第40話

「双弥! 本当に町があったよ!」

「おおーやったな!」


 魔物を倒してから2時間もしないうちに双弥たちは町を発見することができた。魔物の数に比例してか、予想していたように大きな町であった。

 ここで地図が手に入ればいいのだが、戦争中の国で地図を欲すると様々なところから目をつけられる可能性が高い。

 とりあえずのところ現在位置と目的の場所を確認し、あとはコンパスを手に入れればなんとかなる。


 地図を見せてもらえそうな場所といったら恐らく限られるだろう。役場か、屋敷か、大きな商会。そしてティロル公団。


「よし、それじゃあ俺が地図を確認してくるからジャーヴィスはコンパスを買ってきてくれ。あとは社内で待機──」

「ねえお兄さん」


 双弥のプランに異議があるのか、不満そうな顔でエイカは双弥のシャツを摘んだ。


「どうした?」

「あのね、ここで泊まれないかな……」


 散々車の中でかき回されたのが相当つらかったのだろう。愚痴はこぼすが我儘は言わないエイカが懇願している。

 まだ幼い少女に負担をかけすぎたことに少々反省するが、辛いことは伝えている。それでも選んだのは彼女自身だ。後ろめたさはない。


 とはいえ双弥自身もうんざりしているところもあるし、ムスタファの容態も考えれば泊まるのがベストだろう。


「よし、じゃあ今日は泊まろう。2人ともいいよな?」

「当たり前じゃないか。これ以上暗い車内の中でいちゃつかれるのを聞いていられないからね。昨晩は眠れなかったよ」

「い、いちゃついてねーし!」


 昨晩ごそごそと何かが動いていたことを言っているのだろう。だがそれは夜行性のアルピナが動き回っていただけで、双弥は何もしていない。

 全く何もというわけではないが、いかがわしいことはしていない。若干いかがわしい想像をしただけだ。


 少女と肩を並べ寝て、耳元に寝息が聞こえる状況だ。寝ぼけたふりして胸くらい触ってもいいのではないかと何度も思っていた。

 だがそこはさすがヘタレ童貞。びびって何もできないまま、溜まった疲れのせいで眠ってしまったのだ。


「……と、とりあえずだな、ジャーヴィスはムスタファを背負ってやれ。荷物はこのままでいいか?」

「車は明日には消えるから持って行ってよ。というより僕がムスタファで双弥がレディなのは不公平じゃないか」

「そう言うなよ。アルピナは我儘の塊なんだから……」


 抱き方が悪いと蹴られる。撫で方が悪いと噛まれる。そのくせ撫でろと命令してくる。双弥でなければ愛想をつかすのではないか。

 更には最近のアルピナはエイカがお気に入りらしく、双弥よりもエイカの傍にいることが多く、少し寂しい気分になっている。かまえるうちにかまっておきたいのだ。


「我儘でも素敵なレディじゃないか。双弥ばかりずるいぞ」

「ならジャーヴィスだって仲間を見つければいいじゃないか」


「まったく……日本人のくせに手が早いんだよ。やっぱり金なのかな」


 くだらないことをぶつぶつ言うジャーヴィスを尻目に、双弥は荷物をまとめて町へ向かおうとした。

 慌ててジャーヴィスも後を追うが、双弥は町へ入らず待っていた。


 最近わかったことで、なるべく人が多いときに門を通過すれば確認がずさんになってアルピナがいても気付かれないのだ。

 今回はムスタファが病人という扱いなためそちらに注意が行く。その間にうまいことすり抜ける算段だ。



 戦争中といってもここはかなり内陸で、敵対していない国が近いため案外平和であった。そのため予定通りすり抜けに成功し、宿に到着した。


 荷とアルピナをエイカの部屋に預け、宿の主人にティロル公団のことを聞き出した。


「というわけなんでこれからは別行動だ。何をするかわかってるよな?」

「当然さ。双弥が情報を聞きに行っている間、僕は一緒に旅をしてくれる女の子を探すんだね」


 双弥はジャーヴィスの尻を蹴飛ばし、コンパスを探すよう念を押した。

 冗談だと言いたげにへへっと笑うジャーヴィスを見て、鬱陶しそうな顔で返す。

 だがこういうやりとりは嫌いじゃない。むしろ楽しいと思っている双弥は、このままみんなで旅をできないかと思っていた。




「すみませーん」

「はい。どのような要件でしょうか」


 ティロル公団の支部に着いた双弥は早速受付の男に声をかけた。その男はこの辺りで見たことのない双弥を少し怪しみながらも、営業スマイルで対応してきた。


「地図があったら見せて欲しいんですが」

「失礼ですが、あなたは?」


 見ず知らずの男が突然やって来て地図を見せろと言うのだ。かなり怪しんでもおかしくはない。男は表情をあまり変えぬまま警戒色を強めた。

 男から緊迫した空気が流れたのを察した双弥は、荷物から慌てて腕章を取り出し見せる。すると男は警戒を緩め、営業スマイルではない笑顔を見せた。


 公団の人間は皆同志であり仲間だ。近年増えつつあるティロリストも過激なだけで想いは一緒である。


「俺はツヴァイ。オウラ共和国から来ました」

「そうでしたか。それで何故地図を?」


 双弥は現在旅をしており、そして船をこの国で止められてしまったため陸路で移動をしているのだが、目的地までの道がわからないことを告げた。大幅に端折った話であるが、嘘はなく辻褄も合っているため普通に話を聞いてもらえた。

 そして奥へ通してもらい、地図で現在地の確認。そして目的地までの方向などを教えてもらえた。


 これで双弥は役目を終えたことになる。だが問題はジャーヴィスだ。本当にコンパスを買いに行けたのか不安である。

 今後また別れて移動する可能性もあるため、双弥は自分でも持っていたほうがいいと思いコンパスを探しに町へ出ようとした。


 が、そのとき公団員に捕まり建物に入ってくるジャーヴィスと出会った。


「やあ双弥。こんなところで奇遇だね」

「奇遇じゃねぇよ。お前何やってんだよ」

「一緒に行ってくれる女の子を探して声をかけてたんだよ。そしたらこの悪そうな人たちに捕まっちゃったんだ」


 双弥はその場でジャーヴィスをボコボコにし、もう二度とさせないと誓い公団員に平謝りをした。せっかくの信用が台無しである。



「酷いよ双弥。あそこまでする必要あったのかい?」

「あったよ充分な!」


 建物から引きずり出した後、文句を言うジャーヴィスへ苛つくように告げる。

 いわゆる見せしめだ。勧進帳の弁慶のようなものである。別にジャーヴィスが主人というわけでもなければ謝るつもりもないが。

 そもそも破気を用いない双弥の攻撃だ。勇者に通じるほどでもない。


 そしてまだコンパスを購入していなかったジャーヴィスを更に殴る。はじめてのおつかい以下である。


「せめて買い物を終えてからにしてくれよ……」

「それは違うよ双弥。店の品物は逃げないけれど、女の子はどこかへ行ってしまうからね」

「ったく……。お前はフィリッポかよ」


「……オーッ、そうだフィリッポだよ! この間見かけたよ!」

「えっ!? どこでだ?」

「双弥と会う前の日だよ」


 忘れ物を取りに戻り、そこからムスタファと約束をしている町へ向かっている最中に空飛ぶモンサンミッシェルを見かけたというのだ。


「随分と遅いな。何をやってんだか」

「彼のことだから、きっと町とかで女の子に空を飛ばせてあげるよとか言いくるめて空を飛ぶほど気持ちよくさせているんだろうね」


 内容はどうあれ、いい情報であった。

 これで鷲峰以外の大体の位置が把握できたことになる。

 ジャーヴィスは本来もっと進んでいたのだろうが、今は同じ場所にいる。少しゆっくりし過ぎていないか不安だった気持ちが緩む。


「じゃあまあ今日は宿に戻ってゆっくり休もうぜ」

「ほんとだよ。双弥のせいで余計な怪我をしたじゃないか」


 そんなジャーヴィスを小突くと、2人は並んで宿へ戻った。



 今のうちだけの友情とは知らず、楽しげに。

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