第55話

「これくらい離れれば大丈夫でしょうか……」

「うん……」


 リリパールとエイカは双弥に言われた通り逃げ出し、辛うじて双弥が見えるくらいの位置にあった林へ入り込んでいた。


「……大きいですね……」

「うん……おっきい……」


 あんな巨大なドラゴンを倒せるのか、2人はとても不安だった。

 双弥を信用していないわけではない。だが彼は勝てると言っていないのだ。


 遠目から戦いを見守っていたが、ドラゴンが仰け反ったところで双弥が突っ込み、それからドラゴンが倒れたところまで確認。


「やったぁ!」

「さすが双弥様」


 2人は手を取り合い喜んだ。

 だがそれはほんの束の間でしかなかった。


「ね、ねえ。リリパール様……あれ……」


 エイカが指し示したのは双弥の上空。それを見たリリパールは一瞬にして青ざめる。


 ドラゴンの群れ。数は11体。

 とても多いというわけではないがあの巨体だ。数以上の圧倒感がそこにはある。


「わ、私、行く!」

「駄目です!」


 今にも走り出しそうなエイカをリリパールは慌てて止める。


「なんで!? あのままじゃお兄さん死んじゃう!」

「あなたが行って何ができるというのですか! ここは双弥様に任せるしかないのです! 例え双弥様が死んだとしても行かせるわけにはいきません!」


「リリパール様いつもお兄さんを嫌ってるじゃない! だから私を止めるんだ!」

「そ、それは……」


 リリパールは口を紡ぐ。

 本心ではなくとも、言ってしまっていることには変わりない。


 そうしている間にドラゴンたちは双弥の周りへ降り立っていった。



「お兄さんが死んじゃったら、私、リリパール様を許さないから!」

「あっ……」


 エイカはリリパールの手を振りほどき、双弥のもとへ走って行った。






「こいつはやばいな……」

『くひゃははは、年貢の納め時ってやつだ』

「ははは……。腹ぁくくるしかねぇな」


 囲まれている以上、死角はない。そもそも正面はどうやら蛇のピット器官のようなものがあり、死角にはならなかったのが先ほどわかった。

 そして素早く攻撃してくる。逃げ場はない。


「最後まで付き合ってくれるか? 刃喰」

『くひゃは。聞くまでもねぇだろ。俺ぁご主人がいねぇと動けねぇし、見ろよあの牙。硬そうでよく切れそうじゃねぇか』

「なんなら全部切り落としてくれてもいいんだぞ」

『おうよ』


 刃喰は回転しながらドラゴンへ飛び掛かった。


「さて、俺も行くか」


 双弥は額から噴き出す汗を拭わぬまま、1体のドラゴンの前へ立った。



 妖刀を鞘に納める。どうせ正面しかくは使えないのだ。ならば速度で勝負するしかない。

 破気を用いた双弥の居合は通常の3倍近い。素早いとはいえあの巨躯がかわせる速度ではないはずだ。


「行くぞおるぁぁ!」


 双弥は斬りかかっていった。

 だがそれは正面のドラゴンに届かなかった。


 鞘から抜く瞬間、横のドラゴンが頭を突き出してきた。咄嗟に対処する。

 回避は──できない。そして体重差からして捌くことも不可能。ならば鞘で受け止めるしかない。


「うっ、ぐうぅぅ!」


 当然弾き飛ばされるしかなかった。双弥は車にはねられたように宙を舞う。

 その落下する先には、食らい付こうと別のドラゴンが顎を開ける。


 双弥は咄嗟に体を捻り、刀を抜き上顎へ叩きつける。しかし空中からの攻撃では重力しか加算できない。突き出したドラゴンの頭に弾かれてしまう。

 まるでピンボールのようにあちらこちらへ弾かれる双弥。このままでは精神的に限界がきてしまう。


「しまっ──」


 まさに間隙をついたように、横からドラゴンが左腕へ食らい付く。慌てて破気を集中させ、防御を強化させる。

 それでもドラゴンの牙は強く鋭く、皮膚が引き裂かれ血が流れた。


 (くっ……。でも肉までは達していないっ)


 左手を握り開くのを繰り返し、動くことを確認。すぐ次の攻撃に移ろうとする。



「────お兄さん!」


 叫ぶ声に双弥はそちらへ目を向ける。


「エイカ!! なんでこんなところにいる!?」

「ド、ドラゴンめ! これ以上お兄さんに手を出すなぁ!」


 エイカは涙目になり、震えながら槍先をドラゴンへ向け構えている。

 そこへ1体のドラゴンが身を返し、エイカに突進していく。


「やっ、やめ──」


 間に合わない。距離がありすぎる。破気が足りない。

 エイカは恐怖で足が止まり、動けないでいる。ドラゴンは口を大きく開き、エイカを食らおうとする。



「……んなろおおぉぉぉ!!」


 双弥は本当に覚悟を決めた。



 今まで怖くてできなかった、破気の吸収。

 やれば強くなるのはわかっていた。だが自分がどうなってしまうのかわからなかったため、滅多にできなかった。


 だからやっていたのはほとんど妖刀から漏れ出す分の破気を体に取り入れるだけ。しかしそれだけでは全く足りない。

 双弥は妖刀から破気を貪るように吸い出した。今まで自主的に制限を付けていた量の、さらに上を。


 体は動く。だが目が追いつかない。



 聴覚は邪魔だ。


 味覚もいらない。


 嗅覚も不要だ。


 視覚──色を認識する必要などない。



 全ての感覚を動体視力のみに特化し、脳の処理を切り替える。



 モノクロの世界の中、双弥だけが動いているような錯覚を受ける。

 1人だけ次元の違う速さで動いているためだ。


 今ならアルピナでさえ捕らえられるのではないか。それほどの速度だ。



 そしてドラゴンの牙がエイカに襲いかかる瞬間に追いつき、真っ二つに切り裂いた。


「ずおおおおぉぉぉぉ!!!」


 そのまま鍔で押し込み、ドラゴンを弾き飛ばす。

 更にその反動を利用し、再びドラゴンの群れへ突入。


 一太刀、二太刀、三の太刀。

 四太刀、五太刀、六の太刀。


 たったの六振り。そこで景色は色に染められ、周囲が雑音に支配された。


 そしてその瞬間、6体のドラゴンは大量の血を噴き出し、絶命した。


「あ……、あぅ……あうぅぅ」


 エイカは腰を抜かし、尻もちをついた。食われると思った瞬間、目の前からドラゴンが消えるように吹き飛んだのだ。



「くあぁっ……きっついな、これ……」


 双弥は膝をつき息を荒らげている。急な脳の切り替わりで血液が脳へ叩きつけるように酸素を供給する。

 目の前では刃喰がようやく2体目のドラゴンを倒し終えたところだ。

 残りまだ2体いるのだ。


 双弥の体はまだ動かない。こちらへ来られてはまずい。



 と、ここで双弥の目の前を横切るなにかが。


 アルピナだ。手を地面につけ、四足状態になり威嚇している。


「うるさいきゃ! 眠いのきゃ! 静かにしてきゃ!」


 この騒ぎが低血圧のアルピナの怒りを買ったようだ。

 それに反応してか1体のドラゴンが双弥たちの方へ向かってくる。


 そこへアルピナが走る。まるでコマ落ちしているように動きが見えない。ドラゴンも同様で、目の前から突然消えたものに困惑しているようだった。


 アルピナが蹴る。ひっかく。噛み付く。凄まじい連続攻撃を仕掛ける。


 しかし悲しいことに、軽すぎるアルピナではドラゴンの強靭な体に傷を付けるに至らなかった。


「きゅううぅぅぅっ。こいつムカつくきゃ!」


「アルピナ! 頼みがある!」

「嫌きゃ!」


「……エイカが危険なんだ! 連れて逃げて欲しい!」


 双弥のもとへ戻りアルピナは辺りを見回しエイカを見つけた。確かにこんなバケモノがいるところの近くにいたら危ない。


 エイカはアルピナのお気に入りだ。ごはんくれるし撫でてくれる。夜行性のため夜中暴れだすアルピナに文句も言わず笑顔で頭を撫でている。

 アルピナの種族は仲間かぞくを大切にする。そしてエイカは今、アルピナの──大事な仲間だ。


「わかったきゃ!」


 アルピナは消えるような速度でエイカのもとへ行き、エイカを引きずるように連れて行った。



「助かった。……よし、もう1ラウンドだ」


 双弥は立ち上がり、妖刀を構えた。





「アルピナちゃん!? ……エイカさん!」


 突然現れたアルピナと、それに連れられたエイカを見てリリパールは叫んだ。


「うっ……、うう……」


 エイカは泣いている。怖かったのだ。


 双弥が殺されてしまうと思ったこと。それに自分が殺されてしまうと思ったこと。

 リリパールはエイカの頭をそっと抱きしめた。


「ごめんなさい、エイカさん。もう2度とあんなこと言いません」

「ひぐっ……、うっ」


 助かったことで堰を切ったように泣き出すエイカをリリパールはやさしく受け止める。

 リリパールも泣いていた。自分がとんでもないことを言っていたせいで、2人とも失うところだったことに対しての恐怖。それと助かった安心感で。



 それから間もなく、全てのドラゴンが活動を停止させた。

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