第97話

「お前は何を言ってるんだ」


 鷲峰がため息混じりのツッコミを入れる。それができるなら苦労は激減するが、そううまくいくはずもない。


「えっ、だってさ……」

「そんなことができるわけなかろう」

「さすがに俺もそれは無理だと思う」

「なんで?」

「なんでってそりゃあ……」


 双弥の口が止まってしまった。

 なんでそれが駄目なのだろうか。あまりにも突拍子もない意見をただ脊髄反射的に否定してしまっただけのように感じる。

 少し焦った感じで双弥は同じく否定した鷲峰とムスタファに顔を向ける。 


「なあ、なんで駄目なんだと思う?」

「そんなものは……うっ」

「ぬぅ……」


 2人も何故それが駄目だと説明できないようで、視線を反らせた。何か言おうと思ってまた黙ってしまうのを少し繰り返す。

 そして鷲峰が何か思いついたかのように言葉を出した。


「それは…………あれだからだ」

「う、うむ。そうだな。あれだから仕方ないのだ」

「そっかぁ、あれだったかぁ。というわけだジャーヴィス。諦めろ」

「どういうわけだよ! あれって何か説明してよ!」


 押し切れない。ジャーヴィスは大人のノリを理解すべきである。


「そもそもそれをするには魔王たちと話し合わねばならないし……」

「じゃあ話し合ってみようよ! 勇者と魔王のサミットだ!」


 まるで子供のような無邪気さのある返答にどうしても回答が出せず、黙る。

 会話ができぬ相手ではない以上、それも悪くない手であるのも確かだ。


 だがどうやってそれを可能とさせるのか。少なくとも前もって打ち合わせなくては話し合いをする前に襲われ、戦闘をせねばならなくなる。

 それと今まで鳴りを潜めていた、あの言葉を交わせられる赤い魔物の存在。町を襲う指示を出していた奴が妨害してくる可能性がある。

 あの魔物と魔王には必ず関係があるはずだ。あのときはたまたまエイカの構えてた槍へ自滅しただけだが、かなりの強さを持っているのはわかっている。


 この世界のあちこちで魔物の集団が出没しているから複数いると考えられ、魔王の居城までに襲われる予想ができる。

 今まで鉢合わせなかったのは恐らく双弥らを脅威であると認識し、無理して戦うことを避け任務を遂行していたのだろう。だが魔王がやられるとわかったらそちらを優先する可能性がある。あれを複数相手するのは危険だ。


「悪い、ちょっと話が変わるが、喋れる人型の魔物って会ったことあるか?」


「そういえばそんな奴がいたな。黄色いやつだろ」

「私が見たのは茶色であったが」

「違うよ! 水色だよ!」


 複数いることが確定された。双弥は少し顔をしかめる。


「それが何に関係あるんだ?」

「あいつらは魔王と関わりがあると思うんだ。もし居城に向かうとしたら俺たちを阻止するため集団で襲い掛かられるかもしれない」


「僕はあいつ苦手なんだよ。動きが速くて追いつかないんだ」

「同感だ。シンボリックのゴリ押しでなんとかするしかなかった」

「何言ってんだ? あんなの──」


 肉体強化を更にすればついて行けない速度ではない、と言おうとした双弥はようやく気付いた。

 今まで訓練していて鷲峰たちの通常攻撃力は一定であり、途中で変化した感じがなかった。そして使える魔法はシンボリック──物理魔法攻撃ばかりだ。

 稀に継続させるため魔力を消耗し、風や火魔法が混じることもあるが攻撃あるいは防御しか行っていない。

 つまり勇者たちは今以上の肉体強化ができない。速度も上げられなければ攻撃力防御力共に今以上にならないのだ。


 もし魔王もそれと同様ならば……。


「あっ、俺、魔王倒せるかも」


 つい呟いてしまった言葉に全員が反応した。


「ジャーヴィスじゃないんだから適当なことを言うな」

「何言ってんだ! 僕はいつもちゃんとしているよ!」


 皆していないと思っている。ジャーヴィスは何故そんな自信満々なのだろうか。

 それはさておき、もし双弥の予想通りなのであれば破壊神が言っていたように魔王やここにいる4人も倒せる可能性が高い。


 だが今そんな話をしたらじゃあやってみせろとかいって面倒なことになる。双弥は話を誤魔化すことにした。


「で、でも魔王まで引き入れることができたとしたら今度こそ創造神にばれるんじゃないか?」

「破壊神が言っていたじゃないか。彼は今女の子にご執心だって。きっとフィリッポの親戚なんだよ」


 今まで黙って聞いていたフィリッポが無言でジャーヴィスの尻に蹴りを入れた。神と関係があるなんて本来ならば光栄な話なのだが、話に聞いている限りの創造神とは身内であって欲しくない。


「痛いなフィリッポ。君も黙ってないで何か言ってよ」

「じゃあ言ってやる。魔王を帰すなんて馬鹿みたいなこと言ってんじゃねぇよそんなものは……あ、あれだ……」

「だからあれってなんなんだよ!」


 フィリッポまで顔を逸らせた。だだっこジャーヴィスには誰も敵わない。


「根本的な解決ができていない、か」

「「「「それだ!」」」」


 鷲峰の言葉に皆がすがるように同意した。やっと出た回答だ。放してはならない。


「ど、どういうこと?」

「えーっとつまりだな……なにかな鷲峰君」


「ようするにだな。さっき双弥が言っていたカラフルな喋る魔物だ。あれらが魔王を倒さねば消えないとしたら、俺たちは問題を残したままにしてしまう」


 この世界で魔王が現れたことにより起こっている異変は2つに分けられる。1つは魔王自体が大量に人を殺すこと。もう1つは魔物の活性だ。

 あの喋る魔物が後者に関係していることは確定している。魔王を地球へ帰らせるだけでは前者しか解決させられない可能性があるのだ。


「そんなのこの世界の人に任せればいいよ。ハリーたちも帰れて僕らも帰れれば何も問題はないし」

「そりゃそうだ。オレらがわざわざそこまで考えてやる必要はねぇな」


 速攻で手放された。こうなってしまっては『あれ』がなんなのかもはや関係なくなってしまう。


「あっ、双弥はこの世界に残るんだよね。だったらそいつらを退治してくれればいいよ。それを仕事にすれば生活もできるよ!」

「それも一計だな。よかったじゃないか。就職先決定だぞ」


 全て双弥にぶん投げるということで可決。実に4対1の圧倒的得票率であった。

 双弥は頭を抱える。とんでもないものを押し付けられたものだ。


 というわけで『あれ』も解決。ジャーヴィスの案はプランの1つとして加えることとなった。



「それにしてもサミットか。案外G7の面々が集まっていたりしてな」

「私の国は違うぞ」

「……すまん」


 鷲峰は少し気まずくなり、思わず顔を逸らした。

 しかしムスタファはそんなことを気にしてはいない。アラブ自体特殊な国であるというのもあるが、個人レベルでは大して興味を持てないものだ。


「迅は時代を間違えてない? 今はG8だよ」

「双弥を除くと勇者4の魔王3だろ」


 なるほどと今更理解したジャーヴィスは手を叩く。こいつ本当に年上なのかと双弥と鷲峰はため息をついた。


「じゃあオレはもう行くからな。女性を焦らすのは好きだが待たせるのは主義じゃねえ」

「待ってよ! フィリッポは来てくれないのかい?」


 行こうとするフィリッポをジャーヴィスが引き止める。手を抜きたいみたいなことを言っていたが、本音では寂しいのだ。寂しさでウサギは死ななくともジャーヴィスはきっと死ぬ。


「ちっ、とりあえず港までは付き合ってやる。そこで出会えた女性次第だな。それとお前は後で凱旋門エトワールの前で膝をつきな」


 フィリッポはカウンターで酒を買いつつそう言って女性の待つ自室へ戻っていった。

 あちらの大陸の女性がどんなのか物色できればいい。あとはあちらへ渡ろうとしている同乗者次第というわけだ。彼もまた女性がいないと寂しくて死ぬのかもしれない。


「あとはどうするか」

「出発は明日として、準備でもするべきだな」

「そうするか。じゃあ俺たちは行くぞ」

「待て待て、他の策も考えないと」


 出かけようとする鷲峰とムスタファを双弥は止める。皆で考えたほうが色々な案が出ていいということは今の流れでよくわかった。

 だがそんなこと関係ない男が1人いた。


「なに言ってるんだよ。それは双弥の仕事じゃないか」



 もちろんジャーヴィスはぶん殴られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る