第170話

「リリパール姫、助けてくれ!」


 青ざめた顔で鷲峰が劇場の控室にやってきたのは、新幹線に乗ってから2時間後のことであった。暫くの間なんの連絡もよこさず、突然なんだというのだろう。

 しかも予定していた勇者召喚を過ぎているため、きっとそこへ向かったのだろうということは察しがついている。


「その前に言うことがあるのではないでしょうか」


 もちろんリリパールは怒っている。当然エイカたちもだ。なにも言わず出ていきよくもまあ顔を出せたものだという目で睨んでいる。


「そんなこと言っている場合じゃない! このままだと双弥が死ぬ!」


 それを聞いた途端、リリパールはもちろんエイカも飛び出して行った。




「……なんでこんなことになったのですか」


 エイカやリリパール、それにアセットとチャーチストは仁王立ちで腕を組んでいる。その前には8人が正座させられていた。完全にSEKKYOUモードである。

 少なくとも先ほど死にかけてる双弥を目にし、大泣きした分は元を取るくらいの勢いで怒りをぶつけるに違いない。


「待ってよ! これには──」

「ジャーヴィスさんは黙っていて下さい」


 言い訳をしようとしたジャーヴィスを一刀両断する。そしてエイカとリリパールは一点を睨みつける。そこにいるのはもちろん双弥だ。


「相手は勇者だ。なにがあるかわからないから連れて行けなかったんだよ」

「私、前に言ったよね。私だって戦えるんだよ。まだ信頼できないの?」

「ああできない」


 双弥からはっきりと言われ、顔を歪めるエイカ。少し泣きそうだ。


「双弥様、それは言い過ぎではないですか? エイカさんはずっとあなたの傍で戦ってきたのですよ」

「わかっているよ。だけどさっきも言った通り、相手は勇者だ。エイカでどうにかできるとは思えない。俺ですらこんな有様だ。エイカだったら殺されていたかもしれないんだぞ」


 なんだかんだ言ったところでエイカは技術も経験も双弥よりもずっと劣っている。突然死角から攻撃され、それを内気功で跳ね返す芸当なんてできるはずもない。

 そもそも慎重派の双弥と異なりエイカは自信過剰な面がある。自分は強いのだという気持ちが油断に繋がる。双弥がエイカに色々と任せられない理由がそこにある。


「だけどやってみなかったらわからないよ!」

「やってみて駄目でしたは通用しないんだよ、これは」


 命に係わることは試しがきかない。失敗して終わってしまったらそれまでだからだ。

 特に今回、創造神は本気で前勇者たちを殺しにきている。最も厄介なのは人質を取られることだし、戦力として勘定できない、つまり自分の身も守れないような人物を連れて行くわけにはいかない。


「でも……」

「でもじゃない。大切なものは守らないといけないんだ。そして俺がこの世界で一番大切にしているのは自分のことじゃない。お前だ、エイカ」

「ええっ!?」


 衝撃的な言葉に、エイカよりもリリパールが驚く。まさかのナンバーワン降格。いや、そもそも1位であったかどうか不明だが。

 2位じゃ駄目なんです。


「そ、双弥様……。その、私は……?」

「りりっぱさんは俺が大切にしなくてもみんなが大切にしてくれるだろ?」

「そういう問題ではないと思います!」

「んー?」


 双弥は首を傾げた。

 エイカは両親を失い、天涯孤独の身である。しかもまだ少女なのだから、誰かが守ってやらねばならない。対してリリパールはキルミット公国の国民的アイドルだ。両親や兄姉からも大切にされている。双弥がどちらに手を差し伸べるかなんて長く付き合えばすぐわかりそうなものだ。


 双弥の意図がわかったエイカは複雑な顔をする。一番大切と聞いた瞬間はヤッターとか思っていたのだが、その理由はひとりだから。これはやるせない。


 それに今ではセリエミニというアイドルユニットのメンバーで、エイカのファンは山ほどいる。ひとり寂しく生きるどころか、たまにはひとりにして欲しいと願う側になっているのだ。つまり双弥に出る幕はない。



「双弥様はその、恋愛的な感じで女性を見ないのですか? お付き合いをしたいとか……」

「したいとは思うけどさ、相手がいないとなぁ」

「はっ?」


 エイカたちはなにいってんだこいつといった顔をした。あれほどまでにアピールしてきた自分たちの行動がなかったことにされているのだ。

 双弥の言い分としては、彼女らが告白的なことをしてきているのはいつも精神的に不安定なときであり、吊り橋効果的な状態になっていたとしている。つまり正常な判断とは言えないわけだ。一度狂ったリリパールから告白され、冷静になったところでなかったことにされている経験があることだし。

 彼は相変わらず恋愛チキン……いや、チキンより臆病な恋愛スパロウなのだ。石橋は叩きも渡りも近寄ろうともしない。そのくせ小動物らしく好奇心だけは持っている。陰からこそこそ覗きながら羨み妬むだけのくっそ哀れな存在である。


「そんなことよりさ」

「そんなことってどういうこと!」


 エイカは自分の気持ちが大したものではないと思われ憤慨した。どれだけ双弥のことを想っているのか、頭の中を見せてやりたいくらいなのだ。


「……エイカたちが怒るのは、俺たちがなにも言わずに置いて行ったことに関してだろ?」

「えっ? あっ、そっち……」


「エイカたちのそれはさ、結局自分の気持ち的なものだろ? だったら申し訳ないが、後回しにしてもらえると助かる。俺たちは今現状、どうにかしないといけない問題を抱えているんだ」

「う、うん……」


 エイカたちがどんな感情をぶつけようと、現状は変わらない。むしろ余計な時間を使ったことで悪くなる可能性がある。今まで双弥と一緒にいたのだ。彼が重要だと思ったことに従うのが最善であることくらいはわかっている。

 だからもちろんこれが双弥流の逃げだということは未だにバレていない。チョロい。



「じゃあ改めて状況を確認したい。ジーク、王、なにがあったんだ?」


 王は苦々しく顔をそむける。言いづらそうだ。代わってジークフリートが話し出す。


「双弥に攻撃したじいさん。どうやら王の武術の先生らしいんだ」

「げっ」


 これで双弥は納得がいった。王の師匠ならば双弥程度の内気功ではどうにもできない。勇者としての力も合わされば破気も余裕でぶち破るだろう。よく生きていたものだと今更背筋が冷たくなる。


「そしてここまで連れてくるのにジャーヴィスが必死に回復魔法を使い続けていたんだ」

「えええっ!?」


 双弥は更に驚きジャーヴィスを見る。まさかあの彼がそんなことをするとは思えなかったからだ。


「僕も伊達に回復魔法を習っていたわけじゃないからね。苦労して覚えたのに使う機会がなかったらどうしようかと思ってたんだ。」

「こいつ泣きながら回復させてんだぜ。『双弥、死なないでー』って言いながら」

「そんなことあるか! 僕は誇り高き英国紳士だぞ! 家族以外の死で泣くものか! ゴールドに釣られた意地汚い移住民の言うことは信用できないよ!」


 ジャーヴィスは憤慨している。だが泣いていたのも双弥を必死に治そうとしていたのも事実であり、英国紳士だろうと覆すことはできない。


「まあそれはそれとしてだな」

「これも置いていくのかい!? 僕は頑張ったんだよ!」


 ジャーヴィスにかまっていたら話が進まない。早々に打ち切り話を元に戻そうとする。

 だけどこれは難問だ。現時点で最も戦力になるであろう王よりも強い存在があちらにいるのだ。全く勝ち目が見えてこない。それどころか王の師匠ひとりでこちらが全滅させられる可能性まである。


「んでさ、俺に攻撃してきたの、王の師父なんだろ? 話してみればわかるんじゃないか?」

「……そもそも我が師は戦闘狂いで、人の話をまともに聞くような人物ではない」


 なんでそんな人を師に選んだのか。いやそういう人物から教わったからこそ王の強さがあるのかもしれない。王も双弥と大して年齢が違わないのにこれだけの力を有しているのだ。才能だけではなく、それなりの理由がある。


「つまりおれっちたち全員がかかっても勝てないかもしれない奴がひとりと、更にその仲間たち10人以上と戦わないといけないわけか」

「くそっ、勝てるわけねぇじゃねえかよ! 質も量もどうしようもねえ!」

「そんな! たったひとりの社会脱落者に負けるなんて嫌だよ!」


 今どき戦闘狂の武術家なんて確かに社会脱落者だが、この場では脅威以外のなにものでもない。

 ならば遠距離攻撃によって蹂躙するか。それはかなり厳しい。なにせあちらのほうが人数は多いため、相殺し続けられ、こちらの魔力が尽きたところで反撃されたらどうしようもないからだ。


 依然相手の国全てがわからぬままだし、どのようなシンボリックを出してくるかも不明だ。経験と能力はこちらのほうが上だとしても、数ではあちらが上。そしてあちらに対しての知識はほとんどない。昔から敵を知り己を知れば百戦危うからずというように、勝率を上げるためには、どちらかしか知らないというのは問題である。


「なんとかして敵の情報を得る。それからじゃないととても勝てそうにないな」


 しかし手段が浮かばない。下手にちょっかいをかけるとこちらがやられる。王の師匠がいるくらいなのだから、他にも双弥たちを上回る存在がいてもおかしくはない。

 考えれば考えるだけロクなことが浮かばない。このままうなだれてやられるのを待つしかないのだろうか。



「なにを沈んでいるのですか、私の勇者よ」

「エイ……えっ、破壊神?」


 突然割り込んできた破壊神に双弥たちは慌てる。こいついつもタイミング悪いなと誰も突っ込まないやさしさを出せるだけの余裕はないが、いちいちそれを言うだけの余裕もない。


「神よ、今日はどのような理由で参られた?」

「今日は切羽詰まっているであろうあなた方に有益なものを持ってきたのですわ」

「有益?」


 信心深いムスタファが頭を下げ問うと、破壊神はにやりと笑みを浮かべる。

 切羽詰まることを知っていたなら、もっと早く来て欲しいものだ。ぎりぎりのところで助けられてステキ! 抱いて! みたいな展開をここの勇者たちに求めてはいけない。


「あなた方はシンボリックをどう思いますか?」

「ふむ……イメージと形状を結びつけ、この世界に物質として再現させる術……であろうか?」

「大体そんな感じですわ。あらら、意外に賢いのですわね」


 破壊神の言葉にムスタファは顔をしかめた。破壊神は基本的に双弥以外を見下している。所詮ハゲが適当に選んだような男たちなのだから。

 逆に双弥のことは大好きな様子。そのうち結婚するのではないかと思われる。


「しかもシンボリックは創造神の支配下にある。そんな感じがした」

「ええ、創造の力なのでそれは正しいですわね」


 勝手がいいからといってシンボリックに頼っている鷲峰たちにとってはかなり厳しい。敵の力を使わねばならないのだから。



「なので、私からは破壊の魔法、『荒ぶる国魔法タービュラント・シンボリック』を教えますわ」

「おおっ」


 勇者たちが声を出す。破壊神の魔法であれば、戦闘中に創造神が介入してきても対処できる。


「具体的にどのようなものなのだ?」

「破壊の魔法です。この魔法によりシンボリックは崩壊していきますわ」


 皆よくわかっていないといった様子だが、簡単に言えばシンボリックを破壊することができる魔法ということなのだろう。使用はかなり限定的だが、対勇者であればかなり強力である。


「そ、それって俺にも使えるのかな」

「あら私の勇者は魔法が使えないという認識なのですが」

「うぐっ」


 双弥は以前、謎のキラキラを吐いて以来魔法を使おうとすら思わなくなっている。そもそも戦闘特化な双弥としては、魔法なんかよりも破気を取り込んで突っ込んだほうが楽に戦えるのだ。


「でもシンボリック相手ならシンボリックをぶつければ大抵破壊できるではないか。それならば今と対して変わらぬのでは?」

「少しは考えてるみたいねこのインド人。でも安心するといいわ。タービュラント・シンボリックはなんと、シンボリックの10分の1以下の魔力で──」

「インドではない! 訂正を求む!」


 ムスタファは神相手であるのに大層憤慨する。自国に誇りを持つ彼にとって国を間違えられるのは屈辱なのだ。

 それはさておき、タービュラント・シンボリック。シンボリックを破壊するためだけの魔法。それだけの魔法なのかと疑問を持たれるだろうが、こと勇者相手ではこれ以上のものはない。そして創造よりも破壊のほうが圧倒的に楽であることは確かだ。100年以上かけて建てられているサグラダ・ファミリアでさえ破壊するのに半年もいらないだろう。道具さえあれば1日でも可能だ。


「僕もスコットランド人と間違えられたら怒るからしかたないよ。これは破壊神が悪いね。それより僕らは更にパワーアップ。双弥は現状維持で幼虫よりも悲惨な生き方しかできないわけだね」


 ジャーヴィスは雑に破壊神を批判する。信仰なんてなかった。

 あと幼虫が全て脱皮することによって強くなるわけではない。ウスバカゲロウなんてアリジゴクの成虫とは思えないほど戦闘力ゼロなのだから。


「それと俺には地球の神の力、時代魔法ジェネレーションがある。どのような効果かわからぬが、これがあればきっと──」

「ファッ!? バカ言わないでくれないかしら! ジェネレーションあんなものをこの世界で使われてたまるかってんですわ!」


 破壊神は大変激怒されておられる。鷲峰が詳しい話を聞いてみたところ、難色を見せた。


 ジェネレーションとは、その名の通り時代を変更する魔法である。石器時代を指定して発動させれば、その国の通貨は石や貝殻になり、建物は竪穴になり、武器は石斧や黒曜石になる。

 戦争中の敵国にやれば、一瞬で滅ぶだけの弱体化を相手に与えることができるのだ。逆に現代化させてしまえば……国民は突然のハイテク機器が理解できず、混沌とした状態になるであろう。


 だがもし使えるようになってしまったら……投石器カタパルトが核弾頭になったとしたら……。


 この世界には国連などはない。あるのはせいぜい強国の連合と弱小国連合くらいなもので、それも不確かなものでしかない。常に互いを食い尽くそうとギラギラしている。

 つまり気に食わない相手へ核を打ち込むのに躊躇いはない。放射能汚染? 放射能とはなんだ? 毒ではないなら使ってしまえ。この世界の知識からではこの程度だろう。


 少し前の地球でも戦争は正しいもので、罪や悪ではなかった。当時の世界は力こそ正義であり、つまり権力者こそ正義だった。戦争でも『勝てば官軍負ければ賊軍』と言われるように、強いことこそが正しかった。

 だからこの世界の権力者が核という強大な力を得たら、それを使うことをも正しかったと主張するはずだ。逆らうものは殺してしまえばいい。


 未熟な知識で現代的なものを手に入れたらこうなる可能性はある。後に残るのは崩壊しかかった世界。ジェネレーションとはそういうことができる魔法なのだ。

 そんなものを鷲峰に与えた伊弉諾尊イザナミは一体なにを考えているのだろうか。


「……なあ破壊神。お前、ひょっとしたら嫌われてる?」

「は、はあ!? 私が!? 誰に!? ふざけたこと言わないでおくんなまし! これでも私、愛されヒーラーとしてブログランキング上位を維持しているのですわ!」

「おめーはいい加減神として自覚しろよ! ブログまでやりやがって!」

「は? ミキシーやトゥイッター、ヘッドブックやリネもやっておりますわ」

「ミキシーってまだあったのか。てかリネってなんだ?」

「プッ。私の勇者は遅れてますのね」

「どれだけ俺がこっちにいると思ってんだごるぁ!」


 小馬鹿にするような笑いをする破壊神エイカに双弥は半ギレをかます。双弥の地球の知識は数年前から止まっているため遅れているのは当たり前だ。


「冗談ですわ。そんな怒らな……む?」


 突然破壊神が顔をしかめ顔をそむける。そして双弥たちの数を数えだした。


「あなたがたは8人で……いえ、そういえば全員創造神ハゲの力はもうないのでしたわね」

「なんの話だ?」


 怪訝な顔をする双弥たちに破壊神は気まずそうな表情で返す。そして最悪な解答を出した。



創造神ハゲの力……勇者たちがこちらへ向かっている気配がしますわ」


 この場にいた皆が戦慄する。

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