第42話

 その日の昼に双弥たちはもう町を出ていた。

 収穫はあった。そして長居できる状況ではなかった。

 これからは少し長旅になるため早く出たかったというのもあるが、ほとんど逃げるように行かざるを得なかったのだ。




「割りかし早く着いたな」

「そりゃそうだよ。車なんだから見えている場所ならすぐさ」


 朝、双弥たちは早速町へ行った。今回は双弥とジャーヴィスだけだ。

 本当ならば双弥だけでいくつもりだったのだが、ジャーヴィスが我侭を言ったため遊ばせておくことにした。いたとしても役立たずなのは目に見えている。

 時間を指定して後で落ち合うというのもできない。日本人と違って欧州の人間は時間にルーズだ。ならばバルーンでもくくりつけて見つけたほうがマシである。

 きっとまたどこかでトラブルを起こすに違いないからそこへ行けばいい。


 双弥は情報を集めるため、町を歩き回った。相手が破壊神信仰であるため、まともなところで情報を仕入れるわけにはいかない。ましてやティロル公団で聞くなどもってのほかだ。

 今後もこの国で活動するならば、危険人物としてマークされては支障が出るし、公団を敵に回すのは不都合でしかない。


 ならばこういうときは酒場へ行くのがいいと、情報が集まっていそうな店を探した。

 双弥は見た目で情報をくれそうな店の店主がわかる。それはピンクの髪をしたマダム風の人だ。

 当然そんなものいるはずなく、暫し途方にくれたところで仕方なしといった感じにスキンヘッドがバーテンダーの店を選んだ。


「いらっしゃ……おい、ここはガキのくるようなとこじゃねぇぞ」


 お決まりの台詞だ。この店はアタリだと心の中でガッツポーズを取る。

 周囲の客も品のない笑いを浮かべている。ベストである。


「情報が欲しい」

「ふん。ガキの小遣いでどうにかなるもんじゃ……」


 双弥は金貨を取り出し1枚置いた。スキンヘッドは無言で受け取り顔を近付けた。


「何が知りたい?」

「セィルインメイについて」


 スキンヘッドの眉がぴくりと動く。


「てめぇ、この国のモンじゃねぇな」

「まあな。で、本拠地を知りたい」


「……町を東に行けば街道に出る。街道を北へ向かえ。5つ目のダウという町にある」


 それだけ言い、スキンヘッドはカウンターの隅へ行ってしまった。

 あまり関わるのも店に迷惑がかかると思い、双弥は足早に店を出る。



「待ちな」


 店を出たところで先ほどいた客たちに呼び止められた。双弥は少し嬉しそうにしている。

 ファンタジーもののお約束。情報屋から出たところで関係者にからまれる。そしてそいつらをボコると詳しい情報が手に入るのだ。


「なんだ?」

「ガキのくせに羽振りがいいじゃねぇか。ちょっとよこしな」


「あっるぇぇ?」


 ただの恐喝であった。双弥の予定では『なにお前セィルインメイを嗅ぎ回ってるんだ』とかいっていちゃもんをつけてくるはずだったのに。

 がっかりした感じでチンピラ3人をボロぞうきんにし、ジャーヴィスを探すため騒がしいところへ向かおうとした。


「やあ双弥。もう終わったかい?」

「あ? ああ」


 探すまでもなく向こうからやって来たのだ。

 ジャーヴィスから来ると思わず双弥は戸惑ったが、やっと勝手なことをしなくなったかとジャーヴィスを褒めてやろうとした。


「じゃあ早速行こうよ! 早く早く!」

「そう急かすなよ。少し何か買い物でも……」


「いたぞ! あそこだ!」


 突然の叫び声に、ジャーヴィスは慌てて走る。それにつられて双弥も走った。

 追ってくる人数は雪だるま式に増えてきている。中には理由もわからず面白そうだからと追っている人もいるだろう。


「一体どうしたんだよ!」

「一緒に旅してくれそうな女の子に話しかけたんだよ。そしたらどこかの貴族のお嬢さんだったってわけさ」

「ばかやろおおぉぉぉ!」




 そんな出来ごとがあった。


 ジャーヴィスはフィリッポのような女たらしではない。だが双弥と再会してからはやたらとこだわる。

 別に誰かから感化されたわけではない。ジャーヴィスは旅を始めてからずっと1人で寂しかったのだ。久々に会った双弥が少女を連れて旅をしていたのが羨ましくて焦っていたというのが本当のところだ。


 今は双弥たちがいるからまだいいのだが、いつか別れたときにまた1人になってしまう。それが辛いのだろう。





 それから大きな問題もなく、3日ほどでダウへ到着した。町の大きさとしてはそれなりの規模であり、ここから組織を捜すのは難しいと思われる。

 双弥らは早速宿をとり、3人で話し合うことにした。


「さてどうしたものかな」

「組織は双弥が探すんだろ?」

「ああ。情報屋にでも行こうと思ってる。だけど問題はその後だ」

「その後?」


 セィルインメイとコンタクトを取るときのことだ。相手になんと説明をすればいいのか。

 敵対するつもりなら強気で押し込みをかければいい。だがなるべくなら平和に解決しておきたいのだ。


 彼らは破壊神信仰であり、双弥は破壊神の勇者だ。話し合いでなんとかなるのではないか。

 だが彼らが何を思い破壊神を信仰しているのかはわからない。もし世界を滅ぼすとかいう信念であったら戦わざるをえない。


「とりあえず……探してから決めるか」

「しかし双弥。そのセィルインメイという組織はどういったものなのだ? そしてその情報をどこから得た?」


 ジャーヴィスと違い、ムスタファは呑気ではない。的確に痛いところをついてきた。

 まさか破壊神から聞いたなど言えるはずがない。双弥は答えに詰まる。


「まあそんなこといいじゃないか。僕は全部双弥に任せるよ」

「あ、ああ。そうしてくれ」


 ジャーヴィスはまるで信頼しているかのようなことを言っているが、その実面倒なことをしたくないだけだ。

 ムスタファはいまいち納得がいかない感じだが、一応頷いてくれた。



 そしてまた双弥は酒場に来ていた。相変わらずピンク髪のマダムはいなかったが、渋い老紳士な雰囲気のバーテンダーを見つけた。

 ここだと思い、カウンターに行きバーテンダーの前へ座った。

 バーテンダーは無言でコップに牛乳を注ぎ、双弥の前へ置く。


 (この男、わかってるな)


 この展開は期待できると内心でニヤついていた。


「情報が欲しい」


 またもや双弥は金貨を1枚置くと、バーテンダーは無言で受け取り双弥に顔を近付ける。


「セィルインメイの本部を探している」

「馬鹿にしているのか?」


 バーテンダーは顔をしかめ、その場から去ろうとした。

 この程度の金額では足りないのだろうか。双弥は慌ててもう1枚金貨を渡そうとした。

 しかしバーテンダーはそれを受け取らず、双弥の顔をじっくりと見た。


「他国の人間か」

「あ、ああ」

「……町の中心に巨大な建物があるだろ。そこだ」


 なんともわかりやすい場所と建物であった。そりゃ馬鹿にしているのかと思われても仕方がない。

 双弥は頭を下げ、そそくさと酒場を出ると町の中心へ向かった。



「ようこそ! セィルインメイへ! 入信ですか!?」


 明るくハキハキと答える黒いローブを着た可愛らしい女性に少しひいたが、双弥は一息ついて襟を正す。

 それにしても随分とオープンな破壊神信仰だ。

 でもそれは外見上だけかもしれない。気を緩めないように話す。


「司教か、上の人に会いたい」

「あら! どういったご用件ですか!?」


「……破壊神の使いで来た」



 それだけ伝えただけで、応接室に通された。とても怪しい。

 これは罠なのではないかと警戒しつつも、ソファーに座りながら辺りを見回す。

 とてもよい調度品が取り揃えられている。ますます怪しい。


 その中でもひとつ、双弥の興味をそそるものがあった。


「これは……」


 思わず席を立ち、それに向かい足を進める。


 それは一振りの日本刀のようであった。


 反り具合、光沢、厚み。どれをとってもかなりの業物であることが伺える。

 この世界にもこのような刀があるのかと、双弥は関心してみていると


「お待たせしました。私が主教パトリアルクです」


 初老の男が現れた。破壊神信仰だから黒いローブなのかと思っていたが、主教は純白のローブをまとっていた。


「えっと、俺は……」

「わかっていますよ。あなたがなにものかということは」


 男はまるで知っていたかのように答えた。

 先ほどの女性から聞いていた、というものではなく、まるで予知していたかのような言い方である。


「あの、疑わないのですか?」

「ええ。その口を見ればわかります」


 口の動きと聞こえる言葉の違いを言っているのだ。それは少なくともこの大陸の人間ではないことがわかる。

 そして他だとすると……異世界から来たか。


 考えている双弥に主教はこう伝えた。



「私の祖先は、勇者でした」

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