第171話
「ちぃっ。いくら急いでたからといって考えなし過ぎたか」
鷲峰が苦々しく舌打ちをする。双弥が危険な状態だった為、少しでも早く戻ろうと考えもなく一直線にレールを敷いてしまったせいで居場所がバレてしまったようだ。これは痛恨のミスである。
「とにかく上空から確認を……ジャーヴィス、見てきてくれ」
「ホワイ? なんで僕がそんなことを」
「線路があるから恐らく電車に乗って来るだろう。お前が一番乗り物の知識があるからな」
「そういうことか! じゃあ迅、DDNPを出してよ!」
鷲峰はDDNPを出現させ、ジャーヴィスを乗せて上空へ飛ばした。
悠長に調べているような余裕はない。ジャーヴィスは目を皿にして線路の先を見る。勇者として強化された視力であれば数キロ先の人の表情まで判別できる。
やがてやってきた電車を見つけることができ、下へ合図を送る。今は一秒でも時間が惜しいため、さっさと降ろし話を聞く。
「わかったよ! 敵のひとりはスペインだ!」
ジャーヴィスが興奮気味に話す。自分の知識が役に立ったことが少しうれしいという気持ちと、それが自らの存在に価値を見出させ誇らしく感じていた。
「なんでわかった?」
「あのくたびれた革靴みたいな車両を見ればわかるよ。あれはレンファだね」
スペインの高速列車がこちらへ向かっているというのだ。上空からとはいえ、形がわかるほど見えるのだからそれなりのところまで来ているということになる。到着まで恐らく数分といったところだろう。
「町で戦うわけにはいかないな。とりあえず移動しなくては」
「ああ。早いところこちらから打って出ないといけない」
アーキ・ヴァルハラはこの世界で最も地球に近い────というよりも、双弥と鷲峰の理想の詰まった町だ。それにセリエミニの活動拠点であり、双弥の家もある。そんな場所を戦場にするわけにはいかないのだ。
「それよりも敵のひとりがスペインということがわかったんだ。ねえフィリッポ、スペインにはなにがあるんだい?」
「あん? 知るわけねえだろ」
「なんでだよ! お隣の国じゃないか!」
「じゃあてめえはフランスになにがあるか知ってんのか?」
「……ははっ、イングランドとフランスは海を隔てているじゃないか。そんなものは隣じゃないよ」
ジャーヴィスの言い分にフィリッポはイラッとするが、その言い分はわからないでもない。ヨーロッパの国々は細かい入国審査などがなくとも国境を行き来できる。車でも徒歩でも可能だ。しかし海を渡るとなると途端に行きづらくなる。
フェリーを使うにせよ海峡トンネルを使うにせよ、出発時刻まで待たねばならないし料金もかかる。満員だったら乗れないし、そうならないためには事前予約する必要がある。陸続きとは比べものにならないほどハードルが高いのだ。
「そんなところで漫才やっているヒマはないぞ。急いで迎い撃たないと」
「やっべ!」
そう、遊んでいる余裕なんてどこにもないのだ。皆武器を手に戦闘準備をする。
「ねえ、タービュラント・シンボリックなんだけど、僕にやらせてもらえないかな」
「別にいいけどなんでだ?」
「走ってる電車が急になくなるんだよ! あいつら地面を転がりつつパニックを起こすに決まってるさ。そんな愉快なことやらずにはいられないよ!」
「そりゃいいな! おれっちもやりてぇぜ!」
「HAHAHAHAHA!」
陽気な連中が妄想で他人の不幸を
それとは別に陰気な男が暗い顔をして破壊神へ俯き気味に問いかける。
「それより破壊神」
「なんですか? 私の勇者よ」
「……俺、今でも最強なんだよな?」
「…………」
「おい、答えてくれよ! 俺は強いんだよな? いつも言ってたじゃないか!」
双弥は
今まで双弥は、自らが一番強いという言葉を信じて戦ってきた。破壊神が言うように、自分が一番なのであれば負けるはずがない。だから戦い続け、立ち上がってこられたのだ。
だがもしそうでないのならば双弥の心は折れてしまうかもしれない。先ほどまで死にかけていたことが彼に重くのしかかっているらしい。
「えーっと……、この世界の生物相手であれば最強ですわ」
「俺がこれから相手すんのはこの世界の生物じゃねえよ!」
破壊神は歯切れの悪い言い方で正しい解答をはぐらかす。
強大な地球の神の力を得た双弥以外の破壊神側の勇者。強大が故に地球では人に力を容易く与えられないのだが、この世界では干渉力が弱いため貸してもらえた。
そしてあちら側の勇者は本気の創造神の力を得ている。つまり双弥の力は今、大したものではない。
仮に今の双弥が創造神の新勇者たちと同等の力だったとしよう。となると地力の差で圧倒的に双弥が不利だ。王の師匠などというバケモノに到底勝てるものではない。
なら王であれば師匠を上回ることができるか。それも怪しい。
確かに勇者の力で考えれば王のほうが上であろう。しかし苦手意識というものはそう簡単にどうにかできるものではない。彼は既に勝てないと思い込んでいる。気持ちで負けてしまうと力の差は簡単にひっくり返ってしまう。戦いにおいて心とはそれほど重要なのだ。
「では率直に言わせていただきますわ。私の勇者は──」
双弥は固唾を呑んで次の言葉を待つ。自分の力を客観的の視点から答えて欲しいのだ。それも全てを比較できる神の見立てであれば尚更である。
「お荷物くらいにはなれるかと……」
「かんっぜん役立たずじゃねえか!!」
ここは少しくらいなら使えるかもくらい言って欲しかった。まさかの戦力外通告。
双弥は情けない顔を見せたが、問題は双弥よりも他の勇者たちのほうだ。今まで最も頼りになっていた双弥が使いものにならない。それはかなりの動揺となった。
「どどどどうするんだよみんな! 双弥が道端に落ちているバナナの皮よりも駄目な存在になっちゃったよ!」
「落ち着け! こういうときは……ちっ。おい双弥。お前のことなんだからお前が考えろ」
結局双弥頼みになってしまっている。戦闘はできなくともブレインとしては機能すると判断したのだと好意的に受け取っておこう。
だが今の落ち込んだ双弥にまともな判断ができるのであろうか。投げやりな答えを出されても困る。
「……とにかく……迎撃しないと……」
ふらふらと歩く双弥。これは重症だ。
「そ、そうだ! あの日本人の女の子はオメーの速度についてこれなかった感じだったじゃねぇか!」
「……あ……」
「てこたぁ王の先生とやらが異常なだけじゃねえのか? だったら双弥でも充分戦力になるはずだぜ!」
「そ、そうだよな!」
ジークフリートの言葉で先ほどのことを思い出し、双弥は顔を上げる。双弥の速度に少女は驚いていた。それは彼女が反応できていない可能性がある。
もしそうであるならば、勝機はある。ようは王の師匠だけどうにかすればいいのだ。
今の王であればある程度なら師匠の攻撃に耐えられる。暫く足止めさせている間に他の新勇者たちをどうにかする。これが最善だろう。
「だが、しかし……我は……」
「オメーしかいねぇんだよ、王! 大丈夫だ。今のオメーは誰よりも強い!」
ジークフリートが必死に説得する。何年もの付き合いがある2人だ。それなりの絆があり、伝える言葉に思いもあるだろう。
それでも王の表情は優れない。そこへ歩み寄ってきたのは我らが中二病患者、鷲峰だ。
「ふん、貴様はそんなものか、王。関羽の名が泣くぞ」
王の目が見開かれた。
そうだ。今の王に力を貸し与えているのは関帝聖君、つまりは神格化した関羽なのだ。
三国志時代の無双の英雄の力をその身に宿しておいて、相手が強いから臆病になっているなどと片腹痛い。みっともないにも程があるというものだ。
といっても関羽の戦歴はほとんどが創作の話であり、実際には何度か敗走をしているらしい。
だが史実など大したことではない。己が信じる関羽を信じればいいだけの話だ。そして王にもそれがあったようだ。
「……ふん、日本人に諭されるとは我も情けなくなったものだな」
そう言った王の目には怯えが感じられなかった。いつも師匠からボコボコにされていたころの王ではない。老いて練度の上りが衰えた師より、若い王のほうが伸びがいいはずだ。
今なら勝てるかも────いや、勝つ。彼の顔からは意思が伺えた。
「よし、いけそうだな。では迎えるぞ!」
鷲峰が仕切り、勇者たちは町の外にある線路上で身構えた。
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