第12話
双弥は村に戻るなら、できる限りディップの妹のものを持っていこうと町へ戻ろうとしたとき、それは起こった。
『ご主人、人の気配がするぞ』
「何人くらいだ?」
『さぁな。少なくとも10は居るぜ』
盗賊などが拾いにきたにしては情報が早すぎる気もするが、この世界ではぼちぼちあることかもしれない。
小さいとはいえ町だ。それを滅ぼすだけの魔物が動いていたら、ある程度遠くても気付く。
突然の襲撃ならば町の人たちは荷をロクに持ち出せなかったはずだ。ならばお宝とまではいかないが、それなりの金額になるだろう。
もちろんまだ魔物が残っている可能性もあるだろうが、盗賊だったらそんなもの気にせず行くのではないか。
だけどひょっとしたら逃げ延びた人が戻ってきたのかもしれない。そう思い双弥は少女を荷車に乗せ、警戒しつつ急ぎ足で町へ向かった。
『おいご主人』
「なんだ?」
町までもう少しのところで刃喰が突然双弥を止めた。
一体何ごとかと双弥は怪訝な顔をする。
『くくっ、感じるぜぇ。大量の武器の気配をよぉ』
それを聞いて双弥は戦慄した。
逃げた町の人が武装して戻ってきたとしたら、一体どこから調達してきたのか。
とすると、悪い方の予想が当たっている可能性がある。
ならば少女を連れてはいけない。人質にでも取られたらアウトだ。
だからといって遠くに離しておくわけにもいかない。目が届かないところに置いておくのも不安だし危険だ。
「なあ刃喰。お前って3体揃ってなければ動けないか?」
『あン? そりゃできなくはないが、離れすぎると無理だぜ』
「それは仕方ないか……」
どれくらいの距離かはわからないが、あまり遠くに置くことはできない。
双弥は背中のケースから1体刃喰を取り出し、荷車にそっと忍ばせた。
辛うじて残っていた町壁に荷車を置き、陰から中の様子を伺う。
すると刃喰の言うとおり、人が確認できる。数は12、3といったところだ。
だがその姿に、双弥の考えが外れていることもわかった。
盗賊にしては武器防具に統一感があり、馬もそれなりのものが繋がれている。
騎士団を襲ったから装備が整っているというわけでもないだろう。リリパールの護衛をしていた騎士は知っているが、この公国では基本的にホワイトナイトを雇っているようだから、装備は揃っていない。
そして町民というわけでもない。これだけ武装しているのならば戦っていたはずだ。
とすると、近くの町の衛兵などだろう。逃げ延びた人が助けを求めたか、或いは遠くから異変を感じて見に来たか。
これから生存者の確認や現場検証みたいなものを色々と行うから、かなりの時間ここに滞在するはずだ。ならば一旦距離を置くなりして様子を見たほうがいい。双弥はその場から離れようとした。
「ん? なんだお前は」
こっそりと去ろうとしたところで姿を見られてしまった。
その声に反応し、何かあったのかと数人向かってくる。
「いや、俺は……」
「おい、こいつ手配書の男じゃないか?」
「何っ!?」
手配書が出回って日数が経っていないせいで記憶が鮮明なようだ。一見でバレてしまう。
兵士たちは剣を抜き槍を出し、双弥に向かって構えた。
「待ってくれ、話を聞いて──」
「何をしたか知らねぇが公爵直々の手配だ。腕の1本2本切り落としてでも捕まえろ!」
詳しい内容は知られていない、或いは人相書きの絵だけしか見ていなかったのか、扱いに関してやたらと危険な行いをしようとしている。
双弥は迎撃のため、棍を抜いて構える。
だが兵士は、そんな棒で何ができると言いたげに不敵な笑みを浮かべ、俺に任せろと1人だけで斬りかかってきた。
しかし実のところ、棍使いにとって剣を振り回す相手とは相性がいい。
日本刀の切れ味でもそうそう切り落とすことはできないのに、鋳造の剣で切れるはずはない。
叩き切る、或いは叩き折ることは可能だが、棍は槍のように先端が重いわけではないため、受け流すことが可能だ。
そのうえ木が凹むから刃が引っ掛かり、容易く軌道を逸らすこともできる。
もちろんそんな使い方をしていたら、すぐボロボロになって使えなくなるのだが。
双弥もそれは百も承知だ。今後のことを考え、振られた剣の横っ腹を棍で叩き右へ左へと捌く。
先ほどまで余裕を持っていた兵士は必死に剣を振り回しているが、双弥にかすることすらできない。
周囲でニヤニヤしながら見ていた他の兵士たちも、このやりとりが茶番でないことを感じ、一斉に襲い掛かった。
「くっそ……刃喰!」
双弥が鞘から刀身を少し引き出すと同時に、背後から刃喰が飛び交った。
『くひゃははは! 行くぜ野郎ども!』
刃喰の2体が縦横無尽に兵の武器を切り刻む。
わずか数秒でこの場にある刃物は全てなます切りにされ、使用不可となった。
「なっ!? 魔獣だと!? 貴様、まさか……」
何かまずいことになっていそうで双弥は言い訳をしようとしたが、刃喰と契約し使役していることは間違いないため、何も言えなかった。
反応からすると魔獣使いのようなものは禁忌か魔族しかできないものなのだろう。それができる双弥に恐怖を感じ、兵士たちはじりじりと下がる。
「ま、魔法隊、前へ!」
赤いトーガのようなものを纏った男が4人ほど出て、腕輪の付いた腕を前に出し、呪文らしきものを唱えだした。
『ちっ、魔法かよ』
刃喰は双弥のもとへ戻ってしまった。
「お、おいどうしたんだ刃喰!」
刃喰は答えない。
魔法と聞いた途端引っ込んでしまった理由は恐らく、刃喰は魔法に弱いと推測できる。
その間にも唱えている魔法により双弥の上には赤い板状のものが、どんどん広がっていく。
あれを一気に落としてくるつもりだろう。早いところどうにかせねば、逃げ場を失ってしまう。
「畜生っ」
双弥は少女を掴み、抱き上げると一目散に走った。
あれがどういったものかわからないが、範囲内に少女が入っている以上連れて逃げなくては危険だ。
「おい刃喰、地面から潜り込んで下から攻撃できるよな?」
『いいのか? 人間を攻撃することになるぜ』
「殺さなきゃいい! 早く!」
治癒魔法がどういうものか双弥は知っている。
かけられたときは気を失っており、どんな風に塞がるかはわからないが、かなり綺麗に治る。
しかし肌や肉が突っ張るし、痛みだけは残るから暫く動くことができない。
治ればすぐ戦線復帰できるわけではないから、殺さなくとも数は確実に減らせる。
双弥は木片を拾い刀と鞘の間に差し込むと、再び走りだした。
『おぅるぁぁっ』
「ぐはぁぁっ」
刃喰の奇襲がうまくいったようで、双弥の背後からいくつかの悲鳴が聞こえる。
その間に双弥は少女もろとも川へ飛び込んだ。
「ぶはぁっ」
片手に少女を抱えたまま崖の岩を掴む。
見た目通り川の流れは速かったが激流というほどではない。余裕ではないが、暫くはこのままでいられる。
だがいつまでもそうしていられるわけがない。
『おうご主人、全員切り払ってきたぜ』
「すまないな」
刃喰が戻ってきたところで双弥は対岸を見る。
上の兵士が全員動けないとしても引き返すのは得策ではない。援軍が来る可能性があるからだ。ならば向こうへ行くしかない。
それなりに下流へ流されるが、渡れぬほどではないだろう。
(確か川を渡れば隣国だったな)
そのとき双弥はこの町が何故あるのかわかった。
ようするに検問を回避して隣国に出入国するのを見張るための人々が暮らす場所であると。
とするとあまり下流に流されないほうがいい。同じような町が対岸の下流にあるかもしれないから。
双弥は古式泳法で川を渡ることにした。これならば少女を抱えたままでもできる。
とはいえこれは習ったこともなく、単にネットで知っただけの知識なのだが。
かなり流されたが、なんとか対岸の崖にしがみつくことができた。しかし上を見渡しても登れそうな感じがしない。
それに握力もそろそろ限界だ。
「刃喰、この辺りに直径1mで奥行3mくらいの穴を開けられるか?」
『どれくらいだよ?』
刃喰は目がないため大きさに対してはいい加減だ。
しかしあまり時間をかけて考えている暇はない。
「俺とこの子が入れて、他の人間から見つかりにくい穴を開けてくれればいい」
『なかなか面倒な注文しやがるな、ご主人。まあいいけどよ』
刃喰は凄まじい勢いで飛び回り、一瞬で壁を削りとった。
双弥はかろうじて穴に捕まり、少女を押し込め自分も中へと入り込む。
「サンキュ。だけどもう少し高い位置に掘ってもらえたら……」
今は膝上まで水に浸かっている状態だ。水に触れていると徐々に体温が奪われ、体力が低下するからあまりよろしくない。
しかし双弥は一計を案じた。これはこれで好都合ともいえる。
「ちょっと高い位置にも穴を開けてくれ。この辺りで……。それから日が落ちるのを待とう」
『で、これからどうすんだ?』
大分影が長くなり、川の水が赤く染まってきたころ刃喰が双弥に問いかけた。そこで双弥は少し悩み、先ほどから考えていたことを試してみようとする。
「暫く穴を進める感じで頼む。ああ、ぐるっと回って川の上流に繋がるといいかな」
『そりゃ構わねえが意味あんのか?』
「一応な」
双弥の考えは、この穴をトンネルにして先へ進むというものだ。
そのためにもう一度川へ繋ぐ必要があった。
刃喰が作った穴の土砂を除去するために川の流れを利用し、押し出そうというのだ。
川の水はそれなりに澄んでいるため、大量の土砂が流れ出たら怪しまれる。そのために夜まで待ったわけだ。
刃喰が掘り進んでから30分ほど経過したところで、何かが崩れる音がして泥水が一気に流れてきた。
作戦成功、といった感じに双弥は少し待ち、水の流れるトンネルを歩いて行った。
そして刃喰と途中で合流し、今度は斜め上に向かって掘るよう命じた。
それから1時間ほどして、ようやく双弥は隣国、タォクォ王国の地を踏むことになった。
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