第121話
「フン、刀か」
双弥の構えを見て王は不敵に笑い、槍を手にする。
中国では槍を“武器の王”と呼び、流派を問わず教えている。当然王も相当鍛えているはずだ。しかも双弥が及びもしないほどの功を積んでいるに違いない。
それに武器としての単純な長さは双弥の妖刀の倍もある。リーチだけで考えれば勝ち目はない。
だが双弥にとってそれは好都合だった。なにせ彼にはリーチなど関係なかったからだ。
「教えてやろう日本人。我の槍は棍や素手とは比べ物にならん」
どちらの勝負でも双弥は負けたのだ。頬がひりつくような寒気をぞくりと感じつつも、構えを崩さず王を見据える。
「……そりゃ楽しみだ」
完全に強がりである。でも勝機がないわけではない。
双弥は限界まで意識を研ぎ澄ませた。
王が構え、
音が消え、
色が消え、
──形が、消えた。
今双弥の目の前には、点だけが映っている。
ただの点だ。暗闇の中、1ドットの白がそこにあるだけ。そんな状態である。
そしてその点は徐々に、確実に双弥へ近付いてくる。
だが突然、点は双弥から逸れ、遠くへ向かっていった。
その瞬間、辺りは色のついた景色に再び支配され、耳から風の音が脳へ届けられる。
ほんの一瞬、コンマ1秒にも満たない時間の奇跡が双弥に起こっていた。
目の前には、黒く焼けた棒の先端を呆然と見ている王の姿が。
「貴様……何をした」
「……さあね」
双弥が行ったのは、『完全なる一点集中』だ。槍先の一点のみ集中し、他を全て捨てることにより人が確認できる動体視力の限界点へ辿り着いていた。
そして動体視力に連動して動く神速が如き居合い。双弥はほんの一瞬ではあったが、達人の域を超えていた。
ただし双弥はもう暫くこれはできないと感じていた。たかだかコンマ1秒程度で脳が酸欠を起こし、普通の呼吸もままならないほど心臓が激しく鼓動しているのだ。
それでも王になるべく悟られぬよう、呼吸を極力乱さず酸素が脳に供給されるのをじっくりと待つ。今の一撃で王もかなり警戒しているはずだから、無闇に突っ込んでくることはないだろう。
王が槍を選んだのは必然であったが、幸いであった。リーチの長さが双弥を救ったのだ。
リーチの長さに意味がなかった理由は、双弥が元々武器破壊を狙っていたからだ。銃弾や矢などではなければ武器そのものが近付いてくる。それが妖刀の攻撃範囲内に入ればいい。攻撃してくる人間との距離なんて関係ないのだ。
そして王は離れていたせいで次の動きに躊躇いが出てしまった。これがもっと接近していたのならば呆然とせず、無意識に体が次の攻撃を行っていただろう。それができるだけの功を積んできたのだから。
「…………ククッ……ハアッハッハッハァ! 面白い、面白いぞ日本人! よもや我の槍が刀如きに敗れるとはなぁ! 我の負けだ。今の技はなんと言うのだ?」
「……居合いだ」
「──ほう、あれが居合いなのか。では次の勝負を始めるぞ!」
王の言葉に双弥は慌てた。負けを認めたところで内心かなりほっとしていたところに続ける意思を告げられたのだ。一度気を抜いてしまったところでこれは酷い。
「ちょ、ちょっと待てよ! 今、負けだって……」
「武人としての勝負は終わった。次は勇者と魔王の勝負だ!」
「ええーーっ」
王は後ろへ飛び退き双弥と距離を取る。居合い対策に遠距離攻撃をしようというのだ。双弥は完全に教え損であった。
「行くぞ! 射! オリエンタルパール!」
王の前に3本の東方◯
「流石にかわすか。ではこれはどうだ! 振! グレートウォール!」
叫びとともに王の手にはとても長いロープのようなものが握られていた。それを振り回し、双弥目掛けて鞭のように叩きつける。
「ちょ、ちょっと待て! グレートウォールって万里◯長城だろ! そんな使い方アリかよ!」
「貴様、武人のくせに多節鞭を知らんのか」
「知ってるよ! そうじゃなくて世界遺産をそんなぞんざいに扱って……」
「道具は使われてこそだ! 踊れ!」
王の両手から繰り出される鞭的なものに、双弥はただかわすだけで手一杯になった。これをどうしろというのか。
双弥はタイミングをはかりつつかわし、体のバランスが整った瞬間、刀を構えて襲ってくる鞭的なものを切り落とした。
それでも長さは変わらず打ち込まれてくる。これではきりがない。一体いつまで続くのだろうか。
そこで双弥は気付いてしまった。王の背後でとぐろを巻き、山となっている万◯の長城に。
「ちょ、ちょっと待てぇ!」
「どうした日本人! 我が国の力に恐れ戦いたか!」
お前のその乱雑な使い方に驚いたよと言いかかった口を閉ざし、代わりに舌打ちをする。万里の◯城の長さを考えれば、手で握れるサイズでもほぼ無制限に近いほど繰り出すことができる。
双弥は妖刀を逆手に持ち、乱雑に振り回す。俗に言う五◯門斬りである。
今できることは、とにかくこの状態で接近を試みることだ。近付けるということはこの攻撃が然程意味をなさないということになるから、別の攻撃へシフトするはずである。逃れるためには前へ行く必要もあるのだ。
「ちぃっ、ならばこれでどうだ! 刺! クォーツサイト・スパイク!」
王の叫びと同時に双弥の足元の床が消え、代わりに棘のように突き出た大量の尖った岩が現れた。
「くおおぉぉっ」
双弥は慌てて体を捻り、岩の間に体を滑り込ませ、なんとか岩の先端に激突することだけは回避する。
一体これは何なのか。双弥は以前ハリーと戦ったとき、彼がグランドキャニオンを出現させたことを思い出す。
アニメやマンガで中国の山奥を表現する際、逆さつららのような細長い岩々がそそり立つ風景がぼちぼち使われるのだが、そのモデルとなっているのが武陵源だ。王はその縮小版を造り出していた。
縮小版といっても元々が高さ200メートルくらいの岩が5メートルほどになっているだけで、巨大なことにはかわりない。
そして王はこれで双弥を倒せるなどと思っていない。動きを制限させるためのものだ。その思惑通り双弥の動きは制限されてしまった。
「どうした日本人! この状態でかわしてみろ!」
「くそっ、どうすれば…………あっ」
「……うぬぅ……」
2人は気まずい顔をした。
状況としては柱だらけの隙間に双弥がいる感じなのだが、双弥の動きが制限されるかわり、王の多節鞭も横から攻撃することができなくなってしまった。攻撃してくる方向が決まっているのならば多少動きづらくても問題はない。双弥にとってはむしろ楽になっている。
「なんていうか、それ、ヘビ的な感じでくねくねっと襲ってきたりしないの?」
「……それを武術家としてどう思うのだ」
「だよね……」
王は武術に関してとても真面目に取り組んでいたのだろう。これはあくまでも多節鞭という認識であり、自由に操作するなどと考えていなかったようだ。
「…………いつまでそのようなところに隠れているつもりだ姑息な日本人!」
「えっ!? ええええええっ!?」
突然の理不尽な言葉に双弥は驚きの声をあげた。放り込んだの誰だよ。そういう抗議にも聞こえる。
双弥は渋々岩柱を蹴り上がり、細い足場にかろうじて立ち妖刀を構える。
「ばかめ、これで逃げ場はないぞ! 建! スパイクキャッスル・リバース!」
下にいたら姑息だと言われ、上がってきたらばかめと言われ、一体何が正しいのかわからない双弥の頭上に、尖った屋根が無駄にたくさんある西洋風の城が逆さまに現れた。
縮小しているのか、サイズは大したことない。だがこのままいたら確実に串刺しになる。双弥は他の岩柱へ飛び移り回避。城は岩柱にぶつかり砕け散った。
その破片の中から双弥は信じられないものを見て一瞬唖然としてしまう。
「お、おい! 今、ミッ◯ーがいたぞ!」
パニックを起こしかけた双弥は叫ぶことで気を取り直そうとする。
彼が見たもの。それは黒くて耳のでかい例のねずみであった。
「それがどうした」
「どうしたじゃねえよ! あれアメリカのもんだろうが! あああっ、ドラ◯もんもいる!」
「何を言っているかわからんが、どちらも我が国のテーマパークのマスコットだ」
「ちっげえええぇぇ!!」
双弥の魂からの叫びである。
「ド◯えもんは日本のキャラクターだ!」
「何を言っている! 数年前文化大使と称して日本が勝手に使っていただけであろう! その証拠に我が幼少のころよりあったのだぞ!」
「日本じゃ俺の親父が生まれる前からあったよ!」
「なん……だと……?」
王が驚愕の顔をする。
とは言え双弥も実際ドラえ◯んが父親の生まれる前からあったことを確認したわけではない。単に昔生誕周年記念放送を見たとき、父親の年齢と照らし合わせてみただけだ。実際問題として、原作は確かに双弥の父親が生まれる前だが、アニメは生まれた後である。
日テレ版? そんなものはなかった。
「それだけじゃねえ! あれもこれも日本のアニメのキャラクターばかりじゃないか!」
双弥は見渡し、散乱した瓦礫の中から見えている品物を見て吐き捨てるように言う。
確かにそれらは日本でよく見かけるようなキャラクターばかりであった。ただし無残な姿に改変されてはいるのだが。
それを聞いた王は膝を地面につけ項垂れる。
「貴様ら日本人はいつもそうだ。我が国の文化を使い自分たちのものだと主張する」
「こっちのセリフだあぁぁぁ!!」
確かに今の日本の文化には中国……いや、正しくは現在中国と呼ばれている地域から得たものが多い。箸と漢字はもとより、鉄器や磁器などもそうだ。
だがそれらは長い年月を経て文化のひとつとして独特の、そして別の発展を遂げているのだ。隣にあるものを勝手に真似てオリジナルだと言っているわけではない。
「そんなのネットで調べりゃすぐわかんだろ。」
「……我の住む町でインターネットを用いているのは一部だけだ」
中国のネット普及率はさほど高くないため、王が使ったことがなくともなんら不思議ではない。そして彼の知識はテレビに偏っているらしく、公平な視点を持っていなかった。
だがそれは決して貧しさ故というわけではなく、ただ単に物理的ネットワークの設置が遅れているためだ。広大な土地を持つ国のせいとも言えよう。
「いや、まあそういうことなら……」
ネットで様々な知識を得ている情報強者カッコワライである双弥は、一応中国という国の内情も知っていた。しかしそれも情報操作や洗脳教育を行っているなど偏った知識が多く、こちらもまた公平な視点ではないのだが。
「で、ではこのキャラクターならばどうだ! 我が国のオリンピック公式パンフ──」
「涼宮ハ◯ビンを俺に見せんじゃねええぇぇ!!」
ラノベ好きであった双弥に見せてはいけないランキングワースト10に入る禁忌を王は侵してしまった。双弥は今、パーフェクトドラゴン戦以来のブチ切れモードへ突入する。
そのことにより急変した双弥の異質な雰囲気を王は敏感に察知する。目の前にいるのは先ほどまでの甘ちゃんではない。簡潔に答えるならばそれは怒りの塊だった。
「くっ、くそ!」
やばいと感じた王は、ある限りのシンボリックを双弥へ向け放出し、自らも先ほど切られた槍とは別の槍を拾い双弥へ向けて突き出す。
しかしそれらは双弥の居合いにより全て切り落とされる。完全なる一点集中の多段展開だ。もはや元の言葉の意味をも見失っている。酸欠? そんな設定は気のせいだ。酸素がないなら他のもので代用すればいいじゃない。破気が補った的なことにしておけばきっと許されるはずだ。
更に、奥義などは一度でも出してしまうと連携のひとつに成り下がるというバトルもののお約束の如く、双弥は神速を越えた神速、それって結局神速じゃね? という居合いを連続で放ちまくる。
言うなれば『先ほどの神速は我々神速の中でも最遅。神速の面汚しめ』である。
────などとふざけている余裕があるほど、今の双弥には強さがあった。
完全なる一点集中なんぞに頼らなくとも、元々双弥は感覚だけで避けれる才能があった。ただそれに気付いていなかったせいで目に頼ってしまっていただけのことだ。今は自制心を失っているためほぼ無意識で行えている。
創造神が雑に選んだ勇者や魔王たちとは違い、双弥は厳選された唯一の勇者なのだ。実力を出せれば全員一編に相手したところで勝てぬ相手ではない。破壊神はそういう人物を選んだのだ。
「いっ、一体何なのだ貴様は!」
「うっせえ! の◯ぢ先生に謝れえぇぇ!」
王の攻撃全てを掻い潜り、撃ち落しつつ双弥は襲い掛かる。しかしもはや何のために戦っていたのか見失っている。そもそもハル◯ンを描いたのは王ではないため、彼が謝る必要はない。
王は残りの魔力の全てを注ぎ込み、一振りの槍を創造する。その槍は硬く撓らず、折れることも切り落とされることもないようなものだ。
中国武術における槍はしなることで本領を発揮する。それを捨ててまで出現させたそれは、まさに守るための槍であった。
だが王は知らなかった。双弥の刀は刃ではなく、
ダイヤはダイヤでのみ削ることができる。それは単にダイヤが最も硬いからだ。だがもしダイヤよりも硬いものがあれば、ダイヤだろうと容易く削れるであろう。
そして双弥の鑢は何よりも硬い。削れぬものなど存在しないのだ。
「うるああぁぁぁ!!」
双弥の乱斬りが王の槍を刻む。一撃で切り落とせなくとも、その攻撃は確実に王の槍を文字通り削り取っている。
日本刀というのは“人を斬る”ためだけに作られたものだ。硬いものを斬るためではない。そして鑢は硬いものを削るためだけに作られたものである。双弥の妖刀は今、最大限の力を発揮させていた。
それでも最後の最後に王を救ったのは、その硬さであった。
妖刀であってもそうそう削り切れぬ強固な槍に時間をかけすぎた。双弥のブチ切れモードはその槍先を削り落としたところで冷静さを取り戻してしまったのだ。
だが王の心は槍先と一緒に削り落とされていた。
仕切り直す気力はもう既にない。
双弥は釈然としないまま勝利を収めた。
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