第116話
「中国人か。確かにそんな感じだが、断定できるのか?」
「十中八九といったところだ。あの歩き方は武術をやっている人間のものだからな」
武術に携わる双弥は見抜いていた。その男がどれほど強いかまでもを。
双弥が無意識でもできるよう、癖にしようと努めていた動作を、その男はさも当たり前──自然に行っていたのだ。それだけでも双弥よりも上であることがわかる。積んできた功が違うのだ。
「フン、日本人と西洋人。そして砂漠の人間か」
中国人は勇者たちを一瞥すると、そのままハリーたちのもとへ歩いていった。
「なあ双弥」
「どうしたよ迅」
「『アル』ってつけないものなんだな」
「つけねーよ」
語尾のことを言っているのだとすぐにわかったが、実際にアルアル言っている中国人なんてまずお目にかかれない。過去にはいたかもしれないが、少なくとも現在いたとしたら完全におふざけだ。
アニメやマンガではよく使われているが、そのキャラクターが中国人だとするのにわかりやすいテンプレートだからだろう。
「で?」
「でって?」
「能書きはいらん。すぐ本題に入れ」
この男はせっかちらしい。話が早ければいいというものではないだろう。こういった場合はまずお互いを理解し、信用できる人間か見極めたほうがいい。
もちろんそれはお互い探り合い化かし合うという、どちらかといえば互いの信用を損ねる言葉の応酬になるのだが。
「そう焦らなくてもいいだろ。わざわざ世界の裏側から来てくれたんだぜ」
「我々を倒すためだ」
「いやまあそうなんだろうけどさぁ、それでも突然襲い掛からず、まず話し合いをしようって言ってきたんだぜ。聞いてやったっていいだろ?」
ジークフリートの説得により、謎の中国人も仕方なしと話を聞くことになった。
「第一回、勇者魔王サミットオオォォー!」
「うぉい! うぉい! うぉぉぉい!」
ジャーヴィスとジークフリートがノリノリで盛り上げようとするが、当然他のみんなは無視をしている。遊び気分ではないのだ。
現在は魔王城にある会議室的な場所で勇者側と魔王側に分かれ長机を挟んで座っている。合コンスタイルである。ただ男女が勇者魔王になっただけだ。
とりあえずお互いの国と名前を教えあう。こちらも手の内を明かさねば信用など得られない。引き出せた情報として中国人の名前は「王 太人」。死亡確認しそうな名前だ。
代わりに渡した情報は、フィリッポのフランスとムスタファのUAE。少々割りに合わないがやむをえないだろう。
だが本題はここからだ。もし魔王側が勇者側の話を無条件に受け入れた場合、情報の探り合いは無意味になる。共有すればいいことならば隠す必要がなくなるからだ。
もし受け入れられなかった場合は戦闘になる。そうなると今まで得た情報が重要になってくる。渡せば渡すだけ不利になるのだ。
「まず勇者側の用件として──」
「待て待て。まずなんで勇者が5人いるのか話せ。俺たちが聞いたところによると勇者は4人のはずだ」
鷲峰の言葉を遮る。ハリーはまずそれについて納得したいらしい。だが勇者側にも段取りというものがある。
「そのことについては後で話す。まずこちらの話を聞いて欲しい」
きちんと順序だてて説明したほうがわかりやすい。だからといって出し惜しみをするつもりはない。鷲峰は単刀直入に現在の自分たちの立場を伝えることにした。
「我々は現在、創造神に反旗を翻し破壊神側についた」
そう伝えるとハリーとジークフリートは目を見開き口を開けた。王だけは「ほう」といった感じに興味深そうな目を向けている。
「なっ……、何故だ!? 何故そんなことをした!?」
「簡単なことだ。お前たちは創造神と話したことがあるのだろう?」
「あ、ああ……」
このことは以前ハリーから聞いていたし、そのことについてハリーとしても問題ないと思っていることだ。
「だが我々は創造神との接点が全くない」
「なんだと? じゃあなんでお前らは勇者として俺たちのところへ来た? おかしいじゃねぇか」
突然放り出されておいて、何の説明もなく勇者を名乗り剣を持ち魔王討伐へ向かう。確かにありえない話だ。特に現代地球人がそんな風にするわけがない。ゲームなどの知識としてそういったことをするのだろうと察することができたとしても、魔王討伐のため旅をして戦おうなんてまず思わない。
「創造神はこちらの世界の人間に伝えていたらしい。それで俺たちが出現するところにその人たちが待ち構えていた」
「何故そんなことを?」
「創造神に聞いてくれ。俺の予想としては、突然俺たちが勇者だと言いまわるよりも国の権力者に伝えたほうが手っ取り早いからだと思う」
見ず知らずの人間が突然自分は勇者だと言ってもただの可哀想な人でしかない。だが国王などが、この者は我が国の勇者であると言えば、国民としては納得せざるをえない。
旅をして魔王を倒すのだから何かしらの協力が必要になる。手を抜くにしては創造神のやったことも間違いではないようだ。
「なるほど。話としてはよくできている。咄嗟に考えたわけではなさそうだ」
ここらで嘘を言っても仕方がない。相手の信用を得るには、必要のない、或いはよほどの不利にならない内容であれば本当のことを言うべきだ。突かれるような穴はないし、個別に聞かれても齟齬が出ない。
「そして最大の問題として、俺たちは帰れない」
鷲峰の言葉を聞き、ハリーたちはぽかんとした顔になった。
「帰れないってどういうことだ? だったらお前ら何しに来たんだよ」
「それは……」
言いよどんだ鷲峰を制するように双弥が立ち上がる。それを見て鷲峰は席に着く。
「こっから先は俺が説明する」
「おうそうだ日本人。なんで日本人だけ2人いるんだよ。おかしいだろ? 他は全員国が違うってのに」
「それは俺が────
この双弥の告白にはさすがの王も目を見開いた。予想を上回る返答だったらしい。
「あとこの世界に以前も勇者がいたという話は知っているか?」
「そりゃ近隣の国王から聞いたこたぁあるがよ、それよりもお前は一体なんなんだ!?」
答えを急かすハリーを落ち着かせるように双弥は現在の自分たちの状況を伝えていった。
創造神からコンタクトがないというのが前提として、以前の勇者たちの末路。魔王を倒しその場から消えた勇者の遺体を発見したこと。そして破壊神と対話し、魔王を倒し破壊神の功績を世界に伝え、信仰者を増やせば地球に帰らせてもらえると約束したことを。
「…………つーまーり、結局のとこおめぇらが俺らを倒して帰ろうとしてんだろ? 経緯が変わっただけでやるこたぁ一緒じゃねぇか」
「いや、全然違う」
苛立つように話すハリーの言葉を双弥は否定した。だがハリーはだったらなんなんだと言いたげに双弥を睨みつけている。
「何をしたいのか先に言え日本人。貴様らの話はくどすぎて反吐が出る」
王も双弥の言い回しが気に食わないのか若干口調が荒くなっている。
「わかった。単刀直入に言おう。お前ら魔王も全員破壊神側に寝返ってくれ。そうすればみんな地球に帰れる」
「…………は?」
ハリーはなんだこいつという目で双弥を見ている。
信力が多ければ地球へ帰れる人数も増える。これは破壊神から直接話を聞いているため間違ってはいない。そして口が悪くてもなんだかんだで信者に甘い破壊神ならばきっと魔王も地球に帰らせてくれるはずである。
と、突然王が足を振り上げ長机を蹴り上げる。吹き飛んだ机は壁にぶつかり粉々に砕け散った。
唖然としている双弥たちを王は冷たい目で見つつ口を開く。
「どうやら何か勘違いしているようだな」
王が立ち上がりながら言う。それと共にハリーとジークフリートも立ち上がった。
「どういうことだ?」
「破壊神とかいうものが何をどう言おうが、貴様らがどうしたいのかも知ったことではない。貴様らを倒せば国に帰れると創造神が言っていたのだ。ならば貴様らを倒せばいいだけの話だ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 全員で帰れるかもしれないんだぞ!」
「我は言ったぞ。知ったことではない」
「くっ」
魔王たちの殺気に勇者も立ち上がる。交渉決裂。一触即発の空気に変わってしまった。
「どうしても帰りたいというのならば我らと戦え。貴様らが勝ったら従ってやる」
「フン、結局やるしかねぇみたいだな。おい、オレはそこのドイツ人をやらせてもらうぞ」
「待ってよ! 僕だってひいじいさんの仇をとるんだ!」
ジャーヴィスとフィリッポがジークフリートと対峙する。
「ふむ、アメリカには色々と遺恨があるからな。私が相手しよう」
「ならば俺も手を貸そう」
ムスタファと鷲峰がハリーの前に立つ。
「ということだ。我の相手は貴様だ、日本人!」
双弥は今まで感じたことがないほどの戦慄を覚えた。
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