第11話

『おう、魔物の気配がするぜ、ご主人』


 双弥の背後から声がする。

 道中で作った収納ケースに収まっている3枚の刃、魔獣刃喰が発しているのだ。


「何? どこからかわかるか?」

『ご主人が向かっている先からだ』


 双弥は正面を見た。今登っている丘を越えればすぐ目的の町イフダンがある。


「町からってことか? 急いだほうがよさそうだな」

『いや、急ぐ必要はねぇぜ。こりゃどうも残気のようだ』


 残気とは魔物が通る際に残していく気配で、縄張マーキングの役割をもつ。

 もし町にこれがあるとしたら、そこは手中に収められたということになる。


 となるとそこに住んでいた人々はどうなったのか。逃げたのか、それとも………。


「だったら余計やばいじゃないか! 急がないと!」

『もう済んじまったってことだから急ぐだけ無駄だぜ?』





 双弥と刃喰が村を出て4日ほどが経過していた。


 次の町までの方角さえわかっていれば、わざわざ街道まで出る必要もなく、村人たちが使うという裏道から行けばいい。

 村の人間しかほとんど使わないその道で他人と遭遇することはまずないし、頻繁に行き来するわけではないため盗賊の類も出ない。

 双弥からしてみればありがたい道だ。


 ある程度の使い勝手を考えてか、要所要所に物置程度の小屋がある。粗末とはいえ草の上で寝るよりは遥かにマシだし、火打ち石も用意してある。


 とは言え人通りの滅多にない道というのも厄介な点があり、整備がされていないということと、獣が多いということだ。

 だがこれは好都合で、棍による狩りの腕をどんどん上げていけた。


 もし通じない獣が現れても、大抵は妖刀を抜けば逃げていくし、それでも駄目なら刃喰にやらせればよかった。

 そのため特に問題もなく、思いのほか順調に町近くまでやって来れた。





 だがそこにあったのは、見るも無残な瓦礫の山だった。



 かろうじて家だった名残である壁などのおかげで、ここに町があったとわかる。

 しかしあとはまるで採石場のようだ。人が暮らしていたという面影が見当たらない。

 国境と思わしき裂け目のような川は、検問がないため橋がかかっていた形跡もない。

 町を囲まれていたとしたら、川しか逃げ場がない。



『だぁら言っただろ。慌てたところで済んだ結果は変わらねぇんだ』

「くそ……っ。誰か、誰かいませんかー!?」


 双弥は叫んでみた。

 しかし当然というか、期待を裏切られたというか、自分の声が虚しく響くだけだった。


 兎に角生存者を探そうと、町の中へ踏み入ってみる。



「おぶぅ」


 双弥は口を押え、こみ上げてくるものに耐えた。

 そこらじゅうにあるのは死体ばかり。生を感じられるものは全く見つけられなかった。


 町の人たちもかなり抵抗したのだろう。猪のような顔をした魔物──恐らくオーク──の死体もかなりある。


 双弥はディップに教えられた場所に行った。

 家は倒壊していたため確証はないが、ここがそうだろうという瓦礫の前に立つ。


 双弥は棍と鞘を使い、大きな瓦礫を除去してみた。しかしそこには人らしきものが見当たらない。

 もしかすると逃げられたのかもしれないなと、僅かな望みに期待することにした。



『おいご主人、人の気配がするぜ』

「え!?」


 双弥が慌てて振り返ると、向かいの家の前に少女がいた。



「なんでこんな接近されるまで気付かなかったんだよ」

『仕方ねぇだろ。そいつから生の気がほとんどしねぇんだからよ』


 刃喰に言われ、双弥は少女へ近付いてその姿をよく見た。


 歳は12くらいだろう。リリパールと同じくらいの背丈。

 腰くらいまである灰色の長い髪はぼさぼさで、目は何も映っていないかのように虚ろだ。

 口もだらしなく開き涎が垂れており、体も力が抜けている。

 長めのワンピースも裾が擦り切れていて、靴は片一方しか履いていない。

 確かにこれでは生きているといった感じがしない。双弥自身も気配を感じられなかったくらいなのだから。



 少女はよたよたと歩き、双弥を無視して瓦礫の下敷きになっている男の死体の傍らに立つ。


「……ぉと……さん……」

 

 微かに聞こえる声で、少女は呟いた。


 (この子は……この人の娘なのか?)


 ここが少女の家だとしたら、ディップの妹とも顔見知りであろう。

 無事だったのはきっと、母親が連れて逃げたのかもしれない。

 そしてこの様子から察するに、恐らくその母親も……。


 もしそうならば、放っておくことができない。双弥は江戸っ子気質だ。

 このまま見捨てていったら、きっとこの少女は数日もしないうちに命を落としてしまう。


「ねえ、君はここの家の子かな?」

「…………」


 返事がない。まるでしかばねのようだ。

 顔の前で手を振ってみても、両肩を掴み軽く揺すってみるが我に返る気配はない。


 あとはひっぱたいてみるという手もあるが、双弥にそれをやらせるのは酷というものだ。

 少女は身動きひとつせず、じっと遺体に顔を向けている。



「お墓……作ってやらないとな」


 双弥は瓦礫をどかし、男を引き出した。


 死体の状態から見て、昨晩から今朝にかけて襲われたのだろうと推測する。

 別に双弥は刑事や検視官のような知識はない。だから死後硬直などで察することはできないが、血の乾き具合などで判断できる。

 

 そして町中を歩き、なんとか使えそうな荷車を見つけて遺体を乗せる。


「ねえ、お母さんはどこかな」


 聞きづらそうに尋ねると、少女はゆっくりと町の外へ顔を向けた。





「なんとか2人一緒に埋葬できたな」


 町から離れることおよそ2キロ強。岩場のようなところに女性の遺体があった。

 娘を岩陰の窪みに押し込んで守ったのだろうと判断できる。


 その穴を利用し、双弥は2人を埋めた。

 命に代えるほど大切な娘を守ってくれた穴だ。きっと安心して眠れるだろうと。


 埋めた跡を見つめる少女に双弥は後ろから抱きしめるように手を回し、少女の両手を掴んで手を合わせ、拝ませた。

 この世界の宗教ではどう行うか知らないが、こうすることがいいのだと双弥は判断した。



『んでどうするつもりなんだよご主人』


「戻るしかないだろ」


 村まで連れて行けば、きっとディップが保護してくれるはずだ。

 1日程度の付き合いしかないが、双弥はそう確信している。


 この少女は肉親である妹の生死を知っているかもしれないし、そうでなくとも彼は気のいい男だ。見捨てたりしないだろう。



 双弥は引き返すことにした。

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