第45話

「それではまず、我々が何故破壊神信仰をしているかをお話しいたしましょう」

「ちょっと待て。ここは破壊神あくまを祀っているっているのか!? 聞いていないぞ!」


 主教の言葉にムスタファが立ち上がり食らい付く。今まで勇者の末裔だから創造神を信仰しているものだと思っていたのに加え、彼にとって破壊神とは悪魔などと同義であり忌むべき対象であるのだから、その怒りは相当だろう。


「落ち着けムスタファ。まずは話を聞こう」

「双弥は知っていてここにいるのか? 貴様、私を騙したのか!」


 今度は双弥に掴みかかりそうな勢いで怒鳴り散らした。


「確かに知ってはいたが、騙してなんかいない。それよりも今は何故そうなったのかを聞くべきだ」

「聞く理由がどこにある! こいつらは敵だぞ!」


「俺は前に言ったよな。ここは世界が違うんだ。だから神も違う。ここの破壊神はムスタファの知っているようなものじゃないんだ」

「……くっ」


 納得はいかないが理解はしたようで、ムスタファは顔をしかめつつも席に着いた。

 主教は持ってきた書物を開き、軽く読んでから双弥たちを見た。


「それでは……」

「ちょっと待って!」


 主教の言葉を遮り突然ジャーヴィスが叫んだ。また話の腰を折られたため双弥はジャーヴィスを横目で睨んだ。


「全く、今度はなんだよ」

「その本に書いてある文字は英語じゃないか?」

「え?」


 ジャーヴィスの言葉に双弥は慌てるように書物を見た。確かにアルファベットであり、文章もかろうじて読める。

 他の書にも目を向ける。それには漢字らしきものがあった。


「ちょ、ちょっとこれ読ませてもらってもいいですか?」

「あ、ええ……」


 双弥は漢字で書かれた書を開いてみた。


 ……が、読むことができない。


 文字自体はバランスよく美しいのだが、いかんせん達筆なうえ500年前の漢字を用いた文章だ。専門家でもない限りそうそう読めるものではない。

 そして前回魔王を倒した勇者は中東だったらしく、ムスタファが読めるものがない。


「ハハハ、英語というのは大昔にはもう完成されていた文章だからね。今でも充分に読めるのさ」


 単にイギリス英語は時代に取り残されているだけともいえる。日本で言うと麻呂言葉を未だに使っているようなものだ。


「んでジャーヴィスは何かわかったのか?」

「双弥は面白いね。読めるのとわかるのはまた別の話なんだよ」


 ようするに何もわからないらしい。


 そこで主教は軽く咳払いをすると、双弥はやばいと思い皆を慌てて見回し、黙って話を聞く姿勢になっているのを確認してから主教へと顔を向けた。


「すみません。話を続けて下さい」

「わかりました。では」


 主教は話を続けた。



 この世界に残された勇者たちは、その先がなかった。

 創造神は呼び出すだけで、アフターケアなどを一切行わなかったのだ。


 魔王を倒した勇者は魔王と共に消えてしまった。他の勇者たちはそれを国へ帰り正直に伝えたため冷たくされた。

 どうやら前回も各国が勇者たちを競わせていたらしい。負けた勇者など価値がないのだ。


 もちろん勇者の力があれば戦争などに利用もできる。だが彼らは国が元の世界へ戻してくれないとわかった途端、全ての政治的関わりを拒否した。

 話が違うと。


 国は魔王を倒せば帰してくれると約束していたのだ。

 それに対し国側は、魔王を倒したのが別の勇者であることを理由に応じず、それどころか勇者は国へ尽くすべきだと勝手なことを言い出す始末。


 残された3人の勇者は集まり、国をひとつ半壊させ王を脅迫し、白状させた。

 彼らは元の世界へ戻す術を知らない。そして創造神から聞くこともできない。勇者たちはただ呼び寄せられて捨てられたのだ。消えた勇者も帰れたのか不明である。


 あまりのことに勇者たちは絶望し、己の力で帰る方法を模索した。

 そうしている間に破壊神が創造神と敵対していることを知り、古代の神殿を発見し対話することに成功。そこで真実を知らされたのだ。



 あとは創造神が信者と信仰心を集めるために魔王を創り出し、勇者らに倒させていること。その野望を阻止するためと、力を借りるために破壊神信仰を始めたことなどをジャーヴィスたちに説明した。


 全て話し終わったころには、双弥以外の皆は顔を青くし俯いていた。



「……なあ双弥。僕の予想が正しければ、魔王を倒した人しか帰れないってことかな」

「話の内容からするとそうなんだろうな……」


「嫌だ……、嫌だよそんなの! なあ双弥、お願いだよ! 僕に倒させてくれよ! どうしても帰りたいんだ! 頼むよ!」


 ジャーヴィスは双弥の肩に掴みかかり、悲痛な顔で懇願する。

 それに対し双弥は何も返すことができなかった。


「やめろジャーヴィス。帰らねばならぬのは私も同じだ。こればかりは譲るわけにはいかない」

「俺もだ。悪いがやり残したことがたくさんある」


 3人がいがみあっている間、双弥は混乱していた。

 魔王を倒した瞬間に消えた勇者。これはただどこかへ飛ばされた可能性もある。

 だが帰れる可能性があるとしたらそれしかない。つまり帰りたければ倒して確認するしかないのだ。


 そして双弥は、倒したからといって帰れるわけではない。彼らとは違う勇者だからだ。

 そうなると双弥が倒すということは、誰も帰れなくなるのではないだろうか。それは元の世界での全員の将来を潰してしまうことになる。


 ジャーヴィス、鷲峰、ムスタファ。この世界へ来てから仲良くなったものたちだが、できれば自分を含め皆無事に帰れればいいと思っている。

 フィリッポを考えていないのは別に恨みのせいではなく、ほとんど関わりがないため仲間意識が持てないのだ。


 最悪でも誰か1人を帰せればと、双弥が辞退するわけにもいかない。

 前々から帰れるのは倒したものだけなのではないかと思っていたが、いざ事実としてそうであることを告げられると考えが鈍る。


 500年に1度という長いスパンとはいえ、このような悲劇をまた繰り返されるのではと思うと、止めなくてはいけないと考えてしまう。

 そのためには双弥が倒さねばならないのだ。そして自らが破壊神により遣わされたことと、魔王は創造神による自演であることを世間に伝えなくてはならない。


 主教が双弥1人だけのときに話さなかったのはこのせいだ。話してしまえば今のように葛藤し、いつも通りでいられなくなる。

 それを他の勇者に悟られ、話されては面倒なことになる。具体的には殺し合いなどだ。

 破壊神信仰とはいえ、寺院で殺人なんてあってはならないことだ。だから今もいざというときのため、隣の部屋にはいつでも取り押さえられるよう屈強な信者が多数控えている。



「くっ……」

「おい、どこへ行くジャーヴィス」


 突然ジャーヴィスが立ち上がり、部屋を出ようとする。それを双弥が掴み止めた。


「魔王を倒しにだよ! 早く行かないと!」

「聖剣もなしにどうしようってんだ」

「か、返せよ! 早く返してくれよ双弥!」


 全員の聖剣は双弥が預かり遠くへ隠した。だから双弥以外の誰も聖剣のありかを知らない。

 自分で隠せばいいものだが、距離が曖昧なため足りない可能性があれば、逆に距離をとりすぎて戻る途中で倒れるかもしれない。誰かに頼まなくてはできなかったのだ。


「後でちゃんと返す。だけどまだ話は終わってないだろ。せめて仕切り直しのスタートはまたみんな同時にやりたいんだ」

「そんなこと言って自分だけ先に行くつもりじゃないのか!? みんなが聖剣を探している間、自分だけ進むんだ!」

「なんだと!? そんなことが許されると思っているのか!」


 鷲峰までジャーヴィスに乗ってきている。双弥は少し呆れ、深くため息をついた。


「俺の刀も同じところに置いてきてるんだよ。ここでの話が終わって出る準備をしたらそこまでみんなで行く。それでいいだろ」

「あ……う、ああ」


 2人とも納得してくれたのを確認してから双弥はムスタファを見た。


「これまでの話でわかっただろ。ここの破壊神はムスタファの考えているものとは違うんだ」

「うむ……。話を聞く限り、創造神のほうがまるで悪魔のようではあるな……」


 ようやくムスタファの考えを改めることができた。

 過去の勇者が残した伝承として末裔が語っているのだ。事実を受け止められぬほどムスタファは愚かではない。


 それでようやく双弥は皆に伝えることができる。


 今まで黙っていたことをこの機会に。

 以前ならば色々問題になっていただろうが、丁度話せるタイミングができたのだ。


 別に黙っていて心苦しかったということはない。だが自分の全てを曝け出し、理解してもらえたほうがもっとわかりあえると思ったのだ。


 大きく息を吸い、吐き、言葉を発するのに充分な空気を肺に取り込んでからこう言った。



「実は俺、破壊神に召喚された勇者なんだ」

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