第15話
「……これは一体どういうことなんだ?」
「俺に聞くな」
双弥が通された部屋には確かにリリパールがいた。
しかしそこへべったりとくっつき甘えるイコ姫も何故かいたのだ。
なにせ双弥の記憶の中だとリリパールは他の姫君たちと不仲……というか、虐められている存在だ。
こんな風に懐かれるような間柄ではない。
「双弥様、まずお座りください」
リリパールが感情の全くこもっていない声でそう言った。
「それよりもこの状況を説明し──」
「まずお座りください」
双弥の質問を掻き消すように強い口調でリリパールは言った。
仕方なしに双弥は椅子を引き座ろうとした。
「双弥、正座したほうがいいぞ」
鷲峰に言われなんでだよと言い返しそうになった双弥だが、先ほどからのリリパールの反応を見る限り、相当ご立腹であるとわかった。
あまり刺激させないほうがいいかと渋々正座をした。
「双弥様、私は2つ許せないことがあります」
「2つ?」
思い当たるふしが1つしかない。
それは当然脱走したことだ。他にやったことといえば国境越えだが、これは出た国よりもむしろ入られた方が問題にすることだ。
外出させてもらえなかったのは、恐らく他の姫たちに何かしらを言われそうせざるをえなかったのは感じていた。あからさまに態度が怪しかったからだ。
「1つは逃げ出したこと。もう1つは国の兵を傷付けたことです」
「黙って出て行ったことは確かに悪いと思っているよ。だけど兵に関してはやらなきゃやられてたんだ」
「ならば大人しくやられていてください」
「なっ……」
なかなか理不尽なことを言ってくれる。
確かに怪我をしても治してもらえるだろうが、それでも自分が痛い思いをするのは誰でも嫌なことだ。
「一応勇者だとか言われてるけどさ、体は普通の人間と変わらないんだ。手足の2、3本折られるなんて聞かされて黙ってやられたくないよ。魔法で治せるかもしれないけど痛いものは痛いんだし」
「そんなはずはありません。言い逃れです。嘘です。手配書には丁重に扱うよう記載してありますから、やられるといっても取り押さえられる程度のはずです」
「……まず指名手配している時点で犯罪者と認識されていたと思うんだ」
「え?」
この国では『私文書』『公文書』の他に、公文書の上位に当たる『キルミット国文書』というものがあり、キルミット公爵家の人間だけが発行できる超重要文書である。
キルミット公爵の人間であればどのような用件でも発行でき、瞬時に専門部署で大量製作され最速で国中の機関へ撒かれるため今回利用した。
だがこの特性上、使われるのは基本的に超重罪人の緊急指名手配などばかりなため、内容をよく読まぬ下っ端の兵などは発行されたものが凶悪犯取締りのための手配書であり、双弥を犯罪者であると決め付けてしまったようだ。
「で、ですが双弥様はやりすぎだと思うのです。足を切り刻まれ、未だ復帰できないものもおります」
「うーん、それに関しては事情があって……」
刃喰に全て任せてしまったため、そんな惨事になっているとは思わなかった。だが双弥も急いで逃げねばならない状況だったのだ。
「しかし姉様よ。こやつの武器は切れぬと聞いておるぞ」
「そうでした双弥様。魔獣を従えているというのは本当でしょうか?」
「あ、ああ」
「名は刃喰、で間違いありませんね?」
「ああ」
いつの前にリリパールが姉になったのか聞きたいところだが、今はそんな状況でないため双弥は話の続きを聞くことにする。
刃喰の件に関しては色々言われるであろうことに気付いていた。だが村から追い払ったのも事実であり、それを調べてもらえば問題ないと思っている。
リリパールはイコ姫とこそこそと話す。
内容は、刃喰に討伐依頼がかかっていたこと。
ひょっとしたら双弥が刃喰を使い村を襲っていたのではないかとイコ姫が推測する。
しかし刃喰被害が出たのは双弥が召喚される前のことだ。だとしたら双弥が刃喰を手懐けたことになるだろう。
「それで双弥様は刃喰を兵士に向けたわけですね」
「ああ。こっちにも事情があったとはいえ魔獣を差し向けたのはやりすぎたと思う。それに関しては謝罪させてもらう」
双弥は深々と頭を下げた。
突然素直に謝罪されたことに、リリパールは少し動揺して目が泳ぐ。だがすぐ気を取り直すと双弥に目を向け直した。
「事情というのは?」
「範囲魔法を使われたからだよ。あのままでは彼女が巻き込まれていた」
そう言い、双弥は少女へ顔を向けた。
「そちらの少女はどこから誘拐してきたのですか?」
「誘拐じゃねえよ! イフダンの生き残りだ」
双弥はこと細かく説明をした。
イフダンで人を訪ねに行ったら魔物に襲われた後だったこと。そして少女と出会ったこと。
両親を埋葬したあと少女を届けようとして兵士に遭遇し、巻き込まれそうになったため共に国境を越えたことを。
「そ、そんな! 嘘です! 国の兵士が守るべき国民を巻き込むような魔法を使うだなんて!」
「まあ彼らから隠す位置に彼女を置いたから仕方なかったと思うんだ」
「何故隠したのですか!」
「さっき説明した通り、彼女の両親を埋葬して戻ったところだったんだよ。物取りだったら危険だから隠れててもらったんだ」
「で、でしたら話し合いとか……」
「話し合いをしに行ったところで襲われたんだよ」
もうリリパールは涙目だ。状況を聞けば聞くほど兵が悪い。これ以上彼らをかばうと自らの正義にまで嘘をつくことになってしまう。
「……とりあえず双弥様だけの言い分だけを信用することはできませんので、兵からも聴取します。あとその子は私が責任をもって預からせていただきます」
「ああ、リリパールになら安心して任せられるよ。それじゃ今度こそ本当にお別れだ」
そう言って双弥は立ち上がり、少女の背中をポンと押した。
が、少女は振り返り双弥のシャツをぎゅっと掴む。
「お、おい」
相変わらずの無表情であるが、何故か双弥から離れるのを拒否するように顔を見上げている。
「なあ。生前のきみのご両親を知らないが、俺が弔って手を合わせたんだ。その手前、これ以上きみを危険な目に合わせるのはご両親に申し訳ないんだよ」
「そうですよ。あなたは双弥様みたいな危険人物と一緒にいるべきではありません」
「それ酷いよね」
「だって双弥様は……」
そこまで言って口を止める。
人の心をかき乱すのは悪魔のすることであり、リリパールは自らの心を苦しめている双弥をそれに近しいものであると思っているのだ。
「それで姉様。こやつの扱いはどうするつもりじゃ?」
「そうですね……事情をきちんと説明すればもう逃亡しようとはしないでしょうし、逆にある程度自由にさせた方がいいかもしれませんね」
「決まりじゃな。やい
束縛されると自由を求めたがるものだ。ならばその枷を緩めてやれば逆らわずにいてくれるかもしれない。
「では自由ついでに先立つものも必要でしょう。刃喰を追い払った報奨を出させていただきます。何がよろしいでしょうか?」
「それじゃあこの子に新しい服と、ずっと歩かせてしまったからベッドで寝かせてやって欲しい」
「それだけで宜しいのですね。わかりました。では……」
「ま、待って! 俺にも何かちょうだいください!」
かっこつけた結果がこれだ。双弥はなんとか寝食だけさせてもらえることになった。
「おーい鷲峰ーっ、娼館行こうぜーっ」
「ぶっ!?」
鷲峰は口から盛大に紅茶を噴いた。
リリパールがここに暫く滞在するとのことで、双弥もキルミットには戻らずイコ姫の別邸があるゼロサムの町にいることにした。
双弥が捕まりイコ姫に罵倒された翌日、ベランダで暇そうに空を眺めつつ紅茶を飲むなどという、気障ったらしい鷲峰のところへ邪魔をしに来た。
「野球誘うみたいに言うなこの変態め」
あの国民的アニメで友人のメガネが娼館へ誘いにきたら、PTAの大爆発が見られるだろう。
それはそれで見てみたいものだが、さておき。
「でもさ、せっかくのファンタジー世界だぞ。まずは奴隷か娼館だろ」
「お前の知識は偏っている」
そう。異世界だからといってどこにでも奴隷がいるわけではない。
特に四大王国を筆頭とした大陸連合は奴隷を禁止している。
もちろん大陸連合に加入していない帝国などにはいくらでもいるのだが。
「ようするにあれだ」
「なんだ?」
「俺たちの選択肢は必然的に娼館ということになるわけだ」
「クズが」
「ひどっ」
「そもそもな、その……初めてくらいは好きな人と、海の見える別荘とかで……」
「なに乙女みたいなこと言ってんだよ。てか初めてなのか」
イケメンなのにもったいないなと双弥はニヤニヤしていると、鷲峰が顔を真赤にしながら抗議してきた。
もちろん双弥も未体験ゾーンである。しかし彼は開き直っているのでその点を突っ込まれても大したダメージを受けない。
だがこんなことをしていてもしょうがないので双弥は早々に謝り、本当のことを告げた。
「全く、仕事ならそうと先に言えよ」
「いやー、突然誘われたら鷲峰君がどんな反応するか見たかったからさ」
町を歩きながら愚痴る鷲峰に双弥は悪びれもせず答える。
双弥の仕事とは先日スリッページから受けた荷運びだ。大事そうに箱を持ちながら店などをキョロキョロ見ている。
鷲峰はこの町に何日も滞在しているため、ある程度の道案内はできるがさすがに娼館は知らないらしく、同じく見回しながら探しすこと1時間。やっとのことで目的の場所を見つけることができた。
「おい」
「なんだよ」
「お前が受けた仕事だろ! なんで俺を先に行かせるんだ!」
「そんなの恥ずかしいからに決まってんだろ」
「知ったことではない! 押すな!」
「助けてオ○ワンケノービ。あなただけが頼りなの」
「なんのネタだ! 知らん!」
「おい、やかましいぞ!」
娼館の前で叫んでいると、さすがに店員も営業妨害だとして数人文句を言いに来た。
もちろん商売上やばそうな男たちが。
「どうすんだよ双弥! お前のせいだぞ!」
「なんでも俺のせいにするなよ!」
完全に双弥が悪い。
双弥は依頼で来たこととスリッページの名を出し、なんとか収まってもらうことができ、報酬をもらうため鷲峰と共に中へ通された。
その光景を2人の少女が見ていることにも気付かずに。
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