第113話

 駆け出したところで双弥は認識が間違っていることに気付いた。

 理由は簡単。闇夜の空を舞うコースターが目に入ったからだ。


 そうだ、ジャーヴィスは死んだのだ。こんなところにいるはずがない。

 双弥は刃喰を使い上空へと飛んだ。



「ワッシー! 無事だったか!」


 そう叫ぶ双弥目掛けてコースターは超加速した。ぎりぎりでかわしたからよかったものの、もう少しで汚い花火となっていたところだった。


「誰がワッシーだこのク双弥!」


 ワッシーは愛称として成り立つが、ク双弥は完全に悪口だ。それで釣り合うと思っている辺り鷲峰もなかなか理不尽な男である。


「あぶねぇなっ。せっかくひとがフレンドリーに再会を喜び合おうとしてたのに」

「再会もなにも分かれてから半日も経ってないだろ。それよりどうだった?」

「詳しい話はこの状況が収まってみんなが揃ってからだ。悪いがこのままムスタファを連れてきてくれ」

「ああ、わかった」


 鷲峰はこの場を双弥に任せ、ムスタファが潜伏しているであろう丘へ向けてコースターを飛ばせた。





「ちっ、おせぇんだよ。日本人ならさっさと動けよ」

「くっそみんな言いたい放題だな」


 双弥に文句を言っているのは、ある建物の前でボロボロになって壁にもたれかかっているフィリッポだった。周囲に倒れている魔物の数と彼自身の姿を見ればかなり激しい戦闘をしていたことが伺える。

 そして双弥は戻る時間を指定していたわけではない。来ると思うのは勝手だが、それに対し遅いと言われる筋合いはないはずだ。


 結局なんだかんだ言って彼もまた双弥に期待していたということだろう。


「それにしても……5体か。よく倒せたな」

「あ? オレが倒したのは1体だけだぜ」


 フィリッポの言葉に双弥は再び倒れている魔物の死体を見る。すると4体の喉の肉がえぐり取られていることに気付いた。

 そこでこれがアルピナの仕業であることがわかる。あまりにも速く圧倒的な力で屠っている様子が窺えた。


「まあそれはいいとして、リリパールのところへ戻れるか? 治してもらってくれ」

「ああそうさせてもらうぜ。んじゃ後は任せらぁ」


 フィリッポは親指で背後の建物の入り口を指し、よろけながら歩いていった。

 中に何かがある。そう言っていたのであろうと察した双弥は建物へ入る。


 階段を登り、辺りを見回していたら奥から何か唸るような声が聞こえそこへ行ってみた。


「お、え? ええ?」


 そこにいたのは縛られて猿轡をされたアセットだった。

 しかもただの縛りではない。俗に言うタートルシェルバインドというやつだ。そこそこ胸があるアセットにこれをやるとなかなかのエロスを感じられる。

 もし双弥が来なかったらそのままフィリッポが解いていたのだが、フィリッポなりの礼のつもりなのだろう。


 双弥は息を飲んだ。これはつまりジャパニーズSUEZENである。食うのが礼儀。食わぬは恥だ。


「と、とりあえず猿轡を取らないとな」


 どんなに素晴らしい膳であろうとも双弥に強姦の趣味はない。初めては愛する人と海の見える別荘でと心に誓っているため、こんなところで散らすわけにはいかないのだ。


「た、助かったぁ……」


 顔を真っ赤にさせ涙目のアセットは、やっと救出されたことで全身の力が弛緩した。

 だがまだだ。これを解かれない限り助かったとは言えない。


「一体どうしてこんなことに?」

「ワタシが声を出して動くと魔物が来るかもしれないからって無理やりフィリッポが……」


 縛ったのがフィリッポだということはわかった。それにしても流石というべきか、完璧な縛りである。下手に動いたら締め付けが強くなるようにしてあるため、アセットもじっと耐えていたのだろう。


「それよりさっさと解かないとな。結び目はどこかな……」

「あっ、コラ! 触るな!」

「ひ、人聞きが悪いな。体には触らないよ。ロープだけだって……おっ、ここだな」

「ち、違っ、ロープに触るなって……あぅんっ」


 双弥がロープに触れた途端、アセットは淫猥な声を放ったため反射的に手を引っ込める。

 アセットは必死に耐えているような顔をし、息を荒げていた。


「ど、どうしたんだ!?」

「いっ……言えるかバカぁ!」


 双弥は原因を調べようと思ったがなんてことはない。結び目から伸びるロープが股間に食い込んでおり、更に玉結びがあるためロープを動かすとその玉結びが食い込んだ股間で前後に擦れるだけのことだ。


 双弥は致死量に達するのではないかと思うほど大量の鼻血を噴いた。中途半端な知識を持つ坊やにはかなり刺激が強すぎたようだ。

 しかしこれはまずい。理性が吹っ飛びアセットへ襲い掛かるのならばまだいい。だがこのままでは失血死してしまう。双弥の鼻と大動脈は直結しているのではないかというほど血を噴き続けている。まるで頭が血液で破裂せぬよう一定以上の圧力を逃す安全弁のようである。

 だがそのおかげで脳は冷静さをすぐ取り戻すことができ、この縛りの意味も理解できた。

 アセットは普通に縛ったところで暴れ回ろうとするだろう。しかしこのような動けば恥辱的快楽を与えられる縛りをすればさすがに大人しくなる。うまく考えたものだと関心させられた。


「ど、どうでもいいから早くうぅ」

「えっ!?」


 一瞬どっちの意味か迷ったが、早くロープを外せと言っているのだと判断を誤らない。

 だがここで問題がある。

 素人が無理に解こうとするとアセットが大変なことになるのはよくわかった。一番手っ取り早いのはロープを切ってしまうことだろう。

 しかし双弥の妖刀は削り切ることができても通常の刃物のように切れない。削る振動がどれだけアセットに快楽を与えてしまうか想像しただけで恐ろしい。

 だからといって鋭い刃である刃喰は雑な性格なためアセットごと切ってしまう可能性がある。


「……仕方あるまい。刃喰! あれをやるぞ!」

『……マジかよ……』


 呆れるような刃喰の声に耳を貸さず、双弥は鼻血を拭い居合いの構えをとった。

 あれとは以前一度だけやった必殺技“妖刀・刃喰”のことだ。双弥の威力と正確さ、そして刃喰の切れ味が合わさればこんなロープなどわけない。いや、ロープ如きに威力などいらんのだが。




「……もう、ヤダ……」


 ロープを解かれ自由になったアセットは半泣きのまま座り込んでしまった。よほど精神的に堪えたのだろう。双弥の顔をまともに見られないでいる。


「大丈夫……ここではなにもなかったんだ。なにも……」


 双弥は必死に見なかったことにしている。

 完全に読みが甘かったのだ。まさか1ヶ所だけではなく、第2、第3の快楽しかくが潜んでいるとは思いもよらず、罠にかかる度アセットは切ない声を出し、双弥は出血していった。

 壊れた聖衣クロスを修復できるほどの血液を失いつつも双弥は耐え、なんとか全ての結び目を解くことができた。


「そんなことより早くここから出よう」

「あっ、や、待って! ジャーヴィスが大変なんだ!」


 思い出したようにアセットは声を上げる。本来の目的を思い出したようだ。


「ジャーヴィスか……」


 あいつはもう死んだんだ。そう言おうと思った双弥は口を噤む。焦るアセットの顔を見ればそんな冗談が通じる状況ではないことくらい双弥にだってわかる。


「あいつなら大丈夫だ。ここに来るとき見かけたから隠してきた」

「よ…………よかったあぁ……」


 アセットはまたぐったりとする。完全に気が抜けてしまったようだ。


「とりあえずみんなと合流しよう。色々と話す必要があるし」





「────あっれぇ、どこだっけなぁ……」


 現在双弥たちはジャーヴィスの捜索中である。

 瓦礫に埋めた。それは覚えている。だがどこの瓦礫だかは覚えていない。

 町中が戦場と化し、あちこちが似たような状態となっているため見つからないでいる。


「本当にこの辺なのか?」

「いや、わからん。急いでたからなぁ。おーいっ」


 叫んでみても返事がない。

 瓦礫は基本的に建材であり、壁などは風雨から逃れるだけではなく、保温及び防音も目的とされている素材なため埋められたことにより遮音されているのかもしれない。


「どうするつもりだ? 全ての瓦礫を取り除くか、ジャーヴィスが飽きて出てくるのを待つか?」

「大丈夫、ちゃんと考えはある。迅はさっきのコースターを出してくれ」


 意図がわからぬまま鷲峰は言われたとおりコースターを出現させる。すると辺りにはあのストンプ&ハンドクラップのサウンドが響く。

 高音では壁に跳ね返されてしまうが低音は壁を振動させる。これならばジャーヴィスにも聞こえるだろうという目論見だ。

 なによりこのリズムは彼の英国人魂ブリティッシュソウルを呼び起こすにはうってつけだったのだ。


「ウィィィウィイルウィィィウィイルロックユー!」


 突然瓦礫を崩し、拳を高らかに掲げる姿を確認した。


「おーそこにいたかジャーヴィス・マーキュリー」

「残念だけど僕はゲイじゃないんだ。でもクイーンはとっても素晴らしいと思うよ!」


 素晴らしいと思うならまずゲイとバイの違いについて何かいうことがあるのではないかと双弥は思うだけで口にしなかった。どうせ彼特有のフォローなのだろうから。


「これで全員揃ったな。じゃあ行こうか」

「行くってどこに?」

「本当の町にだよ。ここはダミーだったんだ。詳しい話はそこでしよう」



 とにかく今日はさっさと休みたい。皆そう思い無言で頷き、移動に横着して鷲峰のコースターに乗ったため双弥と鷲峰以外は見るも無残な痴態を晒すことになってしまった。

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