第117話

 走り出すジークフリートをジャーヴィスとフィリッポが追う。戦う場所を変えようというのだ。

 基本的に人数が多いほうが戦闘で楽になる。例えそれが相手のほうが多くとも、3人いれば囲まれても死角ができないだけマシだ。

 だが魔王側はどうやら戦闘において連携が取れていないようだ。シンボリックはそのほとんどが接近ではなく中~長距離攻撃をするものであるため、きちんと連携がとれていなくては同士討ちしてしまう。

 過去には連携の訓練をしたかもしれない。だがそれぞれ我の強い3人が思うように息がそろうことはなく、結局せめてお互いが邪魔にならぬよう離れて戦うことにしたようだ。


「ヘイ、酢キャベツ野郎! 逃げずに自害した総統のほうがまだ男らしいと思わないのかい?」


 人の神経を逆撫でする達人ジャーヴィスがジークフリートを挑発する。だがそんなことお構いなしに突き進んでいく。


「ちっ、あのドイツ野郎、耳が聞こえてねぇんじゃねえか?」


 なんてことだ。もしそうだとしたらジャーヴィスは何もできない。

 ではなく、先ほどまで会話していたのだ。今更聞こえないということはない。


「縛! シャルルドゴールの門!」


 フィリッポの叫びと共に、ジークフリートの前に凱旋門が現れた。壁ギリギリのサイズで出現しているため迂回することができない。それでもジークフリートの足は止まらず、凱旋門を潜り抜けようとする。


「へっ、あっけなかったな!」


 フィリッポの台詞と同時にジークフリートは門の中で首と手が木枠の枷により固定され、12本の鎖で繋がれていた。


 しかしその次の瞬間、鎖は床に落ち木枠はすり抜け、ジークフリートはまるで何ごともなかったかのように走り去ってしまった。


「くっ、あの野郎、ファフニールの血でも浴びてんじゃねぇのか?」

「だったら背中が弱点かもね! あれだけ無防備に晒しているんだから当てるのは簡単だよ!」


 ニーベルングの指環の話である。伝説大好きジャーヴィスはさておき、フィリッポが知っているのは意外なことだ。

 さておき、次の瞬間にはジャーヴィスの30セントメリーアクスがジークフリート目掛けて射出されていた。

 それを直撃したジークフリートはばらばらに砕け、霧散してしまった。


 30セントメリーアクスはラグビーボールのような形状をしたビルで、先端が尖っていないため勇者の体であればダメージを受けても死ぬほどではない。それを見越して打ち込んだのだが、魔王の体には通用しすぎたのだろうか。



「うわぁ……、やりすぎちゃったよ……」

「おめぇよぉ……いや、まてよ……霧散……? ちっ、しまった!」


 フィリッポは追っているつもりで罠にかかっていたことに気付く。

 霧の山頂に現れる巨人、ブロッケンの怪物。実際には霧に映った影であるため、人と見間違えるようなことはないのだが、シンボリックにより造られたそれには人との違いが見られなかった。恐らくドッペルゲンガー的なイメージも合わさっているのだろう。


「全く、何やってるんだよ! 早く気付いてもらわないと困るよ!」

「てめぇはあとで細切れにしてブドウ畑に撒くから黙ってろ!」


 そんなことをしたらせっかくのブドウ酒がジャーヴィ酒になってしまう。彼には全力で逃げ延びてもらいたいところだ。


 今はそんなことを言っている場合ではない。目の前のジークフリートは幻影だった。では本物のジークフリートはどこへ行ってしまったのか。

 ジークフリートはいつ入れ替わったのだろう。ひょっとしたらジャーヴィスたちに追われているときは既に幻影だったのかもしれない。


 ここでお約束通りならば『フフフ……』みたいな声がどこからか聞こえるのだが、そんなことをしたら周囲にいるということがバレてしまう。どうやらジークフリートはアホでも芸人でもないらしい。どこにいるか全くわからぬ2人を疑心暗鬼に陥らせ、完全に混乱させることができている。


「おいお気楽英国人。こういうときは周りに頼らずてめぇでも何か考えろ」

「あー、じゃあここにはいないってことにして戻ろうか」

「ばっ……。いや、それもありだな。戻るとするか」


「ま、待て待て。ここは探すところだろ!」


 踵を返す2人に慌ててジークフリートが姿を現し足を止めさせる。『フフフ……』をするのはアホでも芸人でもなく、その場にいるという情報を与えることにより足止めをさせる効果があるのだ。今戻られて他の勇者と合流でもされたら不利になってしまう。


「なんだこんなところにいたんだ。子供のころにさ、かくれんぼをしてるときわざと帰るふりをすると泣きながら出てくるやついたよね。『おいてかないでよぉー』とか言ってさ」

「そんなんじゃねえから一緒にすんな!」


 彼の役割は他の仲間から離し、合流させぬようにして可能であれば撃破するといったものだ。戻られてしまうと役割も果たせない程度のやつだと見下される。



 と、そのとき外から爆発音が響き渡る。音の具合からかなり離れた場所であることが推測される。


「おっと、あっちも始まったみたいだな。ここはひとつ、おれっちたちも外で戦うってのはどうだ?」

「答えはNOだね。僕はこの場所でも全然構わないよ」

「オレもだ。外に出る理由がねえ」

「いやいやいや、おれっちたちはここに住んでんだぞ!?」


 それこそ知ったことではない。あの場で喧嘩を売っておいてうちの中だから暴れないでくれとはどういうつもりか。それならばあのような乱暴な話の進め方をせずに、まず外へ行ってからにすればよかったのだ。


 更には話す相手が間違いである。あのジャーヴィスだ。こうなったら面白がって余計に破壊活動を楽しむに違いない。その証拠にもう何を出現させようか決まっているようだ。


「──その前に……。突! ガーキンタワー!」


 ジャーヴィスが壁に向かい一撃放つ。砕け散る壁と30セントメリーアクス。魔王城はかなり丈夫にできているらしく、壁を壊すことはできても貫通はできなかった。


「うーん、丈夫だなぁ。こっちは小さいといっても現代建築の粋をつぎ込んでいるのに」

「やあぁぁめえぇぇろおぉぉよおおぉぉ!」


 ジークフリートの悲痛な叫びが響く。もうじきいじめの域に達するであろう。


「おうコラドイツ人。だったら素直に負けを認めろよ。悪いようにしねぇっつってんだろ」

「チクショウ……。だけどそこの英国人はドイツに恨みがあるみてぇだしな。今更降参したとこでやめられるわけねえよな?」

「恨み……?」


 フィリッポは『なにかあったか?』と言いたげな顔をジャーヴィスに向ける。ジャーヴィスは『なんだっけ?』という顔でジークフリートを見る。


「お、おめぇさっき言ってただろ! ひいじいさんの仇って!」

「……ああ、そういえば言ったね! こい! ひいじいさんの仇め!」


 唖然とするジークフリートはジャーヴィスを指さしながらフィリッポの方を口をパクパクさせつつ見る。


「まあ、こいつはこういうやつなんだ。なあジャーヴィス。おまえのひいじいさんってなにやってたんだ?」

「ははっ、僕が知るわけないじゃないか。だけどきっと栄えある英国軍人として勇敢に戦っていたはずさ。できれば海軍か空軍がいいね!」

「妄想で仇にしてんじゃねえよおぉぉぉ!」


 ジャーヴィスのノリは長く付き合っていないと理解できない。彼の話を鵜呑みにしてはいけないのだ。先ほどの台詞だって恐らく、仇討ちってかっこいいんじゃね? 程度のものである。相手からしてみれば本当に迷惑な話だ。


「全くノリが悪いなぁ。そんなだからドイツ人はお固いとか言われるんだよ」

「てめーがやわらかすぎるんだ液体英国人め」


 フィリッポが呆れたように呟く。いや実際に呆れている。


 戦争における裁判はとうの昔に決着がつき、未だに四の五の言う欧州人は大していない。それでも英国人はジョークとしてドイツをナ●スの国だと言ったり、ポ○シェはナ●スの車だから乗りたくないとかも言う。ただしあくまでもジョークなので、愛車がフォル○スワーゲンだったりドイツ製の家電を愛用したりもする。いろんな意味で恐ろしい国なのだ。


「……もういい。仇討ちだっつーから少しは同情したがもうそんなもんいらねーな。おめーらを倒せばおれっちは帰れるんだ! だったらこんな城もういらねーぜ! 削! タクラフバッガー!」


 ぶち切れジークフリートの叫びとともに、まるで地盤沈下したかのような錯覚を受けるほど床が振動した。


「どどどどうしよう!? 地震だよ! この世の終わりだよ!」

「ま、待て、落ち着け! こ、これくらい……っ」


 土地柄滅多に地震がない英国人ジャーヴィス仏蘭西人フィリッポはうろたえる。彼らにとって地面とは揺れるものではないのだ。

 しかしその振動も一瞬のできごとだ。いつまでも揺れているわけではない。振動が徐々に緩くなってくる。


「…………へっ。た、大したことねぇな」

「ね、ねえ。だけど外から変な音が聞こえない?」


 振動は続いている。それと同時に外から明らかにやばそうな重機の音が響いている。

 窓の外へ顔を向けると何かがあるのは確認できるのだが、それが何かはっきりしない。窓の位置が高すぎるのだ。

 ジャーヴィスは飛び上がり窓枠に飛び乗り外を眺める。

 そして飛び降りると一目散に逃げ出した。


 絶対やばいものを見たのだ。そう感じたフィリッポはジャーヴィスを追う。



「おいてめぇ、何を見やがった!」

「あれは……あれは……」


 煮え切らない感じのジャーヴィスに苛立ち、襟首を掴み引き倒そうとする。だがジャーヴィスの逃げは必死だ。フィリッポを引き摺るように走る。


「いいから答えろ! あの野郎が何を出しやがった!」

「あれはバケットホイールエクスカベータだよ!」

「……なんだそりゃ?」


 ドイツ製のバッガーは全長200メートルを越え、高さも100メートルほどもある世界最大の採掘用重機である。重量も1万トンを軽く越えるため出現時に大振動をおこしたのだ。それほど巨大にもかかわらず自走による移動も可能という正真正銘モンスターマシン。

 シンボリックにより出現させられたそれがどれほど強化されているのか考えたくもないほど恐ろしい。


「そ、そんなもんどうするつもりだ!?」

「きっと僕らを魔王城ごと採掘するつもりだよ!」

「ふざけんな! とにかく走れ! なんとか逃げ切るぞ!」

「まったく、ここまですることないのにねっ」

「てめぇが怒らせたんだろうが!!」



 先ほどいた廊下が砕け散る音を聞きつつ、フィリッポとジャーヴィスは来た道をダッシュで引き返していった。

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