第195話

「──で、双弥は泣きながら『ばかやろぉー』って」

「うっせえな!」


 双弥邸の応接間で、ジャーヴィスはその場に居なかった皆へおちゃらけながら顛末を説明した。双弥は顔を真っ赤にさせている。


「しっかしこいつが神ねぇ。ほんと大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まっているじゃないか! 新勇者の帰りたい人たちも元の世界に帰したし、なにも問題ないよ!」


 ジークフリートの不安そうな言葉にジャーヴィスは反論した。彼は創造神の力を用いて異世界の門を創造し、それにより地球へ戻すことに成功するくらいのことはやってのけれたのだ。元々シンボリックを操っていたため、そこらへんは上手くできるようだ。


「大丈夫、ジャーヴィスが変なことをしようとしたらワタシがちゃんと言い聞かせるから。それにしてもこれはとてもいいお茶ね」


 アセットが地球産の紅茶を飲みながら話す。隣には複雑な表情をしているエイカが座っていた。

 今ではかなり限定されるが地球へと行き来できるようになっている。


「あの、そろそろ私は帰らせてもらいたいのですが……」

「どこへ帰るというのですか? ハエらしく肥溜めにですか?」


 マリ姫──ではなく、マリの言葉をリリパールが冷たくあしらう。


「できればこの場から離れたいのですわ! 疎外感しかありませんし!」

「ゴミの分際でなにをほざいているのです? それにあなたがいなければ駄目なのですから」


 マリは情けない顔をリリパールへ向ける。




 創造神との戦いの後、結局あのまま戦争は開始された。地震の際逃げ出した敵兵は多かったが、それでも150万以上が残っており開戦。予定通り空と地中からの攻めに聖貴軍はあっという間に壊滅。その流れのままキルミット──ではなく、リリパール軍は侵攻し返し、ファルイを滅亡させる。

 そしてファルイの跡地にて『真・聖貴教』をキルミット聖教の司祭に創らせた。これは創造神と破壊神双方を祀るといったものだ。いつまでも一緒という願いを込めて。


 ファルイの王族は全て処刑。当時の敗戦国ならよくあることなのだが、ただ元姫であるマリは創造神の巫女となっていたのだ。扱いに困っていたのだが、ひょっとしたらと思い試してみたところ、見事ジャーヴィスと繋がることに成功。試行錯誤した結果、今のようにジャーヴィスそっくりな人形に触れることでその中へジャーヴィスを宿すことができる。

 つまり彼女はジャーヴィスと話すために生かされていると言えよう。


 そしてエイカも破壊神の巫女として、アセットを模した人型のモノへ触れることで彼女を宿し会話することができる。感動的な別れをしたため、互いに少々気恥しい気分である。


 もう少し神力があれば仮の体が手に入るようで、それまではエイカらが触れることにより地上へ留まることができるらしい。



「それでエイカ。ソーヤとはいつ結婚するの?」

「けっ!?」


 突然振られたエイカの挙動は激しく不審になる。


「そ、そんなこと言ったらアセットさんだって」

「ワタシ? ワタシはほら、もう結婚してるようなものだし。ねっ」

「そ、そうだね……マイ、ハニー」


 恥ずかしいのか、照れ混じりで言いづらそうにジャーヴィスが答える。これは暫くいじれそうだと双弥たちは見逃さない。


「双弥様、ほんとうに、ほんとうにエイカさんと結婚してしまわれるのですか?」

「え? いやぁ……」


 リリパールの言葉に双弥は答えを濁す。

 エイカのことは好きだが、目の前で悲しげな顔をしている少女に対し、答えを告げられるようなら双弥ヘタレではない。


「本当にお前はク双弥だな」

「うっせえな! エイカのことは確かに好きだけど、りりっぱさんのことだって大事なんだよ!」


 双弥の言葉に皆渋い顔をした。この野郎ほんと優柔不断だなと。

 エイカもそんな顔をしていたが、ふとリリパールのことを見る。


 彼女は別にリリパールを嫌ってはいない。むしろ大好きだ。そして双弥が自分を選んだとしても、きっと笑顔で祝福してくれることはわかっている。リリパールは自分の気持ちを殺すのが得意なのだ。


 でももし逆の立場だったらどうだろうか。きっと耐えられないし、耐えたくない。そして大好きなリリパールにもう自分の気持ちを殺して欲しくない。

 アセットに言われたのだ。大切な友達の恋路を応援したいと。エイカもそう思っている。だけどリリパールに対するのと同様、自分の心も殺す気はない。



「ねえリリパール様」

「どうしました?」

「リリパール様はさ、もし結婚したらキルミットから離れないといけないってなったとき、どうする?」

「えっ? えーっと……そうですね。それでもきっと結婚はすると思いますよ」

「なんで?」

「キルミットはとても大切です。だけど私がなにかをすべきではないですし、それに多分、私が結婚することでキルミットはより安泰になると思うからです」


 政略結婚なども視野に入っているようだ。エイカは若干焦った。リリパールが自分の気持ちを殺しにかかっていると感じたからだ。

 あまり悠長にしていられない。ならば今が絶好のタイミングだ。


「お兄さん! お願いがあるよ!」

「突然どうした?」


「私と……私とリリパール様と結婚して!」


 ぶふぅぅっ


 周囲の全員が一斉に噴いた。リリパールは口をパクパクさせている。


「ななななんてことを! エイカ!」

「これが一番私とリリパール様が幸せになれることだからだよ! 言ったよね、お兄さんは私を幸せにしたいって!」

「そりゃ言ったけどさ……」

「だったら幸せにしてよ! それと私はリリパール様が幸せじゃないと幸せになれないんだよ! だから、だから!」


 男として最悪なのは、こんなことを少女に言わせたことではない。これに対してちゃんと答えないことだ。双弥はそこまで落ちぶれていない。


「────よし、エイカ。結婚しよう!」


 周囲がざわめく。こいつとうとう言いやがったと。

 そんな外野を無視し、双弥はリリパールの前へ立つ。


「りりっぱ……リリパール姫。申し訳ないけど……」

「はい」

「キルミットから離れて俺と一緒になって欲しい」

「はい!」


 ここで皆から割れんばかりの拍手……は、なかった。全員ぐったりして、もうお前らだけで勝手にやってろといった雰囲気を出していた。いや実際そう思っていただろう。煽ってきたアセットですらどうにでもなれと言いたげな顔をしている。


 だがこれは重婚。キルミットでは嫌われる対象だ。ならばこのままここ、アーキ・ヴァルハラで暮らすのも悪くないだろう。リリパールからも同意を得られたことだし、なにも問題はないと思われる。


「だめきゃ!」


 だがここで異議を唱えるものがいた。言わずとわかるアルピナさんだ。


「アルピナ……」

「双弥はあたしのつがいきゃ! ちゃんと返事したきゃ!」


 そう、この男は「はい」と言ってしまったのだ。本人は気付いていなかったのだが、つまり既に婚約中という身だったのである。


「え、ええっとぉ……」

「……おにいさぁん……」

「……ええいわかった! 3人! 3人と結婚する! 文句あるならとっとと言えやてめぇらぁ!!」


 双弥はキレた。こうなった彼を止められる人はだれもいない。無関係を装って好きなようにしろよとしか言えないのだ。





 ────ここまでが500年前の話。創造神ジャーヴィスと破壊神アセットは懐かしそうに話している。


「ほんとあのころは楽しかったなぁ。でも急にそんな話してどうしたのさ」

「最近さ、信心が浅くなってるなーって思って」

「ソーヤたちが持ち込んだ科学が発展してきたからね。それで?」


「僕は考えたんだよ。また信心を戻すためにはどうしようかって」

「うーん……えっ、まさか」

「魔王と勇者、呼んじゃおうか」


 ジャーヴィスはアセットに叩かれた。

 こちらは上手いこといっているようでなによりだ。



                         終

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