第54話

「……誠に申し訳ありませんでした」

「いいって。それよりもう大丈夫なのか?」

「ええ、なんとか」


 1泊追加し、更に翌日リリパールの腕が上がるのを確認した双弥は早速宿を引き払おうとする。

 何度も言うようだが、遊んでいる余裕はないのだ。


 とはいえ今回双弥は少しやりすぎたと反省している。

 誰が悪いという話になれば間違いなく双弥が悪い。リリパールは課せられたことを成し遂げようとがんばっただけだ。

 

「リリパール。きついときはきついって言っていいんだよ」

「そうはいきません。私は双弥様が魔王を倒すのを確認するためにいるので、足手まといになるつもりでいるわけではありません」


 そう言いながらリリパールは自分の荷物をまとめていた。


 手は皮が剥けボロボロなはずなのに、一切顔を歪めることもなくてきぱきとこなしている。双弥とエイカは手伝うべきか迷いつつ思わず手が前へ伸びる。

 リリパールは魔法が使え、もちろん治癒系の魔法も得意だ。しかしリリパールは性格上、他者の治癒に特化しており、己の治癒魔法はろくに覚えていなかった。難儀である。

 そしてこの場合、双弥たちは何もしないのが正解だ。リリパールは全く辛さを表に出さない。それに手を貸すということは、彼女をバカにすることになる。


 そうなると双弥たちがやることといったら自分たちの準備を進めることだ。




「よし、じゃあ行くぞ」


 皆が馬車に乗り込むと、ゆっくり走りだした。


「ところで双弥様。出掛けにどこか寄っていたようですが」

「ん? ああ。リリパールにな」


 そう言って双弥はリリパールに革袋を2つ渡す。リリパールはそれをまずひとつ開けてみた。

 するとそこにあったのは草を潰したものであった。


「これは?」

「薬だよ。それをちゃんと手に塗っておくこと」

「ですが、私は……」

「大丈夫って言いたいんだろ? 駄目だ。きちんとケアするのも武道のひとつだ」


 武道武術をやれば大抵体のケアのやり方を教わるものだ。それと特に手のひらは雑菌などに触れやすいため、早めに対処したほうがいい。

 リリパールは納得したようだが、渋々といった感じに薬を手に刷り込んだ。


「もうひとつの袋は……」

「開けてみればわかるよ」

「えーっと、これは?」


 リリパールが開けた袋に入っていたのは革の手袋だった。薄手で軽く、手によくなじむものだ。

 サイズはエイカに確認してもらっていたためぴったりとフィットする。


「これから剣を扱うのにつけておいたほうがいい。滑りにくくなるし肌擦れも抑えられる」

「あ、う、ありがとう、ございます」

「手が治ったらまた始めるからな。養生してくれよ」

「はい!」


 双弥は久しぶりにリリパールの笑顔を見た。

 


「そうだお兄さん」

「どうした?」

「私はそういうのもらってないなーって思って」


 不満そうにエイカが双弥を見ている。やきもちなのか拗ねているのか。

 自分も何か欲しいのだろうな、と双弥は判断した。


 さてエイカには何をあげたらよいものか。双弥は腕を組んで暫し悩む。


「…………ああーっ」

「どっ、どうしたの!?」

「ごめんエイカ! 本当にごめん!」


 双弥は突然手を合わせエイカに謝罪した。

 一体なんのことかわからずエイカはドキマギしている。


「えっと、何? なにかあった?」

「ヘンテコパジャマ3点セット! リリパールが来てすっかり忘れてた!」


 エイカは時間が止まったように動かなくなった。

 どうしたのかと様子を見ていると突然顔を伏せ、プルプルと震えだした。


「お…………」

「お?」

「お兄さんのばかあぁぁ!」


 エイカは手元にあったいろんなものを双弥へ投げつけた。


「ご、ごめんってば! そんなに欲しがってると思わなかったよ」

「違うもん! そんなんじゃないもん!」


 投げるものがなくなったエイカは赤い顔を手で覆い、リリパールによりかかった。


「どういうこと……?」

「さ、さあ……?」


 リリパールも戸惑ってしまっている。

 これはリリパールも乙女心がわかっていない様子。エイカがどうしたいのか理解できないようだ。



 あのとき確かにエイカはヘンテコパジャマ3点セットを見ていた。しかし真相はそうではなく、ただそこへ顔を向けていただけだったのだ。

 2人で歩き買い物。ちょっとしたデートのようなもので、そのことに気を取られ意識が明後日の方向にあったのだ。


 だから決してヘンテコパジャマ3点セットが欲しいわけではない。そんな変な子だと思われたくないのだ。



「よくわかりませんが、絶対双弥様が悪いです。逮捕されてください」

「嫌だよ!」

「では私に謝ってください。牢屋の中で結構です」

「ちょっと俺には高度な展開でついていけないんだけど……」


 流れがおかしくなってしまい、双弥とリリパールは混乱したまま黙ってしまった。




『どうでもいいけどよご主人。上を見てみな。面白いものが見れるぜ』


 毎度の如くいいタイミングで何かしら見つけてくれる刃喰に心の中で感謝しつつ、双弥は馬車の窓から上を見た。


「おぉぉぉ……」


 ドラゴンが飛んでいる。

 斑竜と呼ばれる雑種のドラゴンで、攻撃力は高いが特殊な能力はない。翼を広げ、双弥たちを追い越すように後方から飛んできた。


「双弥様、どうかしましたか?」

「ドラゴンが飛んでるんだよ!」


 双弥は興奮気味に答えた。

 異世界で見たいものトップ3のひとつ。それがドラゴンである。

 だが異世界だから必ずいるわけでもないので最初双弥は諦め半分期待半分であった。


 それでも情報としているとは聞いていたため、もしかして見れるかと思っていたら遂にである。


 (やっべ、ちょっと感動。ナイスファンタジー!)


 双弥が拳を握り、腰の辺りでガッツポーズをしているところ、リリパールは神妙な顔をしていた。


「どうしたんだリリパール」

「ん……、いえ、少々昔話を思い出していまして」

「へぇ、どんな?」

「馬車追い竜という話です」



 馬車追い竜。それは背後から馬車へ上空から忍び寄り、先回りをして人を襲うという話だ。


 前からだと遠い位置からでも確認されてしまうため、逃げられる可能性がある。待ち伏せも竜の巨体では向かない。

 そのため後ろから寄ってきて急に目の前へ降り、襲い掛かってくる。馬車はすぐに反転できないし、バックもできない。逃げ場がなくなるのだ。



「は、ははは。まさか」

「人伝いに聞いた話なので、本当かどうかわかりませんが……」


「大変です! 急にドラゴンが降りてきました!」

「マジっすかぁ!?」


 御者の叫びに思わず叫び返してしまった。


 馬がけたたましく鳴き、暴れる。だが逃げられないためその場で止まってしまった。

 双弥は慌てて妖刀を掴み、馬車を飛び出す。


「2人とも、とにかく逃げてくれ!」


 それだけを言い残して。




「チクショウ、でけぇなぁ……」


 双弥の目の前にいるドラゴンは、体長8メートルほどでコウモリのような翼を持っている、想像上でよく見る姿であった。

 違いといえば2本の足では立っておらず、4つ足で構えている程度か。羽の生えたワニといった表現がわかりやすいだろうか。


 試しとばかりに足元の石をいくつか拾い、ドラゴンへ向かって1つ投げてみる。


 ゴッという音と共に顔を振りその石をかわす。巨体なのに素早い。

 双弥はもうひとつ軽く投げてみる。するとそれはドラゴンの鼻先に当たる。


 (うむ、見た目通りか)


 双弥が最初に投げたのは少し外れた位置で、2つ目に投げたのは正面だ。


 ワニというのは正面が死角になっており、前にいるものが見えない。目の位置が同じような感じだからもしやと思い試してみたのだ。

 これならばいける。そう思った双弥は一気に駆け寄った。


「せやっ」


 視界に少しでも入らぬよう、居合ではなく真っ直ぐ振り下ろす。この一撃で上顎を砕けば戦いやすくなる。


 が、そうはいかなかった。

 ドラゴンは気配を察知したのか、突然前へ突き出してきた。


「うぐぉあっ」


 咄嗟に振った刀を盾にし、その突進を受ける。しかし圧倒的な体重差の前に双弥は弾き飛ばされた。


「刃喰!」

『おうよ』


 なんとか着地し、刃喰によって左右から攻撃させる。素早いといっても巨体であるドラゴンが刃喰の速度についていけるわけがない。


 そう思っていた時期が双弥にもあった。


「なんっだありゃぁ」


 つい口に出してしまう出来ごとが目の前で起こっていた。

 あの巨体で刃喰の攻撃をかわしている。なんとも器用なことだ。


「羽と足を狙え! 動きを封じるんだ!」


 刃喰は一度地面へ潜り、下から急襲。さすがに地中からの攻撃はよけられなかったのか見事に前足を切り裂く。


「ガアアァァァ!」


 ドラゴンは突然の攻撃に暴れ回る。前足を失いバランスがとれないため、背を反らせ上体を持ち上げる。


「ここだ!」


 その行動は腹の中側という弱点を見せることとなり、双弥は一気に詰め寄り一閃。ドラゴンの内蔵をぶちまけた。

 だが生命力がとんでもなく高いのだろう。そんな状態にもかかわらず、まだ動けるようだ。


 それも時間の問題だろうと距離を置き、息絶えるのを待つことにする。


『ご主人、追加だぜ』


 まだ生きているドラゴンの前、刃喰の言葉に上を見る。


「マジかよ……」



 唖然と空を見た双弥の目に入ってきたのは、ドラゴンの群れであった。

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