらい。金髪で圧倒的な縦ロール。意地の悪そうな顔をしているが、まるでお姫様のような人だ。


 それより双弥が気になった言葉がある。勇者様。何を言っているのかすぐに理解できない。

 周りに目を向ける。先ほどまで転がっていた4人。彼らのことを言っているのだろうか。


「だが神のお告げだと4人のはず……」

「まあ多いことには構わないですわ。よかったですね、リリパール。あなたの分もありましてよ」

「え? あっ、はい……」


 リリパールと呼ばれた背の低い銀髪ポニーテールの少女は、少し俯き加減で返事をした。

 顔は下げているせいでよく見えないが、気弱そうだが愛らしい顔をしている。


 それよりも今の発言で気になる言葉を双弥は聞き逃さなかった。

 神のお告げとやらはさておき、何かしらに選ばれたであろうものは4人。だがそれらしき人物は双弥を含めて5人だ。この中に1人、お呼びでないものがいる。


 それとこの勇者たちに、双弥は何か違和を感じる。


 金髪と茶髪は根本からその色であるため染めているわけではなく天然だとわかる。顔も彫りが深く色白で、いかにも外国人といった感じだ。

 そして1人の肌は浅黒く、これもまた彫りが深い顔立ちをしている。白いローブのようなガラベーヤを着ている感じからして中東辺りだろう。

 もう1人は見るからに日本人で安心する。しかしイケメンだ。


「いてえな。……てかここどこだよ」


 金髪の青年が言った。日本語が喋れるらしい。

 いや、何かがおかしい。

 

 そう、口の動きと言葉が合っていない。まるで腹話術を見ているかのようだ。


「反応がないのぅ」

「私らの言葉が通じないのか?」

「いえ、異なった世界から来たものは、神の力で言葉を感覚で捉えることができるはずですわ。もしそうでなければ意志理解の術を施せばよいだけですし」


 姫様らしき女性陣が話をしている。

 言葉を感覚で捉えられるとは、どんな言葉を出してもそれをニュアンス的なもので翻訳されて聞こえるわけだ。

 日本人相手だからといって、全て日本語で訳されるわけではない。感覚で理解しやすいものに置き換わる。 


 そして双弥は今、重要なことを言ったことに気が付いた。

 異なった世界。確かにそう言っていた。


 ここが異世界である。突然そんなことを言われても信じられるはずがない。

 だが双弥は階段から落ち、本来ならば踊場で倒れていなくてはおかしい。


 (まさか、な)


 嫌な予感が頭の中を駆け回る。



 双弥は自称文学少年であった。


 授業の合間や昼休み、教室で独り文庫を読むのが好きだった。

 本屋でもらえるカバーがかかっておりタイトルはわからないが、開けばわかる圧倒的な萌え絵満載ライトノベルだ。


 その中で得た知識を照らし合わせると、ここは文字通り異世界。文化どころか理すら異なる世界なのだろう。





「まずは私たちの話を聞いてくださいな。勇者様方」


 縦ロール姫が一歩前に出てそう言った。


「勇者? 一体誰のことを言っているんだい?」


 茶髪の少年が聞き返した。


「あなた方5人のことですわ」


 縦ロール姫の言葉に、双弥たちは互いに顔を合わせる。




「ちょ、ちょっと待っててくれ。俺たちだけで話をさせてくれ」


 双弥は縦ロール姫の言葉を遮り、男性陣5人で輪を作るように促した。


「なあ、この状況どう思う?」

「どうって言われてもどうなってるんだよ」

「ここはどこなんだ? 何故私はこんなところにいる?」


 案の定、皆混乱している。


「信じられないかもしれないが、ここは地球じゃないらしい」


「「「「……マジで?」」」」


 双弥の言葉で、4人が見事にハモった。



「まず俺たちだけで状況を把握しよう。もしここが異世界だとしたら、その前に気持ちを整えておかないと更に混乱しそうだ」

「僕はもう既に混乱しているんだけどね」


「それでもだ。ここが異世界だとして……俺たちは同じ世界の人間……だよな。確認のためにも俺たちだけで話したほうが少しは安心できるだろ?」

「う、うむ、そうだな。とりあえず……どうするか?」

「みんな国が違いそうだし、自己紹介しようか。俺は天塩双弥。17歳で日本人だ」

「僕はジャーヴィス・ヴィーケッチ。18歳のイングランド人だよ」


 茶髪の少年がそう言った。見た目は双弥よりも若そうだが年上で、若干背が高い。

 しかしイングランド……イギリス人。双弥は少し複雑な顔をした。


「じゃあ次はオレ。フィリッポ・ガレだ。20歳のフランス人な」


 背の高い金髪の青年はフランス人だ。

 双弥は一目見てこの男は女好きだと感じた。こうやって話し合いをしている最中もずっと女性を見回しヘラヘラとしている。


「私はムスタファ・ヘサーム。19歳でアラブの民だ」


 浅黒い男性はUAEらしい。ターバンは巻いていないが、恰好からしてわかりやすい。


「最後は俺か。鷲峰迅わしみねじん。17。日本人だ」


 切れ長な目を持つ、和風美形とでも言える少年だ。

 背はジャーヴィスと同じくらい。


 しかしなんという多国籍勇者なことか。言葉が通じるだけマシと考えられるが、文化の違いなどで不安がある。

 といっても双弥より海外勢のほうが不安が強いだろう。日本人は2人いるだけ気が楽だ。


 自己紹介が済んだところで、暫し空白の時間が訪れた。この状況で何をどう話したらいいのか浮かばないからだ。

 その間に一通り脳内で状況を把握している双弥が口を開いた。


「まずこの状況についてだけど、みんなはライトノベルを知っているかな」

「なんだそれは」


 外国勢が訝しげな顔をする。

 ライトノベルは所謂和製英語であり、日本以外では通用しない。

 ヲタク文化のひとつとして翻訳版が流通されているが、一般認知度はゼロに等しい。



「えーっと、鷲峰君でいいかな」

「ああ」

「鷲峰君なら多分わかると思うけど」

「ふむ、一応名前くらいはな」


 と言いつつも目が泳いでいる。恐らく彼はそれなりに読み込んでいるのだろうことが窺える。


「説明が難しいな……。日本にはライトノベルという小説のジャンルがあって、主に少年をターゲットとしたファンタジーとかの非日常を描いたものがあるんだ」

「あーあー、子供の妄想を広げるようなやつね。『ボクはこの世界の住人じゃナインダー。実はパパもママもチガウンダー』みたいな」


 ジャーヴィスはおどけたような小芝居をした。ライトノベル好きの双弥としては、馬鹿にされた気分になり少しムッとするが、イギリス人なら仕方ないと飲み込むことにした。


「ま、まあ概ねそんな感じのやつだよ。それにはこういった異世界に招かれるという話がぼちぼちあるんだ」

「その前にまず異世界ってなんだ」


 ムスタファが胡散臭そうな目で双弥を見る。

 文化の違いなのだろうか、近代創作の世界にはあまり触れていないのだろう。


「正直な話、俺も知らん。まだ説明を受けていないからね。でもその前にワンクッション必要だと思ったからこうやって話をしているんだ」

「確かに少しは気分が落ち着いてきたよ」

「オレとしてはとっとと女の子たちと話をしたいところなんだけどな」


 やれやれと言いたげにフィリッポは肩を軽く上げるが、賛同はしてくれているようだ。

 だが異世界と言っても様々な種類があるだろう。双弥が知っているラノベだけでもその世界模様は全て異なる。

 まず大まかな情報を得る必要がある。双弥は縦ロールの姫らしき少女に顔を向けた。


「あの、少しいいですか?」

「なにかしら」


「この世界に魔法はありますか?」

「ありますわ」


「そ、そうですか。失礼しました」


 双弥は軽く頭を下げ、男の輪に顔を戻した。



「どうやらこの世界には魔法があるらしい」

「魔法? それは悪魔の業か?」


 ムスタファは恐らく敬虔な信者なのだろう。そういったものを嫌悪する可能性がある。


「ここは俺たちのいたところとは違うんだ。だから世界のルール自体が全く異なっている。魔法に関しては神秘的な力だと思ってくれればいいと思う」

「どうも釈然としないが……」


 ムスタファが難しそうな顔をする。双弥はなんとか彼に理解してもらえるよう方向を変えてみた。


「ムスタファはゲームとかやったことない?」


「あるぞ。MMORPGとか好きだな」


 意外な答えが返ってきた。ならば異世界というものがわかるようなものだが、いまいち伝わっていない。


「それにも魔法ってあるだろ。攻撃魔法とかで敵に火の玉をぶつけたり」

「ああ、そういったものか。するとここはゲームの中なのか?」


 それは違うと言いたいところだが、あながち間違いとも言いきれない。異世界という言葉で伝わらないのなら、ゲームのような世界、と曖昧にしておいたほうが理解されやすくていいだろう。

 

 双弥はなんとかムスタファに納得してもらえるような説明をしていると、それを熱心に聞いていたものが1人いた。


「ここは剣と魔法の世界なのか!? とても素晴らしいね! 僕はアーサー王の話が大好きなんだ!」


 ジャーヴィスが目を輝かせながら双弥を見る。

 まだそうとは言い切れないとは思いつつも、周囲にいる物騒な刃物を持った騎士らしき人物を見るからに、恐らく間違いはないだろう。


「オレはそういうのあんま興味ねぇわ。それよりもこの世界の女の子は情熱的なのかね」


 フィリッポはどうでもよさそうに双弥たちの話を聞いている。そして合間合間に姫へ向かってウインクしたりも。


「とにかく、俺たちは勇者として何かしらを成さないといけないらしい」

「拒否権は?」

「俺に聞くな」


 鷲峰の問いを切り払う。だがこれは双弥だって聞きたいくらいのことであり、仕方ないことだ。


「まず話を聞いてからでいいと思うな。面白そうだし」

「オレは女の子さえいりゃあ別にいいぜ」


 ジャーヴィスは乗り気で、フィリッポは女の子にしか興味がない。


「ムスタファは?」

「これが神より与えられた試練であるなら乗り越えねばなるまい」


 聞きようによってはやる気があると受けられるだろう。




「──と、前知識的にはこんな感じでいいと思う。後は各々で頼む」


 双弥の言葉に4人は頷いた。




「話は終わったのかしら?」


 縦ロール姫が少し苛立ったような口調で言ってきた。少し待たせすぎたようだ。


「え、ええ。一応は」


「それでは勇者様。こちらへ」

「おっ、積極的だね。そういう子は大歓迎さ」


 そう言って縦ロール姫はフィリッポの腕をとり、連れて行ってしまった。


「ならば私はこの勇者を」


 赤毛でとても長い髪をした、ドレスを纏っているが粗野な印象を受ける女性はジャーヴィスの前に行き、手を差し出した。


「うぬぬ、では妾はこの勇者を」


 青いツインテールの幼女が鷲峰にしがみつく。


「ふふっ。私はこちらの殿方ね」


 胸が豊かで妖艶な印象を受ける黒髪の女性はムスタファを誘惑するように背中から抱きついた。




 そして双弥は1人残された。


「え、えーっと、その……よろしくお願いします」


 先ほどの、リリパールと呼ばれた名前の少女が双弥の横に立った。


「うん、まあよろしく」


 若干の不安を抱きつつ、双弥は気の弱そうな少女に挨拶をした。

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